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進化とは

 

「しめしめ。ここに隠してるとこ見ちゃったんだよねー。独り占めしようたってそうはいかない」


 仕事用らしき綺麗な机をごそごそと漁る女騎士ことローズマリー。彼女に連れられ、ダリアとアルデも興味津々で中を覗き見ている。


『こんな所に魔石も隠してある』


「ダリアちん、それも取って行っていいよ。ローズはこっち持っていくから。アルデちん、これもあげる」


『いいの?』


 良からぬことをしているのが会話だけでも即バレなのだが、注意しようと立ち上がった俺を黒猫ことビビアンが止める。


「気にしなくていいわよ。最後に怒られるのはローズマリーだから」


 と言い、ソファに横になりながら再び本へと目を落とすビビアン。


「いや、怒られるのはまずいでしょう……」


「いつもこんな感じだし、フレイルも結局甘いのよね」


 俺の言葉に対し、特に問題にもしていなそうな声色で答えてみせた。


 箱にぎっしりと詰まった色とりどりの魔石を、よいしょよいしょと持って来るダリア。

 後ろから、少し不安な表情を浮かべお菓子の山を運ぶアルデと、涼しい顔で更に大きな山を運ぶローズマリー。


 この盗人(ぬすっと)たちも盗人たちだが、これだけのお菓子を隠しているフレイルさんにも僅かに落ち度があるな……


「それで……この子を進化させない方法を聞くためにここへ来たのよね? なんだか、面白い格好で寝ているけれど」


「ええ。部長、ちょっと起きて」


 膝の上で仰向けに寝る部長を興味深そうに見つめるビビアン。

 だらしないお腹をポンポンさすり、静かに彼女を始動させる。


『なにー?』


「気持ちよさそうに寝てるところごめんなさいね。ちょっと貴女の口から直接意見を聞いておきたかったから」


 広げていた本のページを目で追うように読みながら、部長へ幾つか質問を飛ばすビビアン。


「貴女のご主人様から、貴女が進化を嫌がっていると聞いたのだけど、それは本当かしら?」


 ストレートなビビアンの質問に部長は少しだけ戸惑う様子を見せたが、すぐにいつもの調子でそれに答えてみせる。


『そうだよー。わたしはこのままでいい』


「なぜ? 私たち召喚獣は進化する事で大きな力を手にする事ができるわ。貴女の場合は特に……な、気がするけど」


 全てを見透かしているかのような物言いに、部長は答えが詰まっている様子。


 ビビアンが言うように、確かに召喚獣は進化の際に体の変化だけでなくステータス上も強化される。

 その数値は決して馬鹿にはできない。

 部長が進化を嫌がる理由は単純な体型の変化以外に、これ以上の力は必要ないという意思があるのかもしれない。


 そうなるとレベル上げすら難しくなってきそうだが……


「結論を言うわね。貴女――」



「おい……一応聞くが、あれはお前が持参した菓子か? 俺様が取っておいた菓子に良く似ているんだが」



 ビビアンの言葉を遮ったのは、マリー様を何処かへ引き渡し、戻ってきたフレイルさん。


 既に彼の目は、首謀者たるローズマリーへと向けられていたのだった。



*****



 さめざめと泣くローズマリーの頭をよしよししながら励ますダリアとアルデ。

 そのローズマリーだが、目を覆うようにして動かす手の奥からチラチラと此方の様子を窺っているのが見える。いわゆる、嘘泣きだったようだ。

 フレイルさんが俺の相談に乗る態勢になったのをいい事に、まんまとお菓子の山をゲットした3人娘が反省したような様子を醸し出しながらお茶会を始めだした。


 フレイルさんごめんなさい。

 うちの子達も普通に加担してました。


「事情はビビアンから概ね聞いた――」


 向かい合う形でソファへと座った俺たち。

 足を組み、隣のビビアンへと視線を向け、フレイルさんが話しだす。



「結論を言おうか。進化は止められない」



 キッパリと言い放った彼の言葉を、部長は黙って聞いている。


「理由を言えば簡単だが、召喚獣における“進化”とは、早い話が“成長”だな。人間でも同じ事。ガキの時代を経て成長した姿が大人だ」


「成長……」


「召喚獣は特殊な生命体であるから、成長方法は人間や動物のソレとは全く異なる。経験を積み、己を鍛えた先にあるのが成長。背が伸びるのを止められないように、進化もまた止められない」


