風の町の少女
仕事が終わり、帰り道の途中にあるコンビニエンスストアに立ち寄る。
朝食の材料と珈琲の粉、そして料理本とインテリア雑誌を手に取りレジへと持って行った。
本と雑誌に関しては、現実世界用ではなく仮想世界用である。
明日は休みであるから、召喚獣達との時間をたっぷり取ることができる。
三姉妹と料理したり、未来の家を構想したりと、今日明日でやりたい事をあれこれ考えていたせいで仕事が手に付かなかった。
また成田部長に、社会人失格だと怒られそうだな……
*****
昨日ログアウトした場所である宿屋にログインした俺を、遅れて現れた三姉妹が元気良く出迎える。
いつものようにしばらく自由時間とし、アイテムボックスから青吉を取り出す――が
「うーん、大きめの部屋を借りて正解だったな」
奮発して四人用の大部屋を借りたお陰で、この巨大な水槽をなんとか置くことができている。
青吉の体は既に五メートル近くまで巨大化しており、持ち合わせの餌が尽きたため、苦肉の策として生産プレイヤーから買い付けた肉を与えている状況だ。
今日は青吉の餌用の肉を確保する事から始めなければならないだろう。
『速い速い! 青吉ぃ、そろそろ外で散歩でもできるんじゃないか?』
嬉しそうにキャッキャとはしゃぐアルデだが、既に念願通り青吉の背中に跨って水中散歩を満喫できるようになっていた。
青吉の大きさなら、アルデ+ダリアと部長を乗せても問題ないだろう。それ程までに逞しく成長している。
とはいえ、青吉の変化は大きさだけでなく、顔にも現れるようになってきており――
『青吉も 嬉しそう』
『よく笑うようになったよねー』
そう、表情が豊かになってきているのだ。
見た目はスリムなワニといった風貌なのだが、ダリアや部長が言うように、餌をもらっている時やアルデ達を乗せている時、目を細めて笑っているように見える。
彼は召喚獣ではないためポジションがいまいち把握できないものの、しっかり知性を持っているのか襲ってきたりはせず、単純なモンスターではない何かに位置付けされているのだと推測できる。
が、なんにせよ、このままでは宿屋に泊まることができなくなる上、成長が止まらなければ水槽の許容範囲を超えてしまうだろう。
今日明日の消化リストの中に、青吉の問題を解消する事も含まれていたりする。
出店で青吉を売ってくれたドワーフ族の彼に相談できればベストだが雲を掴むような話であるから、思い切って紋章ギルドの面々に相談してみようと考えている。
日本を代表する大型ギルドであるし、この手の知識を持つプレイヤーも在籍している可能性は高い。個人的に、アリスさんにも一度会って話したい事もあるからなおさらだ。
それでも対処法が無ければ掲示板を頼ろう――と、頭の中で簡単に青吉問題解消プランを練り上げ、思考を切り替える。
今日明日でやりたい事は、ナルハ君のストーリーを進めるために風の町のストーリークエストをクリアする。そして、ナルハ君のストーリーを進めつつ、リザード族の肉を集めて青吉の餌を確保する。
その後は純粋なレベル上げを行いつつ、都合がついたら紋章ギルドにお邪魔する。この四つだ。
二ヶ月後に迫った討伐戦で活躍するためにも、レベルは上げておいたほうがいい。加えて、王都の召喚士から技を学ぶイベントも残っている。やる事は沢山ありそうだ。
「皆、今日もよろしくな」
力一杯、頑張ろう。
*****
アリスさんと銀灰さんにそれぞれメッセージを送った後、最初の目的地である風の町に着いた俺たちは、今回攻略するストーリークエストのキーマンならぬ“キーウーマン”を探す前に、葉月さんが経営する癒しの風へと足を進めていた。
皆の写真が飾られた思い出掲示板を見に行く用事と、葉月さん個人とも少し話したい事があったからだ。
思い出掲示板は随時更新されているだろうし、他のプレイヤーがどんな召喚獣と冒険しているのか一覧で見る事もできる。可愛らしい写真も多いし、定期的に保存しに来たい場所だ。
『あれ? 今日はお休みみたいだぞ』
抱っこされたまま、癒しの風の方へと指を向けたアルデが残念そうな表情でこちらを見上げてくる。
確かに、色鮮やかな花が咲く花壇に囲まれたログハウスの扉は固く閉ざされており、その前には赤色のメッセージで《諸事情により、臨時休業しております》という文字が浮かんでいた。
