飛竜の巣のフィールドボス
アリスさんの竜爪によって飛竜の翼が破壊され、機動力を失った飛竜はなす術なく谷底へと落下していく。
これが最後の個体であったため、アリスさんはその場から大きく跳躍し、崖道へと着地した。
確かに推奨レベルが高いだけあって、飛竜の攻撃は盾受けを失敗したら一撃でLPを刈り取られる程に威力が高い。
けれども、翼を狙えば残りのLP量関係なく倒せるという攻略手段と、一定数を倒せばしばらくの湧き時間が与えられるため、俺たちは非常にテンポよく戦闘をこなし、その上危なげなく進めている。
「今のでレベル49になりました。……怖いくらいに順調ですね」
ステータス画面を開きながら、既に3近く上がった自分のレベルに驚愕しつつ、呟く。
飛竜の巣に入り浸ってから、まだ一時間。相当なスピードである。
「ずっと最高効率を叩きだしてるんだから当たり前よ。飛竜との戦闘は慣れるまでが地獄だぞ……っと――それに経験値チケットの効果もあるし、なんだか妙にライバルも少ないからね」
少し得意げに剣を鞘に収めるアリスさんは、毎度の事ながら、戦闘での活躍をダリアに褒めてもらいに駆けていく。
ダリアのご褒美のナデナデが、彼女の活力剤として作用している様子である。
アリスさん曰く、飛竜一匹一匹が大量の経験値を孕んでいるため、ここの地形を上手く利用できれば短い時間で多くの経験値を得る事ができる。
危険度は段違いだが、砂漠のオアシスと似たような場所――らしい。
けれどもこの先、飛竜の巣よりも効率よく経験値を稼げる場所は少ないとの事で、最前線組はもっぱらダンジョン攻略によってレベルを上げているようだ。
ずっと楽ができるようには出来ていないらしい。
「アリス、そろそろボスエリアに着く頃だけド、このまま行くノ?」
「あったり前じゃないの! ダリアちゃんからもらったこの元気を、奴にぶつけてやるわ!」
いい調子で戦闘を続けていたため、休憩を取ったほうがいいのではないかと気を回すマイヤさん。しかし、既に元気一杯のアリスさんはダリアを抱きしめながら声高らかに言い放ち、休憩の必要なしと言わんばかりに道を進んでいく。
「俺たちだけ、ちょこっと休んでいくって手もありますよ」
「うーン、ボスに限っては流石にアリス一人じゃ歯が立たないと思うなア……」
俺の悪魔の提案を、マイヤさんは苦笑を浮かべつつやんわり断った。
とはいえ、疲れているなら無理に攻める必要はない。一旦休みを入れてからボス攻略でも問題はない。
「いヤ、マイヤが疲れてるとかじゃなくテ、この子達はどうなのかなっテ」
「そうでしたか、ありがとうございますね。それじゃちょっと皆に確認してみます」
控え目に手を振りながら『違う違う』とアピールするマイヤさんは、少し前を歩くアルデと俺の頭の上にぶら下がる部長へと視線を向ける。
確かに、青吉の話をしてからは休憩なしで進んできてるからなあ……
『皆、休憩取ろうか?』
『ずっと休憩してるし、へいきー』
俺の問いに即答したのは部長だった。
マイヤさんが居るため彼女の仕事は殆ど無い。言われてみれば、確かにずっと休憩してる気がする。
『拙者は疲れてないぞ!』
俺たちの前をてくてく歩いていたアルデは元気よく振り返り、顔に笑顔を咲かせる。
アルデもまた、地上に降り立った少数の飛竜と戦っているだけなので消耗は少ないはず。
いや、ダリアも……
『問題 なし』
かなり先を歩くアリスさんの腕の中からひょっこりと顔を覗かせ、ブイサインを向けてくる。
空中の敵は殆どアリスさんが処理してくれているため、ダリアは彼女の竜属性魔法の使い方を見て勉強している時間のほうが長い。故に、問題なし。
