勧誘と召喚士仲間
風の町に着いた俺たちはオルさんから連絡が来るまでの間、芝が生い茂る広場のような場所で和やかな風景に酔いしれていた。
ダリアも俺の背中から降り、うつ伏せの体勢で芝の上の小さな虫を観察している。
「のどかだ……」
「ですね」
……。
振り返るとそこには笑顔を浮かべたライラさんが腰に手を当てて立っていた。
そしてその後ろにはケンヤや雨天さんではなく、ライラさんと同い年くらいの女の子の姿があった。
長い茶髪を三つ編みにした背の低い女の子は、ライラさんの後ろに隠れるようにしながら俺とダリアの様子を窺っているようだった。
「こんばんはライラさん。ケンヤ達と一緒じゃないんですね」
「こんばんはダイキさん。ケンヤ達とはこの後合流する予定です。ダリアちゃんもこんばんはー!」
駆け寄り抱き上げそうな勢いだが、なんとか持ち堪える事に成功したらしい。
よほど嫌われたくないんだろうな、ダリアに。
別に怒るとも思わないけど。
「そちらの方は?」
「この子は私のフレンドであり、リア友でもあるクリンです」
「こ、こんばんは。クリンと申します。よろしくお願いします」
「で、こっちがクリンの召喚獣の金太郎丸!」
こっち?
思わず身を起こしてクリンさんの奥へと視線を向けると、こちらへゆっくり向かってくる大きなシルエットがあった。
固そうな焦げ茶色の毛に覆われたその召喚獣は、クリンさんの隣まで来ると低い声で小さく唸った。
「えっと……熊?」
屈強な四本の太い脚に、鋭く黒い爪。獰猛さを表すような大きな口と牙、そして黒水晶のような澄んだ瞳はしっかりと俺を捉えていた。
でかい……。
「クリンは今日始めた新規プレイヤーなんです。前から憧れていた召喚士になるために、頑張って魔石生成を終わらせて金太郎丸を召喚したんですよ」
「手伝ってくれてありがとね、礼……ライラちゃん」
ほう、召喚士に憧れてとは親近感が湧くな。
見た所、町やフィールドですれ違ったどの召喚獣よりもパワーがありそうだし、心強いパートナーを呼べたんじゃないか。
「……でも何で金太郎丸?」
「はいっ! あのっ、熊には金太郎が乗ってるので、金太郎丸にしました!」
すごい理由だ。まあ本人の直感で決めた名前が一番なのかもしれないが。
見てくれだけでも相当強そうな金太郎丸に歩み寄り、下顎に手を伸ばす。
「強そうで良いじゃないですか。よろしくな、金太郎丸」
ガチンッ!!
「……」
「こ、こら! 金太郎丸! いきなり戯れたらダイキさんもビックリしちゃうでしょ!」
え? 今の戯れてたの? 危うく左手全部持っていかれる所だったけど。
一度手の平をグーパーさせ、ちゃんと手が残っていることを確認する。
「ダイキさん、金太郎丸は気性が荒いから気をつけたほうがいいですよ」
「……肝に銘じときます」
金太郎みたく跨れる日は来なそうだ。
「ともあれ、今日始めたんじゃまだレベル一なのかな?」
「いえ、魔石生成をするまでにライラちゃんに手伝ってもらったので、今は三になってます」
早いな。なかなか好スタートじゃないか。
「そこでダイキさんに相談なんですけど、クリンのボーナスをどれに振ったらいいか、見てもらえませんか?」
「お願いしますっ!」
頭を下げる二人に対し、俺は曖昧な返事しかできなかった。
「とは言ってもなあ。俺は召喚獣に合わせた戦闘スタイルを決めてボーナスとスキルを振ったから、参考になるかどうか」
とりあえず、クリンさんが見せてきたステータスに加え金太郎丸のステータスも同時に見ていく。
俺も全能じゃないし、参考程度に留めてくれるといいんだけど――。
名前 クリン
Lv 3
種族 人族
職業 召喚士
筋力__7
耐久__10
敏捷__10
器用__10
魔力__14
残り31ポイント
名前 金太郎丸
Lv 1
種族 戦熊
筋力__52
耐久__31
敏捷__19
器用__12
魔力__6
召喚者 クリン
親密度 11/100
まず最初に、紅葉さんがやっていたように合計値をざっと出すか。
金太郎丸のステータスを暗算していくと……合計は120。やはり召喚獣によって強さはバラバラのようだな。
それにしても金太郎丸は魔力解放以前の問題で、完全に戦士タイプだな。これで魔力が二倍に伸びても、ダリア程のアドバンテージは望めない。
いよいよ法則がわからなくなってきたな。
ざっと見た感じで、俺は自分の考えをまとめて彼女たちに伝える。
「まず金太郎丸ですが、この子は見ての通りのパワー型です。召喚獣を軸とする召喚士は、召喚獣を助け、助けられながら戦う事になります。まあ、今後召喚できる召喚獣が一匹なのか、それ以上召喚できるのかで変わってきてしまうのですが……」
