ダンジョン『機械仕掛けのトラップタワー①』
横幅10メートル、高さ10メートル程の巨大な通路が延々と続く光景を前に、思わず後ろを振り返る。
通ってきた入り口は遥か遠い。
「ステルベンの発明の一つ、“空間拡張機能”。ダイキは機械とかに疎そうだから軽く説明してあげるけど、元の部屋の広さを何倍にも拡張する技術だよ」
「どうもご丁寧に……あと、口調が戻ってますよ、マリー様」
「あ!!」
得意げに語るマリー様だったが、俺以外にも人が居ることを忘れていたのか、口調がいつも通りのソレになっている。
すぐさま口を押さえるマリー様。
すかさずナルハが無邪気に笑う。
「大丈夫ですよマリー様。僕らは口外しませんし、寧ろリラックスしてもらっていたほうがスムーズに進めると思います」
ナルハのフォローに顔を赤らめ身を縮めるマリー様は、小さく「じゃあ、そうする」と呟いた。
トラップタワー内部は大理石のような色と高度を誇るパネルに覆われ、定期的に光の線が行ったり来たりを繰り返している。
マップに表示された道もしばらくは一本道、敵でも出てこない限りは別段イベントは起こらなそうに思える。
ダリアは俺の横で歩いているが、部長もアルデも遊びに出かけているのか姿が見えない。緊張感も何もあったものではないな。
「や。ダイキ君達と協力プレイをしたのは今回が初めてだよね? 改めて、今日はよろしくね」
「はい。よろしくお願いします、銀灰さん」
鎧が擦れる心地の良い金属音を響かせながら、ダリアを挟む形で銀灰さんが並んだ。
ダリアが『よう』と言わんばかりに軽く手を挙げ挨拶する。
「それにしても機械仕掛けのトラップタワーか……またなんとも、難ありなダンジョンに誘ってくれたもんだな」
銀灰さんの隣を歩くケンヤが辺りを見渡しながら言う。前を行くナルハ達に聞こえぬよう、口元に手を当てている。
「確かにね。でも、今回の過剰戦力がこのクエストの新たな攻略ルートを開いてくれそうな気がしてならないよ」
ケンヤの言葉に対し、銀灰さんが楽しそうに笑って答えてみせた。
事前に掲示板で注意点等は押さえてはいるものの、ストーリー内容は見ていない。
「すみません。話の内容がよく理解できないのですが、ストーリーの核心に触れない程度で教えてもらえませんか?」
この先に何があるかは不明だが、このダンジョンアタックによってナルハやマリー様、それに他のNPC達へどのような影響が及ぶのかを全て人伝に聞くのは違うと思う。ただ、これほどの面子に集まってもらったからには多少の無茶もできるだろう。できる限り良い結果で終結させてやりたい。
見上げるダリアの頭を撫でてやりながら問う俺に、銀灰さんは柔らかい笑みを浮かべ、それに答えてくれた。
「うんうん。ダイキ君はクエストに関して、竜の戦士や大兵器と同じ“現実思考タイプ”のプレイヤーみたいだね。慎重になるのも頷けるよ」
加えて銀灰さんは、その“タイプ”についても解説してくれた。
何度でもやり直しができるストーリークエストにおいて、一般的にプレイヤーは“現実思考”と“理想思考”の二つのタイプに分かれるという。
現実思考はクエストのやり直しをせず、起こってしまった事をそのまま受け止め前に進む少数派のプレイヤー。
理想思考は自分が考える、または最も良い報酬が得られる理想のルートにたどり着くまでクエストをやり直すタイプのプレイヤー。
やり直しが可能とされているストーリークエストにおいて、運営側が推奨しているのは後者だと推測できるが……
「納得のいかないクエスト結果が出たらやり直すんですか? それじゃあマリー様達が不憫では……」
「本当にそう言い切れるか?」
俺の言葉を、ケンヤが食い気味に遮った。
「プレイヤーの行動がキッカケとなってルートが激しく変わるストーリーにおいて、やり直しがきくのは素直に有難いぞ。報酬や好感度が変わるのは勿論、該当人物の運命も決められる」
そのままケンヤは前を歩くマリー様の背中を指し、小声で続ける。
「たとえばマリー王女だが……本来ならトラップタワー攻略前に、高確率で死ぬ」
「えっ?」
思わず零れた俺の声に、反応したマリー様がくるりとこちらへ振り返る。
「ダイキ? どうしたの?」
「あ、いや……なんでもないです」
慌てて取り繕う俺に、マリー様は口を尖らせ目を細め、ジロリと睨む。
「何が起こるか分からないんだからちゃんと警戒してよー? それに、さっきから知り合いの異人とばっかり喋って……」
不満げにぶつぶつと呟くマリー様を見て、彼女の隣を歩くナルハが苦笑しながら振り返る。
「ダイキさん、たまにはマリー様も構ってあげてくださいね」
「な、ナルハ殿! 私は別に構って欲しいわけじゃありませんっ! 集中してください、集中!」
マリー様は慌てた様子でナルハの肩を掴み、無理やりに向きを変える。
幼い頃から嘘つきのレッテルを貼られてもなお腐らず、何年も聞こえるアネモネさんの声に応えようと自分を鍛え、逞しく先頭を行く彼女。
そんなマリー様がストーリー上、高確率で……死ぬ。
「そんな悲しそうな顔しちゃダメよダイキ君! 今回のストーリー内容は異例も異例、ナルハとマリーが揃って参加なんて前代未聞なんだから」
物凄い勢いで隣にいたダリアを拾い上げたアリスさんが、俺を励ますような口調で言う。
頰ずりされて迷惑そうなダリアだったが、特に嫌がっている様子はない。
