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飛竜の巣

 

 まるで雑草のように、道の端々から炎が生える(・・・)断崖絶壁。

 戦闘を想定してか、足場は人が十人横に広がっても余裕がある程度には確保されているものの、その先には終着点の見えない底なしの渓谷。落ちたら間違いなく助からないだろう。

 先頭を歩くアリスさんは既に長剣を抜いて警戒しており、少し前まで彼女が抱いていたダリアは俺の足元で杖を片手に歩いている。


「そろそろ戦闘区域に突入するから、使うならココからがいいかも」


「わかりました」


 先の道に視線を向けながら、アリスさんが合図を出す。俺は彼女に言われるがまま、アイテムボックスから取り出した《経験値チケット》を破って捨てた。


「視界左上に表示されている数字が残りの日にチ、メニュー画面からオンオフ切り替えられるヨ」


「なるほど。じゃあ、オフにしておきます」


 笑顔を向けるマイヤさんの豆知識を早速試し、今日から一週間経験値が二倍になるという情報をオフに切り替え、画面から消す。

 リアルマネーで1000円。買うのになかなか勇気のいるチケットだが、これを使った事により、来週までレベル上げがかなり捗る。


 そして俺も彼女達に倣い、武器を構えて飛竜(ワイバーン)が飛び交う危険なエリアに意識を集中させていった。



*****



 時は遡る事20分前――


 襲撃を警戒しつつフィールドに出た俺たちは、足早に移動しながら、目的の場所へと急ぐ。

 フィールドの時間は昼だったため、見晴らしは良好。PK達に見つかる可能性は増すが、逆説的に見つけやすくもなる。その上不意打ち的な襲撃も不可能となるため、移動にはベストな時間だ。


「そういえば、飛竜の巣ってどんな場所なんです? 名前から察するに、飛竜が居る場所って事は分かるのですが……」


 辺りを警戒しつつ、ただ移動中ずっと会話無しというのも勿体無いため、今から行こうとしている場所について軽く質問する事にした。


 アリスさんが紋章ギルドから引っ張ってきたクエストは、推奨レベル50の高難易度エリア《飛竜の巣》の調査――という依頼。


 王都から徒歩8分程度の距離にあるというポータルから行けるこのエリアは、その名の通り《飛竜(ワイバーン)》という強力なモンスターが出現するらしい……というのは、クエスト内容画面からの引用だ。


「飛竜というのは竜種のなりそこないであるが故に、竜種が住む《幻界(げんかい)》に踏み入る事を許されない。彼等が住むのは幻界に近く、それでも遥か遠い場所。それが今から行く飛竜の巣――だったかな」


 ごめん、ちょっと曖昧な部分もあるかも――と、可愛らしく舌を出すアリスさん。そこへマイヤさんが補足するように言葉を続ける。


「冒険者達の腕試しの場としてよく使われる場所デ、ここの飛竜の頭を持って帰る事ができれバ、一流の冒険者だって誇れるようになるみたいだネ」


 二人共、ゲームの設定にかなり詳しい……というより、俺が知識不足過ぎるのかもしれない。

 飛竜の頭を納品――推奨レベルを考えてみても、相当難しいだろう。そして、飛竜を狩る事ができて初めてやっと一流とは、冒険者という職業はなかなか厳しい世界だと感じる。


「でも、なんでまたそんな場所へ? 推奨レベルから察するに、経験値的に美味しい場所なのだとは思いますが」


「ふふふ。それもあるし、それだけじゃないわ! まあまあ、攻略しておいて損はない場所だし期待しておいてよ」


 なにやら含みのある言い方で話を締めくくったアリスさん。何かを秘密にしている様子だし、こちらも言葉通り期待して待っておこう。


 危惧していたPK達に襲撃される事もなく、無事飛竜の巣へ通ずるポータル前へとやって来た俺たち。俺は皆に声をかけ少しだけ進むのを待ってもらい、前々から考えていた作業を開始する。

