ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー11』
問題はこの階層からなのよね……と、珍しく弱気な発言をするアリスさん。それも、表情を暗くしているのは彼女だけでなく、銀灰さんや花蓮さん達も同じだった。
目の前には何の変哲もない、下の階層と同じ作りの通路が続いている。罠がある場所を表す札も何もない。
紋章ギルド二番隊の隊長であるクーロンさんが前へ立ち、通路の奥を指差した。階段前で固まる俺たちに向け声を張り上げる。
「仕方のない事だが、ここから先は蘇生を続けながら少しずつ進むような流れになる! まあ、理想はそこの初心者プレイヤーにでも先に行かせて、デスペナを最小限にとどめるのが……」
「クーロン、やめろ」
その言葉を、隣にいたドンさんが強い口調で遮った。クーロンさんに睨まれたエミリさんは驚いたように体を震わせている。
「トルダさん。とりあえずでいいんだけど、あの奥にある部屋までに罠がいくつ設置されてるか見える?」
険悪なムードの2人を無視する形で、銀灰さんはトルダにそう問いかける。
うちのレイドで罠の解除ができるのはトルダとエミリさんの2人のみ。そして、エミリさんよりステータスもスキルのレベルも高いトルダの方に聞くのは当然と言えた。
「えと……2つ?」
下の階層までは罠の把握と解除をスイスイ行なっていたトルダが初めて、恐る恐るといった様子で答えてみせる。
トルダの回答に、銀灰さんは困ったような表情を浮かべ口を開き――
「4つ、ですね」
ナルハがそれを、遮った。
予想外の返答へ、銀灰さんは満足そうに「すごい、当たりだよ」と拍手。他の面々の視線は自然とナルハの方へ集中した。
ナルハのレベルは50程度。
単純にトルダのレベルの方が高いのだが、なるほどこれは……
「やっぱり彼がキーマンなのね。いよいよこのトラップタワーが未だ攻略されなかった謎が解けてきたわ」
正解を言い当てたナルハに向け、今度はアリスさんが納得したように拍手する。
「本当は途中までの道順、及び罠の場所やその性質までは私が暗記してきたんだけど、勿論それは第二の隠しボスの部屋までしか載ってなかったわ。けど――」
アリスさんはそのままナルハ、そしてマリー様の方へと視線を移す。
「ナルハ君の力を頼りに道を進み、マリー様の持つ力を頼りに目的の場所までたどり着く。この2つの鍵が、このトラップタワー攻略の絶対条件だったのよ」
「確かに、ナルハとマリーが2人同時にこのクエストに参加する事は異例中の異例。となると次のボスも……?」
「ええ、間違いなくナルハ君が討伐の鍵になるわね」
アリスさんの言葉に、ケンヤも納得したように頷いた。
当の本人であるナルハとマリー様は「何のこと?」と言わんばかりに、お互いの顔を見合わせる。
「ちょっと待って! 次のボスが未だ撃破されていないのなら、なぜ隠しボスの数が4体って判明してるの? それに、最後のボスまでの道が2つあることも判明しているのはなぜ……ですか?」
一連のやりとりにどうしても納得できなかったのか、ライラさんがそれに待ったをかけた。
勢いあまって出た言葉へ、最後は慌てて敬語を付け足している。
「隠しボスが4体居るっていう根拠は、最後のボスと戦っている間にでも判明するわ。因みに、ルートがもう1つある事は最後のボスを倒した後、来た道とは別の道へ逆走したプレイヤーが少なからず居たからよ……それでも、2体目の隠しボスだけはどうしても倒せなかったのよね」
と、アリスさんは過去の苦い経験を思い出すように語りだす。
「因みに、罠の発見と解除のレベルがトルダさんより高いメンバーもうちのギルドにはいるんだけど――ボスの罠には歯が立たなかったわ」
そのまま、彼女の言葉を引き継ぐように銀灰さんが続ける。
「ダイキ君からの誘いを受けて参加NPCを見た時……パズルのピースが見つかったような、何とも言えない気持ちになったね」
銀灰さんがそういって苦笑すると、クーロンさんとドンさんも釣られるように苦笑してみせた。
最後のボス部屋から逆走したプレイヤーの中に、もしかしたら彼らも含まれているのかもしれない。
「ナルハ君、悪いけど先導をお願いできる?」
「勿論。先ほどの戦闘ではかなり体力を温存させていただきましたからね」
アリスさんの提案に、ナルハは「当たり前です」といった様子で答えてみせる。
そのまま、俺たちはナルハ先導のもと改めてトラップタワーの攻略を再開したのだった。
*****
果たして何分経っただろうか。
罠の回避方法は今まで通り、トルダとエミリさんが解除に当たるやり方。しかし、罠の発見は全てナルハに一任してある。