“臨時休業”という部分が気になるが、そもそも俺はプレイヤー個人で開いているお店のシステムをよく理解していない。店主がログアウト中の時のみ、このメッセージが出現するのかもしれない。
オルさんの店は店主が居なくとも開いていたような気もするが……このあたりも、自分で細かく設定できるのかもしれないな。
「残念。葉月さん、今日は出かけてるみたいだな。また今度遊びに行こうか」
『ふーん』
俺の言葉に部長がつまらなそうに反応してみせたが、居なければ仕方がない。思い出掲示板にある画像を見て堪能して、クエストの方に移行しよう。
その後、掲示板の写真を眺めつつ気に入った画像を何枚か保存し、広場の方を後にする。
画像の多くが獣型ではあったが、中には全員人型の男召喚獣に囲まれるプレイヤーの写真だったり、機人族の召喚獣と楽しそうに写っている物まであった。
楽しく冒険するのが一番だよな――と、保存した画像にほっこりした後、俺たちは目的地である湖の方へと足を進めていった。
*****
白色の髪に、長い耳。
右手に握られた小さな杖を振るう姿がなんとも愛くるしい――けれども、傍に立つ雄々しい白虎の存在感が強すぎるため、なんともアンバランスなペアに見えてしまう。
昔見たクリンさんと金太郎丸を思い出しながら、稽古の邪魔をしないように遠目で彼女達を見守る。
遠くには虫取りに精を出すダリアと、元気に駆け回るアルデの姿が見える。
例のごとく怠慢の化身と化している部長が俺の腕の中でモソモソ動き、顔だけ動かしてつぶやいた。
『あの人たちなにー?』
『これから友達になる子達だよ』
正確にはナルハ君やマリー様のような立ち位置ではあるが、彼女に関しては俺と同職であるため、打ち解けるのにさほど時間は掛からないと推測できる。
風の町のストーリークエストを発生させるには、湖の近くで特訓する白い髪の少女と会話する必要がある――と、掲示板に載っていた。つまり、彼女が今回の鍵となる人物。
ざっくりとした説明しか見なかったものの、彼女が俺と同じ《召喚士》である事は既に把握済みである。
魔法訓練から連携までを一通りこなし、少女が一息ついたタイミングを見計らい、俺は部長と共に彼女の方へと歩み寄る。
接近する俺たちにいち早く気付いた白虎が、威嚇するようにグルルと喉を鳴らした。
「こんにちは。今のは戦闘訓練かな?」
害はないぞと笑顔たっぷりに言い寄る俺に、白髪の少女は口を尖らせながら答えてみせる。
「……誰?」
「俺の名前はダイキ。君と同じ、召喚士をやってる者だよ。この子は召喚獣の部長で、あっちにいるのがダリアとアルデ」
『よろしくー』
目をパチクリさせながら挨拶する部長と、遠くでこちらに手を振るダリアとアルデ。
白髪の少女は俺が同職であることを知り少しだけ顔を綻ばせたが、再び元の仏頂面へと表情を戻し、腕組みをした状態で視線を逸らす。
「……私は《タリス》。ランクAの冒険者を目指してる召喚士だ。この子は白虎族のレヴィ」
白髪の少女――タリスちゃんは、見た目からナルハ君と同じくらいの歳だと推測できる。第一印象は、気の強そうな女の子だ。
傍で彼女を守るようにこちらを威嚇する白虎のレヴィは、中型犬程度の大きさながら、纏う雰囲気は一端の狩る者。キングや金太郎丸と同じ、物理攻撃役だろうか。
素直な性格のナルハ君や、いい意味で真っ直ぐな性格のマリー様は例外として、未だ警戒心たっぷりにこちらを観察するタリスちゃんの反応こそ自然と言えるだろう。
俺たちと一定の距離を保ったまま、じっと見つめるタリスちゃんが口を開く。
「それで、何の用? 私はこの後、リザード族を狩りに行かなければならない。手伝ってくれるっていうなら、話は別だけど」
彼女が言い放つと同時に、俺の目の前に半透明のプレートが出現する。
冷めた反応とは裏腹に、クエストの発生条件はしっかり満たせたようだ。
【ストーリークエスト:リザード族討伐依頼】推奨Lv.30
風の町ギルド期待の新人である召喚士タリスは、町付近に住み着いたリザード族の討伐任務を受ける。彼女が貪欲に力を欲する理由。そして、リザード族異常発生の原因とは……?
