Coat of Arms本部
ランニングから始まる朝のサイクルを済ませた俺は、Frontier Worldに入る前に朝食を取りつつ、今朝のニュースをタブレットにて流し見ていた。
大きな事件として、昨日から連続殺人犯が都内に潜伏しているという物騒な記事を見かけたが……今や警察の捜索能力は技術の進歩によって飛躍的に上昇しているため、逮捕も時間の問題だと考えられる。
特に“F社”の技術は社会貢献度が高く、物騒な事件の解決ニュースや嬉しいニュースの中で、この会社の名前をよく見かける。
F社というのはFrontier Worldの運営会社である。ゲーム内に組み込まれたVR技術やAI技術だけ切り取ってみても《2世紀先の技術》と称される大発明であり、今朝のニュースでも、全国各地でこの技術が活躍したという内容が大半を占めていた。
AI技術の導入により、取り調べによる冤罪で誤って捕まる事が無くなったというニュースも記憶に新しい。
「ホームと自室をダイレクトリンクさせ、ログインせずとも来客対応が可能となる《VRプロジェクター》が来月に発売……」
以前、謙也との会話でも挙がったVRカプセルの改良版が発売されたり、この記事に書いてあるVRプロジェクター等の商品が発売されるという記事もある。
VRプロジェクターの内容を上から下まで読み、記事を閉じる。
「9万5千円………」
十数秒の葛藤。
珈琲を飲み干し、俺はFrontier Worldの世界へと旅立つ。
アリスさんか銀灰さんから返信が来ていたら、今日は久々にCoat of Armsに遊びに行くとしよう。聞きたい事や、会いたい人もいる。
一応、今日の予定はレベル上げ。もし誰か暇を持て余しているフレンドが居れば、思い切ってダンジョン攻略するのもいいかもしれないな。
*****
三姉妹を連れ近くのレストランへとやって来た俺は、遠慮なく好きな料理を頼む召喚獣達の姿を眺め――昨日のタリスのようにはなりたくないから、ちょっとだけ遠慮してほしい所ではあるが――メッセージ画面を開いた。
銀灰さんからの返信は無かったが、つい30分前にアリスさんから返信が来ていた。これはタイミングが良い。
内容は《今日の朝9時以降なら私が対応できるから、都合のいい時間に冒険の町支部に来てください》という物だった。
以前までの紋章ギルドは冒険の町が本部だったはずだが、既に新しい建物を本部として別の場所へ移動済みのようだ。そして、俺が本部の場所を知らない事を配慮し、冒険の町支部を待ち合わせ場所にしてくれるという心遣い。
流石はギルドマスターだ。同じギルドマスターでも、ケンヤはここまで配慮できるだろうか?
『とりあえず、今日は最初にアリスさんの所に遊びに行こう。時間はまだ一時間くらいあるから、ゆっくり食べていいよ』
『はーい』
返事をしたのは部長だけで、ダリアとアルデは口いっぱいに料理を詰め込み、手を挙げてそれに答えていた。
昨日見た怒涛の食事風景を思い出すなあ、会計時のタリスは半泣きだったもんな――と、楽しかったひと時を思い出す。
今日ストーリークエストを進める予定はない。一応、目的としていたリザード族の肉は沢山手に入ったし、彼等の冒険は焦らずじっくり見ていきたい。
焼き林檎を食べさせてやりながら、部長の頭を撫でる。
可愛い。
「と、そうだ。ボスドロップを確認してなかったな」
クィーンリザードはフィールドボスであるから、当然、報酬も存在する。
アイテムボックスをスライドさせていくと、クィーンリザードの素材の群れに混ざっていた二つのアイテムが目に止まった。
《灼熱の杖》――これはダリアが持ってる杖よりだいぶ性能が劣る、売却候補だな。
《永遠の火種》――これは……なんだろう。
【永遠の火種】#撃破報酬
消えることのない不思議な炎。燃え移らせる事もできるが、分かれた炎は有限となる。
分類:特殊アイテム
説明を読み、便利な火だというざっくりとした解釈をしてみる。恐らく、このアイテム単体で焚き火等を行う場合は消えることがないが、複数の松明のような物に燃え移らせた場合、オリジナル以外は普通の炎と同じ扱いになる――といった所か?
