食事の席とゴミスキル
「ングング……つまイ、はだらひいふぎうははたらひいひょうかんぎゅうにあわへたほうはひひってこほだへッ!(つまり、新しいスキルは新しい召喚獣に合わせたほうが良いってことだね)」
『汚い』
興奮した様子のOさんと飛び散る食べカスを見やりながら、ダリアが嫌そうに俺の方へと席を近付けた。
膝上に陣取る部長の口へと料理を運びつつ、今一度、現在の状況を確認していく。
普段の人数以上の人間が席についてもなお十分な広さを残している机に、所狭しと並ぶ料理の数々――馴染みのある一品から、見たことも嗅いだこともない未知の物まで様々だ。
早速それに手を付ける三姉妹とOさん。遅れて俺も手を合わせ、料理を口に運ぶ。
「……美味しい」
「よかった、です」
俺の反応に満足した様子を見せた花蓮さんが、追加の料理を運んでいた人物に視線を移し、まるで少女のような笑みを向けた。
「ポポおばーちゃん! 料理美味しいって!」
「そう言ってもらえると、ばーちゃんも作った甲斐があるよ。客人さん、まだまだ材料はあるからいっぱい食べてくださいな」
鯛のような大きな魚の煮付けを置いたその老婆は柔らかい笑顔を浮かべ、俺たちに軽く会釈した後、ゆっくりとした足取りで厨房へと戻っていった。
見たところ、彼女はプレイヤーではなくNPCだ。
黙々と食べるヘルヴォル、ウルティマと、下品な会話を交わしながら食事をする風神、雷神、そして無尽蔵の胃袋を持つコーラルと、召喚獣達の食事風景は変わらない。
ただひとつ、変化があったのは――
「時に戦乙女! 君、食事の時だけは愛嬌のある顔になるんだね! 確かに、この料理は僕の契約料理人といい勝負ができるレベルだけど」
「美味しいのもそうですが私の場合別の部分が大きい、です。あまりジロジロと食事中の顔を見ないでくだ、さい」
俺と同じように彼女の変化に気づいたOさんがそれとなく聞いてみると、花蓮さんは少しだけ顔を赤らめそれに答えた。
料理を口に運ぶ花蓮さんの顔は、普段の顔付きからは想像できないような“ぽわわーん”としたものである。厨房に消えたNPCに声を掛けた時のソレだ。
ポポおばーちゃんと呼ばれた老婆NPCは、彼女にとって特別な存在なのかもしれない。
それにしても――
「契約料理人ですか。お店に行って食べるのと、どっちがお得なんでしょう?」
お得という言葉の中には、金銭的にという意味と、恩恵的にという意味が込められている。
口いっぱいに料理を入れたまま再び喋ろうとするOさんに、花蓮さんが威嚇するような視線を向け、答えてくれた。
「契約料理人……というよりNPCを雇う場合はその人物の『ステータス』や『身分』によって金額が変動、します。料理人を雇う場合はこの契約金に加え材料費が必要となりますがコストパフォーマンス的には雇った方が割安、です」
それに――と、花蓮さんは一度厨房へと視線を移し、再び俺へと視線を戻した。
「プレイヤーと同じようにNPCも技能を数こなせばレベルは上がりますしステータス恩恵も比例して高くなり、ます。契約期間が長くなれば沢山会話もできますし好みの味付けも覚えてくれたり、します」
「なるほど……花蓮さんだけでなく、召喚獣達の好みも把握してくれるんですね」
ダリアも部長もアルデも、かなり偏食気味だ。三人の好みの料理が確実にある店を探すとなれば、自ずとファミリーレストランに近い店に限られてくるわけで、同列の店を選べば結果として似たようなメニューが続いてしまう。
専属の料理人を雇えば三人の好みを把握してくれる上に、割安ときたもんだ。
是非とも雇いたい。
「料理人を雇う前提として『ホームを所持している』『《エリア:厨房》が設置してある』という条件をクリアーしておく必要があるし、雇いたいNPCとはある程度仲良くなければ契約できないよッ!」
食べ物を綺麗に飲み込んだOさんが、NPCと契約するに至るまでの条件を付け足した。
NPCを雇う……か。
