エキシビションマッチ
帰宅後、早速ログインを済ませ三姉妹にいつもの挨拶、いつものように自由時間を取りながらメールボックスを確認する。
中には二通の未読メール。
その内一つは、昨日の晩に送っておいたメールに対するオルさんからの返信で、中を確認すると『いつでも来い。ガチャ結果を冷やかしてやる』と書かれていた。
因みに、何が当たったかは伝えていない。
『青吉ぃー。そんなに食べたらお腹壊すぞ』
『そろそろ 餌不足』
日課である青吉への餌付けに勤しむアルデとダリアの困ったような声色につられ、もう一つのメールを開く前にと視線を移す――と……二人の前を優雅に泳ぐ、“鮮やかな青の鰐”と目が合った。
あまりの迫力に「おわっ!」と、情けない声が口から漏れ、アルデとダリアがそんな俺を不思議そうな顔で眺めているのが見える。
『どうしたのー?』
『い、いや。思った以上に青吉が怖……カッコ良くなってたから。ちょっと驚いたんだよ』
一連のやりとりをベッドの上でコロコロ転がりながら見ていた部長が、ノソノソとこちらへやって来る。俺は一度心を落ち着かせた後、再度青吉の泳ぐ水槽へと視線を移した。
以前は成熟した鮭のような大きさで、アロワナのようなシルエットだった青吉が、今や体長三メートル程のワニである。
ワニというよりかは水中を泳ぐトカゲという風貌で、ギョロリと動く黄色の瞳と身体をびっしりと覆うツヤのある鱗はどこか神々しさを覚える程。
アルデが投入したリザード族の肉や、ダリアが投入したサンド・デビルの肉などなど、敵が落とした素材アイテムをもバクバクと食い尽くす様は豪快で、今となっては小魚だった頃の面影は無い。
『ダイキ 青吉はもっと食べる』
『あー、なんだ。加減はするんだぞ』
『はーい!』
装備の素材となるほどの価値はないアイテム群であるから、餌として再利用するのは一向に構わない。基本的に俺も言われるがままそれらを渡し、彼女達が受け取るがまま与え続けた結果がワニっぽい何かである。
今回の変化によって青吉の行き着く先が全く予想できなくなってしまったが……アルデが夢見る《背中に乗せて海を移動》を叶える程まで成長してしまう前に、なんとかしないといけないだろう。
食事を終えた青吉が満足そうにゲップをするのを眺めつつ、俺たちはオルさんの待つ心命へと向かう準備を開始したのだった。
*****
心命に着いた俺たちを出迎えてくれたのは、獣人族NPCではなくオルさん本人だった。
昨日とは打って変わり不自然なほど空いた店内に疑問を覚えつつ、受付に立つオルさんと挨拶を交わす。
「よ、ダイキ。待ってたぜ」
「こんばんは、オルさん。お待たせしました」
『やっほ』
『こんばんはー』
『昨日ぶり!』
俺たちの挨拶に、満足そうに頷くオルさんだが何処か挙動がおかしい。
深く詮索するのも野暮だと、早速昨日のガチャの結果を発表する事にした。
受付の机の上に、入手したアイテムをズラリと並べていく。
「……こりゃ予想外だ。ダイキ、お前本当に使ったのはプレミアチケット三枚、ゴールドチケット一枚だけか?」
「疑わないでくださいよ。嘘偽りなく、当たったアイテムがこれら四つですから」
並ぶアイテムに信じられないといった口調で目をまん丸くしていたオルさんは、一度自身のメニュー画面を開いて操作し、顎髭を弄びながらこちらに視線を戻した。
「俺が請け負うのは部長ちゃんの武器とア、アルデちゃんのサブ武器。それとダイキの防具のみだから……相当削れるな。これなら全部揃いそうだ」
「本当ですか! 良かった!」
「そもそもダイキの防具とアルデちゃんの武器は、ダイキが持ち込んだ《剣王の素材》をベースに作る予定だったからな。最初からその部分のコストは低かったんだよ。しかし、本当に色々当ててくるとはなあ……」
購入者のレベルに応じて使う素材のレベルも調整しなければならず、それに見合った素材が持ち込まれていなければ、生産職が持つ素材の値段を上乗せした作製費が料金となる。
