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ストーリークエスト『リザード族の母』①

 

 風の町に着いた俺たちを出迎えたのは――表情に余裕の無くなったNPC達だった。

 風の町特有ののんびりとした空気は何処へやら、皆が皆、農具や武器を手に、町にある二つの門を警戒しているのが見える。


「あの、異変調査の件で来たナルハという者ですが……」


「おお、貴方が噂の新星Bランク冒険者様ですか! と、とりあえずギルドへ案内いたします!」


 すでに町全体に話が行き届いていたのか、ナルハが何気なく話しかけた町民が待ってましたと言わんばかりに喜んでみせ、町の中枢部を指差した。


 人々が慌ただしく行き交う町中を、怯えた表情を浮かべ辺りを警戒する町民に付いていく。


 ナルハは危険がすでに近くまで迫っているという状況を察しているようで、いつでも抜刀できるよう柄に手を掛けている。

 俺も彼に倣い、ダリアとアルデに武器を装備させ自力で歩いてもらい、左腰に携えたローランド・ソードの柄を撫でた。


「こ、こちらが風の町ギルドになります。すでに何名かの冒険者は奴等の住処の方へと調査に向かいましたが……」


「この緊迫感からして、原因の排除はまだみたいですね。ではここからは僕達だけで大丈夫ですので、町内の警備に当たってください」


「た、頼みました!」


 冷静な口調のまま、笑顔を見せたナルハの余裕な態度に安堵したのか、道案内をしてくれた町民は少しだけ表情を和らげた後、一礼して門の方へと駆けて行った。


「今の所、町に被害は出てないみたいだな」


「ええ……とはいえ町を取り囲む無数の気配はどんどん増えてますし、距離から考えて一斉襲撃まで残り一日あるかどうか……」


 何かを感じ取れるのか、虚空を見つめるナルハが敵の侵攻状況について語る。

 第六感――にしては鋭すぎる気がするが、まさか技能(スキル)の類か?


「確認せずとも分かるのか?」


「はい。敵意のある何かが放つ殺気を感じ取れると言いますか……とにかく、かなり曖昧ですが確実な勘です」


 確かに、本人ですらよく分かっていない程に曖昧な勘である。

 もしかしたら英雄たる祖父の血が彼に不思議な力を与えているのかもしれないが――今は知る術がない。五年間でいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた彼の言葉を全面的に信じよう。


 困ったように笑ってみせたナルハは気を取り直し、風の町ギルドの扉を開く。


 初めて来た風の町ギルドの内部は冒険の町ギルドと似たような間取りだが、冒険の町ギルド(あっち)に比べ、施設自体がふた回り程小さかった。

 リザード族の恐怖に怯えているこの町ではあるが基本は平和だ。ギルド自体の必要度も、冒険の町に比べたら低いのかもしれない。


 それでも、この緊急事態で呑気にお茶をしている人は誰も居らず、忙しなく動く受付嬢と職員、武器や防具を確かめ戦いの支度を進める冒険者でごった返していた。

 俺たちはお互いに目配せし、依頼主たるタリスちゃんとレヴィのコンビを探す。


『見つけた!』


 いち早く見つけたアルデの指差す方へと視線を向けると、一人席に座りカラフルな液体を並べ淡々と出発の準備を行う女性の姿があった。


 特徴的な白髪が艶やかなロングヘアへと変わっており、突き出すように伸びる種族特有の耳には細かい装飾の施されたイヤリングが付けられている。

 近付く俺たちに気付いたのか、ハッとした表情をこちらに向ける女性は、俺の顔を見るなり唇をギュッと結び、こみ上げる何かを必死に抑えるようにして勢いよく立ち上がる。


「ダイキさん……」


 ナルハ同様、最初のクエストより幾年かの月日が経っているのか、すっかり大人の女性にまで成長したタリスは足元で伏せていた大きな白虎に合図を送り、こちらへと歩いてきた。

 ゆっくり起き上がる白虎――レヴィは、前のクエストの時とは比べるまでもなく大きくなっており、体長は三メートルをゆうに超えている。完全に成熟した獣のソレだ。


『綺麗になった タリス』


「ありがとう、ダリアちゃん。皆は相変わらず小ちゃくて可愛いね」


 成長した姿を素直に褒めるダリアと、俺を介さず会話してみせたタリス。

 ダリアと問題なく会話できたことも驚きだが、ダリア達が困惑しないのも驚きである。


 再会を喜ぶタリスとレヴィ、そして彼女達の足元で改めて挨拶するダリアとアルデを眺めながら、俺は頭の上にいる部長にコソッと聞いてみることにした。


「なんで皆、タリス達やナルハが急成長した事に驚かないんだ?」


『わたしたちも突然進化したから、不思議じゃないよー』


 俺の問いに、部長は『当たり前でしょ』と言わんばかりの声色で答えてみせた。

 確かに召喚獣には進化という、レベル上昇による突発的な成長期が存在する。部長だけでなく、ダリアやアルデもその認識があるから驚いていないのだとすると……なんとなく、辻褄が合うか――


