英雄の孫
英雄の子孫。
少年は自らを、そう名乗った。
――が、聞き手である俺は、先ほど初めてゲーム内シナリオの鍵となる伝説の昔話を聞いたくらいである。
約一月近くこのゲームで遊んでいるにも拘らず、この世界の事情に詳しくない。故に、満を持したこのカミングアウトに対し、今回がストーリークエスト初挑戦のトルダはもちろん、俺のリアクションも薄かったに違いない。
今までクエストを積極的にこなさなかった過去の自分を恨みつつ、少しだけ考察してみる。
世界の人々に語り継がれる偉業の数々と、石像まで作られる程に慕われた人物たち……それらの才能を見出し共に戦った英雄の孫が、何故一人で物騒な依頼など受けようとしていたのだろう。
名誉が=地位であるとするならば、彼の一族には公爵とまではいかないまでも、伯爵くらいの爵位が貰えそうなものだ。そもそも、その時の王は同じ英雄であるエルヴァンスであるからどうとでもなりそうなものだが……
「なぜ、英雄の孫が危険なクエストを受けていたのか理解できない――って顔をしてますね」
俺の脳内を読み取ったような察しの良さで、ナルハ君は無邪気な笑みを見せた。
彼の反応を見るに、思ったほど繊細な部分ではないらしい。聞き辛そうにしているトルダに代わり、俺がその理由を問う。
ナルハ君は胸に光るペンダントを大切そうに握りながら、思い出すかのように語り出した。
「僕が冒険者になったのは、単純なお金稼ぎ目的でした。僕の家は一般的な家庭より少しだけ裕福でしたが、稼ぎ頭の父が怪我をして冒険者を引退。母は病気で元々体が弱く、薬代も安くありません……後々の事を考えても、僕が家族を支える必要がある――と、決意を固めるのにそう時間は掛かりませんでした」
12かそこらの少年がするには、あまりにも大きすぎる決意。
たとえ、薬草を摘んでくる簡単な仕事だけだとしても、フィールドに出れば獰猛なモンスターが蔓延っている。俺が彼の親ならば、危険が伴う冒険者を志す彼をどうにかして止めるだろう。きっと、ご両親もそうだったに違いない。
「もちろん、両親からの反発もありましたが――我ながら僕は頑固なんだと思います。もう決めてしまった事だったので、曲げるわけにはいかないな、と」
「確かにそれは頑固息子だな」
「思えば僕の父――いや、英雄だった祖父の血が、僕をこうさせたのかもしれませんね。その祖父に護られていたのか否か、簡単な依頼にも慣れ、怪我もなく、やっとの思いで昨日ランクを上げる事ができたんです」
俺の返しに、苦笑を見せるナルハ君。
ランクがEになったのは、つい昨日の事だったらしい。
心配するような表情で『ナルハ……』と彼の手を握るアルデに対し、言葉は通じなくとも気持ちが伝わったのか、ナルハ君は優しく「大丈夫」と微笑んでいる。
「……おじいさんの話を聞いたのも、昨日ってわけか」
「はい」
彼が危険を顧みずここに来てしまった理由をなんとなく察したのか、トルダはローランド像に視線を向けながら、ポツリと呟いた。
「父も血は争えないと感じたんでしょうね……昨日の晩、話してくれました。ローランド様の話は伝説としてよく知っていましたが、まさか僕の祖父だとは――恥ずかしながら、絵や像を見る機会も無く、顔を拝見した事もなかったもので」
「居ても立っても居られず、像があるこの場所に来るためギルドの依頼を受けたって事か……ナルハ君、帰ったらご両親にちゃんと謝るんだよ?」
「はい……」
年の割に達観していると思っていたが――なるほど、彼の無鉄砲さや危うさに関しては年相応であると分かる。
ナルハ君をじっと見つめていたダリアは、俺の顔を見上げるように視線を移し『あの子 よわよわ』と、なんとも辛口な評価を下した。
「ナルハ君、自分のおじいさんの姿を目にしておきたかったのは分かるけど、君は今や家族の大黒柱なんだよ? 無茶して怪我したら、誰がお父さんやお母さんを助けるの?」
「ごめんなさい……」
俺の一言で終わりになると思ったが、今度はトルダが彼に説教を開始していた。
