ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー⑨』
チェイン参加のため集まった攻撃役達が反射的に距離を取るも、その殆どが、今の状況を理解できていなかった。
銀灰さんがやられた。
適正レベルに満たないエミリさんはまだしも、高レベルかつ、幾重にも重ね掛けされた強化に加え、ステータスへのボーナスが発生している状態の銀灰さんを一撃……異常事態だ。
戦闘不能状態となった銀灰さんとエミリさんの体を跨ぐように、大きく一歩を踏み出した鏡の兵士。
体から黄金色の煙が立ち登るその姿は――まるで鬼神のよう。
頭で考えるよりも先に、俺は左手に持つ盾を構えていた。
「ダイキ! アレを止めるぞ!!」
とっさに頭を切り替え、即座に自分のやるべき仕事を理解したのはケンヤも同じだった。そのまま、ケンヤは身の丈ほどあるタワーシールドで体を隠すように構え、鏡の兵士に向かって走り出す!
『部長は銀灰さんの蘇生を最優先。アルデは安全地帯まで一旦引いてくれ。ダリアは……』
『引かない。もちろん、一緒に』
シンクロを遮るように、不機嫌気味にダリアが言う。
『……そうだな』
俺と召喚獣は一心同体。俺が倒されれば、彼女達も巻き添いになる。そのシステムを彼女達が理解しているのかは不明だが、今回のはそういう意図ではないことが分かった。
蘇生の準備に入る部長と、武器を構えるアルデとダリア。
空間認識の目で見る戦場では、俺とケンヤが鏡の兵士と対峙する場所を中心とし、左奥の鏡の兵士に対しドンさんとクーロンさんが戦闘中。右奥では鏡の兵士を倒したアリスさんが此方の事態に気付き、向かって来ている姿が確認できる。
俺たちの他で鏡の兵士に近いのは物理攻撃役のライラさんや金太郎丸、カブ丸。少し遠くにブロードさんの姿もある。
後衛陣として、他の鏡の兵士達を1人で請け負うOさん。司令塔を失い、トルダ達は未だ混乱していた。
花蓮さんは大技の溜めに入っていたのか、ヘルヴォル、風神雷神と共に硬直時間に苦しんでいる様子が窺える。彼女にカバーの指示を受けたウルティマは、しかしその種族の特徴故に、合流するにはかなりの時間が掛かると予想。
あまりにも、遠い。
やはり銀灰さんをいち早く蘇生し、素早く回復・強化を行うことが、混乱したレイドパーティを立て直す確実な方法だ。
必要な時間――合わせて約20秒。
「重い……ッ! 3発受けるのが精一杯か――」
防御技を展開してもなお、盾越しに受けるダメージ量にケンヤが苦悶の表情を浮かべ、唇を噛んだ。
2発目の技を受けケンヤのLPは5割を切り、俺のいる方へ合図する。
スイッチ――頼む!
「うらァ!!」
3発目の技を盾で受け切ったケンヤが吠える! そのまま、入れ替わるように俺が2人の間に滑り込んだ!
「こっちだ!」
注意を逸らす目的と、自分への鼓舞。
鏡の兵士は、あと一撃で倒せたはずのケンヤへの興味を一瞬で無くし、次なる攻撃を、乱入した俺に向けて放っていた。
何らかの技……パリィできるか?
凄まじい速度で繰り出される突きに向け《技術者の心得》を発動し――すぐさま考えを捨て、完全防御の態勢に入った。
「……ッッ!?」
気付いた時には、既に天井が見えていた。
剣先と盾が触れ合った直後、視界がぶれ、弾き飛ばされた俺はあまりの衝撃に、立ち上がることさえできなくなっていた。
失ったLPは、8割。
防御技こそ展開できなかったが、盾受けしてもこの威力。
「『こっちだ!』」
すぐさまカバーに入るケンヤも、そのLPは回復してやっと6割。本来であれば、俺が最低でも2発耐えきらなければいけない場面……スイッチのタイミングが早すぎたのだ。
ガラスが砕けるようなエフェクトと、がらんと盾が横たわる音。
鏡の兵士の技を真正面から受けたケンヤは、続く2発目の技によってLPが全損。力無く、地面に崩れ落ちる。
『ごしゅじん、蘇生終わったー』
銀灰さんの蘇生完了を告げる部長の声に、返事をしている余裕はなかった。
鏡の兵士の冷たい瞳が、まっすぐ俺へと向けられている。
銀灰さんが万全の状態でメインタンクに戻るまで――あと何秒ある?
構えた盾は、受ける形を捨てている。
振り下ろされた剣と触れ、激しい火花、軋む腕、悲鳴、金属音と……回る剣。
剣を失った鏡の兵士を、黒の光線が撃ち抜いた。
杖を向けるダリアの姿、ゆらりと立ち上がるボスの姿。
そしてもう1人……
「――ありがとう。あとは僕が」