ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー③』
トラップタワー2F――第二実験室
何かがくぼむ、“ガコンッ!”という音を合図に射出された三本の矢。アルデの小さな背中を標的としたそれらは俺の剣の一振りによって破壊、消失した。
「残りの敵は六体です! 足元の罠には十分注意してください!」
必死に剣を振るうマリー様の鼓舞が戦場へと響き渡り、連戦により疲れの色を見せていたエミリさんとルーイさんの目に闘志が戻っていく。
《空間認識の目》による恩恵は絶大で、現在俺は、自分の召喚獣達だけでなくレイドメンバー全員の動きや敵モンスターの動きまで余すことなく見通すことができている。
誤って罠を作動させてしまったアルデのフォロー、Seedギルドの初心者二人へのカバーなど……視野が広くなったお陰か、余裕を持って手助けしてやれている。
「一気に消し去り、ます『魔神の三角形』」
残る敵全てを囲むように陣取る花蓮さんと風神雷神が同時に魔法陣を展開、地面から吹き上がる三角形の魔力波が天井へと突き刺さる!
何かがひしゃげたような音、散らばる部品達……突如湧いたロボット兵士の群れは今の一撃によって全滅、ゆっくりと扉が開く。
「……とりあえず罠はもう無いみたいですね。先に進みましょうか」
金属の屑と化したロボット兵士達を一瞥し、ナルハは扉の奥へと視線を向けた。
*****
先ほどの部屋を抜けた先一帯が敵の湧かない場所となっていたため、アリスさん指示のもと、俺たちは冷たい電子パネルの床に座り込んだ。
「みんなお疲れ様。おやつにしよっか」
武器の調整に取り掛かるレイドメンバー達を横目に、歩み寄ってきたダリアとアルデ、そして頭の上の部長へと魔石を配っていく。
魔石を受け取ったダリアとアルデは、あぐらをかく俺の目の前へとペタリと座り、真剣な表情で見上げた。二人共、頬っぺたで魔石を転がしている。
『戦闘の幅が広がった気がする。ダイキの戦いやすい方法に合わせようと思う』
『ダイキ殿の動きが数段良くなった! でも拙者達がついていけてない』
二人にこんな事を言われるのは初めてかもしれない――と、予想外の内容に動揺しつつも、今後のベストな陣形を頭の中で整理していく。
現在はアルデを軸にした戦闘方法が主で、部長が回復と強化・弱体化での援護、俺が流れ弾の防御や敵視調整・隙あらば攻撃・干渉、ダリアは離れた場所からの攻撃・アルデへ魔法武器付属のための支援……こんな所だ。
基本的にダリアとアルデの戦闘センスを頼るような陣形だといえるが、弱点を挙げるとすれば《二人共を軸にできない》こと。
本能のまま戦うアルデと、場面場面で魔法を変える頭脳的な戦いをするダリア。どちらも戦闘においては頼りになる攻撃役だが、タイプが大きく異なっている。
戦闘中、俺たちは常に前線で戦うアルデの姿を視界に入れていなければならない。ダリアは魔法補助、部長は回復補助、俺は防御補助だ。
アルデの動きを常に追っていかなければならないため、陣形を大きく広げられず囲まれてしまう事など日常茶飯事。その都度ダリアの範囲魔法で一掃し誤魔化しているが、これも格下相手にしか通用しない戦法だと理解している。
ダリアを軸にした場合、積極的な魔法の補助を受けられないアルデの火力が数段落ち、結果的にパーティ全体の火力低下に繋がってしまう。
空間認識の目によって、この陣形をどう改良できるだろう……
「空間認識の目を鍛えればパーティ共有も可能になり、ます。ただダイキさんだけでなくこの子達全員が使いこなせる必要が、あります」
「花蓮さん」
助言の方へと顔を向けると、そこには猫のイラストが描かれたマグカップを片手に立つ花蓮さんの姿があった。横にヘルヴォルと、コーラルを連れている。
「流石に、トッププレイヤーともなると詳しいですね。銀灰さんが技能を披露した時に驚かなかったのも、実は既に持っていたからですか?」
銀灰さんの戦闘風景を見ていたメンバーの中で花蓮さんとOさんだけは驚いていなかった事を思い出す。
