ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー④』
レイドメンバーが固唾を飲んで見守る中で、トルダが持つ鍵のような道具から“カチッ”という音が鳴り、壁に描かれた《潰される人間》の絵は消えていった。
「ふぅ」と一息ついたトルダは額を拭うような仕草と共に立ち上がる。
「ナルハ君、どうかな?」
「はい。先程までの嫌な気配は無事取り除かれたみたいです」
トルダの言葉に、ナルハが笑顔で答えた。
罠を解除できる人員がトルダとエミリさんしか居ないこのレイドではあるが、ナルハの危険察知能力もあって安定した攻略ができている。
トルダに比べると罠解除の技能レベルが低いエミリさんだったが、トルダのアドバイスが的確なのか、目立ったミスも無く進めている。
「しかし罠の解除っていうのは回りくどいね! こんなの走り抜ければどうという事はないだろう!」
「あのね、後ろにいる人全員を罠に引っかけてどうするの? 確かに一定時間経てば罠自体が無効化されるけど、後続がすぐ渡りたい場合は迷惑でしかないよ。一度作動した物を解除するのは未作動の罠より難しいんだからね」
一仕事終えた彼女に茶々を入れるOさんだったが、冷たくあしらわれる結果となる。
以前の決戦城ダンジョンでは、Oさんが罠の上を疾走したお陰で俺達も無傷のまま進むことができたっけな。
あれがトルダの言う、一定時間経ち無効化された罠の状態だったのだろう。
「お! エミリ、罠の詳細でもメモしてるのか? 勉強熱心だな」
「え、ああ……そ、そんな所です」
画面を開いて何かを打ち込むエミリさんへ、感心したようにケンヤが声を掛ける。
初心者枠で来ているエミリさんやルーイさんは特に、この場に来ているプレイヤーの技や知識を盗むのが早期成長に繋がるだろう。もちろん、それは俺にも言えることだ。
俺やケンヤ、そしてブロードさんは、銀灰さんやドンさんから盾役の立ち回りや補助技能のアドバイスを受けているし、他の皆も同様に移動や戦闘の中で聞き・見て覚えているのがわかる。
目的は隠しボスの全討伐とダンジョンクリア・その報酬であるが、なかなか受けられる機会の無いアドバイスもまた、俺たちにとって貴重な財産となるだろう。
*****
幾度となく襲ってくる敵と罠を掻い潜り、未だ一人の脱落者も出さぬまま、俺たちは枝分かれした道の前までたどり着く。
横に立つ銀灰さん、そしてアリスさんや花蓮さんの顔が一瞬強張るのが見えた。
左に行けば先へと続く道、右に行けば開けた空間が広がっているのが見えるが……彼等の様子からして、どちらか片方の道の先にボスが待ち構えていることは明白だった。
「ダイキさん、右の道から何か嫌な気配を感じます。マリー王女、あの道の先からアネモネさんの声は聞こえますか?」
先頭を歩いていたナルハは片手を突き出し、俺たちの行く手を遮る。そしてそのまま、マリー様の答えを待った。
マリー様は下唇をぎゅっと噛み、力なく頭を横に振る。
「ごめんなさいナルハ殿、曖昧な答えしか出せません。右の道からアネモネさんの“何か”を感じることはできますが、それが彼女かどうかは……」
二人は困ったように顔を見合わせたのち、揃って俺の方へと振り向く。
「ダイキさん、どう思いますか?」
レイドの代表である俺へと意見を求めるナルハ。横の銀灰さんがゆっくり頷く。
――右の道が“ボス”に繋がっている。
「僕らが集まったのは、アネモネさんを救出するため。この先に彼女がいる可能性が僅かでもあるのなら、なおさら素通りはできません」
俺の言葉を受け、ナルハとマリー様は意を決したように頷いた。
