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奇襲

 

 番竜の悲しげな鳴き声が渓谷に木霊し、俺たちの勝利を告げるレベルアップの音が鳴る。

 目の前に表示された獲得アイテムの一覧を流し見るように確認した後、皆の方へと視線を向けた。


「かなりあっさり――でしたね。事前に作戦を決めていた事も大きいでしょうが、なによりアリスさんとマイヤさんのレベルが高かったのが圧勝の理由でしょうか?」


「そうねー。私なんかはもうレベル79だし、マイヤも75。推奨レベル50の場所のボスを倒すには少しオーバースペック過ぎるもん」


 呆気なく倒されてしまった番竜が落ちていった場所を哀れむような眼差しで見つめるアリスさんは、まだまだ余裕といった様子で肩を竦めてみせた。


 俺たちと30近くもレベルが離れている二人がフィールドボス攻略に加わったのだから、この瞬殺も頷ける。


「よーし、とりあえずここでひと休憩できるな。持ち合わせが魔石しかないけど、お茶会まではこれでしのいでくれ」


『おかしと これは 別だから』


 ここまで頑張った三人にご褒美の魔石を配ると、それを口に放り込んで転がすダリアがポツリと、呟くように言う。


「別ってどういう事?」


『内緒』


 気になって聞いてみるが、彼女はクルリと踵を返すように背を向けた。


 魔石はお菓子のような――俺の中では飴のような感覚の物だと考えていたが、ダリアの中ではちょっと違うようだ。


 美味しそうに魔石を食べる三姉妹の姿をじっくり堪能した後、同じようにその光景を眺めている二人に、MVP報酬と撃破報酬を譲ってくれたお礼を言いに行く。


 戦闘終了と同時に二人からメッセージにて贈られてきた大量のアイテム群は、今回倒した番竜の素材・報酬だった。


 売れば割といいお金になると容易に想像がつく。


「番竜の素材ハ、見た目と性能の良さで結構人気だかラ、使っても良いし使わなければ売って今後の資金にでも充てるのがいいと思うヨ」


「素材もそうですが、報酬を二つも譲ってもらうのは悪いというか……」


 気前よく語るマイヤさんだが、俺は彼女達に対し、戦闘から補助から資金調達まで全て手伝ってもらった申し訳なさでいっぱいだった。


「いいのいいの。私達も可愛い子達に囲まれて散歩できたから良いリフレッシュ休暇になったし、そのお礼だと思って受け取って」


 これでこの話は終わり――と言わんばかりに手を叩いたアリスさんは、何かを考えるような素振りを見せ、マイヤさんへ目配せをする。


「あ、そうそう。ダリアちゃん達にマイヤから贈り物があるみたいよ! ね、マイヤ?」


 どことなく強引な話の振り方だったが、事前にマイヤさんとは打ち合わせをしていたのか、彼女は思い出したかのように手を叩いた。


「エ? ええト……ああそうだヨ! 三人にお土産持ってきたんダ! 帰ったら仲良く食べてネ」


『何?! 何?!』


『シチュー? あれまた食べたいなー』


 なにやら美味しいものが貰えると察したアルデと部長がマイヤさんに飛びつく勢いで興味を示し、マイヤさんと共に少し離れた場所にしゃがみこんだ。


 ダリアは俺の横に立つアリスさんをしばらく見つめた後、観念したように他の二人と同じようにマイヤさんの元へと移動する。


 見つめられていた側のアリスさんは、やっとダリアの視線から解放され安堵したのか、小さくため息を吐きながら「ちょっと話があるの」と俺に耳打ちをしてくる。


 三姉妹に聞かれたくない話――となれば十中八九、アレの件だろう。


 なんとなく理解できた俺はアリスさんと共に、マイヤさん達の方とは逆方向へと少し移動し、彼女達に背を向けるようにして立つ。


「……エキシビションマッチ、お疲れ様でした」