「たしかチャットの時も言ってましたが、そんなに珍しい状況なんですか?」
「相当珍しいわね。現状だけでも攻略掲示板なんかに書き込んだ日には大騒ぎになること間違いなしよ」
「まあ、書き込まれたのが攻略メンバーの名前だけでも大騒ぎになりそうっすけどね……」
ニヒルな笑みを浮かべるアリスさんと、引きつった顔で呟くケンヤ。
そんな二人を面白そうに眺めながら、銀灰さんが口を開く。
「このストーリークエスト……機械仕掛けのトラップタワーは“鬱クエ”と呼ばれていてね、今でも多くのプレイヤーが新しいルートを探しては挫折している複雑なクエストなんだ」
言いながら、延々と続く機械の壁に触れる銀灰さん。
手を付いた場所から緑色の光が広がり、木の根のように壁中を伝って消える。
「そんなクエストなのに、ダイキ君はナルハとマリーの二人を生存させたまま、トラップタワー攻略メンバーに加えている。更には戦乙女や大兵器といった面子まで参加しているっていうのは……今日ここで新しい道が示されるっていうのを期待しちゃうのも、変な話じゃないと思うんだよね」
どこか寂しげに語る銀灰さんの瞳には、ナルハと言い争うマリー様が映っていた。
彼もまた、挫折したプレイヤーの一人なのかもしれない。
*****
トラップタワー1F――防衛ルームa
こぶし大の水球と、バスケットボール大の水球、そしてアドバルーンを彷彿とさせる大きな水球が警備ロボ達をなぎ倒し、次々に屠っていく。
刀についた血を振り払うかのごとく杖を動かし、雨天さんが一息ついた。
「ルーイさん、魔法の選択は良かったけれど、標的の選択スピードがまだ甘いです。今の状況をおさらいしてから……」
魔法を使ったのは、レイド初参加のルーイさんとSeedのサブマスターの雨天さん。そして魔法職の頂点に君臨する大兵器のOさんだ。
二人に対し、格の違いを見せつけた彼であったが、まだゲームに慣れないルーイさんと、彼女に指導する立場の雨天さんにとっては次元が違うため、あまり参考にならなかったようだ。
そんな事は知らんとばかりに、ドヤ顔で二人に近づくOさん。
「力とはなにか? 強さとはなにか? 考えた事はあるかい、若き魔女よ」
得意げな彼の言葉に、ルーイさんは可愛らしく小首を傾げた。
「経験値とステータス、でしょうか?」
「チガイマス!!」
ルーイさんの答えに納得がいかなかったのか、自分の防具をこれでもかというほどバサバサさせ目をひんむいた。
「課金だよっ! KA・KI・N! 」
「あ、あの……経験値チケットとかなら一応……」
「足りないよっ! もっとこう、じゃぶじゃぶ使わなきゃ強くなれないんだよ!」
溺れるようなジェスチャーをしてみせるOさんに、黙って聞いていた雨天さんが冷ややかな視線を送る。
「……むやみやたらと大量課金を強要しないでください。この子はまだまだ始めたて、どんな課金装備ならこの子に合っているのかなどの具体的なアドバイスをしていただけると助かります」
「わ、わかった!」
雨天さんのオーラに押され、笑顔を凍らせたOさんがルーイさんにオススメ装備を紹介していくのがみえる。
ともあれ、俺が間に入らずとも、フレンド同士で仲良くなってくれているようで安心した。
「お、驚いた……罠が驚異の建物とはいえ、ここまで一方的に敵を排除できるなんて……」
「俺が信頼する仲間達ですからね。無事アネモネさんを救出し、マリー様に怪我もさせませんから」
罠の場所はナルハの危険察知で特定できるし、罠の解除はトルダとエミリさんが行える。ここまで一度も危険な目に遭わなかったのは、この三人の活躍があってこそといえよう。
敵の処理に関しては盤石も盤石、打ち出しの早い魔法職組の攻撃によって、一瞬の内に倒されていく。
レベルの差がありすぎるため当然といえるが、圧倒的である。
「そことそこに罠があります!」
「はいはーい。じゃあエミリちゃんは右のをお願いね」
「くっそ、こき使われまくってなかなかお義父さんに近付けない……ぶつぶつ」
先の道を警戒するナルハが指さした場所をトルダとエミリさんがすかさず処理に当たる。
エミリさんはどこか不満げな表情を浮かべているが、次々飛んでくるトルダからの指示を断れずにいるように見える。気の毒だ。
そんな光景を楽しそうに見つめる銀灰さん。花蓮さん達もそうだが、紋章ギルドの面々もまた、未だ戦闘において出る幕が無い。
「さっき僕は“今回の過剰戦力がこのクエストの新たな攻略ルートを開いてくれそうな気がしてならない”って言ったよね?」
腕を組みながら、茶色の目を細める銀灰さん。俺はそれに頷いた。
「それは、このダンジョンに眠る何体かの敵を、これだけの面子がいれば倒せるんじゃないかという推測からなんだよ」
「何体かの……敵」
「隠しボスとも言うかな」
隠しボス――剣王の墓に居たあの巨人囚人みたいな存在だろうか?
「隠しボスっていうくらいだから倒さずとも攻略は可能なんだけど、今回は思い切って全部倒して回ってみないかい? ダイキ君」
自信に満ち溢れたその言葉を受け、改めて周りにいる面々に視線を向ける。
戦力は申し分ない。適正レベルも踏まえ、更に銀灰さんのこの自信。
未だ誰も理想の道にたどり着けていないストーリークエスト。
またとないチャンスに、俺は自然と首を縦に振っていた。
「皆の了承を得てから、隠しボス討伐に行きましょう」
俺の言葉を聞いた銀灰さんは、「そうこなくっちゃ」と、満足そうに笑って見せた。