竜種の序列
“海竜”という言葉にいまいちピンと来ない俺だったが、向かいに座るマイヤさんが遅れて青吉に気付き「エ?! 海竜?!」と絶叫したのを見て――なんとなく状況を把握する。
青吉は俺たちが思っていた以上に、とんでもない生物なのだろう。
「気付いたのは私達が初めてだったって事から察するに……ダイキ君達は海竜について、或いは、そもそも竜種の序列について知らないんじゃないかと思うんだけど、どう?」
水槽内を泳ぐ青吉を興味深そうに眺めながら、アリスさんが口を切る。
『マイヤ、青吉がどうかしたのか?』
「すみません、知識不足です。アルデ達と一緒に聞きますので、説明していただけませんか?」
青吉が話題の種になっているのを察したのか、アルデがとても心配そうにマイヤさんの顔を覗き込んでいる。
青吉はもう俺たちの家族のようなものだから、家族全員で話を聞くのが良いと考え、アリスさんに皆へ聞こえるように説明を求めた。
「そうだなあ、順を追って説明すると――さっきまで戦ってた飛竜は、私達が言ってたように“竜種のなりそこない”、厳密には竜じゃない魔物なの。一応序列には含まれてるみたいだけど、彼等は最下層ね」
アリスさんは少し考えるように頭を傾けた後、洞窟の入り口を親指で指すようにしながら、外を飛び交う飛竜について触れる。
この際、先のボスについてのネタバレは仕方ないよね――と、自分に言い聞かせるように小声で呟いた彼女は、洞窟の地面に、鞘に入れた剣でズリズリと三角を描いた。
「この世界の竜種には、確認されただけで四つの位が存在するの。一番下が飛竜をはじめとする雑魚Mobで、プレイヤーの間ではこれらを“無印竜”と呼んでる。例外として“名前持ち”もここに含まれるけど、彼等のことは今は割愛ね」
トントンと、三角の下部分を鞘で示しながら、アリスさんは続く中腹部分へと鞘を移動させる。
「序列はここで一つ上がって、強さも桁違いに跳ね上がるの。彼等は“五色竜”と呼ばれる竜で、住んでいる気候によって体の色が変化したと言われてるわ。代表的なものだと《赤竜ヴァーミリオン》《黄竜イエロー・ドラゴン》《青竜アイアンブルー》などなど。因みにここから全部がレイドボス級ね」
「赤竜初討伐レイドに参加した経験があるけド、ボス戦だけで三時間近く掛かったヨ……」
相当大変だったのか、ボス戦を思い出しているらしいマイヤさんは、腕の中で寝息を立てる部長を撫でつつ、深くため息を吐いた。
常人離れのプレイングを見せる彼女にここまで渋い顔をさせるレイドボス――その実力は想像もつかない。
『アリス これ』
「あ、アリスさん。ダリアが何か伝えたがってます」
次の説明に移ろうとしていたアリスさんに、いつの間にか側まで来ていたダリアが手を突き出しながら何かを訴える。
アリスさんは最初「……もしかして、抱っこして欲しいの――?」と本気で考察してみせたが、すぐにダリアの指にはまっている物に気付き、眉間に皺を寄せた。
「……これ、ヴァーミリオン・リングじゃない。えっと、赤竜討伐の際に出た初個体撃破報酬ね。掲示板が祭り状態だったからよく覚えてるわ――って、何でダリアちゃんがこれを?」
「それは青吉を貰った日に、別の出店で当たった景品なんです。確か、一等でしたけど」
俺の言葉に反応したのはマイヤさん。
すぐさま何かに気付き、間を置かずして口を開く。
「店主はもしかしテ、黒い竜人族じゃなかっタ? おっかない顔ノ」
「すみません、顔付きまでは……でも確かに竜人族の男の人でした。目の色が金で、それだけ印象に残ってます」
出店には色々寄っていたため、店主一人一人の顔までは覚えていない。けれどそれを聞いたマイヤさん、そしてアリスさんもが何かに納得したように互いに顔を見合わせた。
「……ヴァーミリオン・リングが何故ダリアちゃんの手にあるのかは分かったわ。とはいえ、彼の話をするとどこまでも脱線しちゃうから、とりあえず青吉ちゃんの説明に戻るわね」
説明を続けるアリスさんもそうだが、マイヤさんもその彼を頭に思い浮かべているのか、少々疲れたような顔で頷いている。
赤竜初討伐の話の時よりゲッソリしているが……何かあったのだろうか。
「……まあいいや。説明に戻るけど、その五色竜より一つ上の位に居るのが、ダイキ君達が育てている青吉ちゃん――つまり、海竜ね」
アリスさんは水槽を指でコツコツと軽く叩きながら、不思議そうにこちらを見ている青吉へと視線を向ける。
「正確には“五属竜”と呼ばれる属性を司る竜達ね。彼等の息吹や通常攻撃には属性が付属されるうえに、特定の属性攻撃に異常なまでの耐性を持っているわ。序列が上だから当然、五色竜より強いわね」
アリスさんは最後に、三角の一番上部分を鞘でグルグル回しながら「最上位は竜種の王たる五大竜ね。ほぼ幻界に住んでるし、今はあまり関係ないかな」と、序列についての話を締めくくる。
とりあえず、青吉がどんな存在なのかは理解できた――と、そんな俺の心の中を読み取ったのか、アリスさんが竜種全体の話から、青吉についての話へとシフトさせていく。
「青吉ちゃんの生まれは、まず間違いなく“水の町”周辺の海ね。屋台の店主がそんな事を言ってなかった?」