オルさんの言い方から察するに、俺の防具とアルデの武器は持ち込み素材が合致した為、最初からその分費用を抑える事はできていたが、それ以外の武器に使える素材ではなかったため他の部分で値段が吊りあがり、結果予算オーバーという状態だったのだろう。
もしかしたら贔屓にしてくれているのかもしれないが……ここは有難く、お金を払って注文する事にしよう。
「んじゃあ、武器と防具のステータスに関しては前にメールで受け取った通りに作製を始めようと思う。まあ何だ、これでやっと召喚獣達を含めてマトモな装備を手に入れられたって訳か」
「ええ、お陰様で。装備が完成したら、前々から予定していた町の探索に加え、ストーリークエスト巡りをしていこうと考えてます」
自分の事のように喜んでくれているオルさんの言葉に、掲示された料金と素材を渡しながら俺も笑顔で答えてみせる。
青吉の事は……オルさんの管轄外な気がするので、特に言う必要も無いだろうと手続きを進めていく。
「その……あれだ、ダイキよお。一つ頼みがあるんだが……」
取引を完了させたオルさんは、メニュー画面を閉じながら何処か照れたようにボソボソと言葉を続ける。
「なんでしょうか?」
「あのよお、一枚で良いんだ……アルデちゃんの写真を撮らせてくれ!」
この通りだ! と、頭を下げながら頭の上で両手を合わせるオルさんの言葉に、大人しく抱かれていたアルデが照れるようにモジモジし始める。
今は姿が見えないが、受付NPCに獣人族の子を起用する位だ。立派な牛の角が生えたアルデも見た目的には獣人族であるため、オルさんの好きな種族像に近いのかもしれない。
『だってさ、アルデ。どうだ?』
『い、いいけど……改まって言われると……』
恥ずかしい――と、アルデは俯きがちに頬を染めた。
非公式イベントの時には、色々な場所で色々な人に写真を撮られていても平気な顔で遊んでいたのだが、口に出して頼まれると恥ずかしさが先行するらしい。
ともあれ、彼女からの許可も下りたので、一旦アルデを床の上に立たせ、オルさんの方へと体を向けさせる。
「恥ずかしがってるので、早めに撮ってやってください」
「お、おう! アルデちゃん、非常に申し訳ないんだが、両手をこう……頭の横に……そう! 体の角度は……」
こうして、何かのスイッチが入ったオルさんの指示通りのポーズをとりながら、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしているアルデの貴重な写真が収められた。
アルデに高さを合わせるため膝をついた状態でそれを確認したオルさんは、その形を維持したまま、まるで女神様に出会ったかのような至福の表情で大きくガッツポーズをとったのだった。
*****
「そういえば受付の女性、今日は居ないんですね。作業してるドワーフ族の人は居るみたいですけど……」
しばらく雑談を交わしていく流れの中で、来店時から疑問に思っていた事を質問してみると、オルさんはカラカラと笑いながら、さも当たり前のように答えてみせる。
「休みだよ、休み。働き詰めなんて良いこと無いしな! 受付担当のシエナと鍛治手伝いのゴンズにはそれぞれ、各自休暇を取るようにしてもらってる。従業員だからって契約金払えば良いって問題じゃないからな」
オルさんは店の手伝いをさせるためNPCを雇っているが、扱いは現代の労働者と同じ、お金も出て休日も有る仕事場にしているようだ。
データの塊であるNPCだからといって、過酷な労働を強いるプレイヤーも少なくないだろう。その点、彼はNPCを一人の“人”として接している事が分かる。
「大切なことですよね」
「おう。良い仕事をするにはまず良い職場環境を提供してやらないとな……っと、そうそう、シエナは休暇を取って石の町のコロシアムに向かったんだったな。今日客が全く来ない理由も、それ関連だろうし」
NPCも店主の意向に対応し、自分の意思で休暇を取っている部分、非常に人間臭くて面白い要素ではあるが……休暇を使ってコロシアムにって、まさか彼女は武闘派だったのだろうか?