「えっと、そもそも一番疲れていなければならないアリスさんがあの調子なので、このまま行っても大丈夫そうですね」
「みたいだネ……」
鼻歌交じりに歩く彼女の後ろ姿は、ここに居る誰よりも元気が有り余っているように見える。
心強いが、少し怖い。
アリスさんは先に行ってしまっているし、とりあえずボス部屋に着くまでの間は、マイヤさんとのんびり会話して過ごそうか。
「……Coat of Armsでの生活はどうですか?」
俺の言葉にマイヤさんは「気にかけてくれてありがとネ」と微笑みながら返しつつ、アリスさんに勧誘された日から今日までの日々を思い出すかのように語りだす。
「本音を言うとネ、マイヤが全ての軸になってた前のギルドの方ガ、好き勝手できた分居心地は良かったのかもしれないかナ」
まだまだ自分の性格は完全には治りきってないみたイ……と、自虐的に言いながら苦笑するマイヤさんは「けド」と続ける。
「しっかりとした組織として動いてる紋章ギルドはゲーム的にモ、人としても居心地の良い場所だと思うんダ。決まりごとを徹底してるからギルド内の揉め事は殆ど無いヨ」
嬉しそうに語る彼女は、先を歩くアリスさんに視線を向けつつ、更に続ける。
「なによリ、あのギルドの心地よさはアリスの存在が大きイ。人柄もそうだけド、あれだけの人数を統括・管理できてるのは彼女のコンサルティング能力の高さによるもノ。いったい何者なんだロ……」
確かに、あれほどの規模のギルドをまとめ上げるアリスさんの中身が非常に気になる所だが――深い詮索は止めておこう。
少し想像を働かせていたマイヤさんも同じ結論に至ったのか「なんにせヨ」と、脱線しそうになった話を元に戻した。
「あの時アリスが引き入れてくれたお陰デ、今こうして本当に楽しくゲームできているっていうのも本音だヨ。またダイキ達と一緒に遊べる日が来るなんてネ」
しみじみ言うマイヤさんに対し、からかい口調で一言。
「今のマイヤさんなら、大歓迎ですね」
「その言い方、ちょっとだけトゲがあるなア」
俺の冗談に、頬を膨らませ不満をあらわに抗議したマイヤさんだったが、たまらず吹き出しクスクスと笑い出す。俺も、釣られるように笑ってしまう。
一つの山場を乗り越えた彼女は今、純粋にゲームを楽しんでいる。彼女を取り巻く環境はまだまだ不安定かもしれないが、彼女自身が良い方向へと成長できたのは一歩前進と言えるだろう。
今のマイヤさんとならば、ダンジョン攻略も喜んで一緒に行こう。
こっちは冗談ではなく、俺の本心だった。
ボンッ!!
唐突な爆発音に視線を動かしてみれば、俺たちが歩く更に後方の地面から、小さな煙が立ち込めているのが見えた。
飛竜が湧いた様子はないが――
結局原因が分からなかったため、俺たちは謎の現象に首をひねりつつ、先行くアリスさん・ダリアペアの後へと急いだのだった。
*****
飛竜達の再湧きも無いまま飛竜の巣の終着点へと到着、先に着いた二人と合流する。
前方に見えるのは、恐らく竜種が住んでいるとされる幻界に続く巨大なポータル。そして、それを守護する形で一際大きな飛竜がこちらを睨んでいるのが見えた。
威圧感だけで言えば、インフィニティ・ラビリンスでボロボロになりながら戦ったブラック・ドラゴンと大差は無い。姿形は竜そのものだ。
「彼が飛竜達の長にして幻界の番竜。今までは部位破壊による落下で倒せてた飛竜だけど、このボスだけは立地の関係もあって簡単に倒すことはできないわ」
ダリアを下に降ろしつつ、冷静な態度で口を切るアリスさん。
確かに彼女が言うようにこの場所だけ陸地が続いており、落下させる事ができそうにない。
