竜の戦士
圧倒的――この一言に尽きる。
白と黒が入り混じる幻想的な炎に焼かれ、残る五人のPK達が瞬く間に崩れ落ち、転がっていた無数のプレイヤー全てが光に溶けて消え失せる。
竜化を解いたアリスさんは戦いの消耗が祟ったのか、疲労したような表情で着地、ゆっくり降り立つ黒色の竜へと視線を向けた。
「なんでここに……」
俺たちにとっては救世主であるその竜を、アリスさんは忌むべき対象に向けるような目で睨みつけている。
光沢のある黒の鱗に覆われた大きな竜がポータル前で着地してみせ、幻が解けたようにその姿を人間のものへと変えた。
質の堅そうな黒髪と、その間から覗く二本の角がよく目立つ。また、装備は白で縁取りされた黒色の鎧で、背中に冗談のような形のチェーンソーの剣を携えている。
褐色肌と好戦的な印象を受ける顔つき、そして極めつけは輝く金色の瞳。
「王都周辺で面白そうな相手を見つけたはずが、どーもつまんねェ連中付きだったもんだからよ。腹立ったから待ち伏せを待ち伏せしてやった」
あいつら奇襲だけは上手かったな――と、感心するように腕を組む竜人族の男。
「だ、ダイキ……おろしテ」
「わ、ごめんなさい!」
不意に掛けられた声の方へ視線を動かし、俺の右腕に抱えられたマイヤさんが状態異常から回復した事に遅れて気付く。
俺から解放され少し距離をとり、乱れた髪を手ぐしした後、マイヤさんは改めて救世主たる男に視線を向けた。
「まずハ、助けてくれてありがとウ、ダイキ達、アリス、そしテ……竜の戦士」
頭をさげるマイヤさん、そして何故か彼女の頭の上に乗っていた部長がはずみで体をこぼし、ぶら下がっているのが見える。
部長の状態異常もマイヤさんと同じく、時間経過……もしくは術者の討伐に伴い、解除されたと考えられる。
――それにしても竜の戦士ってどこかで……
「俺に狙いを付けられ、悪質プレイヤーに粘着され……結果として全員無事か。運が悪いも一周回れば良くなるってか? まあ俺も鬼じゃねえし、ボロのお前らは殺さない」
マイヤさんの言葉に対し、あまり興味なさそうな様子で受け答えする竜の戦士なる男。
回復薬にてLPを全快まで癒したアリスさんが、ため息まじりに頭を振る。
「なんで全部言葉にしちゃうかなあこの人は……黙ってれば、少なくともダイキ君達には救世主みたく思われてただろうに」
「そういうのは興味ない。俺のプレイはもっと単純だからよ」
呆れるような様子のアリスさんに対し、無邪気な笑みを浮かべる竜の戦士は……やっと俺たちの方へと視線を向けた。
子供のような笑顔のまま、俺の方へと手を挙げる。
「よ! 祭りの時以来か?」
――なるほど、今はっきりした。
今の言葉といい、ダリアに対する発言といい、このキャラ容姿といい……トーナメントの時、俺はこの人に会っている。
「……助けていただき、ありがとうございました。そしてあの時はどうも。指輪がダリアに当たったのは本当に偶然だったのですか?」
「偶然なんてないない! もともと賞品は俺があげたい奴に当たるようにできてたからな。まあそれで不正が王宮騎士にバレて、ツレと一緒に仲良くお縄だったけどな」
堂々と、不正を働いていた発言をしてみせた竜の戦士は、全く懲りてなさそうな思い出し笑いを浮かべている。
彼は以前行われたトーナメントの祭、三姉妹と一緒に屋台めぐりをしていた時に出会ったくじ引き屋の店主で間違いないようだ。彼の容姿はその時の店主のものと一致している。
くじ引き内容が不正となると、ダリアに一等が渡った理由が気になるところだが……彼の御眼鏡に適ったと考えれば、悪い気もしない。
竜の戦士はそのまま、何かの画面を操作するように手を動かしながら「お! こっちも祭りか……」と呟きつつ――
「じゃ、手負いのお前ら倒しても気分良くないし、別のパーティの所行くわ」
それだけ言い残し、さっさとアイテムで姿をくらました。
彼が消えるまでずっと気を張っていたアリスさんは、やっと解放されたと言わんばかりに深いため息を吐く。
「色々話したいことはあるでしょうけど、とりあえず私の部屋まで帰りましょうか……」
アリスさんの提案に異論を唱える人も居らず、俺たちはボスを倒した喜びすらも忘れ、皆無言でその場を後にしたのだった。
*****
三姉妹がお菓子に夢中になっている部屋の中で、大人組は先程起こった色々な事について静かに語っていた。
話の内容はPK集団の事と、竜の戦士の事だ。
「まさか《九曜》に助けられるとはねー……中身は悪い人じゃないんだけど、なにしろ素行が良くないから咄嗟に身構えちゃうわよ」
チョコレートが塗られた細長いお菓子をポキポキ口に入れながら、不機嫌そうに愚痴るアリスさん。
彼女の様子に苦笑いするマイヤさんは、俺が頭にハテナマークを浮かべている事に気付いたのか、付け加えるように話を続ける。