彼女の頭の上で、この状況をのんびり眺めていた部長は『おこられてるー』と、冷やかすような野次を飛ばして楽しんでいるのが見える。
年相応の危うさを持っているのは仕方のない事かもしれないが、死が身近なこの世界だからなおさら、大人たちが言葉で行動で彼ら子供達を守っていかなければならない。
*****
色々あったが今回の目標は遺跡を見る事ではなく、遺跡付近に住み着いた《ナットウルフ》10匹の討伐だ。これを達成しない事にはギルドの依頼も――そしてストーリークエストも、進まない。
パーティの陣形はナルハ君とアルデが攻撃役、俺はナルハ君を守護する事を第一優先事項とし盾を深めに構えて盾役の形へ、そして後衛をダリアとトルダが固めている。部長にも、ナルハ君への回復を優先的に行ってもらうようお願いしておき、皆、武器を構えながら遺跡付近を散策していく。
「ダイキ。北西方向ウルフが二匹攻撃態勢、北にウルフが一匹、北の子はまだ気付いてない!」
「確認。位置的に俺が一番動きやすいから任せてほしい、トルダは北の奴を頼んだ。ダリアは討ち漏らした時だけカバー頼む。基本は周囲の警戒」
緑色の光を片目に宿したトルダが敵の正確な位置や状況をパーティに報告。対応策を練り、俺がそれを短めに皆に伝える。
北西のナットウルフ二匹の方へ視線を移せば、こちらへ駆けてくる姿を確認できる程度の距離まで来ていることが分かる。抜刀していた剣を構え、飛び込んできた二匹を斬り伏せた。
流石はレベル差のある場所――といった所か、ナットウルフのレベルは個体差はあれどせいぜい13程度。とりあえず、レベル約40の敵ではない。
それでも駆け出し冒険者たるナルハ君には俺が熟練の凄腕冒険者に見えたようで、二匹の狼を一撃で倒した俺に尊敬するような眼差しを送ってきている。
「そ、それ……ローランド様の剣ですか?!」
「剣? ああ、剣か、剣ね。これは形を真似した、いわゆる模造刀だよ」
技ではなく、剣への眼差しだったらしい。
アルデの武器替え用に開いていたメニュー画面を操作し、自身の武器である《ローランド・ソード》をタップした。
【ローランド・ソード】
八人の偉大な英雄が、この世に二度目の平和をもたらした記念に製作されたという貴重な武器の一つ。人族の英雄ローランドが愛用していた武器を模して作られたこの剣は、彼の剣がそうだったように、竜殺しの力が宿る。
ランク:S
筋力+115
竜殺し(大)
分類:片手剣
娯楽の町にてダリアが当ててくれた、レア度の高い片手剣。その時は特に気にしていなかったものの、模造品ではあるが、確かにローランド像が掲げていた武器に似た形だという事が分かる。
偽物とはいえかなりの性能である。孫にあたる彼が「欲しい!」と懇願してきたらどうしようかと一瞬考えてしまったが、ナルハ君はその辺もしっかり弁えているようだ。
「竜殺し、か」
この剣に《竜殺し》という能力が付いているという事は――当然ながら、本物にも竜殺しという能力が備わっていると考えられる。
竜殺しという名前から連想されるのは、竜を倒した勲章だとか、竜の素材を使って鍛えられた剣だとか、そんな感じである。
俺のつぶやきが聞こえたのか、ナルハ君は少し得意げに、祖父の事を語ってみせた。
「ローランド様には、王都を滅ぼさんと幻界より降り立った黒き巨竜と対峙し見事討ち取ったという伝説もあります。竜の体を貫いたその時に、竜を殺す力が宿ったと言い伝えられてます」
「なるほど」
ナルハ君の博識っぷりが凄いのか、それともこの知識が世界では当たり前の事なのか分からないが、竜殺しの力が宿った経緯は理解できた。
同時に――歯車が合うように、ダリアの主張と自分の曖昧な記憶が、ナルハ君の話によって一致することになる。
『ダリア、ごめん。遅れながら気付いたよ。ダリアの言葉は正しかった』
『わかれば よろしい』
後ろに控えていたダリアに頭をさげると、彼女は少しだけ機嫌を良くしたように、ふんぞり返ってみせたのだった。
ダリアと俺だけが会っているという事は、部長を召喚するより前の出来事を指している。
