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真実の声

 

 王都の人々はマリー様の事を“虚言(きょげん)姫”と、陰で呼ぶ。


 マリー様を真ん中にダリアとアルデが横へと並び、仲良く手を繋ぎながら昼下がりの王都を行く。

 彼女たちと俺とで少しだけ距離があったためか、周囲の人間がマリー様に視線を向け噂するのが聞こえてくる。


「……うちの子、マリー様に言われて剣の稽古やらなくなっちゃったのよ。折角上達してきたって、先生が言ってくれてたのに」


「私のところも、持っていたおやつを“傷んでるから〜”って理由で取り上げられて泣いてたわ。お優しい王子様方と性格が全然違うのよね」


 先ほど彼女たちがすれ違った主婦らしき二人の女性も、聞こえないようにマリー様を非難するような会話を交わしている。

 王族を非難するような発言は簡単に罰せられそうではあるが――ともかく、王都でのマリー様の評判はあまり良くないらしい。


「お腹すいたね! 皆であれたべよう!」


 前方にある肉屋を指差しながら楽しげに言うマリー様。ダリアは大きく何度も頷きマリー様の手を引く。


 出店の前へと到着し、マリー様が代表して店主へと話しかけている。


「あのね、ナットチキンを6つたべたいの!」


 目を輝かせながら指を6本立てるマリー様。

 対する店主はバツが悪そうに笑いつつ、頭を掻いて謝った。


「すみませんマリー様。店はまだ準備中でして……」


「そうなの? ではしかたがない! べつのおみせ探すとしよう」


 肩を落とし、明らかに残念がるダリアの頭を撫でながら、マリー様は笑顔のままその店を後にする。

 アルデが心配そうにこちらを見ているが……ちょっと確認をしておきたい。


 彼女たちとしばらく距離を置き、俺は先ほどの出店の方へと足を進めた。


「こんにちは。やってますか?」


「おう、いらっしゃい! やってるよ!」


 俺の言葉に店主は嬉しそうにそう答え、調理前の肉の山を指で示す。


「うちオススメはナットチキンだ。一つ150Gだよ!」


 まさかとは思ったが、こんなにも露骨なものなのか。


「……では6本いただきます」


「お、ありがとね!」


 そのままお金を払い、準備する店主へと話しかける。


「そういえば、さっきちっちゃい女の子たちが買いにきてましたね。何も買ってなかったみたいですが、お金持ってなかったんでしょうか?」


 この言葉と注文数から察すれば知り合いである事がバレそうなものだが、店主は特に不審がる素振りも見せずそれに答えてみせた。


「連れてた子は初めて見る子だったが、真ん中の女の子は“虚言姫”だ」


「虚言姫……ですか」


「そうだ。こんな事を王様に知られたら投獄ものだが……なにしろいい噂をあまり聞かない。迷惑を被った人が結構いるんだ」


 鉄板の上で6つの手羽先を焼きながら、店主は何か思い出すようにしてさらに続けた。


「俺たち商売人の中でも姫様は要注意人物でな。ある店は“盗んだ野菜で商売するな”と言われて騎士に捕まったり、“違う材料の物を使うな”と営業妨害されたりな……」


 そう言って、出来上がったナットチキンを俺に渡しながら店主は「これ、他言無用でな!」と苦笑する。


「実際の被害もあるんですね……なるほど、記憶に留めておきます」


「そういう事だな。まあなんにせよ、買い上げありがとうな!」


 笑顔で対応する店主に「どうも」と告げ、俺は足早にその店を後にした。

 

『さっきのマリーの話ー?』


 しばらく黙っていた部長が問う。

 だいぶ離れてしまった三人娘をシンクロを頼りに追いかけながら、それに答えた。


『みたいだな』


 俺の言葉に、『ふーん』と、不思議そうに呟く部長。


『そんな風には見えないけどなー』


『俺もそう思う……そうであってほしいと思ってるよ』


 部長と同じ意見だが、深く彼女を知って確かめなければ真相は分からない。

 側近たるオールフレイさんは毎度のように騙されているし、俺たちも彼女によって城の外へと連れ出されてしまっている。


 剣の稽古を止めさせたり、おやつを取ったり、店に迷惑をかけたり……本当にそんな事をマリー様がやったのだろうか?