俺の言葉に花蓮さんは「私は彼ほど使いこなせません、でした」と一言、俺たちの横へと腰を掛けた。
「皆さんが実践してダイキさんだけが使いこなせたあの技能……当然、召喚獣達にも向き不向きが存在、します。私の所はヘルヴォル以外、全員目を回してしまいました」
彼女の肩に乗るコーラルは『あの時は酷い目にあった』とでも言ってそうな、苦虫を噛んだような顔になる。
思えば俺はシンクロによる視界共有という、いわゆる助走を経たから平気だったのかもしれない。
「空間認識の目を陣形に取り入れようと話していた所なのですが……やはり難しいでしょうか? かと言って、銀灰さんのように一人で全員カバーというようなトンデモ技はできませんし……」
「恐らく彼の真似は誰にもできないと思い、ます」
少し離れた場所で、怒ったような様子のOさんを笑って宥める銀灰さんへと視線を移すと、自然とため息が漏れた。
銀灰さんのようなテクニックが俺にもあればこのパーティがひと回りもふた回りも強くなれるのに……
「ダイキさん、落ち込むのはまだ早い、です。逆にこの子達が全員問題なく空間認識の目を使えたとしたらどうでしょう? 私達には無理でしたが可能性は、あります」
と、花蓮さんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
出会った当初は全然表情が変わらなかったのに――などと関係のない事を考えつつ、再度ダリア達へと視線を移す。
“この子達全員が空間認識の目を使えたとしたら”
全員が全員、他のメンバーの様子を目で追う必要がなくなりカバーもスムーズに行える。俺が出していた指示も不要になるかもしれない。
『任された』
『話、聞いてなかったー』
『わからないけど、やってみる!』
頭の上で寝息を立てていた約1名を除き、目の前に座る召喚獣達は花蓮さんの提案を理解していた。
三姉妹の様子に再び笑みを浮かべる花蓮さん。そして、空間認識の目を使いこなすべく意気込むダリアとアルデは自分の瞼を指で“クワッ!”と開いた。
花蓮さん達ですら扱いきれなかった技能を全員が使いこなす……果たして可能性は何パーセントあるのだろうか?
花蓮さんは「それに――」と続ける。
「トッププレイヤーと称される人達の多くが使いこなしている技能こそ、この空間認識の目、です。かの召喚士ジェイコブ氏もこの技能に頼った戦闘を主としていると聞きます」
ジェイコブ……エキシビションマッチで圧倒的な強さを誇った海外の召喚士の名前だ。
彼の強さの一端を担っているのがこの技能、か。
「たとえこの技能がパーティ内でダイキさん一人しか使えなくても戦闘において大きなアドバンテージとなるはず、です。それに適した戦い方も自ずと見えてくると思い、ます」
「ふふ……では早急に、空間認識の目を鍛えなければなりませんね」
「当面の目標が決まりましたね」
討伐戦が楽しみです――と、花蓮さんは優しく微笑んだのだった。
*****
「げ、元気ですか?」
休憩時間も残り僅かといったタイミングで話しかけてきたのは、ケンヤ達に同行してきたプレイヤーの一人、エミリさんだった。
彼女は床を走るような光の線を指で追いかけるダリアとアルデに視線を向け、俺の方へと視線を戻し、そして誰も居ない所へと視線を逸らす。
それにしても、このタイミングで“元気ですか?”――か。初心者プレイヤーと聞いているし、初めてのレイドに緊張しているのだろうか……
「ええ、元気ですよ。ここまで順調に進んでこれたのでホッとしてます」
あぐらの中心で寝転ぶ部長の腹を撫でながら、なるべく優しい口調で続ける。
「貴女が罠の解除や戦闘で活躍しているのを見ました。エミリさんも、調子良さそうですね」
戦闘に支障が出ると良くない。まずは彼女の緊張をほぐしてあげるのが先決だろう。
エミリさんはぎこちない笑みを作り軽く会釈した後、震える手でダリアを指差した。
「娘さんを僕にください」
俺が思っていた以上に、彼女の緊張は重症らしい。