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過去への懺悔

 

「うん。僕の奢りとは言ってたけど、やっぱり遠慮ないよねこの子たち」


「すみません、育ち盛りなものでして……」


 テーブルに並べられた料理の数々に対し、Oさんは美男子アバターの顔を歪ませ、口角をひくつかせた。


 場所は変わって、ここは王都の高級料理店。店の敷居が高いためか、食事を楽しむNPCもどこか豪華な洋服を着ていることがわかる。

 俺たちはメールの差出人――大兵器ことOさんと合流し、流れるように料理を注文。今回も彼が代金を払ってくれるとの事だったので、有難くお言葉に甘えさせてもらう。


「正直、狙ったかのようなタイミングでOさんから連絡が入っていて助かりました。勿論、食事の代金もそうなのですが」


 俺の言葉にOさんは、照れたようにはにかんでみせる。


「ふんふん。僕からしたら何のことか分からないけど、誘って正解だったのかな」


「はい。あれ以上マイヤさん達をフィールドに連れ出すのは忍びなかったので……」


 席に着いてから既に20分――三姉妹の豪快な食事風景を眺めながら、俺は先程起こった事件について、Oさんに色々と話していたのだった。


 マイヤさんを狙ったPK集団の話は元々Oさんの耳にも届いていたらしく、真剣に聞く彼に普段の強烈な雰囲気は無い。


「姫の王を狙う集団というのは、流行りに乗っかった今だけの話。PK専門の集団なんて本当は昔から存在していたよ」


 ゲームの楽しみ方は人それぞれだよね――と、彼らの行為を肯定的に語るOさんはステーキを切る手を止め、こちらに視線を向けた。


「集団の中には確かに彼女への恨み辛みを持ったプレイヤーも居ただろうけど、大半が愉快犯だと思うよ。まあ個人への過剰な粘着PKはプレイヤー達の引退に繋がるし、度合いを見て運営が対応するんじゃないかな」