 不思議システムを理解する事に頭を必死に働かせる俺に、召喚獣達との挨拶を終えたタリスが近づいて来る。


「ダイキさんも、変わらないね――異人達は世界神の加護を受けた存在という言い伝えは本当だったみたい。……そのお陰で、あの頃よりもずっと近くに感じられる」


 タリスが零すゲームシステム的に関連しそうな言葉が、続く意味深な言葉によって即座に吹き飛ばされる。

 再会を喜ぶタリスの目が、尊敬する対象に向けるというよりは異性に向けるような、うっとりとした物へと変わっていた。


 顔もそうだが、体もすでに大人の女性の物へと成熟している。


 動きやすさを重視した防具の下に、前の彼女にはなかった女性特有の凹凸ができている。身長も女性にしては高い方で、恍惚とした彼女の顔が俺の頭一つ下にあり、黄色の瞳を俺の顔を射抜くように向けていた。


『だめ』


 そこへ割って入る――ダリア。


 蛇睨みならぬ“竜睨み”が効いたのか、圧力を受けたタリスはたじろぎながら後ずさり。彼女のアプローチは失敗に終わる。


「……タリス。今は再会を喜んでいる場合じゃないんだろう?」


「そ、そうだった。すまない、ナルハ殿」


「いえいえ、僕は別に――面白かったので」


 なんとも緊迫感の無い連中である。もちろん、俺も含めてだが。

 これ以上のおふざけは警戒網を敷く町民達や兵士達、そして先に調査へ出た冒険者達に失礼となる。話したい事は多いが、今は問題の解決が最優先だ。


「急を要する事態にまで発展したのは私としても予想外だった。けど、ランクBのナルハ殿に加えダイキさん達が手伝ってくれるとなれば心強い。まずは奴等の住処に向かう、話はそこでするから」


 彼女もナルハと同じく、長い冒険者生活の中でいくつもの苦難を乗り越えてきたのだろう。途端に冒険者の表情へと変わったタリスは出口へと足を進め、後ろをレヴィが悠々と付いていく。

 その後ろ姿からは少女の時に抱えていた焦りなどは一切感じられず、闘志に満ち溢れている。もう心配する必要は無いだろう。


「僕たちも行きましょう。町の警護は兵士の方々と他の冒険者達に任せて、僕らは根元を叩きます」


「了解」


 頼もしく成長した心強い二人に感心しつつ、俺たちはタリスを追うようにして、温風の通り道へと続く門をくぐったのだった。



*****



 リザード族の群れの真ん中で暴れ回る獰猛な虎。宙に刻まれた黄色の魔法陣が光ると同時にレヴィが飛び退き、極太の電撃が残党達を貫いた。


「『雷の四重奏(エレキ・カルテット)』」


 身の丈ほどある杖を振るい十数体のリザード族を一気に殲滅してみせたタリス。ここいら一帯の敵では相手にならないとばかりにリザード族を蹂躙するレヴィ。

 一応援護役としてダリアと部長には彼女達に気を配るよう頼んではいるものの、俺の心配とは裏腹に、タリス達は危なげない戦闘を続けている。


【タリス:レベル40】

【レヴィ:レベル40】


 町周辺まで来ていたリザード族は平均レベル15程度であるから、彼女達の相手にすらならない。

 ナルハ含め、俺たちには彼女から温存するよう指示が出ているが――本当に俺たちの出る幕は無さそうだ。


「流石に強いですね。魔法の発動時間、精度、威力はどれも一級品ですし、召喚獣であるレヴィの速さに対応できる敵はそう居ないでしょう」


 横を歩くナルハがタリス達の実力に高い評価を付け、敵を圧倒するその光景に苦笑する。

 遠くに火山と、その麓の洞窟が確認できる距離まで進むことができている。その間、俺たちは一度も戦闘をしていない。


「タリス。いくら土地勘があるからといって、二人だけに戦わせてたら消耗のバランスが悪くなる。洞窟に着くまで一旦休んでくれ」


 俺の提案に、まだ余裕だと反論しようとしたのか……しかしタリスは大人しく指示に従い、一瞬だけ口を尖らせた後「じゃあお言葉に甘えて」と呟きつつ――


「……ダイキさん、私強くなったかな?」


 何かを期待するように、ポツリと零した。


「必死に努力してきた結果がよく出てるよ。戦い方にも無茶がなくて、見てて安心できる。成長したな」


 何かに焦って余裕の無い戦闘をしていた少女時代とは全然違う、安定した戦闘と洗練された連携は努力の賜物だろう。俺が彼女に言った言葉を、しっかり受け止め実行し続けたのだと推測できる。

 仕事や勉強、全てに共通して言えることだが、頑張りを認めてもらえるのは誰だって嬉しい。


 小さくガッツポーズを決めたタリスは俺の言葉通りレヴィを連れ、俺たちと入れ替わるようにして後衛へと移動した。

 ここからは俺とナルハが盾役(タンク)として動きつつ、ダリアとアルデが随時攻撃する戦闘方法へとシフトだ。


 ナルハはゆっくりと柄に手を添え、何かを思い出すかのように呟く。


「あの日、付近の敵を減らしてくれたトルダさんと、僕と一緒の速度で付いてきてくれたアルデちゃんの行動の意味……実はしばらく経ってから分かりました。本当に未熟で愚かでした」


 ぬらりと剣を抜き、決意の籠った目で敵を見る。


「でも今は、ダイキさん達と対等な立場で剣を振るうことができます!」


 剣を構え、気合い十分な様子のナルハに「頼りにしてる」と後押しの一言。俺も彼に続くように剣を抜き、こちらへやって来るリザード族と対面する。


 洞窟までの敵を、一気に片付ける!



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