強敵達のいるところ
フィールド名は、温風の抜け道とあった。
風の町を包む優しい風とは違い、むわっとした熱を帯びた風が吹くこのフィールドは、奥に行くにつれ周りの草木が減ってきているように感じた。
辺りの水辺らしき場所も暑さのためか干上がってしまい、魚の骨やひび割れた土だけが虚しく残されていた。
「盾役がヘイト稼いでる間に白は双剣と槍の回復に専念! 俺が麻痺を掛けるから黒は強魔法よろしく! 盾役は魔法でできた隙を使って強化の掛け直し!」
近くでは二足歩行のトカゲ型モンスターに対し、六人が連携を取りながら戦闘を行っていた。
パーティでの連携は冒険の町付近のフィールドではあまり見られなかった光景なだけに、ここはそれなりに難易度の高いフィールドだと想像できる。
「ダリア、魔石食べるか?」
舐めてるというわけではないが、俺たちはあくまで平常運転だ。
――この後待ち受ける戦いが、熾烈を極める物だとも知らずに。
しばらく歩くと、目の前にモンスターが湧いた。
形状は先ほどのパーティが戦っていたトカゲ型モンスターで、持っている得物はメイスのような物だった。
【リザード・クレリック Lv.14】
戦闘が始まるや否や、リザード・クレリックは周囲に黄色い粉のような物を振り撒く魔法を放った。
「あ……れ? からだが……」
――まずい! まさか状態異常か!?
迫ってくるリザード・クレリックにどうする事もできず、身体は硬直し、新調した剣や盾も構える事すら許されない。
「っが!」
魔法型とはいえ人外のモンスター。身体を覆う鱗は筋肉により盛り上がっている上レベルも高い、腕力も相当な物だ。
間髪を入れず詠唱に入るリザード・クレリック。
今ので俺のLPは二割程削られ、未だ麻痺は続いている。
リザード・クレリックが次に放ったのは電撃で形成された槍。
紫電が迸るその槍が放たれ、恐ろしい速度で俺の身体を貫いた。
「ぐっ!!」
麻痺の効果が解けるのを確認し、素早く鼓舞術にて四つの強化を掛けた。
見ればLPは六割を切り、直撃していないとはいえダリアにも多少のダメージが入っている。
「ダリア、出し惜しみは無しだ。MPが切れそうになったら教えてくれ。今回は回復薬も持ってきてる」
定位置から降り臨戦態勢となるダリアに、回復薬の存在を知らせておく。
リザード・クレリックは再び、最初に放った麻痺の粉を振り撒く。同じ攻撃を二度も食らう訳にはいかないな。
大きく距離を取って粉をやり過ごした俺は、魔法が終わった瞬間を狙って一気に距離を詰めた。
バックラーで顔半分を覆うようにして突進しながら、右手の剣に技を溜める。
「『青の閃剣』!」
青色の光を帯びた一撃は、リザード・クレリックの腹部へと迫り……。
――弾かれる。
「なっ!?」
弾きだ。リザード・クレリックはメイスによって俺の剣を弾き、空いた手に溜めた炎の塊を振りかざす。
弾きによって生まれた大きな隙。どうする事もできない俺に、轟々と燃える炎が迫る。
――瞬間。俺の視界を一瞬にして通過した黒い何かがリザード・クレリックの肩に突き刺さった。
リザード・クレリックは堪らず魔法を解き、弾きによる硬直から解放された俺は大きく退く。
「助かった、ダリア」
相変わらず無表情のダリアは、新調した杖を突き出した状態でリザード・クレリックを見据えている。
今のは闇矢、速度と貫通力に優れる分、威力は高くない。
リザード・クレリックのLPは一割程度しか減っていない。
カチカチと歯を鳴らして威嚇してくるリザード・クレリックに、流れてもいない汗を拭いながら素直な感想が口から溢れた。
「おいおい……まるで格が違うじゃないか」
冒険の町付近のフィールドはお試しだったとでも言うのか?
開始早々、突進ではなく俺たちの動きを封じる魔法を放ったリザード・クレリック。
その上単調な攻撃に対して避けるだけならまだしも、弾きで隙を作って反撃の魔法だと?
