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少女の苦悩

 

 荷が重かった……つまり、彼女は無茶を承知でこの依頼を受けた――という事になる。


 ナルハ君に近い匂いを感じるが……彼の場合は祖父が英雄だったという事実を父親に聞かされ、盲目的に依頼を受けてしまったという経緯があった。

 この子が戦闘の際、常に纏っていた“焦り”も、何か関係しているのだろうか。


 右の視界は変わらずダリアの視点と共有させておき、周囲を警戒しつつ、彼女の話を掘り下げていく。


「見た感じ、二人とも戦闘には慣れてる様子だったけど……タリスちゃんが言うように、二人だけで受けるにはちょっと早かったかもね」


 大人しく抱かれる部長の頭を撫でながら、しょぼくれたような様子で隣を歩くタリスちゃんに反省を促してみる。

 心配そうに声を鳴らし顔を擦り付けてくるレヴィを、タリスちゃんは小さく謝りながら優しく撫でた。


「ダイキ……さんは、英雄って知ってる?」


 不意に出てきた英雄という単語に、俺を含め部長もピクリと反応してみせる。


 英雄の話はちょうど昨日詳しい部分を知ったばかりであるため、非常にタイムリーと言える。もっとも、この世界では常識的昔話であるらしいから、知らない人の方が少ないだろうが。


「もちろん、知ってるよ」


 さも昔から知っていたような口ぶりで答える俺に、タリスちゃんは「そっか」と小さく呟いた後、意を決したように言葉を続けた。



「私、どうしたら英雄になれる?」



 瞳の奥に闘志を燃やしながら、彼女は真剣な表情を俺に向ける。

 戦闘中に彼女が見せた焦りの原因を、垣間見た気がした。


 俺は彼女の真っ直ぐな言葉に「英雄に……」と呟きつつ、考え込む。


 ナルハ君の言っていた伝説の内容を紐解いてみると、活躍の場こそ人によって様々だが、過去の英雄達は《世界に平和をもたらした》という共通の功績を残している。

 語られたのは100年前の昔話、物語では《魔族》を巨悪とし、戦ったとなっている。


 魔族といえば、うちにも魔族の血を引く子がいるが――

 後ろをテクテク付いてくるダリアとアルデが、俺が振り向くと同時に顔を上げる。

 

「聞けねえよなあ……」


 諦めたように呟く俺に、ダリアが不思議そうに見ながら小首を傾げた。


 伝説の内容を詳しく知らないから何とも言えないが、直接ダリアに聞くのは流石に気が引ける。

 しかし、NPCであるタリスちゃんやレヴィ、彼女達だけでなく、今まで会ってきた全てのNPCがダリアを敵と見なした事は、過去一度もない。

 召喚獣であるから別枠として扱われているのか、それとも100年の間に魔族と平和条約でも結んだのか……その辺りの事情は不明である。


 期待の眼差しを向けるタリスちゃんに対し、自分の考えだけを頼りに疑問に答えた。


「今できる事は、タリスちゃん達がやってるみたく町周辺の魔物を倒して自分を強くする事。平和を維持するのも立派なことだよ。そしていつか……平和を壊そうとする悪い敵が現れた時、蓄えた力を振るえばいいんじゃないかな」


「自分を強くする」


 ストーリークエストの行き着く先で強大な敵が現れ、世界の危機が訪れる可能性だってある。それが魔物でも、魔族でも人族でも、それらに立ち向かえるだけの力が無ければ、英雄になんてなれないだろう。