「まだそんな話は聞きませんよね」
「はい。だからあくまで参考程度に留めておいてほしいのですが、金太郎丸を攻撃の要とするならば、俺は自分のステータスを魔力に振るのがいいと思います」
元々召喚士は魔法職だし、最初のボーナスも魔力に大きく振ってある。俺のようにMPが減っているような例外を除けば、魔力を上げるのが無難だろう。
「技能は属性魔法を二種類程度。杖術を取れば魔力も上がるし、強化系の魔法があれば金太郎丸の強さを底上げできます。回復もあれば長く戦ってもらう事もできますよ」
「属性魔法に杖術に……」
クリンさんは俺から言われたアドバイスを一つ一つメモしているようだった。聞き漏れがないようにもう一度説明を繰り返してあげるか。
メモし終わったのを確認して、話を締めくくる。
「技能構成はさっき言った数種と、後は実際に戦闘で足りないと感じた部分。ここをもっと伸ばしたいと思った部分を補えるようなのを改めて選ぶといいですよ。俺はそうしましたから」
なんにせよ、金太郎丸のポテンシャルは相当高いし、気性も荒いなら尚更だ。戦闘で大きな力になるだろう。
俺のアドバイスを受け取ったクリンさんとライラさんは、再び頭を下げた。
ライラさんの友人ならばと、クリンさんとフレンド登録を済ませ彼女らを見送った。
なんでもこれから、クリンさんもパーティに入れてもらえないか、ケンヤ達に相談しに行くんだそうだ。
金太郎丸は強いし、クリンさんも強くなる事に意欲があるみたいだからケンヤなら採用するだろう。奴は素質のある人材を放っておかない。
丁度、俺の方もオルさんからメールが来ていたのでダリアを定位置に持ち上げ、露店の並ぶ道へと向かった。
風の町にも相当量の露店が開かれ、冒険の町にも負けず劣らずの賑わいを見せている。
オルさんの露店へと足を運ぶと、先客がいるようで楽しそうに雑談を交わしているのが見えた。
「噂をすればなんとやらだな。おーい、ダイキ!」
終わるまで別の露店を見て回ろうかと思った矢先、俺たちを見つけたオルさんが大きく手招きをしていた。
先客の人が帰る様子もなく、笑顔を見せながら俺たちが来るのを一緒になって待っているように見えた。
「こんにちは、オルさん。そちらの方は初めましてですね。ダイキと申します、こっちは召喚獣のダリアです」
「これはご丁寧にどうも。初めまして。僕の名前は銀灰。ギルド【Coat of Arms】に所属しています。よろしくね、ダリアちゃん」
銀灰さんは鈍く輝く銀色の鎧に身を包み、腰には長剣、背中には西洋の盾を装備していた。
騎士風の出で立ちだな、盾役にしては装備の厚みが足りない気がするが……。
coat of armsとはヨーロッパにおける『紋章』の意味を持つ言葉だと記憶している。日本で言うところの家紋に近い存在と言えばわかりやすい。
確かに銀灰さんの胸元には小さく盾のようなマークが刻まれていた。紋章という意味とギルドのシンボルを兼ねているのだろう。
「銀灰は最前線を攻略してる大型ギルドの副マスター様だ。得物は長剣で、盾を使った攻防一体の戦闘を得意としてる。ダイキとスタイルが似てるんだよ」
「様は勘弁してくれよ。うちのギルドがどんどん勢力拡大していって困惑してるのは僕も同じなんだから」
困ったように答える銀灰さんをオルさんはひとしきり笑った後、横目で銀灰さんを見ながら、ひそひそと俺に耳打ちをする。
「こいつとはリアルでも友人でな、ダイキとダリアちゃんの話をしたら会いたくなったみたいでよ。まあ、無理に勧誘とかをする奴じゃないから安心してくれ」
「おいおい、聞こえてるって。……さてダイキ君。まあ、大方予想はしてるかもしれないが、話半分に聞いてほしい」
「ギルドの勧誘ですか?」
「マスターからの指令はそうなんだけど、僕自身、ギルドという縛りは苦手でね。実を言うと、僕個人がダイキ君に興味があって、友達になれないかなと思って来たわけなんだ」
苦笑いを浮かべながら頭の後ろを掻く銀灰さんに、俺は思わず吹き出してしまった。
「ちょ! なんで笑われてんの僕!?」
「改まって言うことじゃないですよ、それ」
「まあ銀灰はそういう男だよ。純真無垢っていうか、ガキっぽいっていうか」
狼狽える銀灰さん。大型ギルドの副マスターを張れるのも頷ける。清々しい程に真っ直ぐな人だと感じた。
「ええ、こちらこそお願いします。銀灰さん」
「おお! やった! じゃあこれからよろしくね! 」
目的は達成したから帰るね。と、銀灰さんは上機嫌に帰っていく。
本当に、ギルド勧誘しなかったなあの人。
いいのかそれで。
「まあ何だ。俺共々、仲良くしてやってくれ」
「勿論ですよ」
そして俺たちは、本題に移った。