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常闇の墓場

 

 常闇の墓地へは、西ナット森林を抜けなければならない。西ナット森林は以前、俺たちが進むのを中断した場所だ。


 西ナット森林は非常に濃い霧に包まれたエリアであるため、見晴らしは悪い。もしここであのPK集団にでも襲われたら……と考えると、あまり進んで来たい場所ではない。


「そして――二次転職の試験内容っていうのがだねッ!」


 近づいてくる幽霊型のモンスターを、Oさんは青白い魔法の剣にて斬り伏せ語りだす。

 適正レベルを大幅に上回っているため雑談する余裕もあり、墓地へと続く道なき道をのんびり移動している。


「職やその種類によってまちまちだけど、基本的には試験官との戦闘がその内容なんだ! ダイキ君の場合、小悪魔ちゃん達を含めたメンバーのみで戦闘という事になるかなッ!」


「なるほど」


 現在は、レストランにて途中となっていた二次転職について、Oさんが詳しく説明してくれている。


 頭の上の部長が、かなり興味無さそうに大あくびをしているのを気配で感じながら、俺は気になった部分について質問していく。


「その試験というのは、何度も受け直す事は可能なのですか?」


 俺の中で、現実世界における試験というものは、多くが受け直し可能という認識が強い。

 Oさんは「その認識で合ってるね」と、俺の言葉を肯定した後、付け加えるように続ける。


「試験に必要なアイテムはその都度消費されるみたいだけど、基本的には再挑戦可能! 親切設計だぜ! やったぜ!」


 言いながら、ガッツポーズを取ってみせるOさんは「あ、そうそう!」と、何かを思い出したように呟く。


「確か――召喚獣一人一人にも、何か課題が出されるって聞いたような気がするなあ」


「試験官との戦闘以外に……ですか?」


「そうだね。クラスアップには召喚士だけでなく、従う召喚獣の力も一定の水準が必要って事だと思うよ。不安なら試験前に掲示板で聞き込みしてみるか、戦乙女にでも聞くといい!」


 召喚獣関連の知識において彼女の右に出る者なし――と、Oさんは花蓮さんを素直に評価したのだった。


 確かに、召喚獣関連の疑問は花蓮さんに聞くのが一番確実かもしれない。


『試験?』


 俺たちの会話の内容が気になったのか、魔法を操る手はそのままに、ダリアが俺の顔を見上げてくる。


『そう、試験。難しい事は言われないと思うから、ダリア達は普段通りにしてれば大丈夫だよ』


 内容は試験官によると言われればそれまでだが――幼い彼女達にはできないような難題を突きつける、心ない試験官ではない事を願いたい。


『任せて!』


 俺の言葉に元気良く答えてみせるアルデ。

 今回も仕事が少ない部長は既に夢の中だ。


『お肉食べるとかなら 任せて』


『うーん、そういうのとはちょっと違うかもしれないぞ。ほら、アルデも、目をキラキラさせない』


 それでは試験ではなくご褒美になってしまうのだが、ダリア達には少し難しかったのかもしれない。

 苦笑しつつ、得意げに胸を張るダリアと、期待を込めた眼差しを向けてくるアルデをなだめる。


「君たちなら、試験なんて余裕で合格してくれる気がするよ」


「俺もそう思います。なんにせよ、下調べをしっかりしてから挑もうと思います」


 まるで緊張感のない俺たちの様子に、呆れたような表情で力なく言うOさん。


 レベル60になればクラスアップはもちろん、順当に考えて新しい召喚獣も呼ぶ事ができる。

 これから先、更に賑やかに冒険できると考えただけで、俄然やる気が湧いてくる。


 経験値チケットの効果は続いている。しっかりレベル上げを頑張ろう。



*****



 広大な西ナット森林を抜けた先は――エリアの名前通り、暗闇に包まれた空と、汚れた墓や崩れた石像が並ぶ異様な光景が広がっていた。

 管理不十分な墓の数々は、不謹慎ながら、かなり不気味悪い。所々に生えた枯れた木々がまた更に良い雰囲気を醸し出している。


「ここが常闇の墓場……墓の下には、非業の死を遂げた者達が眠りについている。そして今は誰も近づかない放置された墓地――何故だかわかるかい?」


 人によっては身震いしてしまいそうなこの光景を背に、Oさんは真面目な表情で俺たちの反応を煽る。


 既に俺の後ろに隠れているアルデを他所に、平然とした様子のダリアが『あ……』と、Oさんの肩の方へ指差した。


 青白い顔に、抜け落ちた髪の毛。

 ボロの服と、欠けた片足。


 Oさんの後ろには、生気を失った異形の人型がスタンバイしていた。


「西ナット森林の敵を見たろう? ……そう、出るんだよ、ココ」


 既に出ているのだが、Oさんはそれに全く気付かない。


 俺たちを全力で怖がらせようとしているのか、神妙な顔つきで怪談話を語りだす。


「何も知らないあるパーティが常闇の墓場に迷い込み……その不気味さ故に、メンバーの一人が引き返す事を提案したんだ。彼女の言葉に従い、入り口まで戻る一行は気付いてしまったんだ……足音が一つ、増えていることに」


