ストーリークエスト『リザード族の母』②
洞窟付近を守る警備兵らしきリザード族が、ナルハとアルデによって難なく斬り伏せられる。
盾役に徹底していた俺のLPも、弓兵を片っ端から魔法で倒していたダリアのMPも、回復が必要なほど減っておらず、現状、パーティ全体の消耗は限りなく抑えられていると言えよう。
俺たちは休む事なく、いつか来た灼熱洞窟へと足を踏み入れた。
『ここ暑いから嫌だー……って、あれー?』
予想はしていたが、早速駄々をこね出した部長は何かに気付き、頭の上でモゾモゾと動いてみせる。
『暑くないだろ?』
『うん。なんでー?』
彼女の暑がりはトルダとここに来た時、すでに把握している。そのため俺はマーシーさんに防具を作ってもらうにあたり、部長の物にだけ付随の性能を指定注文してあったのだ。
透明加工されているためデザインを見る事はできないが、彼女が今着ている防具は《防温防寒のローブ》という、暑さにも寒さにも耐性が付く優れもの。
部長の反応を見るに、どうやら灼熱洞窟の暑さは緩和どころか無効化されているのかもしれない。
『マーシーさんに会ったらお礼言わなきゃだな』
『そっかー。わかった、必ずお礼言うー』
三姉妹の中でも特に気分屋な彼女が素直にマーシーさんに感謝している部分、数字以上に、本当に良い性能だという事が分かる。
なんにせよ、これで部長が暑さでダウンする心配は無くなった。今回は万全の状態で戦闘に挑める。
灼熱洞窟内部は相変わらず、流れるマグマの色に照らされ赤々とした風景が続く。遠くにはリザード族の上位種であるハイ・リザード族の姿があるが、まだこちらには気付いていないようだ。
風の町でやったように、立ち止まるナルハが何かを感じ、ゆっくりと口を開く。
「付近には全部で20……ですが、ちょっと不自然なほど敵が湧いている場所がありますね。その空間だけで、およそ80」
「80?! そんなの異常事態を通り越して討伐隊派遣レベルだ!! 今までウェアレス様の結界が守ってくれていたのに何故急に……」
事の重大さがイマイチ分からない俺たちの代わりに、ナルハの言葉に明らかな動揺を見せたのはタリスだった。
聞けば、町の警備に当たっている兵を集め、百人単位の隊となり一気に叩かなければ討伐は難しいとまで言われる事態らしい。もちろん、俺たちだけで全滅させられる程、生温い数ではないという。
「ウェアレス様の結界って……過去に効力を無くした事は?」
聞きたかったもう一つの情報を、ここが聞き時だとばかりにタリスに問う。俺の質問を、タリスが先ほどの動揺を引きずりながらも答えてみせる。
「確かに最近――といっても、ここ5、6年の話みたいだけど、ウェアレス様の結界の歪みを縫ってリザード族が町を襲った事は何度かある。けどそれは十匹程度の話で、こんな数が洞窟内に発生するなんて、前例のない事態だよ」
確か英雄ウェアレスは風の町が産んだエルフの英雄。エルフと言えば、非凡な魔法才能を持つ種族だ。
ウェアレスが活躍し、町に結界を張ったのが約100年前だと考えて……良く保ったほう、と言えるだろう。術者が死してなお100年もの間、町をリザード族から守り続けていたのだから。
経過した時間を考えて、結界の効果が切れるのは別段不自然ではない。起こるべくして起こった事態、とも言える。
「ともかく、今は俺たちだけでもできる事を考えてすぐ行動に移すべきだ。タリス、俺たちより先に調査に出たっていう冒険者が洞窟内に居ると仮定して、それはどこだと思う?」
「結界の効果が切れかかっていると気付いていれば、町に戻って隊を組む手配をしてるはず。もし気付いてなければ……」
『あそこに居る!』
狼狽えるタリスの言葉を遮るように、いち早く何かに気付いたアルデがある方向を指差した。
俺とタリスが同時に視線を移動、アルデの指差す先へと目を凝らす。
「まさか……あの中に入ろうとしてる?」
見れば六人の冒険者が、襲ってくるハイ・リザード族を倒しつつ、ナルハが多くの存在を感知したその場所へと向かっているのが見えた。
調査という名目だったはずなのに異変に気付かないなんて――どうやらあの中に斥候役の冒険者は居ない、もしくはナルハの特質的な能力が優れ過ぎているのか……
「全部で六人――調査に出た冒険者の数と合わない」
タリスの言葉の裏には“他に調査へ出た冒険者達は、すでに亡くなっている可能性がある”という意味が含まれている事に、俺もナルハも気付いていた。
