お転婆王女マリー
王都――商業区13番通り。
新しい装備にどこか上機嫌な三姉妹を連れ、俺はオルさんの待つ《心命》へと足を進めていた。
オルさんに注文しておきたい物は三姉妹の新しい武器と俺の装備であるが、残りの所持金と相談すると、かなり微妙な所だ。
一応、剣王ノクスから得た素材をベースに作って貰えれば材料費の幾分かは浮くと考えられるが……果たしてどの程度まで揃えられるだろうか。
男臭い看板下をくぐり店内へ入ると、淀みない動きで猫対応をしてくる獣人族の店員NPCと目が合った。
小首を傾げ、満面の笑みで猫のポーズを取っている。
「こんにちは。オルさん、居ますか?」
「いらっしゃいませニャ。主人は今作業中ニャので、ちょっと呼んでくるニャ!」
なんだろう、以前よりもずっと完成されてきている気がするのだが……あまり詮索するのは止そう、と、気を取り直して店内をぶらつく。
入店時には気が付かなかったが、俺たちの他にも来店している客は多くいるらしく、店内を見渡すと実に二十名程のプレイヤーが防具や武器を試しているのが見える。
これだけ広い王都の中で、これだけ集客できる店というのも相当凄い。オルさんの腕によるものか、人柄によるものか……
「おう、ダイキ! よく来たな」
頭に巻いていたタオルを肩に掛けながら、作業服そのままの格好でやって来るオルさん。裏ではオルさんに代わり、ドワーフ族の男性が熱した金属に槌を叩きつけているのが見える。
「どうも、オルさん。儲かってますね」
「おう! それもこれも、銀灰やダイキのお陰ってもんだな!」
口に手を当てヒソヒソ気味に言う俺に、オルさんは機嫌よく笑ってみせた。
オルさん曰く、心命ブランドの装備を着けた俺や銀灰さん達がトーナメントで活躍したお陰で、店の評判もうなぎ登りだったそうな。
自分の中ではあまりPRに意識を向けていなかっただけに、感謝の言葉を並べるオルさんに少々の申し訳なさすら覚えていた。
ただ、オルさんの装備があったからこそトーナメントの激戦を潜り抜けられたのだと確信しているため、今後とも末長くお世話になりたいと考えている。
その事を伝えると、オルさんは鼻の下を擦りながら「言うようになったじゃねえか」と、照れるようにそっぽを向いたのだった。
「まあ、世間話も何だしな。そろそろ商売の話でもしようや」
一頻り談笑した後、上機嫌のオルさんは俺の今日の予定を聞いてくる。
俺が自分の防具と武器に加え、召喚獣達の武器をGの許す限り注文したい旨を伝えると、オルさんは掲示された金額と素材を眺めた後、難しそうな顔で唸ってみせた。
「ダイキの言うように、この剣王の素材を使って埋め合わせをしたとしても、注文の品を全て揃えるには金がちょっと足りないな……」
「そう、ですよね」
俺のために値段の方も頑張ってくれているという事は痛いほど伝わってくるが、それでも足りないとなればワガママを言うつもりはない。
元々、全てが揃うとは考えていなかっただけに、予想できた答えだ。所持金不足の現実を甘んじて受け入れつつ、今できる最良の手を打ってもらおう。
「なあ、一つ提案なんだが――」
なるべく顔に出さないよう笑顔を貫いていたのが見抜かれていたのか、気を使うような声色でオルさんがメニュー画面を操作する。
「俺も会場で見ていたから、ダイキがトーナメント上位に入った事は知ってる。そして、トーナメント上位のプレイヤーは最後に王から褒美が渡されたって事も聞いた――これは間違いないよな?」
「ええ、受け取りました」
何かを閃いたように言葉を続けるオルさんに、俺は記憶を辿りながらそれを肯定する。
「その中に《プレミアムガチャチケット》ってのが無かったか?」
「……あ」
確かにあった。
娯楽の町にて引くことができるという、白金色の紙が三枚。それに加えて、金色の紙も貰っている。
「本心を言えば、そんな邪道な物を使われるより俺の店で全身揃えてほしいんだが……装備のグレードを下げてまで提供するくらいなら、武器だけチケットに委ねる方法も案としてはあるぞ」
生産者にとって、チケットは楽に高性能な装備を手に入れられる面白くない代物のはずだが、渋々ながらもそれを勧めてくれたオルさんは、俺の所持金事情を思って提案してくれたのだと考えられる。
確かに、以前Oさんや花蓮さんと共に引いたガチャでは三姉妹がそれぞれ性能の良い装備を手に入れている。そう考えると、繋ぎとしてガチャのアイテムを装備に組み込むのも考えの一つとして間違っていない。