 SHOP画面をスライドさせ、お目当の《経験値チケット》を購入。アイテムボックスから取り出した。


「なるほど、経験値チケットかあ。確かにココは経験値も多いから45〜55くらいまで入り浸って良いかもね。そうそう、チケットはまだ破らないでおいてね」


「あれ、なんでですか?」


 アリスさんはポータルに手をかざしながら「戦闘の直前に破った方が、お得じゃない?」と、悪戯な笑みを浮かべた――



*****



 降り注ぐ火の玉を盾で受ける。

 ごっそり減ったLPが即座に回復され、再び俺は飛竜の息吹を受けるべく盾を深く構えた。


 流石に推奨レベル50というだけあって、敵の攻撃力も尋常ではない。重ね掛けした強化(バフ)に加え、部長とマイヤさんの二人体制での回復により、俺はなんとか盾役(タンク)としての役割をこなせていた。

 名の通り、飛竜は空を飛んでいる。翼を持つ彼等には足場など関係なく、限られた足場で戦う俺たちに向かって、群がるように集団で襲い掛かってくる。


「凄い……」


 付近の飛竜達に《挑発》を使いヘイト(敵視)を集めながら、俺は近くで繰り広げられる戦闘に思わず見入っていた。


 集まってきた飛竜の背に飛び乗るアリスさんが剣を突き立てるように振り下ろした瞬間、波紋のように広がる銀色の衝撃波。

 剣を受けた飛竜はもちろん、翼に傷を負った飛竜が機動力を失い落ちていく。


 既に別個体へと飛び移るアリスさんの背には半透明の銀色の翼が羽ばたき、彼女に人間離れした跳躍力を授けた。


 その姿をダリアはジッと見つめている。


「ダリアちゃん。これが竜属性魔法の《竜翼(りゅうよく)》! 次にこれが――」


 竜爪(りゅうつめ)――そう言って、手に持つ武器に銀色の光を纏わせたアリスさんは飛竜の背中に渾身の一太刀を浴びせた!


 度重なる衝撃波によって半分近くまで減らされていたLPが一瞬にして散る。

 飛竜は空中で光の塊に姿を変えながら、その凄まじい威力に体が耐えきれず、シルエットを真っ二つに分離させ消え散った。


 ダリアの持つ竜属性魔法。それの存在を知るのは、マイヤさんだけではなかったようだ。

 既にかなりのレベルまで技能(スキル)を上げている様子のアリスさんは、ダリアの目の前で使い方を教えながら、舞うように戦ってみせた。

 まだ竜族性魔法の第一段階である《竜の息吹》しか使おうとしないダリアだが、アリスさんの戦い方には興味を示しているようで、夢中になって目で追っているのがわかる。


『何か感じるか?』


『なんと なく』


 俺の問い掛けに、ダリアはポツリと呟いて返す。空の敵はアリスさんが居れば問題なさそうだ。


 付近に降り立った個体はマイヤさんとアルデ、そして俺と部長が対応。火の玉は俺が盾受けし、隙を見つけてアルデが攻撃という戦闘を続けていた。

 なりそこないと言えど相手は飛竜。硬い鱗に覆われた体は刃物が通りにくく、斬属性攻撃が有効ではないことは明白。アルデの武器を英雄のスパイラル・ランスへと変更している。


