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五年前の事件

 

 薄暗い檻の中、おもちゃで遊ぶダリアとアルデに既視感を覚えつつ“迎え”を待つ。


(「――ごめんなさいダイキ様。すぐにお迎えに参ります」)


 突然の抱擁の最中に呟いた彼女の言葉に従い、門番に連れられ大人しく牢屋へと閉じ込められた俺たち。

 恐ろしく理不尽ではあるものの、その前の門番達のやり取りから察するに……どこか事情を抱えていたようにも思える。


(「王女様の知り合いか?」)

(「知らんが、王族に触れた時点で罪人だろう。やはり牢屋に連れて行くぞ」)


 彼等自身、迷っているとも取れる会話に加え、その表情にも戸惑いの色が見て取れた。

 ある事件を境に規則が変わったとも説明していたし、その事件とやらを調べれば城内部で起こっている事の全貌が明らかになると考えられる。


 前とは違う何処かに造られたらしきこの檻ではあるが、真ん中に設置された強固な扉をぐるりと囲うように並べられている事が分かる。

 真ん中の小さな建物が番人の部屋だと考えると……一望監視型タイプの監獄であると考えられる。

 檻自体の数が増えている事も、強度が増している事も一目で分かった。


 マリー様があの姿にまで成長する過程で城に何があったのか、やはりその鍵は“事件”にあると考えていいだろう。


「よう新入り。お前も依頼されたのか?」


「!」


 突然掛けられた声の方へと視線を移すと、二つ向こうの檻に男が囚われているのが見えた。

 癖のある長髪と無精髭、年齢は30代後半か……見た目の所為か、正確な所は分からなかった。


 何かありそうだな。


「そんな所かな」


「まあこの檻に連れてこられる大罪って言ったら、王族暗殺未遂くらいだからな。依頼料はいくらだったんだ?」


 思わず話に乗ってしまったが、男は全く警戒する様子もなくペラペラと自分の罪状を語ってみせる。


 王族暗殺未遂……それに依頼、か。


「今となっては1Gにもならないな。他の奴等も、王族を狙ってるのか?」


「当たり前だろ。あの狂った発明家ステルベンが帝国に力を貸してる今、色んな有用武器が無償支給される。騎士を殺っても大金だぜ?」


 なるほど……事件の内容がなんとなく分かってきた。


 俺はあの時マリー様を追ったが、ステルベンはそのタイミングで雲隠れしたに違いない。あの建造物は彼にとって、見られてはならない代物だったのだろう。

 ステルベンという天才発明家が帝国に堕ちた今、与えられた武器を手に、この男のような金に目の眩んだ暗殺者が王族を狙い始めた……と考えられる。


 マリー様の方から抱き付いてきたという状況を見ていた筈の門番が、それでも俺たちを捕らえた訳は、それほどまでに城内が切羽詰まっているという可能性があるな。


 今後の役に立つかもしれない。

 この男から色々と情報を聞き出しておこう。


『悪い目をしてる』


『こういう大人になるんじゃないぞダリア』


 そんな俺をジト目で見上げるダリアに詫びを入れつつ、俺は男の会話を更に進める。


「それにしても、帝国も良くステルベンを受け入れたよな。元々王都の人間だった奴なんて、信用できないだろう」


「帝王が何を考えてんのか下っ端の俺には分からねえが、信用たり得る何かを渡されたってのが、傭兵内でのもっぱらの噂だったぜ」


 あの帝王が納得する代物ってのは、一体どんな物なんだろうな――と、男は楽しそうに語った。


「なんでも、“竜種に匹敵する古代の知恵”とかなんとか。国を真っ二つにできるでっかい剣だとか、魔法障壁を軽々貫通する強力な魔導砲とか噂されてたぜ」


 恐らくは何かしらの兵器だろうとは思うが……この男自身、それが具体的に何なのかは分かっていない様子。

 飛行船やその他様々な発明を世に排出してきた男の兵器。考えただけでも、恐ろしい。


「次の戦争でソレを使うとか言ってたな。なんの対策もしてない王都は一瞬で火の海だぜ……まあ、俺とお前はその前に処分されるんだろうけどな」


「……」


 そして――重々しい音が部屋内に響き渡り、男は一つ舌打ちをした後、黙り込んだ。

 視線を移すと真ん中に設置された扉が開いており、複数のシルエットが見える。


「すみませんでした、ダイキ様。牢屋の鍵を盗むのに手間取ってしまい……」


 先頭に立っていたマリー様が、俺たちの居る牢屋の方へと駆け寄ってくる。

 鍵穴に何かが突っ込まれる音と同時に、マリー様の後ろにいた誰かが面倒臭そうに呟いた。


「久々の再会がまた(・・)牢屋かよ」


「毎度ご迷惑をおかけします、フレイルさん」


 俺の言葉に反応したのは、彼の隣に居たシルエット。

 開け放たれた扉を飛び越え、中のダリアとアルデに抱きついた。


「ダリアちん! アルデちん! 久しぶりー!」


『あ、ローズマリーだ』


『やっほー!』


 フレイルさんの召喚獣であるローズマリーだった。暗くてほとんど見えないが、足元で二つの瞳が光っている。