いまいち使いどころが分からないが、こっちは売らずに取っておくことにしよう。
『ダイキ殿! これ! このお餅みたいな凄いの! 頼んでいい?!』
『おう、いいぞ』
『ダイキ とうしんだい 黒獅子ワニ 頼んでいい?』
『よくわからん食べ物だけど、いいぞ』
その後、楽しい食事の時間を過ごした俺たちは、時間を見てアリスさんの待つ冒険の町支部へと向かったのだった。
*****
扉を開けると、以前見たままの紋章ギルド内部が俺たちを出迎える。ギルドメンバーが増えた関係か、ギルド内を行き交うプレイヤーの数は比較にならないほど多かった。ログイン率も高い。
やはり三姉妹はよく目立つのか、入ってきた俺たちの方へ視線が集まるものの、執拗に話し掛けてくるプレイヤーも居ない。品のある人が多いようだ。
あらかじめお邪魔する時間を伝えておいたため、時間きっかりに来ていたらしいアリスさんが楽しそうに受付嬢と話しているのが見える。
俺たちの接近に気付いた受付嬢がアリスさんの肩をつつき、遅れて気付いたアリスさんは目をキラキラさせて此方へ駆け寄ってきた。
「ダリッ……?!」
――アリスさんの姿が消えた。
……………
………
…
「ごめんね。テンション上がりすぎて異常が検知されちゃったみたいで、強制ログアウトになっちゃった」
「……びっくりしましたよ」
たははーと笑いながら、ちゃっかり自分の腕の中に捕らえたダリアを優しく撫でるアリスさん。機械が異常を検知する程、興奮していた様子。ここのギルドはマスターが一番、品がないかもしれない。
「とりあえず、新しいギルド本部の説明も兼ねて、まずは王都にいきましょう! じゃあついて来てね」
『つきあって あげよう』
ダリアを抱きしめたまま元気よくギルドの扉を開けるアリスさんに、ダリアも完全に折れた様子。
俺たちはそのままポータルまで歩き、王都へと転移する。
賑わう王都の風景を楽しみながら、行き交う人々に挨拶を交わしつつ、俺たちは紋章ギルドの新本部への道を進む。
道中、アリスさんが露店にてダリアがねだったお菓子やお肉を惜しげもなく買い与えながら、世間話にと近況報告を語りだす。
「うちも大きくなりすぎちゃって遂に王都へ本部を移動、冒険の町と石の町に支部を作ってそれぞれ責任者を割り当てて……結構発展してきたところなの。肩書きはあるけど、上下関係は取っ払ってるから、割とユルユルなギルドだけどね」
「ゲームの組織ならではですね。そういえば、銀灰さんは最近忙しいんですか?」
「銀灰は昨日から現実の方が忙しいみたいで、しばらくログインできそうにないみたい。最近物騒だからかなー」
と、あれこれ話している間に、王都の大通りから少し外れた場所に立つ立派な建造物の前へと辿り着いていた。
新しい建物の筈なのに、少し年季の入ったような汚れ具合が非常に凝っている。
神奈川にある歴史の博物館のような外観のその建物は、王都の象徴たる城に負けず劣らずの存在感を放っていた。
「メッセージにあった内容も含め、私の部屋でお話ししましょ。美味しいお菓子も用意してあるぞー!」
『やったー!』
綺麗な女性アバターから放たれる、おっさんのような雰囲気がアンバランスで面白い。既に美味しいお菓子というワードに心を掴まれたアルデがバンザイをして喜んでいる。
重厚な扉をくぐると、冒険の町ギルドに比べ三倍近い規模のエントランスが視界いっぱいに広がった。例のごとく、空間を広く設定してあるらしい。
中はアリスさんが言っていたように、上下関係を感じさせない和気藹々といった様子で語り合う、鎧を纏ったプレイヤー達の姿が多く見受けられる。装備が統一されている事を除けば、他のプレイヤーと何も変わらない……訳ではなかった。
「つ、ついにマスターが幼女神様を攫って来てしまった!!」
「あれほどレグさんが注意しろって言ってたのに、何で誰も止められなかったんだ!」
「俺らのいざこざは王宮騎士が直々に裁きにくるんだぞ?! ワンパンでやられる!」
笑顔で帰宅したアリスさんが抱えたダリアの姿を見たギルドメンバー達が、大事件が起こったかのような勢いで騒ぎ出す。
ある者は隠れ、ある者は誰かを探しに行き、ある者はログアウト……ギルド内が一気に混沌とした物へと変わる。
「し、失敬な! 葛藤して葛藤して何度も踏み止まってきた私が信用できないって言うの?!」
「毎回危ういっすよ!」
端から見れば、全く信用されていないギルドマスターではあるが、どう考えても仲良しギルドである。アリスさんは本気で怒っている様子だが。
顔を赤らめながら、むすっとした表情で進むアリスさんに着いて行き、俺たちはギルドマスタールームへと通される。
中は、いかにも偉い人が仕事をする部屋のようなレイアウトになっているものの、所々にぬいぐるみらしき物が隠してあるのが見える。威厳は大事だよな。
「とりあえず、ここに座って待ってて。いま呼んでくるから」
そう言い、俺たちを高級そうなソファへと案内したアリスさんは、ダリアをそこへ降ろし菓子を並べて部屋から出て行った。
三姉妹は既に遠慮なくお菓子に手をつけている。
『誰を待ってるのー?』
『ん? そうだなあ。俺が一番、近況を気にしてた人かなあ』
あまり興味なさそうな声色で問いかける部長に対し、俺は曖昧な感じで答えてみせる。
俺の言葉に反応してみせたダリアがジロリと此方を睨み付けているが、彼女がログインしている事は既にアリスさんからのメッセージで知っていたので、今は黙ってアリスさんの帰りを待つだけだ。
しばらく菓子を堪能していると、部屋の扉が放たれた。
お待たせ――と手を挙げるアリスさんと、彼女の後ろに続く一人の少女に視線を向ける。
「お久しぶりです、マイヤさん」
俺の言葉にマイヤさんはピクリと反応し、伏せていた顔をゆっくり上げた。
「久しぶりだネ! ダイキ!」