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少女が眠る場所

 

 家の主と俺たちが知り合いだった事に驚くマリー様だったが、彼女の目的はあくまで少女の救出。アバイドさんを親の仇の如く睨みつけ、部屋の中をぐるりと見渡した。

 本や何かの資料が山を作っているため、一見してどこに何があるか分からない。たとえ少女の手掛かりがあったとしても、それを探すのは非常に困難と言える。


「こんな本なんか!」


「こら! アバイドさんへ理由の説明も無しに部屋の中を探すなんて許しませんよ!」


 近くにあった本のひと山に飛びかかろうとするマリー様の服を咄嗟に掴み、宙ぶらりんな状態のままアバイドさんの前へと持っていく。

 王都の姫様相手に極刑ものではあるが、それとこれとは話は別である。


 不服そうな顔で大人しくぶら下がるマリー様と、彼女を見て微笑むアバイドさん。

 とても冷静な状態ではないマリー様に変わり、俺がここへ来た経緯を簡単に説明していく。


「恐らく知っているとは思いますが、この女の子は第4王女のマリー様です。今回俺たちがアバイドさんの家にお邪魔した理由に……」


 ここまで語り、止める。


「?」


 突然黙り込んだ俺の顔を、アバイドさんが不思議そうに覗き込んでいる。


「お邪魔した理由は、ある少女を探していたからです。アバイドさんの家に、その少女の手掛かりがある……と」


「……なぜ、そんな事がわかるのかな?」


 俺の言葉を受け、アバイドさんは明らかに雰囲気を変える。


 表情こそ変化はないが、瞳の奥に暗いものが見えた。


「それは……」


 マリー様の特殊な力を説明するのは難しい上に、そもそも彼女の力は、彼女が思っている以上に恐ろしい力だ。

 万が一、アバイドさんが何処かに少女を閉じ込めている犯人だった場合、この情報を渡していたかどうかで彼の次の行動が変化するだろう。


 疑いたくはないが、一国の王女の命の方が優先だ。


「俺は異人ですからね」


 咄嗟に俺は異人の設定を思い出し、利用する。

 この世界における異人の立ち位置は、さしずめ“超人”といったところか……不思議な力を持つ者としての認知もあるため、恐らくこの回答に違和感は無い筈だ。


 アバイドさんも既に俺の事を異人として見ていたらしく、淀みなく言った俺の言葉に「……なるほど」と呟いた。


 鬼が出るか蛇が出るか……


 納得した様子のアバイドさんは、覚悟を決めたように自身の胸元から銀色のペンダントを取り出し、俺の方へと差し出した。


「これは?」


「手掛かりとやらが何なのか私にはわからないが、これはその子の写真だよ」


 マリー様の言う通り、アバイドさんの所に手掛かりはあった。

 彼女の力が本物で、且つアバイドさんがこの件に一枚噛んでいる証拠である。


 未だ疑うように彼を睨むマリー様を下へと降ろし、俺はその銀色のペンダントのつまみを回す。


 そこに写っていたのは、可愛らしい人族の少女――しかしこの写真、やけに年季が入っているように思えるが……


「この方は?」


 この質問を予想していた様子のアバイドさんは、揺れるロッキングチェアに深々と座りながらため息をひとつ。か細い声でそれに答えた。


「彼女の名前は《アネモネ》。いつも明るく、獣人族である私を対等に見てくれた優しい女の子――私の恋人じゃ」


「恋人……」


 アバイドさんは、懐かしむように天井を仰ぐ。

 俺の服袖を掴んでいたアルデの手に、ギュッと力が入る。


「生きていれば、私と同じ65歳の筈じゃよ」


「――え?」


「アネモネは死んだんじゃよ。もうかれこれ50年近く前になるかの……」


 写真が古かった事に理由がつく。

 アバイドさんの恋人は、はるか昔に既に亡くなっていたのだ。



「おかしいよ!!」



 彼の言葉を否定したのは、先ほどまで大人しかったマリー様だった。

 アバイドさんは少し驚きながらも、優しい口調で諭すように言う。


「どこでアネモネを知ったのかわかりませんが彼女は遠い昔の人ですよ、マリー様」


「ちがうもん! この子はまだいきてるもん! 助けてっていってるもん!!」


 マリー様の様子を見て困ってしまったのか、俺の方へと視線を移動させるアバイドさん。

 とはいえマリー様の力は本物だ。ここは俺が一度冷静になり、話をまとめる必要がある。


「失礼を承知で聞きますね。このアネモネさんのご遺体はどちらに?」


「……常闇の墓場だと言われたのぉ。じゃが埋葬の時、私は出席しておらなんだ」


 最後の姿、見届けたかったのお……と、寂しそうに呟くアバイドさん。

 獣人族は種族的に差別されていると聞いているし、その影響で埋葬に参加できなかったのだと推測できる。


 これ以上の詮索は心苦しい。少女の姿、名前、埋葬場所さえ聞けただけでも十分だろう。


「常闇の墓場ですね……わかりました、ありがとうございます。突然の訪問に加え数々の無礼、本当にすみませんでした」


「いいんじゃよ、気にせずとも。私も久々にあの子の事を思い出せて嬉しかったよ」


 深く頭を下げる俺に、アバイドさんが優しく言う。


 一連のやりとりを黙って見守っていた三姉妹とマリー様を連れ、俺はアバイドさんの家を後にしたのだった。



*****



 再び路地裏へと戻ってきた俺たち。

 先を行くマリー様が振り返り、悲しそうな顔を俺へと向けた。


「……ごめんなさい」


 彼女なりに、迷惑を掛けたと感じたのだろうか?

 俺はその謝罪を受け取らず、目線を合わせるようにしゃがみ込み、微笑みかける。


「一歩前進できたじゃないですか、マリー様。手掛かりも増えましたし、まだお城を探してません。俺はマリー様を信じてますから」


「だって、もうその子……」


「声が聞こえたんですよね? なぜアネモネさんが貴女に助けを求めているのかが謎のままです」


 一般的に考えれば、おかしいのは俺たちの方である。


 けれども俺は、手掛かりが城にある事や、墓場に関するOさんの言葉に何故か違和感を覚えていた。


「とりあえずはお城に戻りましょう。オールフレイさんもきっと心配してます」


「うぅ……しかたがない」


 残りの手掛かりを探すには一度城へと戻る必要がある。

 その前に、俺たちはマリー様を連れ出した犯罪者になっている可能性もあるのだが……



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