不穏な予感
――何度目かも分からない再生開始ボタンを押す俺の肩を、分厚い職人の手が包み込む。高ぶる気持ちをぶつけるように手の主へと視線を向けると、困ったような顔でオルさんが「できたぜ」と、控えめに手を上げた。
「え、ああ。すみません。ちょっと見入ってしまってたみたいです」
「おいおい、ちょっとどころじゃねーぞ。かれこれ20分くらいはそこで怖い顔してたからな」
申し訳なさを全面に出して謝る俺に、呆れたようにため息を吐きつつ頭を掻くオルさん。
20分も……三姉妹も誰も言葉を発しなかった所為か、誰に止められる事もなく、俺は三試合目の動画を延々と再生し続けていたらしい。
試合の内容よりも海外代表の召喚士、そして彼の召喚獣に関して言い表せない“異様さ”を感じていた。
――同じ種族、フォルム、動き、技
彼らのパーティには、無くてはならない重要な“要素”が、見当たらなかったのだ。
「ダイキが沈黙している間に、俺もお前が観ているであろう試合と、それに関する掲示板でのコメントを確認してみたが――この男、同職であるダイキ達には少し常識外れなプレイヤーだったようだな」
試合の展開は無駄がなく、非常に効率化されバランスも完璧。隙の少ない陣形や、そのどれもが一級品であることは素人の俺から見てもよく分かる。
大きなレベル差はあれど、日本最強のパーティを一方的に負かした相手だ。実力は文句なしと言えるだろう。
だけど――
「召喚獣の名前が《A、B、C、D、E》……まるで番号を振っているような……」
しばらく呆然としていた俺を心配そうに見上げてくる三人に気付き「ごめん」と頭を撫でる。
試合観戦中、一言も言葉を発しなかった三姉妹は、恐らく俺以上にこの惨状へショックを受けていると考えられる。別の種族だとしても、同じ召喚獣だ。
ふと、試合画面の隣にメール受信のアイコンが点滅している事に気付き、一旦心を落ち着かせる目的も兼ねてそのメールを開く。
《ごめんなさい。私達が負けたせいで、この後良くない波が起こってしまう。負けるわけにはいかなかったのに》
それは、紋章ギルドのマスターであるアリスさんからの、謝罪のメールだった。
彼女達は、連日押し寄せる加入希望プレイヤーの対応等で忙しい中でも、この短期間でレベルを10近くも上げて挑んでくれた。そんな彼女達の努力を否定できる人間がどこに居ようか。
彼女はもちろん、銀灰さんだってダリア達とすごく仲良くしてくれる。きっと彼らは、俺が危惧するそれを阻止するべく、全力で戦ってくれたに違いない。
黙っている俺に対し、オルさんが言いづらそうに掲示板を見た結果を教えてくれる。
「掲示板ではさっそく、さっきの試合に出場していた召喚士が自身と召喚獣のスペックを晒して祭り状態……この結果がもたらす意味を、ダイキなら分かるよな?」
目をつむり、静かにメニュー画面を閉じたオルさんは腕を組みながら諭すように言い、それに対し俺は無言のまま、力なく頷くことしかできなかった。
アリスさんが謝った理由――それも、この後起こるであろう“変化”に対するもの。
日本最大ギルドの最強パーティを打ち負かしたのは、海外サーバーの召喚士。そして、その男性が晒したステータス。
「世界に、この子達と同じような召喚獣が沢山召喚されることになる」
簡単な事だった。
エキシビションマッチという、いわば世界戦にて証明された“団体戦の頂点を取った召喚士のレシピ”。それ通りに技能を取得し召喚獣を揃え、鍛えれば、彼と同じステージまで到達する事ができる。
すなわち――最強になれる。
「不遇だったはずの召喚士をのし上げた功労者のダイキだから特に分かるだろう。トーナメントで紋章のマスターが竜化して竜人族が増え、戦乙女が活躍して召喚士が増え……となれば順当に考えて、今回の目玉技能“命令術”、そして“機人族の召喚獣”が爆発的に増えるだろうな」
「命令術……」
掲示板を調べると、オルさんが言うように外国人召喚士が晒した自身のステータス等々が載っており、その中でも一際重要視されている技能《命令術》について語られていた。
【調教術の更に上、絶対服従の“命令”で使役する者を操る術。常に命令が必要なこの技能は、使役する召喚獣の種族を統一すると指示が飛ばしやすいため、様々な技能カスタマイズが可能な機人族との相性がいい】
彼が強かった理由は、これを見ればすぐに理解できるだろう。命令術によって召喚士の不安定要素が一つ、完全に克服されているのだから。
トーナメント団体戦決勝での花蓮さんと紋章ギルド一番隊の試合がいい例だろう。