「!」


 俺の勘が当たったようで、アリスさんは自分が話そうとしていた話の内容を先に言い当てられ、瞳を揺らした。


 アリスさんの部屋や洞窟内では声が反響して聞こえてしまう可能性があったが――ここなら大丈夫である。


 アリスさんは肩に垂れるプラチナブロンドの髪を悔しそうに握り締めながら、視線を斜め下に向け、語りだす。


「流石、鋭いわね。なんとなく内容は把握してくれていると思うけど……私達が負けたあの召喚士と、召喚獣達について――ね」


「試合後、アリスさんが気にかけてわざわざメッセージを送ってくれたので、これから起こる事態を把握する事が出来ました」


 掲示板でも賛否のあった、エキシビションマッチ団体戦優勝者である召喚士《S.JacoB》の編み出した育成理論についての情報。


 彼の説いた理論は気が遠くなる作業が必要とされるが、団体戦優勝という実績が彼の理論の後押しとなり、既に日本サーバーでもフィールドで召喚獣の厳選に夢中になっているプレイヤーは多い。


 召喚獣に備わった種族値が良いのが出るまで繰り返し、パーティに加える召喚獣を“厳選”する理論。

 確かに理屈は理解できるが、それでも“召喚獣との出会い”を軽視しすぎている。できることなら、この子達を作業感覚で扱ってほしくはない。


(《ごめんなさい。私達が負けたせいで、この後良くない波が起こってしまう。負けるわけにはいかなかったのに》)


 試合後、アリスさんが送ってくれたメッセージには、ジェイコブと同じように、どこまでもゲーム的に召喚獣を扱うプレイヤーが増えてしまう事に対する、謝罪の意味が含まれていると読み取れた。


「俺はただのプレイヤーですし、何の権限も無いです。色々思うところはありますが、落ち着いているならそれが一番かなと考えてます」


 アリスさん達が頑張ってたのは試合を観て伝わりましたよ――と付け足しながら、俯く彼女に微笑みかける。


 この件に関して、同じ召喚士である紅葉さんや葉月さん、港さんや花蓮さんはどう感じているのだろうか……皆の意見も参考にしたい。


 話が終わったのを察したマイヤさんが、くっ付きぶら下がる三姉妹と共にこちらへやって来た。

 俺に「ありがとう」と微笑み返すアリスさんが向きを変え、お菓子が待ってるぞー! と一言。アルデを筆頭に三姉妹が歓喜の声を上げた。


「それじゃあ一度幻界までポータル移動してから、王都へ帰りましょうか」


 アリスさんの言葉に皆が頷き、移動を開始。お茶会で一息ついたら、またレベル上げに戻るとしよう。



 代表して俺がポータルに手を添えようとしたその瞬間――



「マイヤっ!!」



 悲鳴にも似たアリスさんの声に視線を動かすと、まず先に、地面に放り出される三姉妹の姿が映る。


 そして彼女達を守るような形で立つマイヤさんの腹部には、深々と太い矢が刺さっていた。


「部長はマイヤさんの状態異常を回復優先! ダリアとアルデは周囲の警戒!」


 マイヤさんのLPバーの下に複数のバッドステータスが表示されていたのを確認した後は、シンクロも忘れ矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。


 既に抜刀済みのアリスさんが見つめる先には、十数人程のプレイヤーが武器を構えて迫ってきており、その中には緑の鉢巻をする者の姿もある。


「ボス戦で多少は消耗してんの知ってるぜ! お前らの技能(スキル)構成も研究済みだよ。その鼠も、もう使えない」


 先頭に立つプレイヤーの言葉に釣られ視線だけ横へと向けてみれば、横たわるマイヤさんの後ろで仰向けになったまま動けずにいる部長の姿が見えた。


 ――部長にも何らかのバッドステータスが? 有効なアイテムを探すか? 敵の数は? 何故情報が?