前の階層まではトルダも罠探しに参加していたため進むペースは落ちたが――当然ながら、これについて不満を漏らすプレイヤーは居なかった。
アリスさん曰く『罠は即死級の危険な物ばかり』との事だったが、付いて歩く俺たちは敵の警戒をする以外の仕事はない。
これからボスの部屋までは敵らしい敵も湧かないとの事なので、俺は隣を歩くマリー様へと声を掛ける。
「マリー様。戦闘続きで疲れていませんか?」
俺の言葉に、黙って付いて来ていたマリー様は
「ふふん。わたくしはそんじょそこらの騎士達より丈夫なんだ!」
と、得意げに胸を叩いた。
「ちっちゃい頃は城を抜け出したりオールフレイさんと追いかけっこしたり……と、何かとお転婆でしたもんね」
「なっ?! そんな昔の事は知らないっ! わたくしの体力は日々の鍛錬の賜物だ!」
からかうように言う俺に、マリー様は顔を真っ赤にして反論する。
俺たちのやりとりが可笑しかったのか、後ろを歩く雨天さんがクスクスと笑った。
「お二人はすごく仲が良いんですね。それに、ダイキさんの前では自然体に戻っている気がします」
「こ、この人がいつまでもわたくしを子供扱いするからです! 口調は――つい、というかなんというか……」
雨天さんに見透かされ意気消沈のマリー様。
確かに、厳格な女騎士たるその姿は一人前の戦士ではあるが……俺からしてみれば、最近までダリア達と一緒になって遊んでいたじゃじゃ馬王女である。そう簡単に大人扱いはしてやれない。
俺のことを恨めしげに睨みつけるマリー様に、ニヤケ顔のアリスさんが耳打ちする。
「あんれ〜? もしかしてマリー様はダイキ君にアチチなのかな〜?」
「アリスさん、聞こえてますよ。それに言い回しが古い」
アリスさんの言葉の意図が伝わらなかったのか、マリー様はキョトンとしている。
とはいえ、そろそろトルダ辺りに怒られそうだな……
「あ! あれ!」
そら言わんこっちゃない――と、その後に続くであろう怒声に身構える俺だったが、トルダは俺たちのやりとりなど気にする様子もなく、目の前にそびえる扉を指差したのだった。
その扉は幾重にも組み合わされた歯車でできており、俺たちの到着を歓迎するかのように“ギギギギ”と音を立て動き出す。
「ここが……トラップタワー最強のボスが居る部屋」
銀灰さんの声は、緊張で震えていた。
この先に、数多のプレイヤー達を葬ってきた無敗のボスが待ち構えている。
「皆いい? ……とにかくあのボスの表情、あれだけは見逃さないようにしてね。ボス戦中、奴の表情がコロコロ変わるから」
アリスさんは忌々しそうにボスへと視線を向け、短く言う。
徐々に開け広げられていく扉の先に、天井に吊られた人形のような何かが見えてくる。
見る角度によって表情が変わるのか、俺たちの位置からは、不気味な笑みを浮かべる顔と、涙を流す顔のちょうど間の部分が見えていた。
ピエロのような服を着た機械のボス。
そしてあの顔が、アリスさんの言う“表情”か……
「銀灰さん。ボス戦、俺たちはどう動けばいいんだ?」
最初のボスとの戦闘前と同じように、銀灰さんからの指示を仰ぐブロードさん。
ノンキに歩いていた俺たちも既に武器を構え、レイドのまとめ役たるアリスさん・銀灰さんへと視線を向けた。
「このボス戦……全てはナルハ君の力にかかっている」
無責任にも思える銀灰さんのその言葉に、俺たちは誰も不満を漏らさない。
長い間撃破者の居ないこのボスに対する有効な作戦など、ありはしないのだから。
可能性で言えば、イレギュラーな存在のイレギュラーな力――つまり、ナルハの危険察知能力。これに賭けるのは、間違った判断じゃない。
「このボスを倒せなかった理由……それは予測不能、パターン不明、ステータス無視の罠を使ってくるからよ 」
アリスさんが続ける。
「鍵は揃ってる! 突破口は必ずある! このバトルで攻略の糸口……いえ、必ず撃破してみせるっ!」
アリスさんの鼓舞で、皆の士気が高まる!
飛び交う強化と、簡単な作戦。
「相手の顔が『笑い』の時はセオリー通り、敵視優先度の高い盾役へ攻撃してくる。『悲しみ』の時が大きな攻撃チャンスだけど、『怒り』に変わるまでの時間はおよそ10秒程……」
「メインタンクはウルティマ。サブはドン、ケンヤ君、ブロードさん。その他のメンバーは鏡の兵士の時と同じような陣形でお願い」
銀灰さんが作戦を告げていき、アリスさんが役割を分担していく。
「相手の顔が『怒り』になった時。みんなには全面的にナルハ君の指示に従ってもらおうと思ってる。頼んだよ、ナルハ君」
銀灰さんの言葉に、ナルハも力強く頷き答える。
「ここが正念場! 皆、しまっていこう!」
無骨な機械の塔に、メンバーの気合がこだました――!
【トラップマスター Lv.42】#HIDDEN BOSS