全員がプレイヤーで構成されたパーティと、召喚獣と共に戦う召喚士。俺のような“戦闘中に召喚獣との会話が可能”な召喚士は例外だが、本来であれば一方通行な指示しか飛ばす事ができない。
会話ができない召喚士に関しては、状況に応じ咄嗟に技を変更させるのが難しく、緊急の指示を伝えるまでに時間を要する。戦闘において、その時間がたったの数秒間だったとしても、拮抗した試合の時には命取りだろう。
その点、命令術の“強制力”は状況など関係なく、最初から最後まで主の指示を伝え続けられるため隙が無い。ともあれ、これは“お願い”や“指示”の域を超えた、もはや《コントロール》に近い。
『この子達から――』
不意に、沈黙を守っていたダリアがポツリとつぶやく。
『この子達から なにも感じられない』
少し不気味なその物言いに、俺は思わずシンクロ越しに聞き返す。
『何も感じられないっていうのは一体……』
するとダリアは俺の方をジッと見つめ、表情を変えぬまま言葉を続けた。
ダリアの声から伝わってくる感情には、はっきりと“悲しみ”の色が篭っている。
『そこにあるはずの感情 喜びも 悲しみも 苦しみも なにも感じられない』
幸せじゃないけど、不幸でもない――と、一度、画面越しに映るロボットの軍団に目を向け、そして俯向くように言った。
隣に座る部長とアルデは、ダリアが代弁してくれたからなのか、未だに何も言葉を発しない。
幸せじゃないけど、不幸でもない
ロボット達は生まれた時から今まで、あの召喚士によって常に命令を受け続けているのだろう。だから、本人達にしてみれば、これが当たり前の事であるし、それを不幸とは思っていない……そう、ダリア達は感じたのかもしれない。
――けれど
「召喚獣の気持ちを大切にしてあげるのも、召喚士の仕事じゃないか……」
風の町に集まった皆は、すごく幸せそうだった。そこは確かに召喚士と召喚獣が楽しく過ごせる空間になっていたのだ。
不幸じゃないなんて言葉は、結果論に過ぎない。
ゲーム的に問題が無くとも、人道的に問題がある。
彼らにだって幸せになる権利はあるのだから。
*****
気持ちを改め、オルさんが作ってくれた装備品へと目を移す。現在の所持金が五万Gであるため本当にギリギリの所でやってくれたようだ……
店内に備えられた全身鏡の前に立ち、体を何度かひねりながら、自分の姿を確認する。隣で満足そうに頷くオルさんは「似合ってるじゃねえか」と評価し、装備の解説を加えてくれる。
「ダイキのステータスはかなり癖があるから、正直何の素材を選べばいいのか迷ったぞ。一応要求通り、器用と筋力に重きを置く素材を使いながら、一応魔力を上げる装備も混ぜておいた」
「そっか、魔力も大事だったな……ありがとうございます。なんだか騎士というか、勇者というか、格好いい外見になりましたね! 良い品をありがとうございます!」
鏡に映る自分の格好に多少の照れ臭さを感じつつ、それでも、非常にクオリティの高いその作品についつい見惚れていた。
前回までの防具が赤に統一された物だったのに対し、今回の統一色は“深緑”だ。
胸部部分が少し盛り上がった鎧は細かな模様が描かれており、下色の銀に折り重なるように緑の金属があしらわれている。
肩甲も同様の装飾が成されており、鎧との接し面に位置する部分には、狼のものだろうか? 艶のある白色の美しい毛が輝いていた。
分厚くゴツゴツとした手甲部分にも翼のような彫り物がされており、以前よりも“騎士”っぽさが増している。内側は鎖帷子になっているためか、武器を握っても問題なく振ることができた。
腰から下の鎧も、何かの革なのか、所々に伸縮性のある黒色の生地が使われているお陰で、歩く際に鎧が邪魔になる事は無さそうだ。
もっともインパクトがあったのは、背中から下へと伸びる深緑色の布――いわゆるマントだ。こちらも何かの模様が描かれており、非常にお洒落である。
額部分を覆うように、真ん中に狼の装飾がされた銀色のサークレットも相当格好良い。
「イメージとしては、魔法騎士って所だな。背中から垂れてる布が、魔法使いのローブっぽさを演出している。まあ……武器が長剣と盾じゃ騎士にしか見えないけどな」
「魔法といっても、普段使ってるのは召喚くらいなものですからね。ともあれ、着てみた感じも問題ないです。ありがとうございます!」
そうかそうかと上機嫌なオルさんは、続いて部長用の武器とアルデ用の補助武器を渡してくれた。
部長の武器は上品な白色の宝石が嵌め込まれた金の腕輪のような物で、これはマーシーさんがしてくれた時と同様に、カラーリングによって装備と同時に消えていく。