 完全に不意を突かれた……先に回復要員であるマイヤさんと部長の動きを封じてくるとは、明らかに俺たちを研究しているプレイヤーが居る。


『部長、大丈夫か?!』


 声をかけてみるも返事はなく、ただ満タンに残っているLPだけが、彼女がまだ無事であることの証拠になっていた。


 流石の人数差に、アリスさんが表情を曇らせる。


 チラリと後ろへ視線を向けた彼女と目が合い、そして微かに動いた口元の意味を理解する。



《逃げて》



 彼女は一言そう告げると、続いてダリアの方へと視線を移し――



 大気が震える大咆哮が、飛竜の巣に響き渡った。


 なりそこないの飛竜とは違う、本物の“竜”が目の前で翼を広げ、PK集団と俺たちとの間に壁になるような形で降り立つ。

 竜化を使ったアリスさんに対し、集団は少なからずの動揺を見せる。


 銀色の竜を見つめるダリアの手を取り、マイヤさんと部長を抱え、アルデと共にポータルへと走る。


『あ、アリス殿が……』


『アルデ、今は走るんだ』


 後ろで始まった戦闘へと視線を向けながら弱々しく言うアルデ。


 ゲーム内のPvP。負けても本当に死ぬわけではない。


 けれど、アリスさんはマイヤさんの護衛としてここに来ている。その彼女がマイヤさんを守るため選んだ方法を、無駄にするわけにはいかなかった。



 ポータルにあと少しという所で、目の前に複数の光の塊が現れ、道を塞いだ。


 光が徐々に消えていき、それがプレイヤーである事が確認できた。


 そして、彼らもまたPK集団の一員である事も……


「作戦通りに事が進むと一層楽しいんだよなあPKって。レベル差も奇襲でこの通り、紋章マスターでもあの数は無理だろ」


 勝利を確信した表情のプレイヤーが細身の剣を抜き、続くように周りにいるプレイヤー達も武器を構える。


 こちらの数は――八人。未だに状態異常が治っていないマイヤさんと部長は戦闘ができないため、戦えるのは俺とダリアとアルデだけ。


『ダリア、合図したら範囲魔法を使ってくれ。アルデは魔法が晴れたら間髪を入れずに攻撃、相手の攻撃は何とかする』


『任せて』


『わかった』


 この人数差でやれる事など限られている。


 俺の先制攻撃で不意をつき、ダリアに俺ごと魔法で攻撃してもらう。問題ない、俺にダメージはないのだから。


 笑みを見せるプレイヤー達に剣を向け、集中する。





「――確かにそうだ。作戦通りに事が進むと一層楽しいんだよな、PKって」





 ポータルから遅れて転送されてきた一人のプレイヤーによって、瞬く間に四人のプレイヤー達が斬り伏せられた。

 周囲に何かが回転するようなけたたましい機械音が鳴り響き、続く一振りで三人のプレイヤーが光の粒子となって消えていく。


「え? ……な」


「サヨナラ」


 ズドン! と叩きつけられたのは、巨大なチェーンソー型の剣。目の前に立っていた先頭のプレイヤーも一瞬にして叩き潰され、俺たちを挟み撃ちしに来た八人のPK達が全滅する。


「お! 俺があげた(・・・・・)指輪、よく似合ってるなあー! ちゃんと兄ちゃんに付けてもらったか?」


 何が起こったのか理解が追いつかない俺を尻目に、乱入プレイヤーはスタスタとダリアの前まで歩いていき、頭を撫でながら満足そうに笑ってみせた。


 ダリアもわけが分からないのか、不思議そうに彼を見上げている。


「あの――」


「ちょっと待っててな。先にあっちを潰してくるからよ……俺ァそういう(・・・・)PKは違うと思うんだよなァ……」


 男は俺の言葉を遮り、質の堅そうな黒髪をガシガシと掻きながら小声で何かを呟き――駆け出す。


 飛び上がる男はその姿を黒色の竜へと変え、アリスさんとPK集団が戦闘を繰り広げる中に飛び込んでいった。

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