「ダイキさん、これはもう……」
じれったさからか、下唇を噛むタリスの言葉を遮る形で、ナルハは食い気味に俺の意見を仰いだ。
「助けるか――それとも、見捨てるか、か?」
見ればアルデは今にも飛び出していきそうな勢いで、焦るように俺達と彼等とで視線を行き来させている。ダリアは真っ直ぐ、俺の言葉を待つようにこちらを見上げていた。
俺たちはゲームシステム的――タリスの言葉を借りるのであれば、世界神の加護によって守られている。つまり、この場にいるのが俺たちだけなら迷わず助ける事を選べる。
しかし、今は世界の住人であるナルハもタリスもレヴィも居る。一つの行動に、命の重さがつきまとう。
「彼等を囮に使い時間を稼いでもらっている間に引き返し、町に事態を知らせ、討伐隊を組むのが最も確実な方法だと思う」
恐らく、これが非情だが正論だろう。
俺の言葉に、タリスが堪らず声を上げた。
「助けたい! 私は、見捨てず助けたい!」
意思のこもった強い眼に、心が揺れる。
何が最善か――
『他の冒険者 いる』
ダリアの声が、救いの一手を生み出した。
危険地帯へと向かう冒険者の遥か後方に、数名の冒険者の姿があった。
戦闘にて負傷したのかは不明だが、先行く同職者達を心配する面持ちで見送っているのが見える。
「ダリア、よく見つけた! タリス、彼等も調査に出た冒険者か?!」
「う、うん! 合計して10人! 調査に出た全員無事だったんだ!」
洞窟調査中に負傷した者と彼等を救護する者が残り、他の冒険者だけで調査を終わらせる流れになったのだろうか。
グループを分けるのは悪手だとは思うが、今回の大量発生は前例のない事態。普段通り、軽いパトロールのつもりで調査続行に至ったのだろう。
「冒険者とは思えない浅はかな決断ですね。調査という名目で来ている以上、万全の状態で最悪に備えるのが当たり前だというのに――けど、これでやる事は決まりましたね」
ナルハの言葉に、タリスも頷く。
「僕が他の冒険者を洞窟出口まで送り届け、彼等に町への救援要請を依頼します。それまでの間、ダイキさん達は残りの冒険者の援護をお願いします。僕も終わり次第、そちらに向かいます。まあこの作戦も、冒険者とは思えない浅はかな内容ですが……」
「撤退前提で戦えば被害は最小限に食い止められるだろうさ。そもそも、ここでリザード族を食い止めなきゃ町が危ないし、冒険者も助けられない」
リザード族約80体が相手――どう考えても無謀ではあるが、何も知らない冒険者達を囮に逃げたのでは寝覚めが悪い。
討伐戦ではなく、洞窟入り口までの防衛戦。味方は俺たちのパーティに加え冒険者が六人だ。
「ダイキさん、ナルハ殿、ありがとう。優先順位は重々理解してるけど……」
「こういうのは、理屈じゃないからな。とりあえずは援護に急ごう! ナルハ、頼んだぞ」
「了解!」
そして――俺たちの防衛戦が始まった。
*****
ナルハと別れた俺たちは、冒険者達が向かったリザード族が大量発生している場所へと駆けていく。
俺たちの方は勿論危険だが、ナルハも相当に危険な任務内容だ。負傷した冒険者を援護しつつ洞窟入り口まで送り届け、そのあと一人で俺たちの居る場所に合流するのだから。
故に――ナルハの加勢は、あまり期待できない。
「タリス、無理はしないようにな」
「うん」
敵はリザード族80体――だけではない事を、俺は知っている。
このストーリークエストの内容は《リザード族80体の討伐》ではなく、ボスモンスターの討伐。恐らく、今から行くあの場所に、そいつは居る。
「そういえばタリス。召喚獣達の声を聞くことができたのは、なんでだ?」
一度、緊迫した場を落ち着かせようという意味も含め、素朴な疑問をぶつけてみる。
タリスは少し照れ臭そうに、隣を駆けるレヴィへと視線を移す。
「私には《聖獣と対話できる》という不思議な力があって、ダリアちゃん達の声が聞こえるのもそれのお陰。恥ずかしながら……ウェアレス様と同じ力みたいで……」
「だから、町の人から特別に期待視されていたのか」
英雄と同じ力を持つ冒険者――となれば、期待されるのも無理はないのかもしれない。そんな境遇でも、ここまで立派に成長できたのは、純粋な彼女の力だろう。
ナルハといいタリスといい、ストーリークエストの鍵となる人物は他の人とは違う何か特別な力を持っているのは偶然だろうか?