 虚言はマリー様か他のNPC達か……



*****



 追い付いた場所は、大通りから少し外れた細い道だった。

 何かを囲むように座り込む三人娘を見つけ、声をかける。


「皆、おやつ買ってきたから一緒に食べよう。これで先に手を洗ってね」


 俺に気付き、立ち上がるマリー様達。


 肉の匂いに早速反応するダリアがはしたなくヨダレを垂らし、アルデは合流できた事に安心した表情を見せた。


 そしてマリー様は……


「ん? それは、子猫?」


 彼女の腕の中には小さな白い猫が抱かれており、心なしか元気がないように見える。

 耳の先だけ黒い猫。

 マリー様はその猫を大切そうに撫でながら、「ちょうどお腹が空いてたとこだった!」と笑顔を咲かせた。


 手を洗う用のポーションと雑貨屋で大量購入しておいたタオルを渡し、全員が手を洗ったのを確認した後、ナットチキンを渡した。


「マリー様。その子猫は?」


 皆がおやつを食べ始めるのを眺めながら、木箱の上で子猫とチキンをシェアして食べる彼女に質問する。


「この子は探してた猫だよ。迷子になってた子」


「そうなんだ。以前マリー様が言ってた“使命”は、この子を見つける事?」


「ちがうけど、こっちも探してたんだー!」


 俺の問いに、満足そうな表情を浮かべ答えるマリー様。渡したチキンは、殆ど子猫に食べさせていた。



*****



 うちの子達の食欲をもってすれば、手羽先1つなど数秒で骨だけになってしまう。

 全員の口と手をタオルで拭いている中で、再び子猫をしっかり抱いたマリー様が木箱から降りた。


「ちょっと寄るところがあるから、付いてきて!」


 機嫌よく歩き出すマリー様の横にダリアとアルデが並び、俺と部長はまた三人娘を追うような形になる。

 アルデが心配するし、今度はしっかり真後ろについて行ってあげよう。


 道行くNPC達から向けられる好奇の目を無視しつつ、どこかへ向かうマリー様を追う――そして、マリー様は周りより一回り小さな家の前で足を止めた。


 そのまま彼女は足早に扉まで近付いていき、大きく二回、ノックしてみせる。


 すると――


「あら、マリー様。今日………あぁぁ……」


 出てきたのは高齢の女性だった。

 丸眼鏡を掛けながら扉を開いた彼女はマリー様を見て即座に笑顔を見せ……驚いたような表情へと変わる。


「おばーちゃん! エルーくん見つけた!」


「え、エルー? ど、どこに行ってたんだいこのやんちゃ猫っ!」


 震える手で、マリー様が抱く子猫の頭を撫でるお婆さん。

 怒ったような口調だが、目からは涙が溢れ落ちている。


「何日も見つからなくて、もう死んでしまったのだとばかり思ってたのよ? 心配したんだから」


 マリー様から子猫を受け取り、本当に安心したような様子で優しく抱くお婆さん。

 マリー様はどこか満足そうに、その光景を黙って見守っている。


「ありがとう、マリー様。本当に見つけてくれたんだね」


「いったではないか! わたくしにはこの子の“声”がきこえるって。……見つかってよかったね」


 マリー様の言葉に、子猫がにゃあと答えたのだった。



*****



 再び大通りへと戻った俺たちだが、流石に先ほどの件をスルーはできない。

 

 一連の事について彼女に質問すると、マリー様は少し困ったような顔でそれに答えてみせた。


「うまくせつめいできないけど、わたくしには色んな“声”がきこえるんだ。わたくしはそれに従っているだけ」


「声が聞こえる……」


 単純に耳が良いだけ――という話ではないだろう。探していた猫を見つけたりできたのも、その声を頼りに移動していた可能性がある。


「エルーくんだけじゃないよ。わたくしには物の声もきこえるし、心の声もきこえるんだ! ほんとうなの!」


 恐らく、過去何人かに話してみたが信じてもらえなかったのだろう。彼女の必死な表情がそれを物語っている。

 物や心の声までも……となると、やはり何かの技能(スキル)と考えるのが妥当か?


 ストーリークエスト繋がりで、ナルハの言葉を思い出す。


(「敵意のある何かが放つ殺気を感じ取れると言いますか……とにかく、かなり曖昧ですが確実な勘です」)


 ナルハの技能(スキル)が危険察知の類だとすれば、マリー様の技能(スキル)も何かの察知系だと考えるのが自然だ。


 主婦が言っていた《剣の稽古を止めさせた》というのが心の声だと仮定すると、《おやつが傷んでいるという理由で取り上げた》というのは、物の声……か。

 

 店主の言葉に出てきた《盗んだ野菜》や《違う材料の物》に関しても同様に、彼女にはその時、物の声が聞こえたのかもしれない。


 虚言姫だなんてとんでもない。


 彼女は何一つ、嘘なんてついてない。


「信じるよ、マリー様」


 自分の体に起こった異変、理解してくれない周りの人々。


 正しい事をしていただけなのに、理解されないが故に避けられてきた日々。


 この小さい体に暗い感情を全て溜め込み、それをずっと我慢してきたに違いない。


 少しだけ声は震えていたが、それでもマリー様は笑顔のまま「ありがとう」と言った。


 ――彼女の言葉が全て本当であるならば、ここで一つ、聞いておかなければならないことがある。



「マリー様の言っていた“使命”は、どんなものなんですか?」



 彼女が何よりも気にかけていた使命とは、いったいなんなのだろうか。

 恐らく、他の人々の声とは重要度が違うのだろうと予想できる。


 俺の質問にマリー様は表情を曇らせ、目を瞑りながら呟いた。



「女の子……女の子が、“助けて”って言ってるの」

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