 臨場感たっぷりの彼の怪談話に、アルデは体をブルブル震わせ怯えている――いや、彼女の視線はOさんの後ろに向けられていた。


 オチが近い。


「パーティのリーダーが静かに振り向き――そしてッ?!」


 ばっちりと目が合ったんだ――と、オチを言った勢いで自分も後ろに振り返り、固まるOさん。



 そして――常闇の墓場にて、この日一番の範囲魔法が炸裂したのだった。



*****



 墓地から捻り上がる炎が、異形の人型達を焼いた。

 アルデの持つ大剣は赤く熱い光を帯び、斬り伏せられたモンスターは切り口の炎に包まれ、その体を光の粒子に変えて砕け散る。


 常闇の墓場に出てくるモンスターの殆どが腐敗した人間もどき。ここの敵には火属性魔法がよく通るらしく、Oさんとダリアのお陰で広範囲の敵を効率よく処理することができていた。


 適正レベルは55――西ナット森林からこのエリアへと迷い込んでしまった初心者プレイヤーの姿を想像すると、かなりいたたまれない気持ちになる。


「ここに出るモンスターは《亡者(もうじゃ)》といって、ただ本能のまま動く物を襲うゾンビのような存在なんだ! 屍人族(しびとぞく)と混同される事が多いけど、屍人族はれっきとした種族、攻撃したら当然罰せられるから気を付けてね」


 しばらくの時間をおき、冷静さを取り戻してきたOさんは、戦闘しつつこのエリアに出てくるモンスターについての解説を入れてくれた。

 Oさん曰く、西ナット森林に出てきたモンスターは《亡霊(ぼうれい)》といい、こちらも本能のまま動く物を襲う悪しき者らしい。


 亡霊と混同される種族として、別に《人霊族》という種族もいるようだ。存在は、屍人族とかなり似ているらしい。


「屍人族という種族も、亡者と同じように人の死体から生まれるって言ってましたよね。ベースは同じ二つの種族はどこで明確に分かれるんでしょうか」


 しばらくこのエリアで戦闘を続けているが、未だに屍人族とは遭遇していない。殆どが亡者で、極たまに亡霊が襲ってくるだけのエリアだ。

 俺の問いに、Oさんは少しだけ表情に哀愁を漂わせながら、二つの種族が生まれるカラクリを説明してくれた。


「本来であれば、生まれるのはこの亡者だけ。亡者は汚染された土地の邪気が死体へと憑依した存在で、管理不十分なこの土地から亡者が生まれてくるのは自然の摂理なんだよ」


 浄化方法は燃やすこと――と、火属性魔法による攻撃で一気に亡者達を焼くOさん。


「屍人族というのは《魂を剥がされ、死んだ存在が成る》種族。普通に死んだ存在ではまず成る事ができない、少々特別な種族なんだ」


「魂を剥がされ……? それは、誰かに殺されたという意味ですか?」


 咄嗟に言ってみたが、恐らく違う。

 それが理由であれば、Oさんは何もそんな回りくどい言い方はしないだろう。


「魂を剥がされる――というのはそのままの意味で、肉体と魂とを強制的に引き離されたという事。魂を剥がされた肉体は時間が経つと《屍人族》になり、肉体から剥がされた魂は時間が経つと《人霊族》になるんだ」


 魂を剥がされる……俺はその言葉が、とても恐ろしいものに聞こえた。


 それじゃあまるで……


『誰かに引き離されたってことー?』


 Oさんの言葉に部長が聞き返し、俺はそれを代弁する。

 Oさんは「そうだと思う」と、かなり曖昧な返事で答えてみせた。


「ここに来る前、僕が老人の家に寄ったよね。そしてこれから先、僕が説明した屍人族や人霊族と会う機会がくると思うんだ」


 炎を纏った杖を振り、俺に目を合わせず語るOさん。


「彼の話、彼らの話をよく聞いてほしい。そして見極めてほしい」


 彼は、俺に何かを伝えようとしていた。


「ダイキ君達がこれからどんな冒険……いや、冒険の仕方(・・・・・)をするかは分からないけど、これだけは言っておこうと思う」


 杖を地面に突き立て、炎が霧散する。



「世界をよく見てほしい。そして、悔いの残らないゲームライフを」



 寂しそうに言うOさんは、次の瞬間には「まあ、ただのゲームだし、楽しんだもん勝ちって考え方もあるけどねッ!」と、いつもの調子に戻っていた。

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