それまでの冒険のうち、穴の中に潜ったのは一度だけ――イベントダンジョンである《巨大迷宮インフィニティ・ラビリンス》を指している。
そして、ナルハ君の言う黒き巨竜が、ボスとして出現したブラック・ドラゴンの事を指しているのだとすれば、全ての辻褄が合う。
ドラゴン封印の際に見たあの人型の光は――確かにドラゴンの体に、剣のようなものを突き立てていた。
負傷したダリアの事で頭の中が支配されていたため人型をじっくり観察する事が出来なかった……なんて無粋な言い訳を飲み込む。
負傷しながらも、ダリアは後のイベントに繋がる光景をしっかり覚えていたのだから。博識なナルハ君も優秀だが、うちの子も負けないくらい優秀だ。
せめてものお詫びだとダリアを抱き上げ高い高いをして回る俺を、部長を乗せたトルダが無言で置いていったのはまた別の話である。
*****
推奨レベル30の割に敵は平均レベル14のナットウルフしか出現せず、クエストの定番であるイレギュラー的ボスが出る事もなく依頼をこなした俺たちは、冒険の町へと戻ってきていた。
冒険者ギルド内に設置されたボックス席へと腰を下ろし、受付で報酬を得るナルハ君の後ろ姿を観察しながら、胸に抱く部長と戯れているトルダと雑談を交わす。
俺の両隣に座るダリアとアルデが、注文したジュースを一生懸命に飲んでいる。
「これが本当に最初のストーリークエストの一段階目だな。こっから、各町へと振り回されつつ世界を知っていくのがプレイヤーの目的。因みに、この後はどうする?」
この情報は掲示板からの受け売りだが、Frontier Worldの物語の発進場所が、今回のナルハ君のストーリークエスト。そこから様々なストーリーへと散らばった後、物語が収束するのが流れのようだ。
俺は今回とは別に、砂の町のラルフ君のクエストを一段階、王都のマリー様のクエストを受注、そして草の町のクエストを受注した状態にある。時系列はバラバラになるが、どこから始めても問題はないらしい。
「部長ちゃんと遊びたいだけの目的で付いてきたけど、ストーリーもなかなか面白いね。また機会が合えば参加したいな」
「進行度が一緒――ていうのが前提だけどな。ともかく、了解。部長も、今日はトルダに可愛がってもらって良かったな」
『んー、頭の上は乗り心地良いけど、こっちはそんなに良くなーい。でもトルダは好きー』
「ねえ! なんて?! なんて?!」
もはや、今俺が部長と会話した事を察する事ができるようになっているトルダが、今日の自分に対する部長の評価を食い気味に聞いてくる。
俺の解釈が合っていれば――部長の物言いは大変失礼である事が分かる。今回も安定の、お茶を濁す作戦でいこう。
隣で自分の胸部分に手を当てトルダに悲しみの視線を送るダリアを隠すように身を乗り出し、部長の言葉を改ざんしつつ伝え、あわや戦場と化す危機的場面を切り抜けた。
「ほんと?! うれしいっ! ほんと可愛い部長ちゃん!」
『固いー』
部長、やめてくれ。
その後ギルド内では、部長に体を密着させ溺愛するトルダの悶える声と、押し付けられた慎ましいナニカに悲しい評価を下す部長と、ヒヤヒヤしながら通訳する俺と、二人がジュースを啜る音と、放置されたナルハ君が「あの……」と、声を掛けづらそうに狼狽えるという状況が繰り広げられるのだった。
*****
《完了》
【ストーリークエスト:伝説の英雄たち】推奨Lv.30
英雄に憧れる少年、ナルハは八英雄が祀られている遺跡付近に出現した魔物の退治依頼を受ける。彼が危険の伴う仕事を選んでまで行きたかった《英雄遺跡》とは……?
ナットウルフの討伐[10/10]
報酬:経験値[2701]
《出現》
【ストーリークエスト:リザード族の母】推奨Lv.35
成長したナルハは旅先でとある事件に巻き込まれる。町を襲う異常な事態とは……?
※現在受注不可※
《風の町》ストーリークエストを二段階進めている必要がある
灼熱のクィーンリザードの討伐[0/1]
報酬:経験値[12744]
報酬:G[20000]