「えっと……」
俺は再び記憶を遡り、三姉妹と屋台巡りをした日の事を細かく思い出していく。
浮かんできたのは、金魚掬いの屋台を出していたドワーフ族顔、そして言葉。
(「おう。俺が水の町付近で捕まえてきた魚達だ! とりあえず稚魚を厳選して捕まえたんだが、何になるかは知らん!」)
確かに、言っていた。今考えてみれば、得体の知れない魚達の稚魚を大量に捕獲して売るという行為、かなりきな臭いラインだ。
彼は一度捕まった方がいいかもしれない。
「言ってましたね。店主自身、何に成長するのか分からないとも言ってましたよ」
「うん、その人も大体の見当がつくからよく分かるよ。まさか、よりによって海竜神の子供を攫ってくるとはバチ当たりだなあ……」
俺の言葉を最後まで聞かずして予想していた人物とピタリ一致したのか、アリスさんはヤレヤレと頭を振りつつ、向き直る。
「ダイキ君が行くのは少し先になるはずの場所だけど、この世界のある場所に“水の町”っていう町があるの。ストーリーを進めていけば出てくると思うけど、その町がちょっとだけ特殊な場所に建っててね……」
「特殊な場所って言われれば大体予想がつくと思うけド、水中にある町なんだよネ。町の周りには数え切れない程の海竜が住んでいテ、入るには色々と準備が必要なんダ」
アリスさんの言葉を、マイヤさんが続ける。二人はやや複雑そうに表情を曇らせながら、その表情の理由を付け足した。
「水の町には“鉄の掟”があってネ、それを破ると問答無用で町の外――つまり海の中へと放り出されるノ。それデ、その決まりごとの中ニ、“海竜神様の怒りに触れてはならない”というのがあっテ……」
「俺たちが青吉を育てている事が、それに引っかかるかもしれないと?」
「そういう事だネ」
やっと、話の本筋が見えてきた。
竜種の中でも相当強いのが五色竜と呼ばれる竜、彼等はマイヤさんが加わったレイドでも倒すのにかなり時間を要する力を持っている。
その五色竜より更に一つ序列が上の五属竜。今の所青吉は大人しくて良い子に育っているが、もし暴れられでもしたら被害は俺たちだけでは済まない。万が一がある。
――ダリア達とは違い、青吉は召喚獣じゃないのだ。
加えて、青吉を育てたまま水の町へと行けば掟に触れる可能性がある……と、二人は言っている。掟を破れば、海の中へと放り出されてしまう。
「海竜に危害を加える訳ではなく育てているだけなので、怒りに触れているかどうかというのは……」
「断言は出来ないわね。ただ、全ての海竜の親たる“海竜神様”からしてみれば、ダイキ君達を自分の子を攫った犯人だと認識する可能性はあるわ。掟を破れば普通の方法じゃあもう入れないかなあ」
「そう、ですか」
アリスさんとマイヤさんは、一つの可能性を危惧して先に忠告してくれている。強い言葉を使わない所からして、二人の中でも前例のない事態だという事は察しがつく。
二人に感謝の言葉を伝えつつ、青吉へと視線を移す。
青色の鱗に包まれた、すっかり一人前の竜へと成長した青吉。頭や胴部分は丸い甲殻のようなツヤのある物に覆われ、ファンタジーに良くある金属の鎧を着た竜のようだ。
三姉妹が何でもかんでも食べさせた結果なのか、短期間でここまで大きくなってしまった。そして、三姉妹の愛情を受けて育ったからか、人を襲うなんて事は考えてもいないような、とても優しい眼をしている。
『ねえ、青吉はどうしたんだ? どこか悪いのか?』
不安そうに俺たちの顔を見渡すアルデを抱き上げながら「大丈夫大丈夫」と、安心させておく。
水の町へと行く前に色々と情報を集めておけば、良い案が見つかるかもしれない。もしかしたら俺たち以外にも海竜神の子供を買ってしまったプレイヤーがいる可能性もある。
「青吉がお腹空かせてるから、これでも食べさせてやろう」
『わ、わかった』
俺に言われるがまま、飛竜の肉を渡されたアルデがいつもの調子で『青吉ぃ! ご飯だぞー!』と元気よく話し掛け、それに応えるように、青吉も元気よく肉を食べ始める。
「とりあえず、この狩りが終わったら掲示板ででも情報を集めてみます。それまでひとまず、青吉の問題は保留ということで。色々とありがとうございます」
心配してくれた二人に向き直り、俺は頭を下げる。
マイヤさんは「こっちこソ、アルデちゃん達の前でこんな話……」と何度も頭を下げ謝ってくれている。
とんでもない。彼女達が教えてくれなければ、俺たちは何も知らないまま水の町まで行ってしまっていたかもしれないのだから。
「そっか……でもまあ、こんな愛くるしい光景を見せつけられちゃ、余計な心配だったのかなあとも思うよ。水槽の件は任せてね」
頬をポリポリと掻きながら、アリスさんはばつが悪そうな様子で笑ってみせた。
「ありがとうございます。値段も含めて、後で連絡ください」
「うん、任された!」
話も終わった所で、休憩も終了だ。
食事が終わった青吉に「またちょっとお留守番、頼むな」と声を掛けつつ、水槽をアイテムボックスに仕舞い――俺たちは再び戦闘の準備を整え、洞窟を後にする。
俺たちのやる事リストの中に、新たに“海竜の青吉”が加わったのだった。