リザード族の討伐[0/30]
獲得:経験値[3191]
獲得:G[10400]
クエスト内容を確認する俺を他所に、タリスちゃんはレヴィを連れスタスタと町の外に向け歩き出していた。
俺たちも彼女を見失わないよう、遊んでいたダリアとアルデを呼び寄せ後を追う。
彼女という存在が今後この世界の物語にどう絡んでくるのか、しっかり見届けていこう。
*****
町を抜け、温風の通り道へとたどり着いた俺たちは、引き続きタリスちゃん達の後を追う形でのんびり歩いていた。
タリスちゃんのレベルは《14》であるため、洞窟に出現するハイ・リザードを倒すのは難しい。
先行くタリスちゃん達の足取りからしても、更に奥の《灼熱洞窟》までは進まないと考えられる。
自分の能力を過信しているわけではなさそうだ――
しばらく歩いていると、湖沿いの岩場で焚き火を囲い、動物の丸焼きを堪能しているリザード族の群れを発見した。
楽しそうな雰囲気をぶち壊すのはちょっとだけ気がひけるものの、相手はモンスター。情けは無用である。
ダリアとアルデを下へと降ろし、ダリアの頭の上に部長を“ボスン!”と降ろす。
なにやら不服そうな目でこちらを見ているダリアをスルーしつつ、タリスちゃん達にも聞こえるように指示を飛ばしていく。
「ダリアと部長はタリスちゃん達の援護にあたってくれ。俺とアルデが遊撃手として出よう」
視界共有をダリアと繋ぎ右下に出したメニュー画面を操作、アルデに剣王の大剣を装備させ、自分も戦闘態勢に移る。
タリスちゃんは俺たちの動きを観察するようにしばらく成り行きを見守っていたが、自分達も戦闘に意識を向けるべきだと判断したらしく、杖を構えた。
傍でタリスちゃんの指示を待っていたレヴィは、気合いを入れるように低い唸り声を鳴らし、リザード達を真っ直ぐに捉えている。
――参考までに、彼女達の戦い方も見ておこう。
全員の準備が整ったのを見計らい、先陣を切るようにして一気に駆ける。
右の視界に映る俺の後ろ姿と、それに続くアルデ。その後、コンマ数秒遅れてタリスちゃん達が動き出すのが見えた。
ものの数秒で集団の元へとたどり着いた俺は、固まっている十数体のリザード族に向け、素早く技を叩き込む!
「『大剣山』!」
明らかな奇襲――リザード族の大半が、これに反応できなかった。
地面から生えた何本もの剣先によって計6体のリザード族が貫かれ、一瞬の間に砕け散る。
なんとか避けた他のリザード族は遅れながら各々の武器を構え始めたものの、既に後続組の攻撃は始まっている。
『やぁっ!』
可愛い掛け声とは裏腹に、その威力は俺の技の比ではない。
続くアルデの一振りにより、4体のリザード族が塵と化す。
残るリザード族は3体。とりあえず、追いついたタリスちゃん達に任せてみようか。
武器を片手にこちらへ向かってくるリザード族に、タリスちゃんが杖を振るう。
「『火炎弾!』」
燃え盛る球体が先頭を行くリザード族に当たって弾け、ダメージを与えることに成功する――が、火山内部の洞窟を根城とするリザード族には、恐らく火属性は効果が薄い。
けれども少なからず隙を生み出す事には成功しており、陣形を崩した3体のリザード族にすかさずレヴィが飛び掛る。
「『火炎弾』! 『火炎弾』! 『火炎弾』!」
たとえ弱点属性ではなくとも、ダメージはしっかり蓄積される。
焦ったような表情を見せるタリスちゃんが続け様に魔法を放ち、レヴィが深傷を負わせたリザード族から順々に消滅させていき――最後のリザード族にレヴィがトドメを刺し、誰も傷を負うことなく戦闘が終了する。
十分な戦績ではあったが、タリスちゃん自身は内容に納得いっていないのか、少しだけ悔しそうに唇を噛んでいるのが見えた。
「あの……」
しばらく沈黙していたタリスちゃんがこちらへと振り返り、さも言いづらそうに細く呟く。
「ん?」
「あの、付いてきてくれて……ありがとう」
町中での無愛想な態度とは打って変わり、まるで親にお菓子を買ってもらった少女のような可愛らしい反応をみせた。
突然の感謝の言葉に戸惑う俺に、タリスちゃんは目を泳がせながら言葉を続ける。
「し、正直私とレヴィだけでは、この任務は荷が重かった」