 町や王都の雰囲気に変化はない。何かに恐怖することなく過ごせているということは、現状は平和が保たれているのだと考えられる。

 世界平和が崩れるまでは、力を付けてそれに備える。これだけで充分じゃないだろうか。


 俺の言葉を復唱するタリスちゃん。


 当然――彼女の表情が不安の色に支配される。


「町の、町の人は私を《英雄の後継者》だって言うんだ。だから私は今日までこうして頑張ってこれた」


 俯き、続ける。


「今まで通り自分を鍛えていれば、皆の期待に応えられるのかな? もっと強くなれば、英雄に近づける?」



【タリスは貴方の言葉を待っています】


1.今まで通りで問題ない、と答える

2.もっと危険な依頼を受けよう、と答える

3.安全な依頼に変えたほうがいい、と答える

4.無理して依頼を受ける必要なんてない、と冒険者の道を諦めさせる



 ここで現れたのは、砂の町のラルフ君とのクエスト中に出現した《ルート分岐》のプレート。

 ごく自然な会話の流れだと思っていたが、どうやら上手い具合にルート分岐に誘導されていたようだな――今回は4択である。


 彼女の為になる最善の道は何か……を、第三者である俺が導いてあげる必要がある――という訳か。と言っても、これは人によって回答が大きく変わるだろうな。


 1を選べば、タリスちゃんは今まで通り、皆の期待を背負いながら冒険者としての日々を過ごすことになるだろう。無茶な依頼選びもそのままに。

 2を選べば更に難易度を高くし、危ない依頼ばかり受けるようになると考えられる。


 誠実なナルハ君に似たタイプだが、タリスちゃんは純真と言える。素直すぎるが故に、危険な道でも進んで足を踏み入れてしまいそうな危うさが彼女にはある。


 3を選べば、恐らく彼女は討伐系依頼を控え、お使い系の依頼や採取系の依頼に切り替えるかもしれない。彼女の身を案じ、優しい道へと導くことができるだろう。

 そして4はその究極系。冒険者を諦めさせる事で、彼女を守ることができる。普通の町娘という、平凡だが一番平和な日常を手に入れられる。


 彼女の人生が大きく変わる選択だ……慎重に選びたい。


 俺は自分の意見をまとめるより先に、三姉妹の意見を聞くことにした。

 召喚獣達にはプレートが見えていないらしく、俺は自分で考えた意見としてその4つを挙げ、彼女達の反応を仰ぐ。


『楽ちんが一番だよー』


 最初に意見を述べたのは部長。


 楽ちんとなると……4を指しているのかな? 確かに、仕事は無くなってしまいそうだが、風の町は農業や畜産が盛んだ。楽とは言えないが、冒険者という常に危険のつきまとう仕事に比べれば良いかもしれない。


『部長はタリスちゃんを冒険者じゃなく別の仕事、つまり安全な道に進ませたいって事かな?』


『うーん』


 俺の言葉に、部長は予想していた答えと違ったのか、曖昧な声で唸ってみせた。

 彼女の言う楽ちんは4を指してないのか? もしかしたら、3番を指しているのかもしれないが……


『ここより危ない場所でも、強くなるためなら行く価値はあると思うぞ!』


 予想外の答えを出したのはアルデ。彼女の口ぶりから察するに、タリスちゃんを2の選択肢に進ませるのが適当だと考えているらしい。


『それはどうして?』


『拙者が弱っちい時、姉御達に助けられながら強くなったからだ! 拙者達がタリスが強くなるのを手助けしてあげればいい!』


『なるほど、アルデらしい考えだな』


 彼女が言う“弱っちい時”とは、召喚されたばかりの頃を指しているのだろう。

 俺たちとアルデのレベル差を埋めるため、一度かなりレベルの高い場所で経験値を稼いでいる。

 その時はダリアが基本的に敵を倒し、部長がアルデのサポートに当たってくれたと記憶しているが――確かに、俺たちが全力でカバーに入れば、タリスちゃん達も安全且つ効率的に強くなれると考えられる。


