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英雄遺跡

 

 ナルハ君の後に続き、冒険の町を抜け、北ナット林道に出る。

 道なりに真っ直ぐ進めば、林道のフィールトボスであるデス・カブトムシが住む巨大な木に辿り着くのだが……ナルハ君は正規ルートから逸れ、獣道にも近い道をひたすら突き進んでいく。


「よし!」


 道中に遭遇(エンカウント)する魔物に関しては、弓を構え臨戦態勢を取っているトルダが索敵範囲内に入った個体から撃ち抜いているため、戦闘らしい戦闘には進展していない。

 パーティのLPを表す右下のバーの並びに、同様のバーと名前で《ナルハ》とあり、クエスト内容には載っていないものの、この少年を護衛するという意味も含まれている事を察した。

 三姉妹にオヤツとして魔石を与えつつ、前行くナルハ君に向け世間話でもと思い、口を切る。


「ナルハ君は、どうしてこの依頼を受けようと思ったの? ギルドの人に聞いたけど、討伐系の依頼はランクD以上ないと厳しいって話じゃない?」


 ゲーム内に元々存在する冒険者ギルドはいわゆる何でも屋であり、そこに属する《冒険者》は自分の身の丈に合った依頼を受け、こなし、ランクを上げていく必要がある。

 ナルハ君の現在のランクは《E》と言っていたが、これは下から数えて二つ目に低いランクだ。当然、難しい依頼や危険な依頼を受けるには相応のランクが必要であるから、その埋め合わせ的な意味での同伴者(俺たち)だと推測できる。

 類い稀な才能を保持する異人(俺たち)はこの世界の人に一目置かれる存在であるから、特別に許可が下りたのかもしれない。

 そんな強引な手段を使ってまで受けた依頼。その理由が知りたかった。


「……遺跡に着いたらお話しします」


 しばらくの沈黙の後、意味深にそう呟いたナルハ君は心なしかペースを上げ、どんどんと林の奥へ奥へと進んでいった。


「道中の敵は全部弱いから、私でも一撃で仕留められるし問題ないけど……ナルハ君のレベル見た? 8だよ? 8」


「ナット林道の適正ギリギリってのは、確かに無謀だよなあ。元々、俺たちが参加せずとも一人で行くつもりだったみたいだし」


 特に消耗している様子はないものの、心配するような口調で、トルダは先行くナルハ君に視線を向けた。

 色々と事情があるみたいだが、レベル8程度の少年がこなせるような依頼ではない。ますます、その事情の部分が気になるところだが……


『拙者、あの子の護衛に行ってくる!』


「おお、アルデ、ありがとな」


 危なっかしいナルハ君の身を案じ、たまらず飛び出したアルデに、オルさんから頂いた《英雄のスパイラル・ランス》を装備させた。

 狭い道であるから大剣や大槌を振り回すのは窮屈であるし、こういう場面は突き攻撃が有効だろう。

 タタタターッ! っと、元気に駆けていくアルデの背中を見送りながら、最後尾で警戒するトルダへと声をかける。


「ナルハ君にはアルデが付いたから心配はいらない。俺たちも移動に専念して、見失わないように急ごう」


「わかった」


 トルダは右手に持っていた弓を、まるで刀の血を払う侍の如く振る――と、それがトリガーとなっていたのか、機械仕掛けの和弓が音を立てながら折りたたまれていき、拳銃のような形に変形した。

 太ももに括り付けられたホルスターにそれを仕舞う様はガンマンさながらで、思わず一連の流れに見入ってしまう。


「なんていうか、すごい武器だな。自分で作ったのか?」


「かっこいいでしょ? これはオークションで売られてたプレイヤーメイド品。名前は確か……ビー……なんちゃら」


 忘れちゃった。と、無邪気に笑うトルダに苦笑しつつ、改めてナルハ君とアルデを追う。

 既に林道から見える景色が変化しつつあり、所々に、石でできた人工物の破片が苔に包まれ地面に埋まっているのが見える。


 目的地の遺跡は近い。



*****



 英雄遺跡に着いた俺たちは、目の前に広がる圧巻の光景に言葉を失っていた。

 外観はエジプトにあるアブシンベル神殿に近いと表現すれば、分かりやすいかもしれない。

 中央にそびえる石の建造物と、それに続く道の脇に立つ巨大な八体の石像が、各々の武器を構え、佇んでいた。

 林道の奥という辺鄙(へんぴ)な場所に建っているにも関わらず、保存状態は極めて良い。石像に至っては、過去に対峙したストーンゴーレムに似た威圧感を放っており、何かのタイミングで全員が動き出してきそうな恐怖すら覚える。


