交差するストーリー
数秒の暗転が終わり――何故か王都ポータル前まで飛ばされている事に気付く。
ダリアとアルデも、わけがわからない様子で周囲を見渡しているのが見える。
あの建物は?
ステルベンは実験室で何を?
マリー様は?
「……一度落ち着こう」
こんがらがる頭の中を整理し冷静に今の状況を把握すべく、ゆっくりと歩き出す俺たち。
『あれー? いつの間に外に出たのー?』
いきなり明るい場所に移動したためか、眠そうに、そして不機嫌そうに部長が呟いた。
『ほんと、いつの間にだろうな。俺もよくわからないけど、とりあえず城の方に行けば何かわかると思うんだ』
そう返しつつ、遥か先にそびえる立派な城を視界に収める。
第一に、マリー様の安否確認をしておきたい。そしてあの時何が起こったのかが知りたい。
賑やかな風景へと変わっているため、もう抱っこされる必要はないのだが、アルデはどこか居心地良さそうにしがみついて離さない。
『……』
チラリとこちらに視線を向けるダリアだったが、彼女が抱っこをせがむ事はなかった。
腰の後ろで手を結びながら、のんびりと先を歩き出す。
そろそろ親離れなのか……? いやいや、流石にまだ早い。あと10年は甘えてもらいたい。
ダリアの成長を垣間見てあれこれと悩んでいる中で、先を歩く、どこかで見たことのある背中に気付いた。
金色のポニーテールと、トレードマークのスカーフが風に靡く。
腰に携えた剣が短くなったのか、それとも彼の身長がまた伸びたのか……よく使い込まれた鎧も相まって更にたくましくなったように感じる。
『やっほ』
俺より先に気付いたらしいダリアが彼の横まで駆けていき、鎧をつつきながら自分の存在をアピールした。
「……え? あれ? ダリアちゃん?」
すぐに気付いたナルハは驚いたようにダリアを見た後、付近にいるはずの俺を探すように視線を動かすのが見えた。
そうか――彼との再会は、確かクエスト内容に書いてあったな。
「よ、ナルハ」
後ろから声をかけ手を振る。
俺に気付いたナルハは、まるで子供のように無邪気に手を振り返した。
「ダイキさん! お久しぶりです、一年ぶりですか?」
俺の空いてる方の手を取り、ブンブンと握手するナルハ。
ストーリー的にはタリス達と共に風の町を救ったのは一年前になっているのか……
「久しぶりだな。王都に用事か?」
と、クエスト内容を再度確認しながら聞いてみると、彼は少し照れ臭そうにはにかんで見せた。
【ストーリークエスト:機械仕掛けのトラップタワー】推奨Lv.40
第二王子の剣術の稽古を付けるため王都へやって来たナルハは、城内部にて、巷で噂の絶えない“虚言姫”に出会う。彼女の言葉を聞いたナルハは……?
???[0/1]
報酬:経験値[31055]
報酬:G[50000]
これを見れば、用事の内容が《第二王子に稽古をつけにきた》という事が分かるが――騎士達が居るにも拘らず、わざわざ冒険者のナルハに頼む意味がよく分からなかった。
クエスト内容には、ナルハが城内でマリー様と会う事が書かれている。とりあえず、彼について行けばマリー様と合流できるだろう。
「恥ずかしながら、第二王子様の剣の指導を頼まれまして……どこでどうなったら、こんな僕に声が掛かるのでしょうか」
困ったように頭を掻きながら苦笑するナルハ。
まだまだ自己評価の低い彼ではあったが、名誉ある役割であるため満更でもなさそうである。
「王子様の稽古か! すごい、大役じゃないか! 俺たちもどこかで観させてもらうよ」
俺の言葉に、ナルハは嬉しそうに「ありがとうございます!」と答えた後――
「ですがダイキさん……言い難いのですが、招待がない限り一介の冒険者が城内に入るのは……不可能だと思います」
と、忍びなさそうに言ったのだった。
*****
王都――城門前
視線の先には、困ったようにこちらへ振り返るナルハと、道を阻むように槍をクロスさせる二人の門番が写っている。
王様から直接呼ばれているナルハは当然ながらすんなり進む事ができたのだが……俺たちは許可されていないらしい。
思えばマリー様やオールフレイさん、召喚士のフレイルさんと面識があるだけで、俺たちはただの馬の骨である。以前しっかりと検査したはずなのだが、どうやら決まりが変更されたようだ。
「どうしても入れてもらえませんか?」
「すまないが無理だ。ナルハ殿は例外だが、部外者の立ち入りは原則禁止となっている」
何度頼んでみても、返ってくる言葉はこれの一点張りだ。
門番曰く、過去起きた事件を境に規則が変わったらしいのだが……さて、どうしたものか。
「何事ですか」
後方からの女性の声に槍を構えていた門番が慄くように武器を収め、元いた場所へと戻っていく。
威圧するような声色だが、どこかで……
ゆっくりと振り返り、思わず目を擦る。
横にいたダリアも、抱っこされていたアルデも彼女の顔を見た瞬間『あっ!』と声を上げた。
「ここは王族が住まう場所であ……ぁれ?」
鎧を着込んだその女性が呆れたように目を瞑り、不機嫌そうに腕を組みながら諭すように言う途中――やっとこちらに目を向け、そして固まる。
この子もか……ナルハやタリス同様に、一つ前までのクエストからかなりの月日が流れていると推測できる。
クリクリとしたブルーの瞳や金色の髪は変わらないが、顔付きが既に大人の女性のソレだ。
やんちゃっぽさはすっかり抜け、王族たる気品が溢れている。
服装はドレスアーマーというやつだろうか? 騎士が着るタイプとは少し違い、見た目の煌びやかさに重きを置いたその鎧はとても美しい。
少女の声をたどり、不気味な建造物を目の当たりにした日から何年経過しているのだろうか? まだアネモネさんの声は彼女に届いているのだろうか?
「あ、あぁ……」
『マリーだ! わーい!』
青緑色の籠手で指差し、口をパクパクさせるマリー様。硬直状態の彼女に向かい、俺の腕から離れたアルデが張り付いた。
「あ、アルデ? わ、わたくしの事、覚えてますか?」
『当たり前でしょ? 綺麗になったねー!』
彼女はタリスのように召喚獣の声を聞くことは出来ない様子なので、通訳して伝えてやると、ぎこちない笑みを浮かべる。
そして――
「ダイキ、ダイキ……様? あの日から今日までいったい何処へ……?」
「すみませんでした。マリー様が“強くなる”のを待っていました」
狼狽えた様子で、彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
俺としては、亀を助け海の中に連れて行ってもらった昔話の主人公のような気分なのだが、ここは上手く切り返す。
(「行っても、わたくしはただ死ぬだけ。もっとつよくならなきゃ……あの子はきっと、ずっとあのままだから」)
不気味な建造物を背に誓った彼女の言葉。今の彼女の姿を見るに、長い年月を掛け本当に己を鍛えてきた事がハッキリと分かる。
申し訳なさが入り混じる苦笑いを向けた瞬間――無言で飛び込む彼女により、息が止まるほどの抱擁を受けた。
横のダリアが、あんぐりと口を開けているのが見える。
「王女様の知り合いか?」
「知らんが、王族に触れた時点で罪人だろう。やはり牢屋に連れて行くぞ」
そして俺たちは無事、城の内部に進む事ができたのだった。