 例外として進化先の道は選べるがな――と、部長の目を真っ直ぐ見つめながら語るフレイルさん。

 王に仕える召喚士がここまで言い切ったのだ。間違っているとは考え難い。


「……進化先の道を選ぶ方法とは?」


 既にこの場所では結論が出てしまっている。もはや議論の余地はない。

 うつむく部長に視線を移しながら、俺は別の道を選ぶ方法とやらを問う。


「召喚士と召喚獣を導くのが俺様の仕事だからな……当然、別の道を掲示してやる事は可能だ」


 決めるのはお前じゃなく、そっちのチビだけどな――と、フレイルさんは俺を指差し、そのまま部長へと向けた。

 俺は部長の要望を叶える事はできなかった。この結果を受け、部長が何を思うのか……


『自分をコントロールする方法も教えてくれるの?』


 出会って初めて聞く、意志の篭った部長の声。

 取り乱すわけでもなく、いつものように駄々をこねるわけでもなく――前へと進む方法を求めた部長。


 フレイルさんとビビアンが少し驚いたような表情を見せ、互いに顔を見合わせる。


「……その姿勢は嫌いじゃない。とはいえ、お前にそれ(・・)が必要となるのは随分と先の話。しばらくは(あるじ)と普段通り過ごせ」


『わかった』


 面白いものを見た――と言わんばかりに微笑を浮かべるフレイルさんと、異様な雰囲気を出し続ける部長。

 二人の間で何が交わされたのか、近くにいたにも関わらず理解ができなかった。


 俺の膝上に“ボスン”と横になる部長が『まだしばらくはのんびりだー』と、安心したように呟いたのだった。



*****



「ほらやっぱりだ! アルデは可愛いんだからドレスの方がにあうに決まってる!」


「アルデちん、可愛い。お菓子美味しい」


『は、恥ずかしいんだよぉ……』


 何処から入ってきたのか気付けばマリー様が何食わぬ顔でそこに居て、引っ張ってきた自分のドレスをアルデに着せている。

 赤面するアルデの姿と、くすねたお菓子をつまみとし、ローズマリーとダリアが紅茶を啜った。


「……お前は毎回毎回、どうやってこの厳重な部屋へ簡単に忍びこめるんだよ。ステルベンの奴に抗議したくなるぜ……」


「わたくしは“声のする方”に行ってるだけだからな! こんなへやなんかくろうせず入れる!」


 偉そうに胸を張るマリー様。

 実際彼女は偉いため、フレイルさんもグッと堪えている様子。


「そうだ……おいじゃじゃ馬、俺様の用事はもう済んだ。今すぐ部屋を出て、こいつに遊んでもらえ」


「え?! ダイキあそんでくれるの?!」


 俺の返答を待つ気も無いのか、フレイルさんはローズマリーが広げたお茶会の会場をテキパキと片付け始めていた。


 期待に胸を膨らませ瞳をキラキラ光らせたマリー様がこちらを見上げ、その喜びを体で表現している。


 ……これは断れん。


「じゃあマリー様、お城の中から出ないって約束してくれるなら遊んであげる。もちろん、フレイルさんの部屋以外でね」


「わかった! じゃあマリーの部屋であそぼう!」


 オールフレイを呼んでくる! と、俺の横を元気よく駆け抜けていった第四王女を見送り、再び視線を部屋の中へ――フレイルさんと目が合った。


「大変お世話になりました。アドバイスも……お菓子も」


 片付けを続けるフレイルさんの額にピクリと青筋が浮き出るのを見たが、彼はそのまま手を止めず、ぶっきらぼうに言う。


「そっちのチビ二人は世話してないが、久々に面白い奴と会えて良かった。――後少し腕を磨くんだな。そしたらお前にもアドバイスしてやる」


 彼の言葉を合図に、またねと手を振るローズマリー。静かに座るビビアンも同様に挨拶をしているように見えた。


 望んでいた結果とは違ったものの、部長の悩みはこれで解消されたと考えていいだろう。

 どんな形であれ、部長が自分の意思で前に進んでくれたのだから。


 フレイルさんと部長との間で交わされた約束のようなものについて、深く詮索するつもりはない。

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