新調装備と西のフィールド
翌日、ログインした俺の元に、なぜか大量のフレンド申請依頼が飛んできていた。
スライドしてもスライドしても、最後尾が見えないとは……スパムかな?
一応全員のメール内容を読んでみたものの、どうやら会ったことすらなさそうな人達だったので全て断らせてもらうことにする。
「嫌がらせの類じゃないけど、この数は流石に消すのも大変だぞ……」
ともあれ、名前は伏せてたのになんでこんなに知れ渡ってるんだ?
誰かに見られたとか、IDから割り出せるとか――そこら辺はあまり詳しくないから、考えても無駄かもしれないな。
定位置までよじ登るダリアに魔石を一つくれてやり、冒険の町に転移。
オルさんと紅葉さんに会うためだ。
報酬以外にも金が3000G程増えていて、俺たちで総取りとなっているため、一つ目鬼の素材は大量にある。
元々の金額を合わせると二万とちょっと。レベルも大幅に上がっているし、素材持ち込みで装備を見繕ってもらおう。
冒険の町に着くなり、近くにいた見知らぬプレイヤーから矢継ぎ早に質問が飛んできた。そして周りのプレイヤーも同調するかのように、次々に俺への質問が増えていく。
主にフィールドボスについてと、戦闘能力について。報酬を見せろとか、ズルするな等の野次に近いものも含まれていたものの、全員を相手していられないので、のらりくらりとかわしていく。
ともあれ、主な内容はダリアに向けられたものだったが……。
セクハラ紛いの質問をしたプレイヤー以外は無事に返したものの、この騒ぎはいつ沈静化するのだろうか。
これではダリアにちょっかいを出す輩の墓標が増える一方だ。
冗談はさておき、露店を歩いてオルさんと紅葉さんを探す。と、遠くの方で黒い影が大空へ飛び立って行くのが見えた。
「こんにちは、紅葉さん」
相変わらず自由なクロっちを見送る紅葉さんに声をかけると、彼女は玩具を見つけた子供のような悪戯な笑みを浮かべ、こちらへ振り返った。
「おぉ! ダイキ君、ダリアちゃん! いやー、掲示板見たけど大変そうだねー」
「ログインしてからずっとプレイヤーに迫られて、気が休まりませんよ」
「あはは! プレイヤーから来てくれるならそれを逆手にとって商売でぼろ儲けしちゃいなよ。ダリアちゃん愛用の魔石とか言って一つ2000Gで売り出すの!」
「商人の鑑! ……まあ流石にダリアをダシにして儲けるのは無理ですね」
「そう言うと思ってたけどね」
おふざけはこの位にして。と、手を叩いて商売の顔になる紅葉さん。
「今日は何しに?」
「ええ、強い素材が手に入ったのでアクセサリーを作ってもらおうかと思いまして」
「一つ目鬼の素材だよね。ま、付属する効果は大方筋力か耐久でしょうけど」
絵に描いたような脳筋モンスターだっただけに、紅葉さんの一言には同意せざるを得ない。
ともあれ、俺自身も筋力と耐久は上げておきたいパラメーターなので何も問題はない。むしろ好都合なくらいだった。
一つ目鬼の素材を数個渡して紅葉さんの店を後にする。
素材のレア度が高いだけに加工には少し時間が掛かるそうだが、楽しみに待ってるとしよう。
続いてオルさんを探しているのだが、何度探しても見つからない。てっきり露店を開いているのかと思っていたんだが――。
と、良いタイミングでオルさんからのメール入った。
「へぇ、風の町にいるんだ」
メールには『一番熱い町が風の町だから、そっちで儲けてるぜ』という露骨すぎる内容が書かれており、こっちも商人の鑑だなとつい苦笑いしてしまう。
人の多い冒険の町ではなく風の町で店を開くという事は、ある程度腕に自信のあるプレイヤーに客層を絞っているのだろう。
冒険の町に来る前に連絡していればすれ違いにならずに済んだのだが、紅葉さんには会えたので良しとするか。
昨日とは打って変わり、風の町にも沢山のプレイヤーが既に来ていた。
やはり、新しい物好きのプレイヤーは一定数いるようで、新しい場所、新しい敵に興味を持つのは皆一緒のようだ。
冒険の町とまでは行かずとも、人通りの多い道にはちらほらと露店を開くプレイヤーの姿があり、その中にオルさんの露店を見つけた。
俺を見つけるなり、オルさんは紅葉さんの時に見た笑みを浮かべる。
「よう、調子はどうだ? 有名人」
「からかわないで下さいよ」
ひとしきり笑ったオルさんは、世間話にと、生産職について少し語ってくれた。
オルさんが就く鍛治士は最もポピュラーな生産職と言えるだろう、金属を加工して武器や防具を生み出す職業だ。
更には技能による効果で革加工と骨加工も加えられるようになり、作れる武器や防具の幅が広がっているらしい。
「だから以前、革装備にも手を加えられたんですね」
「まあ俺たちもその職業一辺倒の技術じゃ客は来るがお得意さんができないわけよ。差別化を図ってダイキのようなお得意さんを増やしていくわけだ」