状況はまだまだ俺たちが不利だが、血が沸くような感覚に内心ワクワクしている自分に気付いた。
「これからだっつーの!」
メイスによる鋭い攻撃に、俺は防御を余儀なくされていた。
攻撃の種類も振り払い、突き、振り上げ、突進と状況に応じて一番痛い所を突いてくる。
これで魔法特化だと言うのだからやってられない。
召喚獣であるダリアが高度なAIを持つように、モンスターであるこいつらも同様のAIを持っているのだろう。
「参ったな。盾弾きする隙なんて全然無いぞ」
攻撃速度が速すぎて弾きのタイミングが掴めない。技術者の心得もうまく機能していない状況だ。
盾突進によりリザード・クレリックの胸にぶつかり、弾き飛ばす。
数値的な筋力は俺の方が高いものの、技でも使わない限り、一回り近く違う体格差で押さえ込まれてしまうのが現状だ。
ダリアの魔法もなかなか決定打を与えられず、速度頼りの闇矢が数回決まっただけだ。
リザード・クレリックのLPはまだ半分程残っているが、俺のLPはゴリゴリ削られ三割を切っていた。
技はヤツの動きで封じられているため、SPはほぼ満タンに近く残っているものの……。
ダリアのMPも魔法の空振りにより、四割程消費されている。控えに回復薬があるためまだ余裕があるとはいえ、長期戦になると此方が不利なのは目に見えていた。
「って、糞、こんな時に」
鼓舞術の効果が切れた。次に使えるのは一分後だ。
リザード・クレリックはここが好機だと、凍てつく氷の槍を形成した。
かなりのMPを注ぎ込んだのか、リザード・クレリックも息が上がっている。
ここで何としても流れを変えねばやられる!
「近付きながら斜めに避ける。数秒のクールタイムに技を……っ!?」
――嵌められた。こんな事までしてくるのか。リザード・クレリックを見ると、微かに笑みを浮かべたように見える。
氷の槍に目を奪われていた俺は、足元に氷の床が出来ている事に、気付くのが遅れてしまった。
――時すでに遅し。ガチガチに拘束された足は全く動く気配が無く、氷の槍はバックラーで防ぎきれるかどうかも怪しい。
勝ち誇ったように、リザード・クレリックは氷の槍を投擲した。
「……なーんてな。うちには優秀な炎の娘がいるんだよ」
槍は俺に届く前に、炎の壁によって溶かされた。同時に俺の足元の氷も溶け、すかさずリザード・クレリックに駆ける。
「『赤の閃剣』!!」
クールタイムで動けないリザード・クレリックに初めて決定打が叩き込まれた。
――しかし、攻撃はこれだけでは終わらない。
走り抜けるように技を繰り出した俺がその場を離れると、ワンテンポ遅れて巨大な炎の柱が空へと伸びた。
ダリアが高威力魔法技の火炎柱を放ったのだ。
リザード・クレリックはこの二つの攻撃により、身体を光の粒子に変えた。
「……しんどいな。これからの敵が全部コレだと考えると」
堪らずその場に座り込みながら、小さな勝利を喜んだ。
俺たちは一度町へと戻って来ていた。
先の戦いにより、アイテム類の数が心許ない事に気が付いたためだ。
思ったより全然甘くない。装備を変えていなければ、先程のリザード・クレリック戦で全滅もあり得たかもしれない。
回復薬等の消費アイテムが並ぶ露店をいくつか回り、十分な量を蓄える。
【MP回復薬 Lv.3】
飲んだ若しくは浴びた対象のMPを300回復する
Lv.3 クールタイム0秒
分類:消費アイテム
【LP回復薬 Lv.5】
飲んだ若しくは浴びた対象のLPを600回復する
Lv.5 クールタイム10秒
分類:消費アイテム
【万能薬】
飲んだ若しくは浴びた対象の状態異常を回復する
クールタイム30秒
分類:消費アイテム
ダリアの生命線であるMPを回復する薬に加え、LPを回復する薬。そして先ほど苦しめられた状態異常を解除する薬など、数種に渡るアイテムを購入した。
回復薬にもレベルが存在し、上がるにつれ価格も効果も、そしてクールタイムという連続使用不可時間がつくらしい。
今更だと言われればそれまでだが、消費アイテムはやはり必需品なのだろう。
結果、先ほどの戦闘で手に入れたGにも手をつけ、所持金は残り607G。ある程度敵を倒してこれなければ、ダリアに満足な飯も食わせてやれない。
「じゃあ再出発といきますか」
その後も俺とダリアは湧いてくるリザード達を相手に死闘を繰り広げ、レベル上げを続けるのだった。