「九曜っていうのハ、さっきの竜人族プレイヤーのネームだヨ。素行が良くないっていうのはそのままの意味デ、名声が下がる事ばかりやってる人だからだヨ」
マイヤさんの補足説明に、アリスさんが小さく頷いた。
「名声が下がる事ばかり……」
「まア、基本的にはPK行為だよネ、彼の場合」
PK――PKの略語。確かお互いの同意のもと行われる《PvP》とは違い、彼らは突然攻撃を仕掛けてくるという話だ。
「目的は彼らと同じなのに、何故俺たちを助けてくれたんでしょうか?」
俺の問いに、肩をすくめながらアリスさんが答える。
「あの人はあの人なりのこだわりをもってPKを楽しんでいるから、自分のこだわりから大きく外れた連中を見ると無条件で襲いかかってくるわ。自己中心的とも言うかな」
ここだけを切り取って聞くと、竜の戦士がまるで野生の獣そのものに思えてくる。しかし、形はどうであれ俺たちを助けてくれた事実は変わらない。
「はっきり言えることは……PK連中が居なければ、今頃私達は確実に王都に死に戻りしてたって事なんだよね」
確かに、運が良いんだか悪いんだか……と、アリスさんは笑ってみせる。
「PK連中が居なければマイヤさんも部長も万全でしたよね? 流石にマイヤさんとアリスさん相手に、一人だけの彼が勝つというのは……」
「いヤ、マイヤ達が竜の戦士を相手にして勝ててた可能性ハ――たぶン、10%無いんじゃないかなア……」
そんな馬鹿なと反論してみるも、マイヤさんがそれをあっさりと否定した。
いたって真面目な表情である。
「竜の戦士は既にレベル100を達成した猛者。ある事情のせいでトーナメントには出場できなかったけど、彼が出ていれば個人戦は間違いなく竜の戦士が取ってたわね」
淡々と語るアリスさんに、待ったをかける。
「銀灰さんもハローさんも居ましたよね?」
「ハローはいい線行くかもしれないけど、銀灰は絶対勝てないわ。彼と竜の戦士は相性最悪だからね」
再びお菓子をポキポキと口に運びながら迷わずそう答えたアリスさんは、食べかけのお菓子で俺を指しながら一言――
「竜の戦士は間違いなく、日本最強プレイヤーよ」
*****
「ごめんネ……マイヤの所為でちゃんとレベル上げ手伝ってあげられなくテ」
「とんでもない! 俺たちだけじゃ、この短時間でここまで上げられませんでしたよ。また一緒に遊びましょう」
紋章ギルド出口にて、見送る形で付いてきてくれた二人と別れの挨拶を交わす。
申し訳なさそうに頭を下げるマイヤさんの隣で、ダリアを抱き上げご満悦のアリスさん。温度差が酷い。
『元気出してね……』
「アルデちゃン、また遊ぼうネ」
最後まで心配そうにマイヤさんの近くへ寄り添っていたアルデが、名残惜しそうにこちらへ歩いてくる。
港さんの召喚獣であるレイの時にもそうだったが、アルデの温かくて優しい心は少なからずマイヤさんに届いているだろう。また会いに来よう。
「またね、ダイキ君、部長ちゃん、アルデちゃん。私達もそろそろ部屋に戻りましょうか」
『じゃあ お菓子もっと用意して』
「アリスさん。ダリアも、食欲に負けるんじゃない」
お約束のように、ダリアを抱いたままアリスさんがギルド内へと戻ろうとしていたので、お約束のツッコミを入れておく。
以前は俺に無言の助けを求めていたダリアも、彼女のノリにすっかり馴染んでしまっている。
「ダリア、この後会う人と一緒にお昼食べるんだから、それまで我慢しなさい」
『アリス またね』
俺の一言でコロリと態度を変えたダリアは、アリスさんの腕の中からぴょんと飛び降りると、目の奥に肉のマークを貼り付けながら、俺たちの方へと歩いてきた。
「では……またいつでも連絡ください。俺もそうですが、この子達もアリスさんとマイヤさんに会いたがると思うので」
「勿論よ。私もパワーチャージできたし、午後からの業務もまた頑張れそう」
言いながら、大きく伸びをしてみせるアリスさん。その隣で、マイヤさんがどこかモジモジとした様子で遠慮がちに口を開いた。
「コ、今度ハ、マイヤのホームに来て一緒に料理をモニョモニョ……」
消え入りそうな声に加え俯いていたため後半の殆どが聞き取れなかったものの、さっきまで寝息を立てていた部長が料理という言葉に反応し、起き出した。
『シチュー? この後作ってくれるのー?』
「部長、シチューはまた今度だ。次はマイヤさんの家で一緒に料理させてもらえるみたいだぞ?」
『それは楽しみー。野菜いっぱいでおいしかった』
戦闘時ではあまり役に立ちそうにないが、料理技能を取ってみるのも面白そうだ。料理での強化は効果も長く、結構優秀である。
流れとはいえマイヤさんとまた会う機会も作れたし、心配になった時にでも遊びに行こうか。
そのまま、俺たちは二人と別れ、先程送られてきたメールの送り主が待つ店の方へと足を進めていった。