ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー⑥』
地面に沈むエミリさんと、自分のアバターそっくりのソレを見て固まるもう一人のエミリさん。
ボスのLPバーが大きく削れているのを見るに――花蓮さんが言った通り、ボスがプレイヤーを“コピー”したと考えるのが適当だった。
「装備や使う技は本人の物に限定されるが、あくまでこれはボス、戦い方は変えてくる!油断するな!」
奇妙な光景に思わず戦いの手を緩めていた面々に向け、盾を構えたドンさんが怒鳴る!
突如、風を突き破り進むような甲高い音が戦場に響き――鋭い矢先がルーイさんの体を貫いた。
「他の兵士達の擬態も始まったぞ!」
腹部に空いた風穴から粒子を散らし、苦悶の表情を浮かべ地に伏すルーイさん。
とっさに雨天さんが唱えた蘇生魔法で敵視が移り、トルダに擬態した鏡の兵士は続いて、彼女に向け弓を引き絞る。
射出された矢は雨天さんに迫り――その途中、銀灰さんの十字架の剣によって切り落とされた。
「同じ武器と同じ技、さらにはステータスも同じの敵……やっかいだ。さしずめ、この兵士は鏡のライラさんといった所か」
振り下ろされる大剣を受けながら、余裕のない表情でブロードさんがつぶやく。
残りの兵士は隠しボス本体を含め七体。数こそこちらが有利ではあるが、敵のその厄介なコピー能力に翻弄され陣形が崩されていく。
*****
「び、びっくりしました……」
「敵のラインナップがアレじゃあやられても仕方ない。オリジナルが抑えてる間に強化の掛け直しだ!」
蘇生魔法によって蘇ったルーイさんの元へ駆け寄るケンヤ。そのまま、彼女を護衛するような形で後衛陣の方まで後退していく。
何度目かの擬態により、鏡の兵士はそれぞれライラさん・マイさん・トルダ・クロードさん・ウルティマ・ヘルヴォル・銀灰さんの能力を手に入れている。特に花蓮さんの召喚獣達と紋章ギルドの精鋭二人のコピー体が恐ろしく強い。
「今っ!」
「《刺突の雨》!!」
鏡の兵士が放った攻撃をすかさず盾弾きした銀灰さんの掛け声にクロードさんが反応! 天空から繰り出す槍での高速突きが鏡の兵士を……
「誘導?!」
剣を弾かれた鏡の兵士と入れ替わる形で前へ出た鏡の兵士がお返しとばかりに盾弾き! 無防備な状態となった彼に金色の閃光が迫る!
「《鋼鉄の盾》!」
間に割って入ったドンさんが鈍色の技盾を構え閃光を迎え撃つ――が、硬質な音を奏でアーツは破壊され、攻撃の余波がドンさんを襲う。
瞬く間に消え去るLPバーが、その一撃の威力を物語っていた。
力無く倒れるドンさんの体から黄金の剣を引き抜く鏡の兵士が、クロードさんを冷たく睨んだ。
「《電撃の波動》」
敵の中心から発生した電気の渦に鏡の兵士が反応。自身を避雷針にするかのように盾を突き上げ、Oさんの攻撃を難なく耐え切ってみせる――そして……
「回復魔法で即座に全快……これは強い」
攻撃態勢となっていたトルダも、敵の隙のなさに、弦に掛けていた手を思わず解いた。
敵陣では既に鏡の兵士による回復魔法で鏡の兵士の傷はほぼ全快の状態まで癒えている。
「おい戦乙女! 君達のファミリーが邪魔して僕の魔法が通らなかったじゃないか!」
「課金が足りないのでは?」
渾身の魔法を難なくいなされたOさんが花蓮さんに詰め寄るも、彼女は全く動じない様子でそれに答えているのが見える。
隣ではコーラルがドンさんを蘇生させ、強化の重ね掛けを続けている。
「ここは本体を集中攻撃して短期決戦で決めるべきでは?」
「そうだね。でも、その本体がやっかいな事にヘルヴォルの姿になってるから迂闊に攻められないんだよ」
エミリさんの言う本体とはつまり、画面下に表示されたゲージにリンクされている最初の一体のことを指している。しかしその本体は、花蓮さんパーティのエースであるヘルヴォルに擬態している状態だ。
最初の擬態対象であった初心者プレイヤーのエミリさんから、即座にトッププレイヤーの召喚獣であるヘルヴォルへと姿を変えてきているボスモンスター。
擬態の標的はランダムではなく、しっかり考えて選んでいる可能性が高い。
「ラスボスじゃん……」
「対処法は解明されてますか?」
驚愕の表情を浮かべるエミリさんを尻目に、俺は銀灰さんへ短く問う。
敵は常に一定の間隔で陣を張り、残念ながら攻守共に目立った隙がない。
けれども銀灰さんは皆を安心させるためか余裕の笑みを浮かべつつ、対面する鏡の兵士達へと視線を向けた。
鏡の兵士達は俺たちの出方を伺っているのか、陣形を崩さぬまま動かない。
「対処法が無かったら挑戦しないさ。大丈夫。このボスは既に別のレイドが攻略方法を編み出してるから」
十字架の形をした剣を肩にトントンと乗せ、楽しそうに語る銀灰さん。
「マスターは敵の回復要員である鏡の兵士の妨害。ドンさん、クロードは鏡の兵士の足止めを頼むね」
「はい! もちろん!」
簡単に仕事を割り振っていく銀灰さんへ、クロードさんが力強く返事をしてみせた。
「他の皆は僕の合図を見てから絶え間なく、そして順番に攻撃を仕掛けてほしい。溜めの短い物理攻撃役から魔法攻撃役へ、最後は戦乙女の大技があれば届くと思う」
「攻撃をって……どの敵に、ですか?」
おずおずといった様子で控えめに手を挙げるルーイさんがそう聞くと、銀灰さんがそれに笑顔で答える。
「もちろん、ボスの鏡の兵士単体にだよ。相手はどんなに強かろうと、攻撃によって怯まないゴーレムや巨人とは違う“普通の人型モブ”だ。ならば当然、“チェイン”も有効だよね」
「なるほど……それならタイミング次第で、一方的に殴り続ける事ができる」
銀灰さんの言葉を受け、納得したように頷くケンヤ。
聞き慣れない言葉だったのか、首をかしげるルーイさんへ簡単に説明を加える。
「チェインっていうのは、攻撃を受けた際に生じる“硬直時間”に合わせて次の攻撃を加え、さらに生まれた硬直時間に合わせて次の攻撃を加えていく……っていう、強力な連続攻撃の事かな」
更にはここに連続攻撃ボーナスというダメージも加算されていくのだが、それはレイドが終わってからケンヤから改めて説明を受けると思うので割愛しておく。
俺の説明を受け納得したように頷くルーイさんであったが、また更に疑問が生まれたのか、再び首をかしげてみせる。
「でも……三体の敵以外は自由ですよね? 邪魔されて失敗してしまいそうですが……」
ルーイさんの疑問は尤もで、確かにチェインに参加する面子が多すぎる。
鏡の兵士さんと鏡の兵士こそ紋章ギルドの三人が止めてくれるとはいえ、他にも鏡の兵士は居るのだ。
特に、銀灰さんのコピーを野放しにしておくのは恐ろしい。
「本当に邪魔になりそうな敵は盾役と回復役だけだし、チェインで一気に削れば早めに決着が付くさ。それに……」
言いながら、こちらへと振り返る銀灰さん。
「大兵器が一人で他の全員を足止めするのも、作戦に入ってるからね」
そして俺たちは作戦に備えるべく、戦闘の準備を進めていく――