『かれんと 同じ』
「……誰? かれんって?」
俺に抱っこされるダリアが思い出したようにポツリと呟き、反応してみせたタリスの声のトーンが何故か落ちる。
なんだろう……根拠はないがあまり良い予感がしなかったので、俺は会話を掘り下げるのを止め、目の前に迫る扉へと視線を向けた。
巨大な扉は、人が通れる程度に開いている。
「中に入る前に戦闘準備を済ませよう! ダリアはなるべく闇属性魔法での攻撃を心掛けてくれ、俺とアルデは他の冒険者の救助を最優先、部長は冒険者達の回復が最優先、タリスとレヴィには遊撃役として立ち回ってもらいたい!」
風景を見れば、ここは以前トルダと共に灼熱洞窟を攻略した時に、プレイヤー達が狩場として利用していた場所だった事に気付く。
あの時は中に入らなかったが――今となっては下見的にも挑戦しておけば良かったと後悔する他ないが、今嘆いていても仕方がない。やれるだけの事をやるだけだ。
部長と共に、素早く味方へ強化を重ねていき……準備が整った。
「突入するぞ!」
*****
広がる光景は正に――阿鼻叫喚。
ドーム状の広い空間に大量発生するリザード族と、その中心に陣取る一際大きな個体。
冒険者達は死者こそまだ居ないものの、必死に仲間を守る二人も既にボロボロ、四人は立ち上がることすらできずに転がっている。
唯一の救いは彼らが入り口付近で交戦していた事か……最悪、即座に撤退するにせよ、位置的には悪くない――が、俺たちが合流した瞬間に閉じた扉に、嫌な予感が脳裏をよぎる。
ダリアとアルデが即座に降り立ち、作戦通り、各々が行動を開始した。
冒険者を囲うように迫ってきていたリザード族達を、まとめて飲み込む黒色の渦。装備が一新されたダリアのステータスは強化の恩恵も充分に受け、相当量上昇している。
数が多いとはいえレベル的にはさほど脅威ではない。ダリアの一撃により、八体のリザード族が同時に消え失せた。
「加勢します! 部長、回復頼んだぞ!」
『はーい』
ダリアが作った隙間をくぐり、彼らを守る形で立つ。
冒険者達の顔が、絶望の色から希望の色へと変わるのが見えた。
「戦える者は前へ! この軍勢を町へ向かわせる訳にはいかない!」
「た、タリスさんが来てくれた!」
「助かった!」
そして風の町ギルド期待のルーキーたるタリスとレヴィが現れた事により、彼らの下りきっていた士気がグンと上がる。
先ほどまで体を張って食い止めていた二人に加え部長に回復された面々も立ち上がり、戦場に活気が戻った。
「負傷したら後ろへ! 回復は随時行います!」
士気を下げぬよう皆に強化を掛けながら、俺は戦場をぐるりと見渡す。
普段に比べコンパクトに立ち回るアルデと、近付いてきた敵を優先的に排除するダリア。そしてダリアに匹敵する威力の魔法で場を一掃するタリスと、一騎当千の如く暴れ回るレヴィ。
リザード族の数はまだまだ多いが、戦力的には寧ろこちらの方が勝っていると言える。それにより、冒険者達の士気も順調に上がっていき、皆が戦闘に加われるだけにまで回復を遂げたのだった。
*****
「と、扉が、開かない!!」
防衛戦開始から五分程経った頃だろうか――不自然に閉じた扉への不安からか、一人戦闘の輪から離脱していた冒険者が絶望の声と共に頭を抱えて焦りだす。
閉じ込められた――つまり撤退は不可能。
狩っても狩っても減らないリザード族に対し、理不尽に減っていく体力、精神力。そして彼の行動がトドメとなり、戦場は再び絶望の色へと包まれた。
「ダイキさん――結局はあの親玉を倒さないと、リザード族の増加は抑えられないみたいっ!」
やや息が乱れてきたか、流石に連続した魔法の発動の反動に苦しむタリスが軍勢の中心で佇む巨大な個体を忌々しげに睨み付けた。
他のリザード族より数倍大きなそいつは身の丈ほどある杖を持ち、しかし警戒しているのか、こちらに攻めてくる気配はない。
親玉の付近には十秒間に一匹というペースでリザード族が湧き、そのため空間内の敵の数が一向に減らない。故に、こちらの消耗だけが蓄積されていく。
クエストの内容はボスモンスターの討伐。
この状況を打破する方法は、恐らくそういうことだろう。
「倒すのか、アレを」
当初の予定は撤退しながら敵を食い止める防衛戦だったのに、脳裏に浮かんだのは真逆の作戦であった。
【灼熱のクィーンリザード Lv.35】#BOSS