「アルデちゃン! 翼ヲ!」


『わかった!』


 マイヤさんが金属製のメイスを飛竜の頭へ振り下ろすように殴打。

 敵のLPの横に《気絶》を表すアイコンが表示され、それをチャンスとばかりにアルデが突進の要領で翼目掛けて駆けていく。


 英雄のスパイラル・ランスは螺旋状に線の入ったドリルのような構造なため、突いて使う一般的な槍とは違い、突き抜く(・・・・)という攻撃方法が最も適している。


 槍先が翼を穿ち、飛竜が鳴く。


 出来た大穴からは光の粒子が溢れ、部位欠損のアイコンが点滅。飛竜の武器である機動力を奪う。

 横振りに放たれたメイスが追い打ちとなり、鈍い金属音と共に着弾点の頭が揺れた。

 そのまま巨体がぐらりと崩れるのを確認した俺が盾投擲(シールドロブ)で足のバランスを奪い、飛竜は悲痛な叫びと共に底なしの谷底へと落下していった。


「ナイス連携! マイヤさんは流石ですね。アルデも、慣れない武器なのに上手く使えてるぞ」


『へへへー!』


「ダイキもやる事多いのニ、ここまでミスなしでこなしてるのは驚いたヨ……何箇所に目が付いてるノ?」


「真面目に答えると、四箇所ですかね」


 アリスさんが最後の飛竜を撃ち落としたのを横目で確認しつつ、一先ずの休憩。

 道途中にあった、岩肌を削って作られたらしき簡易的な洞窟へと避難しながら、華麗に着地したアリスさんの方へと視線を向ける。


「凄まじい撃墜数でしたね。クエスト内容の討伐数が既に二桁超えてますよ」


「ここは少し前まで連日お世話になってた狩場だから戦い方も分かるし、思ったより順調に倒せてるかな。最初の頃は足場の選択ミスで谷底に仲良くダイブしちゃってたけどね」


 そう答えるアリスさんは「よっこらせ!」と、少し年寄り臭い言葉を吐きながら岩の上へと腰をかけた。

 俺たちも順々に座っていく中でマイヤさんが洞窟の真ん中に何かを設置、次の瞬間、洞窟内が優しい光に包まれる。


 パチパチと音を立てながら揺れる炎を見て、俺は反射的にアイテムボックスを開き、昨日手に入れた《永遠の火種》を取り出した。


「あレ? ダイキも持ってたんダ」


 思った通り同じアイテムらしく、火種の上で何かを料理するマイヤさんが俺の手の中に収まるアイテムへと視線を移し、意外そうに反応してみせた。


「ええ。何に使えばいいのか分からないアイテムだったのですが……なるほど、こういう場面で活躍するんですね」


「うン。釣った魚をその場で焼いたりとカ、モンスター避けとしても使えるかナ。ホームの暖炉とかに入れたりして風景を楽しむグッズとしても優秀なんだヨ」


『何作ってるのー?』


 俺の問いに、嬉しそうに答えるマイヤさん。

 頭の上からモソモソ降りてきた部長が器用に体をつたって俺の膝上へと移動し、洞窟内に漂う美味しそうな香りに鼻をヒクつかせる。


「何を作ってるんですか? 部長が興味津々で見てます」


「休憩用にクリームシチューをネ。作り置きしたので申し訳ないんだけド」


 本当はこの場で作って振る舞いたいのか、マイヤさんはちょっとだけ残念そうに笑いながら、コトコト煮たつクリームシチューをかき混ぜていく。

 実に三十分程、飛竜達と戦った俺たち。マイヤさんが察して作り出したのかは不明だが、三姉妹の小腹が空く頃である。


 既に匂いに負けたダリアと部長がマイヤさんの背中と頭の上に張り付き『もう 食べられる』だの『そろそろいい感じー』と催促。

 二人の言葉が聞こえないマイヤさんだが行動の意図は伝わったらしく「マ、まだ待っテ! ちゃんとみんなの分あるかラ!」と、あたふたしているのが見える。


『マイヤ殿ー、拙者も構ってー!』


 俺の隣に座っていたアルデが我慢できなくなったのか、姉達に揉みくちゃにされるマイヤさんの元へと小走りで駆け寄っていく。

 しばらく三姉妹をマイヤさんに預けられそうなので、立ち上がりながら、対面に座っていたアリスさんの方へ足を進める。


「アリスさん――」


「待って! 今、ものすごい絵が撮れそうだから!」


 しばらく真剣な面持ちで黙っていたと思えば、マイヤさんと、彼女にくっ付く三人の図を必死に写真に収めていたらしい。

 歩み寄る俺を片手で制し、目をギラギラさせながらシャッターを切っていた。


 さっきまでの勇ましい姿とのギャップがありすぎる……



