常闇の墓場のフィールドボス
※『常闇の墓場』の内容の一部を削除しました。削除部分は花蓮関連の文で、削除理由はこの回に違和感なく繋がるための調整です。
青吉の水槽を取り出した事によるテントの倒壊というトラブルにも見舞われながらも、俺たちは気持ちを切り替え墓地の奥へと進んでいた。
Oさんは簡単に許してくれたが――今まで以上に、時と場所をよく考えてから行動に移そうと思う。
「そういえば、小悪魔姉は進化しても“中級魔族”のままなんだね。僕はてっきり、上級魔族に変わると思ってたんだけど」
歪な形の枯れた木を横切りながら、先頭を行くOさんが口を切る。
Oさんとは現在パーティを組んでいる状態なため、パーティメンバーのステータスをある程度見ることができるようになっている。
言われて気付いたが……確かに、見た目の上の変化は一段階目よりも大きかったのに、ダリアの種族は中級魔族のままだ。
「詳しい部分までは分かりませんが……ということはつまり、少なくともあと一段階は進化が残っていると推測できますね」
すっかり幼女から少女へと成長したダリアの後ろ姿を眺めつつ、それに答える。
魔族から中級魔族ときたら、やはり上級魔族が一つの終着点と考えるのが妥当だろう。それの更に上があれば、ダリアはまだ更に進化できる可能性を秘めていると考えられる。
未だ彼女の急成長に対し動揺している俺の気持ちが漏れているのか、それを察したダリアの後ろ姿が、どこか得意げな雰囲気を醸し出している。
アルデもダリアの成長を羨ましがっている事から察するに、彼女達は大人の女性に憧れているのかもしれない。恐らく、そういうお年頃なのだろう。
『わたしは、このままでいいんだよねー』
『そうなのか?』
ポツリ――と、やや意味深な言葉を零す部長へ理由を聞き返してみるが、彼女はそれっきり、だんまりを決め込んでしまった。
成長を望む子もいれば、望まない子もいるということか……ステータスの上昇は魅力的だが、彼女の意思も尊重してあげたい。
部長がレベル50になる前に、進化しなくて済む道というのも探しておくべきだろう。
「まあ細かい事が気になってるなら、掲示板を頼るより戦乙女に直接聞いたほうが早いと思うねッ! なんか最近自分のホームに引き篭もってるみたいだけど、ログインしてるなら話は簡単!」
まるで俺と部長の会話を聞いていたかのようなタイミングで、Oさんが声高らかに解決策を提案してくる。
女性に対し、不意打ち的にコンタクトを取るのは悪手な気もするが――さて、どうしようか。
「俺としても、会って話しておきたい事はありますが……」
結果として、なんとも歯切れの悪い感じで返してしまったが、Oさんは俺の様子などどこ吹く風とばかりに話を進めていく。
「ならちょうどいいじゃないかッ! 僕は彼女のホームがどこにあるのか知ってるし、ここのフィールドボスをサクサクっと倒した後にでも行ってみようじゃあないか!」
思い立ったら即行動タイプらしいOさんは、花蓮さん宅に突撃する予定を素早く組み立て「善は急げだッ!」と歩くペースを速めていく。
彼女にはエキシビションマッチの件や、ダリアの種族名が変わらなかった件、成長拒否の部長へのアドバイス等等、聞きたいことが沢山ある。
彼女なら、掲示板で聞くよりも早く、そして詳しい情報を教えてくれそうだ。
とはいえ、不味いタイミングに鉢合わせしたら今後の関係に影響しそうなので、花蓮さん宛に「この後、ホームの方に遊びに行くかもしれません」という内容のメッセージを先に送っておくことにする。
「これでよし」
メッセージが無事送信されたのを確認しメニュー画面を閉じると、こちらを見上げているダリアと目があった。
何か言いたそうな、じっとりした視線。
急成長を遂げた彼女への違和感は未だ残ったままだが、それが態度に出ないよう注意しつつ、対応する。
『どうした? お腹すいたのか?』
『お腹は空いてないけど』
俺の言葉に呟くように答えたダリアは、『まだ足りないようだ』とかなんとか、ゴニョゴニョとこぼしつつ踵を返す。
まさか花蓮さん達に会いたくないなんて話じゃあるまいし……なんだろうか。
『ねーねー! またウルティマ、頭の上に乗せてくれるかなあ?!』
勢いよくお腹にくっついてきたのは、目を爛々に輝かせたアルデだった。
花蓮さんに会えるとなれば、必然的にウルティマとも会える。ヘルヴォル以上にクールな雰囲気の彼だが、前みたく、快くアルデ達のお守りを買って出てくれるだろう。