好感度が契約を左右すると考えれば――もしかしたら、あの老いた獣人族を雇うために、Oさんは彼の元へ毎日挨拶に行っているのかもしれない。
彼を雇うことと、Oさんの言う懺悔がどう結びつくのかは不明だが……いや、詮索は止そう。
思えば俺たち、ストーリークエストに関係するナルハやタリス達とは会話したものの、普通のNPCとはしっかり会話していない。
ゲーム開始から既に一ヶ月以上経っても、俺はこのFrontier Worldをまだまだ楽しみきれていないようだ。
*****
それからしばらく談笑しながら食事を楽しみつつ、先ほどまでの会話内容へと話題変更をする。
「――話は戻りますけど、今現在で有能な技能ってどんなものがあるんですか? 今回手に入れた券は新しい召喚獣のために取っておくとして、一応参考までにオススメを聞いておきたいです」
常闇の墓地でのボス戦によって得た報酬の中にあった《スキル取得券》。これを使用することで、新たな技能を取得する事ができる。
折角入手したこのレアアイテムであるし、この場にいるのは二人ともトッププレイヤーと称される人だ。
取る取らないは別にしても、今後の参考にできる。
俺の言葉に、Oさんは難しい顔をしながら唸り、答えた。
「オススメはたくさんあるんだけど――取得できる技能は種族や職業、更にはここまで培ってきた経験も影響して変化するから同じものがあるかどうか……魚のフリとかいうゴミ技能とかなら、誰でも取れるんだけどね!」
口をパクパクさせ、両手でヒラヒラと魚のヒレを演出する様は、正しく『魚のフリ』だった。
それが果たして技能だったのか、単なるモノマネだったのかは不明である。
「魚のフリは少し前に活用方法が発見されたばかり、ですよ」
一連の流れを静かに聞いていた花蓮さんがナイフとフォークを机に置き、ナプキンを取り口を拭く。
「冗談はよしたまえ! 僕は悪い人たちに騙されてゴミ技能をたくさん取らされたんだぞ! 使った僕だから分かる、アレには何も価値がないッ!」
誰が信じるものか! と言わんばかりの剣幕で立ち上がるOさんに対し、膝上の部長が『うるさいなー』と愚痴をこぼすのが聞こえた。
「掲示板見ていませんか? 例の散歩さんがどうにか海竜達と仲良くなろうと色々な技能を取り、その中で《魚のフリ》を使用すると海竜達に襲われなくなる事を発見したらしい、ですよ」
「彼か……とはいえ、そんな活用方法があったなんて! じゃあまるっきりゴミ技能だったわけじゃなかったのかッ!」
「まあ、できる事がたったそれっぽっち増えたというだけの技能ですが」
花蓮さん、手厳しい。
とはいえ――
「海竜達に襲われなくなる技能ですか……」
「落ち着こうダイキ君。魚のフリを取るかどうかなんて、考察する余地もないぞ!」
青吉関連で使える可能性があるなと考えている俺に、無表情のOさんが顔の前で手をブンブンと振ってみせた。
面白そうだが、確かに優先度で考えれば除外されそうな技能である。
「僕がオススメするのはズバリ『描く魔法陣』! これはすごいぞ!」
「描く魔法陣?」
おうむ返し的に聞く俺に、Oさんは実演とばかりに小さな火の玉を指の先に出現させる。
「例えばこの生活用魔法『最小限の火』は普通に使うとただのつまらない火だけど――」
Oさんは、手を握るようにして火を消しながら、再び最小限の火を使ってみせた。
すると――
「ほらッ!」
『おー……』
指の付け根部分に現れたオレンジ色の魔法陣がゆっくりと指先の方へと上昇していき、指先に近づくにつれ小さくなり、てっぺん部分で火に変わった。
人差し指を上に向けながら得意顔のOさんと、それを見てなんとも言えないリアクションをとってみせたアルデ。
「……まさかその《魔法を使うときに魔法陣をわざわざ出現させる技能》ってだけじゃないです、よね?」
「うん? それ以外の効果ないけど?」
「……」
花蓮さんの問いに、Oさんはあっけらかんと答えてみせたのだった。