*****



 両脇にダリアとアルデが座り、膝上に部長を乗せたマイヤさん。四人仲良くクリームシチューを頬張る姿を眺めながら、落ち着きを取り戻したアリスさんの隣へ腰をかける。


「ご馳走様でした」


「……クリームシチュー、まだ食べてないですよね?」


 どこか満足そうに吐息を漏らすアリスさんにツッコミを入れつつ、俺は本題へと移る。


「まさかアリスさんが、ダリアが竜属性魔法を使えるのを知ってたとは思いませんでしたよ。それを考慮した上で、この狩場を選んでくれたというのも……」


「トーナメントの様子は逐一見てたからね。特にダイキ君達の試合は何回も確認したし、その上対戦相手がうちの三番隊だったから。その中で自分と同じ属性の魔法が使われてれば嫌でも目に付いちゃうよ」


 若干、得意げに語るアリスさんは木のスプーンでクリームシチューを掬い、美味しそうにパクつく。

 いつもは鎧によって隠れている彼女の口元だが、食事の時だけは普通に見ることができる。


「竜属性には竜属性、飛竜は腐っても竜だしダリアちゃんがそれを知らないのかなーって思ったから実演してみたんだけど、何か訳アリみたいね」


 正直、ダリアがなぜ竜属性魔法を積極的に使わないのか、ダリアの召喚士である俺でも分からない。彼女から話してくれるのを待つつもりでいるが……


「使わないにしても、手札は多いほうがいいからね。ダリアちゃんのレベルなら機動力アップの《竜翼(りゅうよく)》も筋力アップの《竜爪(りゅうつめ)》も使えると思うし、奥義たる《竜化(りゅうか)》は使わないのと使えない(・・・・)のとじゃ、全然違うからさ」


 アリスさんの言葉に頷きつつ、俺も冷めないうちに、マイヤさんの作ったクリームシチューに手をつける。


 うん、美味しい。


「飛竜の巣は通過点に過ぎないけど、この先にあるエリアを攻略できれば竜種が住む《幻界》に行けるようになるわ。竜化を会得するための前提条件は少し難しいけど、それさえ終わらせればクエスト自体は簡単だから」


「ありがとうございます」


「ダイキ君達のためになる事だし、なにより一番、ダリアちゃんのためになるからねー」


 因みに、飛竜の巣はまだまだ先まで続きますぜ――と、少し脅かすような口調で締めくくったアリスさん。

 ギルドの長なだけあって、ケンヤと似た部分を感じる。彼女もまた、親分肌である。


 ――これでとりあえず、今しておきたい話は済んだな。


 マイヤさんと三姉妹の楽しそうな雰囲気をもう少し眺めていたいのでアリスさんに提案、しばらくここで休みを取る事に決まった。


「さて……いつもお留守番の青吉にご飯をあげようか」


 生憎液体なので、いただいたクリームシチューは食べさせてやれないが、青吉にはタリス達とのクエストで大量に手に入れたリザード族の肉と、道中入手した飛竜の肉をあげよう――と、水槽を取り出し……たと同時に、アリスさんの目が見開かれた。


「……ダイキ君。コレ(・・)はどこで拾ってきたの?」


 震える手で青吉を指差し、動揺した様子でアリスさんは俺に問いかけた。

 水槽の中を泳ぐ青吉は嬉しそうに体を動かしながら『ご飯まだー?』と言わんばかりに、空腹をアピールしている。


 彼女のあまりの変貌ぶりに少し焦りつつも、青吉を買った経緯を話す。


「トーナメントの出店……金魚掬い……まさか?」


「あの、青吉がどんな生物なのか知っているんですか? 買った頃からは想像もつかないくらい大きくなりすぎちゃって、水槽の方も限界なんです」


 俺の言葉にアリスさんは「水槽は私のツテで用意してみるわ」と返しつつ、もう一度、青吉へと視線を向けた。


 青吉の黄色い瞳が、正面に立つアリスさんを捉える。



「ダイキ君、この子は――――海竜よ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新復活したから読み返してたけど竜爪(りゅうつめ)よりゅうそうの方がかっこいいのでは?ツメだけ訓読みなのダサくない?
[気になる点] お小遣い制の高校生なら分かるけど 高額ゲーム買った独身の社会人が 1000円の課金に勇気いる?
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