側近の気持ち
薄暗い鉄製の檻に、チャンバラの音が響きわたる。
簡易ベッドで寝息を立てる部長を撫でながら、暇つぶしにと出してやったおもちゃの剣で遊ぶダリアとアルデ。
優秀な異人冒険者(という噂らしい)が、今や王女誘拐の犯人となった俺たちだったが……なんと余裕な状況だろうか。
無骨な石階段から鎧を着た誰かが降りてくる音が聞こえ、壁に付けられた松明にそのシルエットが浮かび上がる。
「釈放だ。さっさと出ろ」
「あれ、フレイルさん」
こんな所で何してんだよと言いたげな表情のまま、彼は階段の方へと顎をしゃくってみせた。
「ったく、仕事増やしやがって。じゃじゃ馬王女はピーピー泣くし、最悪だぜ」
苛立つ様子を隠そうともせず、乱暴に頭を掻きむしるフレイルさん。
「……俺たちを釈放してくれたのは、マリー様ですか?」
「俺様の権限だ。俺様は王に認められた《王都騎士》、お前ら程度の罪を消すくらいわけない。旦那の頼みでもあるしな」
俺の言葉に、フレイルさんは肩を竦めてこう答える。
今までフレイルさんの立ち位置がイマイチ分からなかったが、王女誘拐の罪人を釈放する程の権限を持っているとなると、やはりただ者ではなさそうだ。
牢屋からテクテク出ていくダリアとアルデを追う形で部長を抱き上げ扉をくぐり、階段を上っていく――と、小さな影が俺の胸へと飛び込んできた。
「ごめんダイキ! わたくしのせいで迷惑をかけた」
罪の意識からか、わんわんと泣きじゃくるマリー様。
牢へと続く階段の両脇に立っていた騎士達はこの光景に動揺し、向こうから歩いてくるオールフレイさんは苦笑いを浮かべている。
「罪状が王女の誘拐だっただけに、ここまで王女に懐かれているのが不思議なんだろう。王女の脱走に巻き込まれただけだと何度言ってもなあ……」
行き交う騎士達の様子を眺めながら、オールフレイさんは額を掻いた。
首が飛ばなかっただけでも儲けものでしたよ――と返しつつ、未だ泣き止まないマリー様を優しく引き離す。
「どうですか? マリー様が脱走すると、こうやって周りに迷惑がかかるのがわかりましたか? マリー様は自分の行動に責任を持たなければなりませんよ」
「……わかった」
仲良く遊んだ面子が問答無用で牢屋へと連れて行かれる光景は、流石の王女にも堪えたらしい。王女は素直に頷き、鼻水をすすった。
『ダイキは言い過ぎ。マリー、気にしないで』
『じーっ』
マリー様を庇うように両脇に立つダリアとアルデは俺をジロリと睨んだ。
厳しいようだが、毎度のことのように脱走されては王女の命が危ない。ここは心を鬼にする必要がある。
マリー様のフォローを二人に任せ、腕を組んで立つオールフレイさんとフレイルさんへと視線を移す。
「色々あって、すぐに連れ帰ってやれませんでした。すみません」
「謝らないといけないのは私も同じだ。部屋の前に居たのに中の異変に気付けなかったのは私の失態、申し訳なかった」
互いに謝る俺たちを、フレイルさんはため息を吐き眺めている。
「ともかくこれで一件落着だ。俺様は仕事に戻るが妙な行動は慎めよ、二度は庇えねえ」
「ありがとうございました」
ぶっきらぼうにそう言ったフレイルさんは踵を返し、自分の仕事部屋がある二階へと上っていった。
彼と知り合っていなければ、俺たちは釈放されずに違うイベントへと進行していた可能性は否定できない。
そう考えると――やはりストーリークエストの分岐部分は、恐ろしく細かく設定されていることがわかる。
*****
場所は変わって、ここはオールフレイさんの部屋。
本棚にぎっしりと詰まった難しい書物の数々。きちんと整頓された書類が机の上に積み上げられており、真面目であろう彼の性格がよく分かる。ただ単純な仕事部屋という印象を受けた。
「座り心地は保証できん」
「ありがとうございます」
オールフレイさんが用意してくれた来客用の椅子に座りながら、上座のマリー様へと目配せする。
マリー様が抱える問題と、少女の話。これをオールフレイさんに話してもいいかどうかを確認する必要があった。
もちろんだが、城にあるという少女の手掛かりを探す中で側近たるオールフレイさんの目を盗むのは難しい。できれば彼には協力してもらいたい。
マリー様も決心したように頷いてみせた。
俺は、自分用の椅子に座るオールフレイさんに視線を移し、意を決して口を切った。
「オールフレイさんにお話があります」
唐突だった事に加え、俺たちが皆真剣な表情である事にただならぬ雰囲気を察したのか、オールフレイさんは既に聞く姿勢になっていた。
「実はマリー様の事で……」
「マリー様の《才能》については理解している。城の中で、唯一私だけだがな」
彼の言葉に大きく動揺したのはマリー様だった。
満を持して俺に打ち明けた様子からして、彼女はずっとこの事を誰にも言わず過ごしてきたと考えられる。
それが、一番身近にいたとはいえ、側近たる騎士に既にバレてしまっていたとは……
しかし――
「なぜ、それをマリー様に言わなかったのですか? 彼女は自分の力にずっと悩んでましたよ」
これでは、見て見ぬ振りではないか。
この年の少女に一人で抱え込ませるのはあまりにも不憫。もっと早く打ち明けてあげれば良かったのではなかろうか?