『ここは三人の運に賭けてみようかな』
大人しく抱かれたままの三姉妹を見下ろし呟き、再度、オルさんへと視線を移す。
「配慮していただき、ありがとうございます」
「気にすんなよ。俺は俺で、注文された分はしっかり作ってやるからよ。んじゃ、それまでは一旦保留って事だな」
ガチャ回したらまた来いよ――と、笑みを浮かべ見送ってくれるオルさん。
俺は改めて頭を下げた後、娯楽の町に向かうべく、中央ポータルの方へと足を進めていった。
*****
一度中央ポータルまで戻ってきた俺たちは、比較的暇そうにしているNPCを探すためゆっくりと移動を始める。
その理由として、以前港さんから言われていた《娯楽の町》に行くための条件を満たす必要があったからだ。わざわざ暇そうにしているNPCを探す事に、そこまで深い意味は無い。
美味しそうな肉の香りに、左腕に抱かれるダリアが『ダイキ あっちに行きたい』と駄々をこね始める。
時間も時間だし、娯楽の町を開放した後、三姉妹にご飯を食べさせて今日はログアウトしても良さそうだな。
(「王都のNPCに“娯楽の町”を含む言葉で話し掛ければ、特殊なクエスト発生と共に行けるようになる。遊園地みたいな町だから、召喚獣達も遊ばせてやれるぞ」)
港さんの言葉を思い出しながら、散歩するような感覚で中央ポータルの辺りを歩く。
流石は王都というべきか、他の町とは比較にならない程の活気・人の数で、プレイヤーとNPCを見分けるだけでも一苦労だ。
『何を探してるのー?』
『ああ、ごめんな。今、一人で暇してそうな人を探してるんだよ』
異人とNPCの違いを上手く説明できず、なんとも曖昧な返答となってしまった。
けれども、部長はそれだけで俺の行動目的を読み取ったのか、高い位置から見渡し、早速、俺の求める《暇してそうな人》を探し出した。
『あそこの、看板の前に立ってる子。見るからに暇そうだよー』
暇そうというのは俺たち側の主観でしか無いのだが……部長の言う方向へと視線を移してみると、確かに一人ポツンと看板の前に女の子が立っているのが見えた。
急いでいるような雰囲気は無いし、こっちも長話しをするわけでは無い。とりあえず、あの子に話し掛けてみようか。
行き交う人の群れを縫うように看板前の女の子の元へと足を進め――辿り着く。
「……ん?」
近付いてみて感じた違和感……それは、彼女の風貌。
一般的なNPCの服装よりもいささか小綺麗に見える麻製の上下は良いとして、長くウェーブのかかった金髪とクリクリとしたブルーの大きな瞳。そして口角の上がった得意げな顔付きも相まって、只ならぬオーラめいた何かを纏っているように感じた。
突然現れた俺たちに女の子は少しだけ動揺して見せたが、即座に表情を戻し、再び得意げな顔で両腕を組む。
なんだろう……この子。
他のNPCとは何処か違うような……
「そこのあなた!」
ビシリ! と、効果音が付きそうな勢いで指を突き出した少女が大きな声で口を切る。
周りにいたNPC達も一斉に彼女の方へと視線を向け――そして、うんざりしたような声と共に、再び自分達の世界へと戻っていった。
この辺りでは有名人なのかな? この子。
「えーっと、初めまして。俺の名前はダイキ。召喚士をやってる異人です」
とりあえず、まずは自己紹介だ。
自分の紹介に加え、三姉妹の紹介も続けていく。
『仲良く よろしく』
『よろしくー』
『よろしく!』
「仲良くしてほしいって、この子達も言ってるよ。よろしくね」
「これはどうも――じゃなくて!! あなたがいきなり自己しょうかいなんてするから、何言おうとしてたか忘れちゃったじゃないの!!」
何故かプンスカ怒っている女の子は「……まあ、いいか」と、忘れた事柄を思い出そうともせず、得意げに自分の自己紹介を始める。
「わたくしの名前はマリー・ロウ・ダナゴン!! この国の王であるエヴァンス・ロウ・ダナゴン二世のむすめにして、第四王女なのだ!!」
彼女の自己紹介を聞いた俺は、反射的にメール画面を開いていた。
確認するまでもないのだが、過去のメールの中にその名前が確かに記されている。
エヴァンス・ロウ・ダナゴン二世。
紛れもない、この国の王の名前。
一見すると村娘のような格好の彼女ではあるが……まさか、本当に第四王女か?