「まったく……こんな混乱した状態の城を訪ねてくるなんて」


「ごめんビビアン、全然知らなかったんだよ」


 マリー様がここに来るまでの間に何があったのかは分からないが、どこかで聞きつけたフレイルさん達も心配して俺たちに会いに来てくれたのだろう。

 扉の所で腕を組んでいる人物は、恐らくオールフレイさんだな。


「説明は後で、今はフレイルの部屋に急ぎましょう」


「とりあえず、了解」


 マリー様に煽られるように檻から出た俺たちを、囚われた帝国の傭兵が怒鳴りつける。


「てめぇ城の回し者か! 汚ねえ騙しやがって!!」


「色々参考になりました。ありがとうございます」


 もはや彼方が勝手に情報を漏らしてくれたので思わぬ収穫となった。

 この情報を王都側が知っているかどうかはさて置き、彼とはここでお別れとなる。


 男とのやり取りを不思議そうな顔で聞いていたマリー様へ「行きましょう」と声を掛け、俺たちは薄暗い監獄を後にした。



*****



 フレイルさんの部屋は、部長の相談をしに訪ねた五年前の時と全く変わらなかった。

 一人用のソファに腰掛けるマリー様と、その斜め後ろに立つオールフレイさん。俺はフレイルさんと対面するような形で、複数人用のソファへと腰を掛けた。


「ビビアンも言ってたが……お前、よりによってこんな状況で訪ねてくるなよ……」


 ちょっとやつれた様子でフレイルさんが頭を掻く。

 手馴れた様子で紅茶を淹れ、皆の前へと置いていくローズマリー。片手に持つお菓子が無ければ完璧だった。


 彼等と交わした会話の中で、マリー様と地下の建物を見た日から既に五年間もの月日が流れている事を知り、再び既視感を覚える。

 そして幾つかの質問の後――俺たちがこの五年間で起こった事を一つも知らないという事が判明し、フレイルさんに説教をもらっていた。


 怒りたくなる気持ちも分かるが……やはり理不尽である。


「――この五年間、ダイキ様が何をしていたのかはあえて聞きません。とりあえず、この王都が置かれた状況についてお話ししましょう――オールフレイ」


「はい」


 今や立派な指導者たり得る女性へと成長したマリー様は腕を組み、オールフレイさんへ説明するよう促した。

 後ろに立つオールフレイさんは短く返事をし、説明を始める。


「簡単に説明すると、ステルベンが逃亡した。それに伴い帝国からの暗殺者が増加し、王は新たに二つの規則を設けた。それが《王族と接触した者、その恐れがある者を捕らえる》《実験室の立ち入りを禁止する》というものだ」


「……俺はその一つ目に該当したために捕らえられたんですね」


「ごめんなさい。抱き付いてから気付いたの……」


 俺の言葉に、マリー様が申し訳なさそうに顔を赤らめ俯いた。

 横に座るダリアが彼女をじぃと睨んでいる。


「鍵の件も一通り、この後俺様とオールフレイの旦那とで揉み消してくるから心配すんな。幸い、あの坊主とも知り合いみたいだしな」


 フレイルさんの言う“あの坊主”とは、恐らくナルハの事だろう。

 とはいえ、こんな見境なく部外者を捕まえる規則が設けられたのにも拘らず、冒険者たるナルハを城内に招き入れた理由がますます理解できないが……


 その事をフレイルさんに伝えると、彼は一度マリー様の方へと視線を向けたのち、それに答えた。


「あいつは“選ばれし者”だからな。帝国とやり合う上で必要なのは、過去の英雄達が持ってたとされる“力”を持つ選ばれし者だけだと王が言っている。俺様達だけじゃ物足りないらしい」


「おい、フレイル」


「へいへい」


 かなり不服そうに言うフレイルさんに、オールフレイさんが睨みを利かせる。


 力とは、マリー様も持つ特殊な能力の事だろうか? それとも、洞窟内でタリスと見せた光を纏うパワーアップの事だろうか?


 或いは、そのどちらもか。


 それじゃあ俺様達は揉み消しに行ってくる――と、オールフレイさんやローズマリー達を連れ部屋を後にするフレイルさん。

 部屋内に取り残されたマリー様は紅茶を一口すすった後、神妙な面持ちで口を切る。


「ダイキ様……いや、ダイキ。ダリア、部長、アルデ」


 今までずっと貼り付けていた威厳ある表情がフニャリと崩れ、まるで五年前の彼女がしていたような、子供っぽい顔付きに変わった。


 ブルーの瞳から、大粒の涙が溢れる。


「あいだがっだよぉーーーー!」


 無骨な籠手で顔を覆い、大声で泣きだすマリー様。

 表面上は強い女性に成長した彼女だったが、中身はまだまだ子供の部分が残っていたようだ。


「ご、ごめんなさい」


「わたくしと会いたがる人は皆、力が力がってそればっかりで全然好きになれないんだよぉーー! オールフレイはずっとあの調子だしフレイルは意地悪だし、寂しかったんだよぉーー!」


 その後……心配して慰めるダリアとアルデ、そして彼女達が持ってきたフレイルさんのお菓子(ヘソクリ)をやけ食いするまで、泣き出した彼女は止まらなかった。

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