俺たちが今まで歩いてきた崖の細道と、対面する崖の出っ張りとが合流し、崖に挟まれる形で広い空間が出来上がっている。ボスが居るのはそこの中心だった。
「決まった戦い方はありますか?」
「もちろん!」
俺の言葉に、アリスさんが得意げに頷く。
「ずっと飛竜達と戦っているからなんとなく分かっているとは思うけど、彼等の脅威は“空を飛べる事”。ボス攻略には第一に両翼の破壊が目標になるわ」
「この場合、ある程度の空中戦も可能なアリスと魔法が使えるダリアちゃんが攻撃の要になるヨ。ダイキの仕事は敵視を集めつつ攻撃を受けずに回避、かナ」
ボスと戦闘経験のある二人の意見を全面的に頼る形になったが、俺の最初の仕事は回避盾になる事らしい。
受けずに避ける指示を受けたのは、俺がメインタンクとしてのステータスを持っていないからだと見抜かれているからだろう。道中での飛竜達との戦闘で既に、俺の防御面の脆さが際立っていたから仕方がない。
「アルデの攻撃タイミングは?」
「両翼の破壊が終わった後になるわ……と言っても、飛べなくなった飛竜はさほど脅威じゃないし、そこからは息吹きの初期動作さえ把握しておけば簡単かな。因みにパターンAは首を大きく仰け反らせた状態、パターンBは首を右に大きく曲げた状態ね」
テキパキと解説しつつ、アリスさんは続ける。
「Aの場合は正面ピンポイントへの息吹きで、Bの場合は正面全域への息吹き。Aが来たらBの警戒も兼ねて左側への退避、Bが来たらそのまま後ろに回って退避が確実かな。それ以外の攻撃は全部敵視が向いた人にしか行わないから、ダイキ君が完璧にこなしてくれれば問題ないかな〜」
「ど、努力します」
悪戯っぽい笑みを浮かべるアリスさんに苦笑で返しつつ、三姉妹に向け簡単な指示を飛ばす。
『ダリアはアリスさんの援護で、目標は両翼。部長の回復優先はアリスさんのSPとダリアのMPかな……後はマイヤさんがやってくれると思う。アルデはアリスさんが言ってたように、飛竜が落ちたら攻撃よろしくな』
『わかった』
『今日は仕事が少ないなー』
『任された!』
コクンと頷くダリアと、両拳を前に気合いを入れるアルデ。そして、今回はマイヤさんという凄腕の同職がいるため部長の仕事が少ない――が、本人の口調はどこか嬉しそうである。
「じゃあ、パパッと行きましょうか! そして終わったら皆でお菓子タイムと洒落込みましょ!」
俺たちの準備が整ったのを察したのか、アリスさんはゆっくりと剣を抜きながら、ボスの索敵領域へと足を踏み入れた。
『来たか――恐ろしき生き物共よ。ここは偉大な王達が住む地へ続く道。汚れを持ち込ませる訳にはいかない』
侵入者の気配を察した飛竜の長が威嚇するように喉を鳴らしながら翼を広げ、力強い羽音と共に空へと上昇していく。
「へえ、飛竜って人の言葉を――」
「先手必勝!」
ボスが言語を発した事に驚く俺を尻目に、駆け出したアリスさんが一気に速度を上げ半透明の翼を背中にたずさえ飛翔。まだ戦闘態勢に入ってすらいない飛竜の翼を斬りつけた。
【番竜 Lv.50】#BOSS
表示されたLPバーが既に4%程削れており、台詞の後、間を置かずして突然攻撃されたからか、番竜が心なしかアリスさんを『マジかこいつ』みたいな目で見ているように感じた。
「アリスさん。なんかちょっと番竜が可哀想ですよ」
「知らないわよ、そんなの。ダリアちゃん達とのお菓子会の予定を遅らせる奴は誰だろうと許さないわ」
剣を払うような仕草と共に吐き捨てるアリスさん。
対する番竜は、そういう仕様なのかはたまた無慈悲なアリスさんに激昂しているのか、一言も言葉を発さぬままこちらに襲い掛かってきた。