『そうだなー、きっと乗せてくれると思うよ。ただ、頭の上では大人しくしてるんだぞ』
『はーい!』
俺の言葉に、等身大の子供そのものな反応を見せるアルデ。
どちらかといえば、アルデの反応こそが年相応と言えそうだが……体の成長に伴い心の部分も成長しているとすれば、ダリアはちょっと早めの思春期に到達しているとも考えられる。
避けられたりしたら嫌だなあ……なんて思うのは、わがままだろうか。
部長がそう願うように、いつまでも小さい子供のままでいてくれたら……と、そんな気持ちが芽生えている俺自身もまた、今までの自分とは違う方向へと成長しているのかもしれない。
*****
急ぎ足でもなお十数分もの時間が掛かった事を考えると、いかに常闇の墓場が広大なマップであったかが分かる。
純粋な経験値稼ぎで歩き回っていたルートも、考えてみれば道をただ進んできただけ。ペースこそ遅かったが、俺たちは寄り道をしていない。
そう考えると――やはり少し不気味だ。
「ちょっと質問があるんですが」
「ン? ナンダヒ?」
反応は返ってきたが、およそ日本語とは呼べない言葉に釣られ視線を向けると、恐らくボスが出現するであろう開けた空間の前で胡座をかき、一心不乱にデザートを食べ散らかすOさんの姿があった。
その横で、礼儀正しく正座しながら同じものを食べるアルデの姿もある。
「……どうしてこの墓地はこんなに広大なんでしょう。下手すれば、砂の町付近の砂漠並みに広いですよ、ここ」
変にツッコむ必要もないだろうとスルー。
俺の質問に、頬にクリームを付けたOさんが「そりゃそうさ!」と、得意げに答えてみせた。
「ここは全ての死人が運ばれる場所。慈悲深いエルヴァンス王が兵士や民が安心して眠れる場所を与えてやりたいと考え、この場所を作らせたと聞いてるよ」
今までの言動から相当やり込んでいると察しはついていたが……流石に詳しい。
「なるほど、国全体の死者が送られてくる場所ですか。だからお墓も、尋常じゃない数があるんですね」
設定を説明され、納得する。
墓場がこれだけ広いという理由が全国民の為となれば、妥当な数と言える。Oさんが言うように、エルヴァンス王は相当に慈悲深い。
王のための墓を民が作るという話はあるが、逆はかなり珍しいと言える。
相当兵士のため、民のためを考えている王様でなければこんな計らいはできないだろう。
「立派な王様だと思いますが……惜しいですね。墓石が全て等しく作られているから、簡単に見分けが付かないです。お墓まいりのたびに苦労しそうな広さですし」
言って――ふと気付く。
英雄達には、こことは別の場所に墓が用意されているが……まあ、当然か。英雄と民で待遇の差が出るのは仕方がない。
だが、せめて――
「英雄達のお墓みたく、誰が中で眠っているのか一目でわかれば、もっと良い墓地ができそうですよね」
「それは、無理だと思うよ」
独り言のような俺の呟きを、Oさんが真剣な表情で否定する。
「……なぜ?」
「英雄達の墓は“一目でわからなければ困る”けど、逆にその他の遺体は“一目でわかってしまうと困る”んだから」
Oさんの言葉に、違和感を覚える。
それは、誰目線の意見なのだろう。
さて――そろそろボス戦と洒落込もうじゃないか! と、俺の返事を待たずして立ち上がるOさん。
この墓場に来てからの彼……いや、今日の彼はどこか様子がおかしい。
彼は俺に何を伝えようとしているのだろうか。
*****
疑問に答えてくれる人が現れぬまま、俺たちは円状に開けた不自然な空間へと足を踏み入れた。
地底から鳴り響くうめき声と、ボコボコという何かが這い出てくるような不気味な音。
これまでの敵の傾向から、フィールドボスがどんな奴かは容易に想像がつくが――ルックスは刺激少なめを希望しておこう。
「来るぞッ! ――闇より出でし漆黒の戦士ッ! ブラッディ・ナイト!」
やや興奮気味に言うOさんの言葉に答えるかのように、地鳴りしていた地面から勢いよく《手》が出てきた!
それは生の手ではなく、血塗られた甲冑の手。続くように這い出てくる体もまた血塗られており、その風貌はかなり不気味だ。
姿かたちの予想は外れたが、これはこれで刺激が強いルックス。返り血が妙にリアルである。
剣と盾を構えるその甲冑にどこか既視感を抱きつつも、相手はここのフィールドのボス。油断は禁物だ。
「いざッ! 勝負!」
そして……Oさんの掛け声を合図に――戦闘が始まった。
【ブラッディ・ナイト Lv.48】#BOSS