ともあれ、俺が知っているのは、せいぜい王の容姿と名前だけであり、その家族構成等までは知らない。
とりあえず、話を進めてみるか。
「王女様でしたか。これはとんだご無礼を」
「よい! わたくしは、かんだいな心のもちぬしなのだ!!」
早速、王女に対して無礼ではあるが……この子、なかなか頭の弱そうなちびっ子である。
身長がダリアやアルデよりもひと回り高い事から、小学校低学年程度の年齢だと推測できるが……難しい言葉を理解しているのかしていないのか。さらに、舌ったらずな喋り方が残念さに拍車をかけている。
俺の腕からスルスルと降りたダリアとアルデがマリー王女の近くに立ち、興味津々といった様子で観察しはじめた。
ダリアはマリー王女の手を取り『おかし 食べる?』と話しかけ、アルデは王女の艶やかな髪を『キラキラしてる!』と大絶賛。
マリー王女は二人に絡まれているのがくすぐったいのか「な、なんだよぅ!」と、顔を真っ赤にして狼狽えている。
年の近い友達ができたみたいで、なんだか微笑ましいな。
「ところで王女様。近くに側近の方が見えないのですが、今はお一人なのですか?」
すっかり意気消沈したマリー王女に、目線を合わせる為しゃがみながら声を掛ける。
俺の言葉に“ハッ!”とした彼女は、一度周りを注意深く見渡した後、再び腕組みをして威張るように口を開く。
「とうぜんだ! さっき、おしろを抜け出してきたばかりだからな!!」
まさかの脱走中王女。
村娘のようなこの格好も、それのためのカモフラージュか?
なぜこんな所に王女様が居るのかは分からないが、どう考えても一人は危険だろう。
「あの、お城に戻られた方がよろしいのでは?」
「イヤだ! わたくしにはやる事が……あっ!! 思い出した! ダイキ! お前わたくしの言うことを聞け!」
無茶苦茶だな、この子。
マリー王女は会話の流れで忘れていたことを思い出したのか、まくしたてるように言葉を続ける――そのタイミングで、何処からともなく現れた鎧騎士がそれを遮断した。
担がれるように、持ち上げられるマリー王女。じたばたともがくも鎧騎士の力に全く歯が立たないのか、ビクともしない。
「はなせ! こらっ! オールフレイ! ぶれいだぞ!」
「またこんな所でお遊びになられてたとは……マリー様。こう毎日のように脱走されては困ります」
「うぎぎぎ! わたくしにはしめいがあるのだっ!!」
お転婆王女と玄人騎士。
物語の設定としてはかなりありふれているものの、いざ実物を間近で見ると騎士が不憫でならないな。
俺より十センチ近くも身長の高い屈強な騎士はクルリと体の向きを変え、俺と――足元から見上げるダリア達へと目を向け、申し訳なさそうに頭を下げた。
「王女様が迷惑をかけた」
「いえいえ、とんでもないです」
俺たちに対し、深々と頭を下げた片目の騎士はゆっくりと姿勢を戻し、右肩で暴れるマリー王女にチラリと視線を向ける。
「ここ数ヶ月、マリー王女は毎日のように城を抜け出してはトラブルに巻き込まれている。城でも万全の体制で警備を行っているのだが、雲のようにスルスルと……」
彼女だけが知る抜け穴のような場所があるのだろう。
騎士の肩に担がれているマリー王女は、全く反省していないかのような表情のまま「明日は商業区の……」と何かを企んでいる様子。
「もしまた見かけるような事があれば、私に知らせてほしい。民も王女様の空想物語に付き合い切れず、頭を悩ませているのが現状。どうかよろしく頼む」
申し訳なさそうに言う騎士の言葉を合図に、俺の視界の前へ、クエストを知らせるプレートが現れた。
話の途中からある程度予想していたが、やはりこれはクエストのプロローグ部分だった訳か。
【ストーリークエスト:お転婆王女マリー】推奨Lv.30
城の中は大パニック! なんと、第四王女のマリーが城を抜け出してしまったのです!「わたくしにはしめいがある!」夢にでも見た物語の続きなのか、自分の使命を果たすべく、お転婆マリーは今日も王都を駆け回ります。王都の何処かにいるマリーに話しかけ、彼女の使命に耳を傾けましょう。
マリーの好感度:現在[10%]
経験値[2309]
王女を担いだ状態で、そんな事を言っていいのかと疑問に思いつつも、騎士への同情心から「分かりました」と自然に答えていた。
俺が答えると同時に、クエスト内容は解けるようにして消えていく。
再び頭を下げた騎士は、ギャーギャーと騒ぐ王女を連れて城の方へと歩きだした。
ストーリークエストは拒否権がない代わりに、何度でも挑戦できる類のクエスト。
しかし、《娯楽の町》に行くために話しかけただけなのに、予期せぬタイミングでクエストに巻き込まれてしまった。
ストーリークエストも並行して消費したい所だが、今は娯楽の町に行き、ガチャを回すことが最優先だ。
『……とりあえず、ご飯食べて今日はもう寝ようか』
『さんせい』
お転婆王女様に完全にペースを乱されてしまったため、俺は今日中に娯楽の町へ行く事を諦め、その足でレストランへと向かったのだった。




