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花蓮家

 

 場所は変わって、ここは王都中層住宅区。


 Oさんのホームがある上層住宅区とは少し違い、立ち並ぶ家々は装飾も含めこじんまりとしたイメージだ。道行くNPCの身なりも少し落ち着いているように見える。


「僕の住んでる一等地には遠く及ばないけれど、ここもなかなか綺麗な場所だよね! 僕の住んでる一等地には遠く及ばないけどね」


 先導するOさんが、周りの景色を楽しみながら高級住宅街を進んでいく。

 隙あらば自宅の自慢も挟んでいくスタイルなので、ツッコミは早々に諦めている。


 進化後のダリアは心も少し成長したのか抱っこをせがむ事はなくなり、妹達に自分の過去の特等席を譲っている。


 それでも手だけは離さないのは、成長した彼女の精一杯の甘え方なのだろう。


「それにしても――待てど暮らせど戦乙女からの返信がないな! ログインしてるはずなんだけど……もしかして退出状態のまま、うん◯してるのかな?」


「花蓮さんにそれ言ったらぶっ飛ばされますよ」


 相変わらずヒヤヒヤするような発言を平気で口にするOさんに苦笑しながらも、何事もなく俺たちは花蓮さんのホームらしき建物の前へと辿り着いた。


『綺麗!』


 その外観を目にし、思わず声を上げたアルデに俺も同意見だった。


 白を基調とした、小さくもまとまった可愛い家。傘のような形の赤色の屋根と、様々な花が丁寧にガーデニングされた広いバルコニーは非常に女の子らしい印象を受ける。


 黄色いアヒルの形をしたポストには『花蓮()』と控えめに書かれており、玄関まで続く小さな庭で、ウサギのような生物が昼寝をしているのが見えた。


 生粋の召喚獣好きだとは思っていたが、アリスさんと同じで、純粋に可愛いもの好きなのかもしれない。

 少女が将来自分が住みたい家をクレヨンで描いたら、こんな感じのホームが建つだろうなと想像できる。可愛らしい家だ。


「僕が彼女の家を知っていた理由として、過去に一度訪ねに来た経緯があってね、強力なレイドボス討伐のための最強メンバーを勧誘するためだったんだけど……入れてはくれなかったなあ。レイドも参加拒否されちゃったし!」


 今日こそあがらせてもらおうッ! と、遠慮するそぶりも見せずズカズカと庭を進んでいくOさん。番犬ならぬ番兎が庭を逃げ回る。


 一度メールは送っておいたのだが、やはり返信はない。Oさんの言葉ではないが、用事があって退出状態なのかもしれない。


 日を改めましょうよ――と、提案しようと口を開いたタイミングで、満面の笑みのOさんが玄関で手を振っているのが見えた。


「あーいてーるぞーー!」


「それって、単純に鍵が空いてるというだけで花蓮さん自体は……」


 既に扉を開けてしまっているOさんに俺の言葉が届くはずもなく、Oさんがどこぞの特殊部隊よろしく中へと侵入していく。


 とりあえず、トラブルが起こる前にOさんを連れて帰ろう。



*****



 玄関をくぐった俺たちは、心地の良い花の香りに包まれた。バルコニーがある二階部分からたっぷりと光が差し込み、ホームの中を照らしだす。


 中世風のゲーム世界なためか靴を脱ぐスペースはなく、猫の刺繍が入った絨毯が奥まで敷かれている。

 真ん中には食事スペースなのか、高級そうな木製の机と椅子が並んでおり、花蓮さんや召喚獣達の似顔絵らしきステッカーが椅子に貼ってあるのが見えた。


 彼女達は店ではなく、ここでご飯を食べているらしい。


 玄関にあたる部分から見える部屋だけでも六ケ所、そのどれもに、椅子に貼ってあったステッカーの大きいタイプが貼られているのが見える。

 召喚獣一人一人に部屋を与えているらしい、見た所、風神雷神だけは相部屋のようだ。


「……Oさん、許可もなく家に上がり込むのは失礼ですよ! どこに行ったんですか?」


 心の中では大声で、現実は消えそうな程小さな声で、Oさんを呼ぶ。


 大声で探し回りたいのは山々だが、なるべくは穏便に事を済ませたい。いち早くOさんを探し出し、花蓮さん達と鉢合わせする前にこの家から退場しなければならない。


『探してくる』


「目をキラキラさせて言うなダリア。絶対探検するつもりだろ」


 この顔がOさんを探しに行こうとしている顔とは到底思えない。好奇心の赴くまま、前のめりに踏み出しながら手を離そうと奮闘するダリア。

 この手を離したら最後、Oさんの家でもやっていたように、ダリアはホーム中の部屋を開けて回るだろう。


『隙あり!』


『脱出ー』


「あ! こら!」


 好奇心に負けたのは姉一人ではなく、肩車から飛び降りたアルデと部長が俺を撹乱させるかのように別々の道へと駆けていく。


 もう、手遅れだった。


『にげろ』


 どさくさに紛れて逃げ出すダリアだけでも捕獲すべしと走る俺は、たたたーっと階段を駆け上がるダリアの背中を捉える。


 まずは長女!