少し怒りの色を込めた俺の言葉に対し、オールフレイさんは至って冷静な雰囲気を乱さぬまま、それに答えてみせた。
「それがマリー様を傷付ける結果となっても、マリー様の命には変えられない。今までも、そしてこれからも態度を変えることはない」
「……」
彼の返答になっていない返答に対し、一番に不満をぶつけたのはマリー様だった。
目には涙を溜め、顔を真っ赤にしながら立ち上がる。
「なんで?! なんで、わたくしのみかたになってくれないの? オールフレイはわたくしの事が嫌いなの?!」
オールフレイさんの言い分は、確かにマリー様からしてみれば《理解はしているが協力はしない》と言われているようなものである。
色々な事があって弱っている彼女に対し、この発言は無慈悲すぎる。
「申し訳ありません」
「オールフレイ!」
彼女の嘆きにも似た叫びは、それでもオールフレイさんには届かない。
彼は黙って目を瞑り、ただ一言、静かに謝るだけだった。
口を一文字に閉じ、しばらく黙っていたマリー様が部屋から飛び出す。
「……何か訳ありみたいですね。俺はマリー様を追いますが?」
席を立ち、諭すように言ってみるも、オールフレイさんは動かず「すまない」と呟くだけだった。
彼も彼で、何かを抱えているのだろうか。
ともかく、今は精神的に不安定なマリー様の側にいてやる事が第一優先だ。
俺たちはそのままオールフレイさんの部屋を後にし、マリー様の後を追いかけた。
*****
「ダイキ、おってきたのか」
「それは、もちろん」
マリー様はすぐに見つかった。
一階の階段裏に座り込む彼女の横へ座ると、彼女は赤く腫れたような顔でこちらへ視線を向けた。
「オールフレイはわたくしの事が嫌いになったのかな」
相当ショックだったのだろう。マリー様は再び泣き出しそうな表情のまま、抱えた膝に顔を埋めた。
「嫌いだったらマリー様の力のこと、打ち明けてませんよ。彼の顔も見たでしょう? すごく辛そうでしたよ」
オールフレイさんの言葉の意味を汲み取る事は出来なかったが、彼のあの弱ったような顔は、俺の脳裏に焼き付いている。
あれは感情を押し殺している人の顔だ。
「……」
「時が来れば、彼の方から訳を話してくれると思います。それまで表立った味方は俺たちだけですが、足りませんか?」
「……足りる」
俺の言葉に、にぱっと笑うマリー様。
散々辛い目にあってきたためだろうか、ものすごく心の強い子である。
「そろそろ女の子の声をさがす! ついてきて!」
元気よく立ち上がる彼女は乱暴に涙を拭き取り、声を聞くため集中――そして……
「あった! でも、ここは……」
近い所だったのか、即座に見つけるマリー様。
その場所に少し心当たりがあるのか「なんでここ?」と言わんばかりの表情で首をかしげつつ、彼女が走り出す。
王都にあった、手掛かりの二つ目。
この手掛かりが物語を大きく動かす事を、俺は心のどこかで感じていた。