進化と変化
仕事がひと段落した俺は、久方ぶりにFrontier Worldにログインする。
長期出張や残業が続くと、どうしてもゲームができなくなる。あまりゲームに現を抜かしてられないのも社会人の辛い所だ。
有給休暇を使ってみっちりやり込みたい所だが……仕事に文句を言っていても仕方がないか。
――最後のレベル上げから実に三日の時が過ぎていた。
ログインした俺は辺りを見渡す。
前回ログアウトしたのが風の町にあるポータル前だったため、ログイン場所もここになっていた。
足元には眠そうな瞳で見つめるダリアの姿があり、なんとなくだが『久しぶりだな』と訴えているように感じる。
実に三日、ダリアをほったらかしにしていた事にもなるわけで……彼女がその間、何して過ごしているのかは把握できないが、
「ひっさしぶりだなあダリア! うりゃうりゃ!」
寂しかっただろうに。と、力の限り抱きしめ頭を撫でる。というか俺が寂しかった。ダリアも満更じゃないのか、されるがままになっている。
周囲の視線も憚らずダリアとの再会をひとしきり堪能した俺は、定位置にダリアを装備し、メニュー画面からフレンド欄を選んでスライドさせた。
フレンド欄では友人のログイン状況や現在地が把握でき、メールで確認せずとも会いに行くことができる。
「お、ケンヤ達は全員ログインしてるな」
フレンド欄のオフラインを示す黒色の名前はオルさんと銀灰さんの二人のみ。ケンヤ達は全員フィールドか。
ま、とりあえず久しぶりって事でちょっと顔出しに行ってみるか。
ダリアを肩車に装備しながら、彼等に会いに冒険の町へ転移した。
フィールドに出かけているケンヤ達が戻ってくるまでの間を利用し、俺たちは露店を回り、紅葉さんの店を見つけた。
「こんばんは、紅葉さん。ご無沙汰してます」
「あら、ダイキ君にダリアちゃん! しばらく見なかったから心配してたのよ!」
紅葉さんは俺たちを見るなり、並べていた商品をそのままにして此方へやって来た。
露店にはガラスケース等がないため、商品が風呂敷の上にベタ置きされている。
「仕事との両立がなかなか……ていうか、商品見てなくて大丈夫なんですか?」
「ん、あぁ。これは露店に付いてる機能の一つで観賞用の偽物だから、汚れも付かないし持ち出しもできないのよ」
なるほど、商品が剥き出しになるから配慮がなされているのか。盗難防止とは……俺たち戦闘職は知らない機能だな。
世間話を交わしていると、上空から黒い何かが急降下してきた。
ともあれ、大方の予想はつくが――。
「やあクロっち……って、え?」
紅葉さんの横に降り立ったクロっち。しかし気のせいだろうか? 前に見た時より体が一回り大きくなっている気がするが……。
黒羽色と同色の瞳は赤く妖しく光り、片目は眼帯が付けられている。
首元に巻かれたバンダナが、辛うじてクロっちだという印にはなっているものの……。
「あー。クロっちね、昨日進化したのよ」
「進化?」
「そう。素材集めも兼ねて久々にフレンドとフィールドに出掛けて、その道中のレベルアップで形が変わったのよ」
「え、ちょっ……ステータスを見せていただけませんか?」
いいわよー。と、あっさりステータスを見せてくれる紅葉さん。
俺は食い入るようにして、ステータスを確認した。
名前 クロっち
Lv 10
種族 海賊鴉
筋力__19
耐久__21
敏捷__58 (+6)
器用__33
魔力__23
召喚者 紅葉
親密度 21/100
クロっちのレベルは丁度10。そして前見た時は盗賊鴉だった種族名が、今は海賊鴉に変化している。
これは召喚獣には《進化》という、レベルアップや魔力解放以外の強化ステージがあるという事なのだろうか? クロっちに限っただけの可能性もあるが。
「結構ステータスが伸びてますね」
「ええ、元々一人でフィールドに行ってたからあたし抜きでも強くなってはいたんだけど、形状が変化してからはスピードがダンチね」
確かに俺自身、クロっちが紅葉さんを残して何処かへ飛び去る姿しか見ていない。
物を拾ってくるついでなのか、レベル上げの際に敵から拾ったのか。
行っていたのはアクセサリーの材料集めだけでは無かったようだ。自ら勝手にレベリングして帰ってくるとは恐れ入るな。
進化にあたっての予想を立てると、召喚獣の第二ステージはレベル10だと考えられる。
が、ソースがクロっちだけだとあくまで推測の域を超えない。掲示板なりに情報が載ってればいいが。
進化に伴い、ダリアの姿も変わるのだろうか? 身長が伸びるのか? もしかしたら会話も可能になるかもしれないな。
紅葉さんと別れた俺は、ケンヤ達が冒険の町に戻っているのを確認しメールを送る。と、しばらくしてから返信が来た。
「丁度良かった。か、なんだろう」
どことなく不吉なメール内容に苦笑しつつ、俺は待ち合わせ場所に指定されたレストランへと向かう。
そのレストランは露店から非常に近い場所にあったため、すぐにたどり着けた。
辺りに漂う焼いたパンとコーヒーの香りが鼻をくすぐり、ダリアがそわそわしているのがわかる。
「あれ? ダイキさん! こんばんは!」
「こ、こんばんは」
「お。ライラさんにクリンさん。こんばんは、久しぶりですね」
てっきりケンヤ達は中で待っていると思っていたが、ケンヤと雨天さんは装備のメンテナンスと買い物で少し遅れるそうだ。
ライラさんとクリンさんには先に店に行くように言ってあったらしい。
立ち話もなんだし、とりあえず店内へ入る事にしよう。
従業員にケンヤと雨天さんを含めた人数を伝え広々としたボックス席へ通されると、ダリアは我慢できないとばかりにメニュー表へと食いついた。
「ダリア。それは料理じゃないぞ」
文字通りの意味に、ダリアが口に咥えていたメニュー表をひったくり、適当に数点の料理を頼む。
「お二人も、ケンヤ達がいつ来るかわかりませんし、先に頼んじゃいましょう」
「そうですね!」
料理が運ばれてきて、食べ散らかすダリアの面倒を見ながら雑談を始める。
「クリンさんの膝の上にいるそのぬいぐるみはもしかして」
「はい! 金太郎丸町中ver.です!」
やはりか。大人しく寝音を立てて規則的に上下するその小熊は、金太郎丸の町中用の姿だった。
元の姿を知っているだけに、ぬいぐるみのような愛らしさ漂う現在の金太郎丸に思わずにやけ顔になってしまう。
「最初はずっと大きいままでしたが、頼んだらこの形になってくれたんです」
「町中で熊が出たらパニックですからね」
金太郎丸のこれは進化とは違った機能。言うなれば《変化》と区別化すべきか……。
俺の召喚術の技能に変化という項目は無い。クリンさんの召喚術レベルが俺よりも高いか、呼び出した召喚獣によって技能が出現するのか――。
「でっかい金太郎丸も可愛いけど、小熊になった金太郎丸も堪んないー!」
触りたくて触りたくて堪らないと言わんばかりの、少し危ない表情を見せるライラさんは、両手をわきわきさせているものの、静かに眠る金太郎丸を思ってか欲望を押さえつけていた。
本当にモフモフが大好きだなこの人は。