 戦闘で鍛えたのか、前方を見つめたまま俺の気配を察したダリアが『バッテンマーク』の付いた部屋の扉を開け、素早くくぐる。


 そこは真っ暗な部屋だったが、ちらりと見えたダリアのダークレッドを捕まえることに成功。

 『無念』とつぶやくダリアを叱りながら、ふと、その部屋の中で人の気配を察した。




「……へ?」




 徐々に暗闇に目が慣れてくる頃には、その部屋が何なのか、そしてこの部屋に誰が居たのかを知ることができた。

 

 部屋中に貼られた写真の数々と、銀色のマジックで書かれた感想の山。

 部屋の真ん中に飾られた大きな写真には俺と三姉妹が仲良く写っている写真が額縁に収まっており、それを正座で眺めていたらしい花蓮さんと目が合う。



「……」



「……お、お邪魔してます」




*****




阻害役(ジャマー)として選ぶのであれば優秀なのは妖精族や昆虫族、です。私のチームには阻害役(ジャマー)は居ませんが戦闘における重要性は極めて高いと推測、します」


「な、なるほど」


 いい香りのする紅茶を啜りながら淡々と語る花蓮さんに、俺はただ頷くしかできずにいた。

 無許可にも拘らず家へと侵入し、そして見てはいけない物を見てしまった罪は重い。


「いいんです。メールそっちのけで趣味に没頭していた私にも落ち度はあります、から。ただ、あの部屋の事を誰かに言ったらひどい、ですよ」


「い、言いません言いません! 俺もダリアも不思議と記憶が飛んでしまったようで!」


『覚えてる』


 必死に取り繕うも素直に答えるダリアのお陰で絶賛空回り中である。

 唯一の救いは、Oさんや部長達に部屋の存在を知られずに済んだこと。Oさん達は首を傾げながらキョトンとしている。


「花蓮ちゃんのシークレットルームには秘蔵の召喚獣コレクションの他に、お前のどデカい写――ぎゃあああぁぁ!!」


「雷神! 無茶しやがって!」


 騒ぎを聞きつけ部屋から出てきた花蓮さんの召喚獣達も各々の椅子に腰掛けており、その件について触れようとした雷神が、花蓮さんの命によりウルティマに締め付けられているのが見える。


 皆、大人しく部屋で過ごしていた様子。

 恐らく、自由時間をとっていたのだろう。


「? よくわからないけど、とりあえず戦乙女も阻害役(ジャマー)案は賛成って事かい?」


「もちろん。決めるのはダイキさんですが私の意見を聞くために(・・・・・・・・)来たという話が本当ならば、是非参考にしてほしい、です」


 ストローで紅茶をぶくぶくと泡立てながら言うOさんに対し、俺をキッ! と睨むようにした後、強い口調で語ってみせた花蓮さん。


 先ほど見たことは速やかに記憶から抹消しよう――そう心に誓う。


「ダイキ君の方で、何か定まったビジョンはあるのかい? 例えばタイプだけど、戦乙女の意見を参考にすると妖精族か昆虫族になるよ」


 Oさんの言葉に、俺は気持ちを切り替え受け答えする。


「タイプなんですが――実はもう決めてまして……」


「どんなこ?」


 俺の発言に、花蓮さんが身を乗り出して食いついてくる。

 阻害役が重要という事はよく分かったし、花蓮さんが勧めるなら間違いはない。役割の部分も決定だ。


 俺は頭の中でエキシビションマッチ試合光景を思い出しながら、花蓮さんに視線を向けた。



「機人族――――機人族に、したいと思ってます」



 俺の言葉に花蓮さんは驚いたような顔をしてみせ、Oさんは何か納得したように首を上下に動かしてみせた。


「あえて、機人族ということですか」


 花蓮さんは複雑そうに表情を歪め、顎に手を当てながらポツリとつぶやく。


「ええ――俺自身が機人族の召喚獣と触れ合ってみなければ、色々と見えてこないと思ってたんです。迷ってたのは正直、役割だけでした」


「確かに機人族なら特殊な形にはなりますが阻害役(ジャマー)としても優秀、です。それにしてもジェイコブ氏と対極的存在のダイキさんが同じ機人族を選ぶとは――」


 花蓮さんが言ったように、確かに俺は「あえて」機人族を選んだ節がある。

 試合光景が忘れられなかったという部分もあるし、何より機人族がどんな種族なのか、よく知りたかった。


(『そこにあるはずの感情 喜びも 悲しみも 苦しみも なにも感じられない』)


 ダリアの意味深な言葉の意味も、機人族の召喚獣と会話することで全て理解することができるだろう。


 花蓮さんはしばらく考えた後、忍びなさそうな様子で俺に提案してみせる。


「機人族の召喚獣……その子の動く姿や交わした言葉、色んなところに発信してくだ、さい。貴方と貴方の召喚獣には人を動かす力があり、ます」


 私はただ暗くなる事しかできなかったから――そうつぶやく花蓮さんは、とても寂しそうな顔をしていた。

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