「そうですか」


 さてと――と、この話は終わりだとばかりにメニュー画面を開くOさんは、普段通りの不敵な笑みを浮かべた。


「なによりッ! おめでとうダイキ君! 君もやっとレベル100(スタートライン)への道の折り返し地点へたどり着くんだよ!」


「れ、レベル100ってスタートラインなんですね……」


 いきなりテンションが変化する彼への動揺が口調にまで出てしまったが、Oさんはそんな事は御構い無しに続ける。


「僕も君のレベル上げに付き合うからにはそれなりの狩場を用意するつもりだよッ! 目標はレベル60! 二次転職は熱い!」


 テーブルを“バンッ!”と叩き立ち上がるOさんを、ツカツカとやって来た店員さんが怒りを抑えながら静かに注意を促す。


「お客様。大変申し訳ありませんが、他のお客様の迷惑になりますので、声のボリュームをもう少し落としていただきますようお願いいたします」


「あ、はい。ごめんなさい」


 即座に謝罪の言葉と共に頭をさげたOさんは着席し、咳払いを一つ。


「二次転職っていうのは二度目のクラスチェンジという意味だね。最初のクラスチェンジとは違い、こっちには実力を試すための“試験”が用意されてるんだ」


 声のトーンを落とすOさんが、未だにこちらを睨む店員さんにビクビクしながらコソコソ語った。


 見た目上の豪華さで言えば他のNPCとは比較にならないOさんだったが、客の身なりで対応の差別をしない店員さんは店員の鑑だと感じる。


「試験……ですか。内容全てを聞くつもりはありませんが、ざっくりとどういった内容なのか教えていただけませんか?」


 楽しみに取っておきたいという気持ちが先行するも、気になるものは気になるのだ。

 俺の言葉にOさんは“待ってました!”と言わんばかりに顔を明るくさせ、説明しようの言葉と共に勢いよく立ち上がる。


「二次転職には特殊な……ッ!」


 そして何かの気配を察したOさんは、“ギギギ”と音が鳴るかのような動きで顔を横へとゆっくり向けた。


「お客様っ!!」


 俺たちのテーブルの横には、額に青筋を立てた店員さんの姿があった。



*****



「ふん。僕を誰だと思ってるんだよッ! 王都の経済を(課金)で支える超有能プレイヤーだぞ! そしてあの女の人ッ! すごく怖かったなあ……」


「最初からOさんのホームで話をすれば良かったかもしれませんね」


 絨毯の上にうつ伏せ状態のまま、大きなクッションに顔を埋めながら不満を吐露するOさん。部長が彼の背中の上をのっしのっしと歩いていく。


 店員さんに二度目の注意を受けた俺たちは、三姉妹の食事が終了すると同時にお店を後にし、Oさんの豪邸へと場所を移していた。

 今回通された部屋は“くつろぎ部屋”なる場所で、そこら中にクッションやらソファーやらが設置されている部屋だった。


『Oさん殿! あそこにある気持ちの悪いヌイグルミに乗ってもいいか?!』


 全然可愛くないけど面白そうだ! と、目を輝かせるアルデが指差す先に、目の飛び出した魚の偽物ような何かが居た。

 よく分からないが、3メートルはありそうだ。見た目上の質感からして、ヌイグルミで間違いないだろう。


「Oさん、アルデがあのヌイグルミに乗っても良いかと尋ねてますが……」


「そうかいそうかい! さてはあのヌイグルミが気に入ったな? 小悪魔ちゃんも女の子だから可愛い物に目がないんだろうなあ! 実はあれ僕の自信作なんだよ!」


 アルデの言葉を少し改変しながら言う俺に、Oさんは顔だけこちらに向け興奮した様子で語りだす。

 間抜けな顔とぶにゃっとした形は可愛さの欠片も感じさせないデザインだが、好きな人には受けそうだ。現に、うちの子の中にも該当者はいる。


『ほしい』


 アルデが飛び乗るそのヌイグルミを指差し、ダリアが俺の頬をツンツンつつきながら強請ってきたのだった。



 大量にもらった変な姿のヌイグルミ(Oさん曰く、プルプニフィッシュマンと言うらしい)に囲まれご満悦のダリアを尻目に、俺はOさんとこれから行く狩場についての話をしていく。

 Oさんは背中に乗っている部長を気遣いうつ伏せ状態のまま、その場所について語り出した。


「僕がこれから行こうと考えている場所は、西ナット森林の更に奥――死と混沌のフィールド、その名も“常闇の墓地”だッ!」


 初めて聞くエリアの名前だな――と思いつつ、俺はそれとなくアリスさんの言葉を引用する。


「墓地ですか……俺はてっきり、最も効率がいい飛竜の巣へ行くものだとばかり思っていましたよ」


「確かにダイキ君のレベルで考えたら飛竜の巣が最高効率だと思うよ。けどあいつらには僕の魔法が通りづらいし、何より竜の戦士が近くに居るとなれば流石に面倒くさい」


 なるほど、飛竜には魔法が通りづらいのか――そういえばアリスさんも、ダリアに竜属性魔法を積極的に使うよう促していたな。

 そして、Oさんはそれ以上に、竜の戦士と出会う事を嫌っている様子。


「ともかくッ! 今日の狩場は常闇の墓地に決定! なんてったって死霊族には魔法がよく通るからね! 」


 結局は彼の魔法が最大限発揮できる狩場だから――という理由から選出されたとしか思えないが、俺としても未知の土地へ行く事に異論はない。張り切る彼の胸を借りるつもりで行こうと思う。