「ここが、英雄遺跡……」


『お城?』


 お城じゃないかな――と、小首を傾げて聞いてくるダリアに言葉を返し、前に立つナルハ君へと視線を向ける。


 彼は正面にある石像へと体を向け、下唇をギュッと結び、顔にあたる部分から視線を外さない。

 釣られて俺もそちらへと視線を移すと、そこには長剣を掲げ左手に盾を装備した、屈強な男の像があった。

 不思議と、何処かで見たような懐かしさを覚えている俺の耳に何かを啜るような音が届く。


 ――彼は、泣いていた。



「この人が……僕の……」



 しばらく石像の前で涙を流したナルハ君はゴシゴシと乱暴に涙と鼻水を袖で拭き、俺たちの前でぎこちなく笑ってみせる。


「ありがとうございました。もう、大丈夫です」


 ナルハ君の手を心配そうに握り、彼の顔を見上げるアルデが困ったように俺へと視線を向けてくる――が、こればっかりは事情が分からないためうまいフォローが見つからない。


「ナルハ君。ここがどんな場所なのか、教えてくれる?」


 落ち着いてきた彼に優しく言ってみせたのは、トルダだった。

 ナルハ君は少しだけ俯いた後、近くにあった石の塊へと腰をかけ、そして語りだす。


 ――Frontier Worldで語り継がれる、伝説の昔話。


 魔族と戦った最初の英雄達と、永きに渡る戦いを終わらせ世界に平和をもたらした二代目の英雄達。彼らの活躍があったからこそ、今の町があり、王都がある。

 嬉しそうに語るナルハ君はおもむろに立ち上がると、遺跡へと続く道に立つ、八体の石像へと視線を向けた。


「この場所は、二代目の英雄達が祀られた神聖な遺跡です――彼等が活躍したのは100年前なのに、遺跡と言われるのも変な話しですよね」


 そう言い、ナルハ君は一番手前に立つ石像を指差した。

 両手で杖を構える美しい女性の像。ヒレのように発達した耳と、魚のような下半身が特徴的だ。


「八英雄の一人――舞姫エリローゼ様。水の町で生まれた魚人族の彼女は、得意とする水属性魔法や結界魔法により幾度となく英雄達を助け、世界平和に貢献したとされています」


 石像ではあるが、魅惑的なその表情にしばらく見惚れていると、ダリアが不機嫌そうな口調で『見すぎ』と頬をつついてきた。

 そんな俺たちに、トルダが苦笑を浮かべている。


「こちらは八英雄の一人――剣王ノクス様。石の町にあるコロシアムでは生涯無敗、最強の剣闘士(グラディエーター)と呼ばれ、大戦時には多くの戦功をあげ、王都の勝利に貢献したとされています」


『あ! これ、拙者の剣と同じやつ!』


 剣王ノクスといえば、以前マイヤさん達と共に攻略した《剣王の墓》のレイドボス。その時に見た彼の姿と全く同じに作られている石像は、彼のシンボルたる大剣を掲げていた。

 不思議そうに石像と俺と見比べるアルデに『アルデの剣はこの人から貰ったんだよ』と伝え、それに感動したアルデは『ありがとう! 大切に使ってるぞ!』と、笑顔でノクスに手を振ってみせた。


 腕を組みながらノクス像を眺めていたトルダが、ポツリと呟く。


「どことなく、ハローさんに似てるね」


「どっちも筋肉枠だからな……石像の迫力もなかなかだけど、本物は更に威圧感が増すぞ」


 見た目のツワモノ感も去る事ながら、実際、彼はとんでもなく強かった。

 トッププレイヤーたるマイヤさんが居たにも拘らず、討伐するまでに相当な時間が掛かったと記憶している。

 何故、100年前の英雄たる彼が墓から蘇り、俺たちと戦闘になったのか分からないが――これらの疑問点もストーリーを進めていく間に解消されていくと期待しておこう。


「この方は鍛治王オーガン様。火の町では今でも鍛治技術が受け継がれているほどに、職人としての腕は他のドワーフ族と一線を画しており、他の英雄達を陰で支え続けた功労者ともいわれてます」


