決戦城
廃城――マップには、そう表示されていた。
花蓮さん達をメンバーに加えた俺たちは現在、常闇の墓地から一つ進んだエリアへ足を踏み入れていた。
草木が一本も生えていない、不自然に枯れた平野。そして、半壊した城壁。
王都の城に勝るとも劣らないその堂々たる佇まいは、朽ちて尚、圧倒的な存在感とプレッシャーを放っている。
城塔から覗く兵器の数々は赤黒く錆びつき、当時の名残と、時の流れを感じることができる。
ここで大きな戦闘があった――それだけは分かる。
戦闘後、城ごと放置されたのか、まだ所々に矢の残骸や壊れた鎧が落ちているのが確認できた。
定番といえる兵士の骸骨は……見当たらない。
この城で戦死した者達全員をあの墓地へと埋葬したとすれば、やはり慈悲深い王様といえる。
「魔物の群れとの戦闘の果て、その役目を終え静かに眠る《決戦城》。魔族の強大な魔法にも耐え、竜の息吹をも防いだ偉大な城。大きく抉れた城壁はその戦の長さ、そして激しさを物語っている――」
廃城へと視線を向けながら、Oさんが語りだす。
「へえ、詳しいですね」
「……ストーリーオタ掲示板参照」
指先を振るような仕草とともに、表示していたメニュー画面を閉じるOさん。
後ろの方で「お前の知識じゃないんかい」と、雷神がコケる。
「廃城は中盤のレベル上げそしてレイドダンジョンに向けた練習場所としても優秀なエリア、です。この場所で様々な罠とギミックを覚えておくとレイドの時に――」
「ダイキ君ッ! さっきのボス戦は散々迷惑かけたから《F3》までの敵は任せてくれッ!」
そう言うなり、豪華な杖片手に駆け出すOさん。檻のような扉が地響きとともに開かれた。
「……彼が全部の罠に引っ掛かる前にいきま、しょう」
*****
廃城内部に出現する敵の殆どが、墓地で遭遇した亡者と亡霊の群れ。それ故にOさんの魔法がよく通るのか、先行く彼が狩り尽くしたお陰で、戦闘らしい戦闘は一度も行っていない。
武器こそ抜いてはいるが、意識は完全に花蓮さんとの会話へと向けられている。
剣を抜き、警戒態勢のまま先頭を行くヘルヴォルと大盾を装備し最後尾を歩くウルティマ。
これほど心強いボディーガードはなかなか居ない。
「ベタですがここを踏むと横の壁から毒の矢が飛んで、きます」
石造りの通路には所々に不自然に盛り上がった場所があり、花蓮さんがその一つを指差し教えてくれる。
普通に見ていれば見分けのつく簡単な罠ではあるが――戦闘しながらでは注意が行き届かず、誤って踏んでしまう可能性は十分考えられる。
「ダンジョンはこのような罠がいくつも仕掛けて、あります。難易度が高くなるにつれ罠の殺傷能力も上がり、ます。高難易度ダンジョンに挑む際は掲示板等で情報を先に集め細心の注意を払うのが基本、です」
「わかりました。必ず下調べをしてから挑みます」
思えば……港さん、ブロードさん、マイさんと共にマイヤさんギルドと潜った剣王の墓にもギミックはあった。
結局、皆無事だったが、事前情報があればあの時ほど慌てる事もなかっただろう。
今後はボスの特徴だけでなく、ダンジョンの特性までもしっかり調べなければならないな。
罠に連動する壁の穴からは既に紫色の矢が射出されており、対面の壁に深々と刺さっているのが見える。
その内の何本かが見当たらない気がするが――気のせいだろう。
『あの模様は?』
「あれは重量ギミックのマーク、です。先にあるサークル状の床の上に決められた人数以上の人間が乗った瞬間罠が作動、します」
拾った金属の棒で壁を突いて歩いていたダリアが天井に何かを見つけ、『回答求む』と言わんばかりの顔を花蓮さんに向ける。
花蓮さんはダリアと目線が合うようにしゃがみながら、丁寧に解説してみせた。
重量ギミック――いわゆる落とし穴みたいなものだろうか?