『タリスは自分で 英雄になりたいと思ってる』


『英雄になりたいって気持ちは、彼女の本心だって事かな? なら、俺たちができる最善の方法は?』


『手を貸してあげるのは 違うと思う』


 最後のダリアだが――まさか三人で意見が分かれるとは思ってもみなかった。

 ダリアの主張は“俺たちが彼女が英雄になるのを手助けするのは違う”といったところだろう。

 タリスちゃん自身が俺に教えを請いているのであれば話は別だが、こちらから進んで手伝ってしまえば、確かに彼女の成長を止めてしまう恐れがある。


『あねき。皆で手伝えば楽ちんだよー』


『だめ タリスをずっと手伝えるわけじゃないから』


 どうやら部長の意見はアルデと同じらしく、珍しくダリアと部長が対立した。アルデは部長に託したのか、口出ししないよう沈黙している。


 俺の一言で決まるか――と、三姉妹の意見を取り入れつつ、一度頭の中で考えをまとめていく。


 確かに、俺が敵からの攻撃を守り、アルデとダリアが敵を減らし部長がサポートに回ることで、タリスちゃん達は安全に強くなることができる。これは確実だ。


 けれど、ダリアが言うように、俺たちはずっとタリスちゃん達を守ってやれるわけではない。

 いたずらに俺たちが干渉してしまえば、タリスちゃん達は俺たちを頼ってしまう。そうなれば自立は困難となる。


 となると、最善の答えは――



「タリスちゃん、例え話をしようか」


 俺はルート分岐の選択を保留にし、答えを待つタリスちゃんに提案してみた。彼女が不思議そうな顔でコクンと頷く。


「食べるだけで、今よりもっとずっと強くなれる木の実があったらどうする?」


 ここでの木の実は、俺たちを指している。


 彼女がその木の実を食べるというなら、それが答えになる。

 死が身近にあるこの世界、綺麗事では乗り越えられない場面も多くあるだろう。木の実を迷わず口にしてしまうのも一つの強さだと言えるだろう。

 タリスちゃんは間を置かずして、それに答えてみせた。


「私は仮初めの力が欲しいんじゃなく、本物の力が欲しい。誇り高くなければ、英雄になれない」


 淀みなく答える彼女の言葉に、俺の答えが固まった。

 プレートへと視線を落とし、俺は迷わず“3番”を選ぶ。


「タリスちゃん、君はもっとずっと強くなれる。依頼をこなし続ければ、君が言うように本物の強さを手に入れられると思う」


「で、でも安全な依頼って……」


 選択肢を選んだ段階で、彼女には俺の答えが伝わっている。依頼を安全な物へと変えたほうがいいと提案され困惑するタリスちゃんに、頭の中でまとめた答えを並べていく。


「危険な依頼を受けるには早すぎる。君は強くなりたいという気持ちが先に行きすぎて、周りが見えてないよ。危ない思いをするのは君だけじゃない、レヴィだってそうだ」


 反面教師とはよく言ったものだ。


 後先を考えず一つ目鬼(サイクロプス)に挑み、パートナーを死なせるという経験をした自分だからこそ言える。


「討伐系を受けるなとは言わないよ。余裕を持ってこなせる依頼を沢山消費して、沢山経験を積んで、焦らずじっくり強くなっていけばいいんじゃないかな……って思ってる」


 このNPCの召喚獣が死ぬとどういう扱いになるのかは分からない。けれど、俺がそうだったように、軽率な行動で召喚獣を巻き込む前に冷静になって欲しかったのだ。


 相棒をも危険に巻き込んでいると言われ、ハッとなるタリスちゃん。


 強い敵と戦えばそれだけ戦闘は長くなるし、追い込まれれば撤退する決断も必要となる。

 ただ、召喚獣(味方)がいる分、撤退は更に難しくなるし、それらの事態に対応できるだけの冷静さは不可欠だ。焦って戦闘しているようでは、いつか大きなミスをするだろう。


「……わかった。これからは、レヴィとも相談して依頼を受ける」


 ありがとう。そう呟いた彼女はレヴィをひと撫でし、風の町へと戻っていった。


 リザード族討伐の依頼は破棄になったが、ストーリークエスト自体はクリア判定になったらしく、俺の元へ新たなストーリークエスト情報が届く。

 異常発生の原因が分からなかったのは少し残念だが、タリスちゃんをいい方向へ導く事ができただけでも万々歳だろう。


「とはいえ……皆優しいな。うりうり!」


 真剣に自分の意見を述べた三人を集め、まとめてハグ。特に、タリスちゃんの為を想って姉の意見に迷わず反論した部長は、大きく成長していると言えよう。




*****



《完了》


【ストーリークエスト:リザード族討伐依頼】推奨Lv.30


風の町ギルド期待の新人(ルーキー)である召喚士タリスは、町付近に住み着いたリザード族の討伐任務を受ける。彼女が貪欲に力を欲する理由(わけ)。そして、リザード族異常発生の原因とは……?


リザード族の討伐[破棄]


獲得:経験値[3191]

獲得:G[0]




《出現》


【ストーリークエスト:リザード族の母】推奨Lv.35


成長したナルハは旅先でとある事件に巻き込まれる。慌ただしいギルド。町の平和のため、立ち上がる白髪の少女。風の町を襲う異常な事態とは……?


灼熱のクィーンリザードの討伐[0/1]


報酬:経験値[12744]

報酬:G[20000]

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