性能は以前の物とは比べるべくもなく高い。ダリア用の杖に負けず劣らずの数値を出していた。
『オルありがとねー』
「こらこら、さんを付けなさい」
「……俺、部長ちゃんに呼び捨てにされてるのか……まあ、それもアリだな」
またまた、シンクロではなく口から言葉が出てしまった事に気付くも、オルさんが寧ろ嬉しそうに頷いていたため、特に謝罪せずに続くアルデの武器へと視線を移す。
『槍っていうのか? なんか細長くて折れちゃいそうだが……』
『それは叩くんじゃなくて“突いて”使う武器だよ。突属性の攻撃はcriticalが発生しやすいから、相手は選ばなきゃだけど強い武器だと思うよ』
俺の説明に『なるほど』と呟きながら、アルデは受け取った新たな武器である円錐型の槍をしっかりと握り締めた。
ドリルのような螺旋状の模様が描かれた銀色のシンプルな槍。斬属性である剣王の大剣と打属性である黒鉄の大槌に続き、突属性である《英雄のスパイラル・ランス》がアルデの武器のレパートリーに加わった。
性能は剣王ノクスの素材を使っているため相当高く、筋力値にもボーナスが振られているため、他の武器と並行して使っても問題は無さそうだ。長さが150センチ程あるため、戦闘の時以外は出さないほうがいいだろう。
「とまあこんなもんか。一応、前の装備も幾らかの金にはなるが、どうする?」
「いえ、全部記念に取っておくつもりなので」
思えば一つ目鬼の防具から今日までの防具も、売るという頭は働かなかった。おそらくそれは、オルさんが俺の為、オーダーメイドで作ってくれた思い出の品だからだろうか。
武器こそアルデへと受け継がれたものの、召喚獣用の武器も含め、しっかりとアイテムボックスに保管されている。
「オルさん、ありがとうございました。これでまともにレベル上げやストーリークエスト攻略が行えます」
頭をさげる俺に倣い、三姉妹もオルさんへと視線を向け、感謝の言葉を言ってみせた。
召喚獣達の気持ちが伝わったのか、俺が通訳するまでもなく「いつでも来いよ」と照れながら答えてみせるオルさん。
明日から本格的に攻略を進められる。
しかし今回のエキシビションマッチの結果により、国内で不憫な機人族の召喚獣を見かける事が増えるだろう。
人のプレイスタイルをとやかくいう筋合いは無いのかもしれないが、彼等にもダリア達のように遊んだり、笑って食事をしたりできる喜びや楽しみを味わせてあげたい――モヤモヤと、そう感じた。
俺は渦巻く感情を抱えたまま、心命を後にするのだった。
【浄化のマジック・リング(魔)】作製者:オル
悪しき者を浄化する力があるとされる《浄化のミルキークォーツ》が嵌め込まれた魔法使いの腕輪。アンデッド属性に対する魔法威力が上がり、回復魔法の威力が上がる。
必要魔力:100
魔力+107(97+10)
対アンデッド(小)
回復魔法威力上昇(小)
分類:片手武器
カラーリング:透明
*****
【英雄のスパイラル・ランス(筋)】作製者:オル
英雄ノクスの鎧の一部を使って作られた槍。盾で防がれた時、確率で貫通ダメージを与えることができる。装備時、追加で筋力値が上昇する。
必要筋力:105
筋力+113(93+10+10)
貫通
筋力強化(小)
分類:片手槍
*****
【雪の狼と英雄のサークレット(器)】作製者:オル
雪山に生息する孤高の狼と英雄ノクスの鎧の一部を使って作られたサークレット。戦闘時、感覚が研ぎ澄まされる。装備時、追加で筋力値が上昇する。
必要器用:90
筋力+10(0+10)
耐久+51
器用+54(44+10)
敏捷+12
戦場の嗅覚(小)
筋力強化(小)
分類:頭装備
【雪の狼と英雄の全身鎧(器)】作製者:オル
雪山に生息する孤高の狼と英雄ノクスの鎧の一部を使って作られた鎧。戦闘時、感覚が研ぎ澄まされる。装備時、追加で筋力値が上昇する。
必要器用:92
筋力+10(0+10)
耐久+206
器用+126(116+10)
敏捷+19
戦場の嗅覚(小)
筋力強化(小)
分類:全身鎧
【深緑のマジック・マント(器)】作製者:オル
魔力を上昇させてくれる不思議なマント。高級布に魔力のエメラルドで色を付けた背中装備。
必要器用:86
耐久+24
器用+10(0+10)
魔力+35
分類:背中装備
名前 ダイキ
Lv 47
種族 人族
職業 存在愛の召喚士
筋力__98 (140)【238】
耐久__56 (391)【447】
敏捷__56 (31)【87】
器用__92[20](190)【302】
魔力__60 (69)【129】
※【 】内が総合計値
※[ ]内が技能スキル強化値
※( )内が装備の強化値