 ノクスの隣で槌を掲げるのは、ガタイの良い小さな男性の石像。

 たっぷりと蓄えられた髭とその背丈。その特徴的すぎる特徴は、ナルハ君の説明にあった《ドワーフ族》という種族にピタリと一致する。

 確かに、トルダと共に開放した火の町では、多くのドワーフ族が暮らしていたな。

 鍛治技術という話だから、戦闘職である俺たちよりも生産職であるオルさん達に関係してくる英雄なのかもしれない。


「麗しの姫ウェアレス様。エリローゼ様と共に、魔物から各地の町を守るため、強力な結界を張り巡ったとされる偉大な魔法使いです。他のエルフ族の例に漏れず、突出した美貌の持ち主であったと言われています」


「か、かわいい」


 ナルハ君の説明を聞いているのかいないのか、ウェアレス像の前に立つトルダは容姿に関する感想を漏らし、大袈裟によろめいてみせた。

 先の紹介にあった舞姫エリローゼは美しい女性であり、この麗しの姫ウェアレスは可愛い顔をした女性であった。


 ――ともあれ


「そういえばウェアレスって名前、確かどこかで……」


 この世界の英雄様であるのだから、町中、掲示板、その他あらゆる場面で聞く機会がありそうだし、聞き覚えがあるのも当然といえば当然だが……


『ひこうせん 名前』


「ああ、飛行船! そうだったな」


 しっかりしろ――と言いたげな顔で、ダリアが疑問の答えを口にする。

 そう言われてみれば、娯楽の町へ行くための手段として利用した飛行船の名前が《エルスターク・ウェアレス2号》だったな。


「よくご存知で。確かに、飛行船を発明したかの有名なW・ステルベン氏は、ウェアレス様の大ファンだったと聞きます。100年経った現在(いま)でも英雄方が慕われ続けているという、良い例ですね」


「なるほど」


 思えば過去、風の町や草の町でのクエストの流れで、彼女達の名前を何度か聞いている。意識していなかっただけで、ここにいる英雄達を知る機会は頻繁に用意されていたのかもしれない。


 続いて、ナルハ君はその隣に立つ女性の像へと視線を移す。

 片手の杖を掲げ、肩に妖精族を乗せている。


「三人いる女性の英雄最後の一人――癒しの姫レノーラス様。魔力の操作に長け、彼女が扱う癒しの魔法は万の命を救ったとされています。二代目の英雄様達では唯一、存命であると聞いています」


「ご長命な方なんだね」


 詳しい内容はまだ分からないものの、優秀な回復役(ヒーラー)として人々の命を救えるだけの腕を持ち、活躍し、英雄と呼ばれてから100年経つ今でも存命となれば、相当な長命と言えるだろう。

 トルダの言葉にナルハ君は少しだけ笑みを浮かべ「レノーラス様は精霊族なので、寿命は人のソレとは違うんです」と答えてみせた。


 なるほど、そういう設定もあるのか――と、運営の芸の細かさに感心する。

 長命の種族と言われれば、ファンタジーではお馴染みのエルフ族が挙げられる――レノーラスだけ(・・)存命となれば、エルフ族であるウェアレスを含む他の七人は戦いの末……という考えも浮かぶ。

 日本とは違う、決して安全とは言えない世界。魔物に襲われたり、病気等もあるだろう。

 俺たち(異人)はゲームシステム的に、存在が死ぬ事はないが、NPC達はその限りではない。


 身近に死があるのだ。


 思考する俺を待たずして、ナルハ君は続く男性の像へと視線を向ける。


「この方は拳王バルストス様。戦場で一騎当千の力を振るった武術の達人と言われています。砂の町は一時期、彼の力によって平和が保たれていました。拳を振るえば岩が砕け、脚を落とせば大地が割れる……ノクス様同様、大戦時に大きな成果を上げ、平和に貢献した方です」