 装備を変えはじめるOさんに気付き、声をかける。


「これからすぐ出発しますか?」


「んー? いや、ちょっと寄るところがあってね」


 答えるOさんは少しだけ顔に負の色を漂わせながら、出口の方へと歩いて行った。



*****



 王都にある裏路地の一つ――先を行くOさんは、先程から一言も言葉を発さぬまま、どこかを目指して進んでいく。

 出発前の「ある人に挨拶に行く」という彼の言葉の意味がよく分からないまま、俺たちはOさんの背中を追っていた。


『どこいくのー?』


『Oさんの知り合いに会いに行くんだと思うよ。挨拶を忘れないようにね』


 少し不満げな声色で聞く部長の頭を撫でていると、Oさんがある家の扉の前で立ち止まった事に気付く。

 ノックもせずお邪魔するOさんに続き、俺は控えめに「お邪魔します」と一言添えて扉をくぐった。


 暖炉の炎が優しく揺れるその部屋には、大量の古い書物が積み上げられており、部屋の内装なのか匂いなのか、どこか懐かしい印象を受けた。


 俺はその中心に人影を見つける。


「やあ犬ジイ! 今日も元気そうだね!」


「Oか、お前は今日も騒がしいのぉ」


 Oさんの調子のいい挨拶へ、嬉しそうに対応する一人の老人。その人はロッキングチェアに揺られながら読んでいた本を机に置き、俺たちの方へと視線を向けた。


 獣人族のおじいさん。元は茶色だったであろう毛色は所々に白が混じり、目が悪いのか丸型のメガネを掛けている。


「後ろのは――ついに友達か?」


 獣人族のおじいさんはすぐに後ろの俺たちに気付き、俺の方へと視線を移動させる。


「ついにじゃない! ほんの一部の友達だッ!」


「おーおー、犬のようによく吠える男じゃ」


 なにおー! と、憤慨した様子を見せるOさんを無視する形で、獣人族のおじいさんは俺から三姉妹へと視線を移動させる。


「足が悪いもんで、座ったままで失礼するよ」


「お気になさらず……そして初めまして。Oさんの友達のダイキと申します。この子達は俺の召喚獣で、ダリア、部長、アルデといいます」


 俺に続き、三姉妹が各々挨拶をしていく。俺が彼女達の言葉を代弁していくと、獣人族のおじいさんはたっぷり蓄えた髭を満足そうに撫でながら笑って見せた。


「いやはや、これはまたなんとも愉快な子達が遊びに来てくれたものだのぉ。私は《アバイド》。見ての通り、老いた獣人族じゃ」


 アバイドさんの頭の上にLPバーは存在せず、故に彼がNPCである事が見て取れる。


 先程から置いてけぼり状態だったOさんが口を開く。


「犬ジイ。今日も変わりないかい?」


「なんじゃ、毎日毎日。私はまだそんな歳じゃないわい! 読書の邪魔をするんじゃない」


「あーあーわかったわかった! じゃあ僕らは行くからなッ! また明日会いに来る」


 Oさんの言葉にアバイドさんは「過保護な奴め」と、聞こえない程度の声で呟いた。

 荒い言葉遣いとは裏腹に、顔はとても嬉しそうである。


「あの……」


「おお、ごめんごめん! さあ、早速レベル上げに向かおうじゃあないか!」


 ここが何処なのか、そして彼が誰なのか全く分からない俺を他所に、元気よく踵を返すOさんは扉をくぐって出て行った。


 本当にここへは挨拶をするためだけに来たようだが……なんだったのだろうか。


「ではアバイドさん、お邪魔しました」


『またくる』


「ダイキ君は彼奴(あやつ)と違って礼儀正しいのぉ。うん、お嬢さん達もまたおいで」


 俺と三姉妹に小さく手を振って見せたアバイドさんは、再びロッキングチェアに揺られながら読書を再開。俺たちもOさんに続いて扉をくぐった。


 イベントが起こるわけでもなく、本当にただのNPCだったようだが……二人の会話から察するに、Oさんは毎日彼に挨拶しているようだ。



 しばらく無言で歩き続けた後、裏路地から大通りの方へと進んでいく彼に質問する。


「さっきの方は、Oさんとどんな関係なんですか?」


 前を行くOさんは歩みを止めぬまま、静かにそれに答えてみせた。


「特別な関係じゃないよ。僕はプレイヤーで、彼は単なるNPC」


 そう言いながら彼は、最後にこう続けたのだった。



「僕がやっているのは挨拶じゃなく――懺悔なんだよ」

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