ここから先、二人には俺たちのワガママに付き合ってもらう事になる。勿論、ボス全討伐がクエストにどんな影響を及ぼすのかは誰にも分からないため、一概に不要な戦闘とは言えない。
「いつでも戦闘に入れるよう、万全の準備をして進みましょう。回復役及び支援役はレイド全体に強化を! 先頭は銀灰、ドン、ウルティマ、ブロードさん、ケンヤ君にお願いします!」
美しい長剣を抜き、奥に見える部屋へ視線を飛ばすアリスさん。そして、彼女の指示を合図に飛び交う青、黄、緑色の支援魔法。
右下に表示されたステータスの部分には《LP強化》《MP強化》《SP強化》《筋力強化》《耐久強化》《敏捷強化》《魔力強化》《物理バリア》《魔法バリア》《自動回復》《延命の輪》……と、ありとあらゆる強化が並び、ボーナス200%も相まって、自分のステータスが数段跳ね上がっていることが見て取れる。
アリスさんの指示通り、銀灰さんとドンさん、続いてブロードさんとケンヤがゆっくりと前へ出た。
「ダイキ君は普段通りサブタンクね」
「よくご存知ですね」
「そりゃあもう。既に参加メンバーの役割・長所と短所・人柄まで全部頭に入ってるわ」
サラッと物凄いことを聞いてしまったが、彼女が巨大ギルドの頂点であり続ける才能の一つを見た気がした。
彼女の言葉が大袈裟ではなく本当であるならば、これほど頼もしい司令塔は居ないだろう。
「新しい技能も試したいだろうし、そういう意味でも最前線からは外しておいたわ。今回のボス戦で何か掴めるといいわね」
そう言い、お茶目にウインクしてみせるアリスさん。細かい気遣いも流石だ。
「マトモな戦闘はダンジョンに入って初めてですね。しばらく前にご一緒したゴーレム戦が懐かしいです」
「今はその時の100倍強くなってるけどねー!」
クスクスと笑う雨天さんの横で、気合い十分な様子のライラさんが力こぶを作った。
既に陣形は盾役、物理攻撃役、そして後衛組へと分けられ、各々がそのポジションについている。俺と部長、アルデ、ライラさんは盾役の後ろまで移動となる。
「では、ダリアをよろしくお願いします。一応、全員の動きは目で追っていくつもりですが……」
「分かりました。ダリアちゃんなら全然問題無いように思えますが――ともかく、頑張りましょう」
足元で待機していたダリアを雨天さんの居る後衛組の中に預ける。預けると言ってもダリアだって戦力の一つ、しっかり仕事してくれることだろう。
『いってらっしゃい』
「こらこら、他人事みたいに。ダリアも戦うんだぞ」
「ふふふ――」
俺とダリアのやり取りを微笑ましそうに眺める雨天さん。自分でも思うが、戦闘前なのに緊張感が無さ過ぎだよな……
その後、俺たちは決められた自分の場所へと歩を進めていき、そのままの形でレイドパーティーが部屋の中へと進んでいく――そして部屋の構造を確認した。
相も変わらず、光の筋が行き交うパネルで作られた空間。縦横50メートル位の超巨大なドーム型の部屋。
至る所に空いた穴からは夥しい数の機械兵士が産み落とされ、俺たちに向け槍を構えた。
「ボスはあの青い色をした個体さ!」
何故か物理攻撃役のポジションにいたOさんが得意げに語ってみせる。
今もなお産み落とされ続けている機械兵士を眺め、余裕の笑みを浮かべ腕を組んでいる。
青い色の個体だって? どれも皆、青っぽい銀色の装甲をしているじゃないか。
同じ形の兵士がうじゃうじゃいるこの中で、どう見分ければいいのだろうか?
「止まっていた僕の王都クエスト。願っていた答えがこの先にある気がするよ――」
機械兵士の大群に向け、Oさんが大きく杖を振るう。
吹き上がった水流を合図に、銀灰さん達が走り出す。
第一の隠しボス戦が――始まった。