彼女のシルエットがボヤッとしか思い出せないため、一度頭の中で格闘道着を着た獣人族の女性という姿を想像し、展開したイメージ映像を霧散させる。
「今日、コロシアムで何があるんですか?」
客が少ない理由はなんとなく聞きづらかっただけにそれらを一緒くたに質問すると、オルさんは少し呆れたような口調でメニュー画面を操作した。
「メール見てないのか? 銀灰が悲しむぜ?」
「そういえば、もう一通来てたの見てなかったな」
急成長した青吉の衝撃でメールのチェックを忘れていた事に気が付き、オルさんが開いているように俺も送られてきていたメール画面をタップする。
開封されているオルさんのメールの下にある、もう一通のメール。
差出人は運営だった。
【トーナメント:エキシビションマッチのお知らせ】03/28/7:00
本日13:50より、J.Pサーバー代表対U.S.Aサーバー代表のエキシビションマッチが開催されます。観戦希望の方は石の町コロシアムに設置されてある巨大スクリーンにてお楽しみください。
◯スケジュール
第一試合(個人戦)
(j)ハロー金肉
《機人族:選ばれし格闘家:Lv.77》
×
(u)ERIC1
《竜人族:伝説の剣豪:Lv.100》
第二試合(混合戦)
(j)アリス
《竜人族:偉大な騎士:Lv.74》
(j)銀灰
《人族:上級騎士:Lv70》
×
(u)Madam anEnda
《ハイエルフ族:異端の魔法使い:Lv.86》
(u)SAMURAI jack
《人族:偉大な剣豪:Lv.88》
第三試合(団体戦)
(j)アリス
《竜人族:偉大な騎士:Lv.74》
(j)銀灰
《人族:上級騎士:Lv70》
(j)レグ・らいおん丸
《獣人族:破壊の騎士:Lv.71》
(j)フラウ
《人族:対の聖職者:Lv.68》
(j)ネーザアイアンローズ
《人族:異端の魔法使い:Lv.71》
(j)ミーツ
《獣人族:賢者:Lv.66》
×
(u)S.JacoB
《人族:伝説の召喚士:Lv.100》
かねてからアナウンスはあったのに、遊びにうつつを抜かしていたせいですっかり忘れていた……。そうか、今日が外国サーバーとのエキシビションマッチの日だったのか。
「開始時刻的に、もう全部の試合が終わってるか……もしかすると最終試合の終盤程度は見られるかもな」
終わってるなら、もっとじゃんじゃん客来てくれと愚痴るオルさんに苦笑しつつ、改めて試合内容の方へと意識を向ける。
各トーナメント形態で優勝したプレイヤーが出場しているから当然ではあるが、第一試合の個人戦はハロー金肉さんが戦ったようだ。ただ、レベルの差が激しすぎる。銀灰さんからも言われていたが、やはり海外勢は既にレベルを上限まで上げきってしまっているプレイヤーが居るらしい。
純粋なレベルの差が20以上もあるだけに……かなり厳しい試合になったと予想できる。
第二試合では紋章ギルドのアリスさんと銀灰さんが出場。俺とアルデのペアで挑み、ものの二分で試合を決められてしまった程の実力者ではあるが……結果はどうなったのだろうか。
そして第三試合――
「召喚士……か」
「おう。掲示板に試合の動画があがってるみたいだぞ。装備が出来るまでの時間、そこら辺座って観てみろよ」
第三試合、紋章ギルド一番隊と対戦する事になっている海外のプレイヤーの職業が“召喚士”である事に気が付き、思わずメールをスライドさせる手を止める。それを察してか否か、オルさんは店内に設置された木製ベンチを指差し、気合いを入れるように頭にタオルを巻いて店の奥へと消えていった。
お言葉に甘えベンチに座り、ダリアとアルデを横に座らせ、部長を膝の上へと降ろす。
『三人とも……今から流す動画を、しっかり見ておくように』
掲示板内を検索し、既に終了していたその三試合の中から【三試合目】を選択。
俺の真剣な口調が伝わったのか、三人ともが目の前に表示されたメニュー画面に視線を移し、私語を慎んでいる。
そして動画が――始まった。
「なんだ、これ」
開始から一分……シンクロでの会話を忘れ、その光景に対する感想が口から漏れた。
繰り広げられていたのは、試合ではなく“蹂躙”。
花蓮さんたちと対等に渡り合い、最終的に勝利してみせた紋章ギルド一番隊は、その軍団を相手に、なす術なく追い詰められていく。レベルの差を考えてみれば理屈に合う試合内容でもあったが、相手の外国人召喚士が使役するその召喚獣達が、正に異様だったのだ。
巨人族にも勝るとも劣らない、馬力の高そうなフォルム。
展開される翼による機動力を生かし、召喚士の指示に従い、そして一切の感情を表に出さない。
素早く攻守を入れ替えては一糸乱れぬ動きで同じ技を繰り出す“精密さ”は、機人というよりも人型機械という表現が適切だろう。
まるでSF映画の戦争シーンさながらの光景に、更に異様さを加えている要素が“容姿”。召喚士が使役するロボット軍団全員が同じ色、同じ形、同じ装備だという事。
余裕のない表情で後手に回る銀灰さん、そしてアリスさんの竜化をもってしても押し切れない場面が映し出され、外国人召喚士は余力を残したまま、ものの数分で試合を決めたのだった。