 唯一、武器を持たず腕を組むようにして立っている男性の像。額にある傷と、熊のような大きな体。

 確かに、この体から放たれる拳や脚が途方もない威力を孕んでいる事は容易に想像がつく。

 そして、あれほど荒れた砂の町を力で平和にしていたという部分――不器用ながらも、優しい心を持つ人物だったのだろうか。


 そして……残る二体の石像の前へと足を進めていく。


「初王エルヴァンス・ロウ・ダナゴン一世様。誰もが知る名前とは思いますが、彼は現国王であるエルヴァンス・ロウ・ダナゴン二世様の父――そして二代目の英雄達をまとめ上げた軍師だったと聞きます」


 立派な槍を掲げ、その身に鎧をまとった壮年の戦士……その顔は、トーナメントで見た、国王によく似ていた。

 彼の足元には槌、双剣、弓、斧など、実に様々な武器が置かれ、気になった俺はナルハ君に質問した。


「彼の足元の武器達は……」


「エルヴァンス様はあらゆる武器の使い手でもあり、他の英雄達を一人で鍛えた凄い人物だったんです。中でも、彼が手にしているのは、国宝とされている《覇槍・イヴァンガル》で、一度振るえば竜をも倒す威力だったと言い伝えられています」


 一人で他の英雄を鍛えたという逸話はもちろん、ナルハ君の博識さにも驚きつつ、俺たちは最後の英雄像へと視線を向けた。


「……」


『あ この人』


「知ってるのか? ダリア」


 沈黙するナルハ君より先に言葉を発したのは、大人しく抱かれているダリアだった。


『ダイキ 会ったこと あるよ』


 ダリアの口調はいたって真面目で、とてもからかっているようには聞こえない。

 確かに遺跡に着いた時、この石像にどこか既視感めいたものを感じたのは事実だ。

 しかし、先ほどナルハ君から説明があったように、精霊族で長命のレノーラス以外の英雄は、既にこの世に居ないはずである。

 ナルハ君の情報が間違っているという考えもあるが、ダリアの見間違いという可能性もある。


『部長、アルデ、この人に見覚えは?』


『ないよー』

『初めて見る人だぞ』


『当たり前 まだ二人がいない時 だから』


 俺の問いに即答する部長とアルデ。そして、再び意味深な発言をしたダリア。

 部長が召喚されるより前――つまり俺とダリアの二人で冒険していた時に、彼と会っている……という事だろうか?


「どうしたの?」


「ああ、ダリアがこの人に会った事があるって言うからさ」


 心配した様子で俺の顔を覗き込むトルダに事情を説明すると、彼女より先に反応してみせたのは、先ほどまで沈黙していたナルハ君だった。


「ど、どこで会ったんですか?!」


『あなのなか』


「え、ええと……穴の中とか言ってるみたいだけど。もしかしたら、見間違いかもしれないから」


 ダリアの言葉を代弁してみるも、詰め寄ってくる彼の圧に押され、咄嗟にお茶を濁してしまった。

 ダリアを信じないわけではないが、昔死んでしまった人に会ったという方が不自然だ。


 剣王の墓で会ったノクスは、魂から肉体を構築させた存在だとマイヤさんが言っていた。

 そういう意味では彼もまた、この世に体を具現化できる力を持っているのかもしれないが、少なくともボスとして戦ったりはしていない。


 しばらく怖い顔で俺に詰め寄っていたナルハ君だったが、徐々に冷静さを取り戻していき、一度深呼吸した後、最後の英雄像へと視線を移した。


「そして、彼が戦王ローランド様。別々の町で別々の人生を歩んでいた他の英雄達を集め、当時無名の戦士だったエルヴァンス王に頭を下げて教えを請い、結果として世界に平和をもたらした人物だと言われています」


 左手に盾を持ち、右手の剣を掲げる青年剣士。後頭部に垂れる短めのポニーテールも相まって、目の前に立つナルハ君にどことなく雰囲気が似ているようにも思えるが……


「どうしてナルハ君は、さっきこの人の前で泣いちゃったのかな? この人との間に、何か、あったの?」


 すかさず、トルダがナルハ君に話を振り、俺はそれに耳を傾ける。

 ナルハ君はローランド像を目に焼き付けるかのごとく見つめた後、ぎこちない笑顔で答えてみせた。



「この人は――僕の祖父なんです」

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