「俺もお得意さんなんですね」
「当たり前だろ。数多の露天がある中で同じ店に毎回来てくれるプレイヤーは少ないんだよ。お得意さんは既存の装備を買うだけではなく、オーダーメイド品を欲しがる。俺たちも未知の加工に未知の素材は技術の幅が広がるから願ったり叶ったりだ」
ああ、オルさんがつまり何を言いたいのかわかってしまった。
オルさんにトレード申請をしながら、ニヤリと笑う。
「という訳で、オーダーメイド品を頼みます」
「そうこなくっちゃな! 話がわかるじゃねえか!」
まあ、フィールドボスを倒したって話だから大方予想はついてたけどな。と、言いながら、オルさんは俺から素材を受け取った。
「もしなら剣と盾、杖も含めて余った素材で強化してやるよ。どうせ余るだろうし」
「いいんですか?」
「俺も技術面の向上とかレシピの幅が広がったりとか色々お得なんだよ。まあ今回は付きっきりの作業になると思うから金は払ってもらうけどな」
「それは勿論です。申し訳ないですね、この前作っていただいたばかりなのに」
「いいんだよ。装備のクオリティは常に上げていかないと火力も安定度も変わってくる。なにより、俺も得する」
――オルさんになら安心して防具製作を任せられるな。
インゴットの時より時間が掛かるそうなので、待ち時間を利用し、俺は冒険の町から行ける西のルートに進んでみることにした。
未到達のエリアだ。昨日の事もあるし、無理せず慎重に進んでいこう。
西へと続くポータルに手をかざすと、一瞬にして視界が町から薄暗い森に変化した。
ミニマップには【西ナット森林】と表示されており、どこからともなく獣や鳥の声が木霊する。
木のほとんどが十メートル近くある高木なので高木林という事になるが、恐ろしい程に視界が悪い。
薄っすらと漂う霧もそうだが、なにしろ日の光が殆ど遮断されているのが原因だ。
恐らく、密集した葉が塞いでしまい日の光が地面まで届いていないのだろう。
木こり等の採取職で木を梳く事も出来そうだが、この管理のされてない具合は、科学や文明が未達の異世界っぽさを感じさせられるな。
装備はオルさんに預けてあるため見習いの剣と盾ではあるものの、レベル的に問題はないと思う。例え予想外の敵が現れても、現在のダリアの火力をもってすれば寧ろオーバーキルだろう。
「っ!」
ふと、視界の端に写った何かに体を向ける。
目を凝らすと、木々の間を縫って浮遊する何者かが迫ってきている光景が飛び込んできた。
音を立てずに近付くなんて卑怯なモンスターだな。と、心の中で悪態をつきながら剣を抜いて姿勢を落とし、迎え撃つ。
白地の布を被った半透明の身体をもち、手と思われる部分が二ヶ所布から盛り上がっていた。
――幽霊型のモンスターか。
これも定番っちゃ定番だが。
「『赤の閃剣』」
技を乗せた剣を素早く突き出す。
が、幽霊は剣を物ともせずに俺たちとの距離を一気に詰めた。
まずい! 物理無効モンスター!?
幽霊と接触するその刹那、俺の目の前に縦横二メートル程の火の壁が現れる。
勢いを殺し切れない幽霊は瞬く間に焼かれ、経験値へと姿を変えた。
一瞬ヒヤッとしたが冷静にダリアが対応してくれたお陰で無傷で済んだな。しかしあの幽霊、不気味なフォルムだった。
幽霊をデフォルメすればアレになるのだろうが、音もなく暗闇から接近する顔なしのモンスターって普通に怖くないか?
「ダリアは幽霊大丈夫なんだな」
ダリアが一切動じていない事に男として多少の悔しさを感じるものの、状況に左右されない精神力は味方として心強い。
しばらく西ナット森林を歩いていたものの、遭遇するモンスターは幽霊のみ、形状も色も全く変わらない、同じモンスターだけが定期的に襲ってくるエリア。
狩場にいるプレイヤーもどことなく装備が魔法職っぽいため、戦士職には向かないフィールドなのかもしれない。
ずっと使ってなかった火属性魔法で幽霊と戦闘を行なっていく。
まあ、ダリアの火力に比べれば雀の涙程の威力だが。町に沿った低レベル帯フィールドなのもあり、それなりにLPは削れているようだ。
しかしダリア強化の代償に総MPの3/4を失っているため、火球二発分程度でMPが空になる。
たとえ魔力にボーナスポイントを振っても結果は同じだろう。
現にレベルアップの際に上がる魔力も合算した状態で3/4が失われるのだから。
他の召喚士はどうしてるんだろうか? 魔力解放を許可しないという選択肢も勿論あるが……。
アクセサリーを取りに行くついでに紅葉さんに聞いてみるか。
MPが尽きては、回復するまでダリア一人に戦わせてしまう事になるので、このまま魔法で戦うのは非常に効率が悪い。
このフィールドはまた今度来る事にしよう。