「ダンジョン内で死亡率が最も高いのは徘徊モンスターやボスモンスターではなく罠やギミック、です。誰かのミスで全員が死んでしまうのがダンジョンの怖いところ、ですね」
と、花蓮さんがどこか遠い目をしながら語る。
注意すべきは敵モンスターよりもダンジョントラップ……よく理解した。
*****
マップに表示された現在地は廃城のF2。
どれほどのペースで進んでいるのかは不明だが、入り口で分かれたきりのOさんと未だ合流できていない。
彼の進むスピードが速すぎるためか、時間経過のため再度湧いたモンスターと何度か戦闘する場面もあり、花蓮さんが「本末転倒、ですね」と愚痴っている。
廃城のマップはかなり複雑に入り組んでいるものの、花蓮さん達が先導してくれているお陰で攻略は順調だ。フロア毎の景色を楽しむ余裕すらある。
壁に空いた大きな穴から外を眺め、延々と続く平野の奥の奥へと視線を向ける。
「……城にばかり目がいってた所為か、入る時には気付きませんでしたが、廃城のあるこのエリア自体が相当広いんですね」
植物が一本も生えていない、荒れた大平野。
所々に木製の兵器の残骸があったり、朽ちた鎧が転がっていたりと、城同様に、こちらも戦いの爪痕が生々しく残っているのが分かる。
随分と広い土地だが――ここは世界地図的に、どの辺りなのだろうか。
「《決戦の平野》……長い歴史の中で人類と悪とが二度もぶつかった場所、です。規模で言えば砂漠の次に大きなエリアでしょうか」
「……それは広い訳ですね」
思っていたよりも、更にずっと広いエリアだったようだ。
しかし――人間が快適に住める環境とは言えない砂漠ならまだ分かるものの、これだけの土地を整備せず残してあるのには、なにか理由があるのだろうか?
あれこれ考える俺の前に、入り口からずっと暇そうに浮いていた雷神がやって来る。
「ここにデッカい町でも造りゃあって顔だな。お前、この土地の事なーんも知らないんだな! もしかして、駄王の話も聞いてねぇんじゃねえか?」
ぐうの音も出ない。
この場所に来た事はおろか、場所の存在を今日初めて知ったのだ。
「……」
「図星かよ! 呑気な奴だ――ゲフゥ?!」
いいオモチャを見つけたと言わんばかりの表情で声のボリュームを上げる雷神。そこへヘルヴォルの鞘が振り下ろされ、悲痛な叫びと共に床へと叩き付けられた。
「……ちなみに噂くらいは知ってると思うが、帝国との戦争はこの場所で行われるんだぜ? 全ての勢力が交わるこの土地は必然的に戦争の舞台になる。当然、町なんか建てられない訳だな」
「! 今度の戦争の場所はここだったのか……ありがとう、勉強になったよ」
隣で相棒が潰されたのを青ざめた顔で見送った風神が、真面目に補足説明をしてくれた。
全ての勢力とは――帝国、天使族、魔族、竜族だろうか。
つまるところ、決戦の平野は世界の中心……世界で最も戦争が行われる場所。そんな土地に町など建てられる筈も無い。
「俺もまだまだ知識不足ですね」
「ストーリークエストをサボらずこなしていけば大丈夫、です」
俺の呟きに、悪戯な笑みを浮かべた花蓮さんが反応する。
背中に剣をぶら下げたアルデがくるりと向き直り『よくわからないけど、頑張ろう!』と、健気に鼓舞してみせたのだった。
討伐イベントの際は王宮騎士になっている筈の俺たち。遊撃隊は平野で自由な戦闘だと考えると――廃城の中からの攻撃役も……あり得るのか?
Oさん達がこの場所に連れてきてくれた本当の理由は――俺たちのレベルを上げるためだけではなくて、イベントに向けた対策も兼ねているのではないだろうか?
「砂漠もよー、あんな装置ぶっ壊してオアシスから水引いてくればデッカいビーチになるのによー。そしたら水着のお姉ちゃんも――ゴフゥ?!」
「二重の意味で、やめなさい」
お約束のように制裁を受ける風神を横目に、再度、帝国との決戦の地たる広大な平野へと視線を向けたのだった。