異変
帰宅後ログインする俺を、いつものように出迎えてくれる三姉妹。
ダリアは俺の顔をじっと見つめ『おかえり』と一言。部長は寝転びながら顔だけこちらに向け『おかえりー』と覇気のない声色で言い、アルデはニコニコ笑顔でバンザイしながら『おかえり!』と言った。
三者三様のおかえりを聞きながら、俺も笑顔で『ただいま』で答える。
一人暮らしである現実では挨拶を交わす相手などいないため、FrontierWorldにログインし、やっと帰宅したという実感が湧くようになってきていた。
いつものように、宿屋の窓辺に青吉を置くためアイテムボックスに収まる水槽を取り出す……と、ここである違和感に気付く。
「でかく、なってる?」
元々、トーナメントの日に買った青吉は、アルデをはじめダリアと部長もせっせと餌をあげていた理由からか、メダカ程度のサイズから金魚程度のサイズまで成長していたのは知っていた。
しかし、今はどうだ。
現在の青吉は、産卵時期の鮭のような大きさまで巨大化していたのだ。それに関して一番の世話焼きであるアルデをはじめ、一緒になって餌やりをするダリアと部長も特にコメントが無い。
俺がよく見ていなかっただけ……いや、そんな事はない。現に、昨日三姉妹と一緒に撮った写真に写っている青吉は、まだ金魚程度のサイズしかない。明らかに、昨日の十倍近く成長している。
ありえない成長スピードにしばらく呆然としていた俺は、一応確認のため三人にこの変化についてコメントを求める。
『ちょっと 男前になった たしかに しっぽとか大きい気がする』
俺からの言葉を受け、じっくり観察した後、ダリアがその観察結果を口にする――が、俺ほどの違和感は覚えていない様子。
右手の人差し指と親指で青吉のしっぽのサイズを形作り、得意げな顔で俺を見てくる。
『皆が皆、自分の好きにご飯あげてるからその分大きくなっちゃったのかもー』
鼻をヒクヒク動かしながら、もはや自分の体を超える勢いで大きくなりつつある青吉を見やる部長。
俺は知っている。部長が食事の際、自分の好きじゃない食べ物が皿の上にあったら、近くにある青吉の水槽に入れて証拠隠滅を行っていたことを。
流石に注意したのだが……隠れてやっていたのかもしれない。それもこれも、青吉が何でも関係なしに食べる雑食大食いだから成り立つのだが……
『そろそろ、腕とか足とか出てきても良い頃だ! もうじき水の中だけじゃなく、陸も走れるようになるはず!』
アルデは、魚が最終的にどうなっていくのかあまり理解できていないらしい。一緒にレインボーフィッシュを食べた記憶もあるのだが――もしくは、青吉だけは特別な存在だと認識している可能性もある。
現在、美しい青の鱗に身を包み水中を優雅に泳いでいる青吉は、姿形がアロワナに近い胴長な風貌へと変化している。
この子にもし、アルデが言うように足と手が生えたら……飼い続けて本当に大丈夫なのだろうか。
できれば、あの屋台を出していたドワーフ族の男性に一度見てもらいたい――が、この広すぎるFrontier Worldの世界で、連絡先も知らないプレイヤーと再び会う確率は絶望的だろう。
二ヶ月後にある公式イベントの討伐戦あたりで運良く会えればいいが、それまでに青吉はどこまで大きくなってしまうのか見当もつかない。
青吉の成長に合わせて広がっていく水槽も、今ではアルデが持って歩けない程の大きさになっている。
可哀想だが、移動中は大人しくアイテムボックスの中で待機していてもらおう。
青吉の事は一旦保留とし、俺は今日の予定を決めるためメール画面を開く――と、有難いことにオルさん、そしてマーシーさんから返事が返ってきていた。
まずオルさんからのメールには『今日の夜は店に篭ってる予定。今日注文が貰えれば、明日には商品を渡す事ができる』という内容が綴られており、マーシーさんからのメールには『幼女神様の供物、そして次女ちゃん、三女ちゃん用のデザインも考えてある。すぐにでも取り掛かれる』と書かれていた。
予算の関係上、俺の装備は最後の最後、余ったお金で賄う予定であるから、先にオルさんへ『今日注文できるか分かりませんが、顔を出します』と返信、続いてマーシーさんへ『これから向かいます』と送る。
イベントの時に紅葉さんとは少しやり取りしているため、彼女には特にメールせず画面を閉じた。三姉妹の視線が俺へと向けられる。
『今日は三人の新しい服を買いに行こうか。これからすぐ出発するから、準備してくれ』
準備と言っても、俺にくっ付くだけで完了するものではあるが、三人は俺の声に元気に反応してみせ、各々が決まったポジションへと収まる。
最後に一度、所持金を確認し、俺たちはマーシーさんの待つ冒険の町へと転移した。
*****
辺りを見渡せば、見習い装備で全身を固めた沢山のアバターと視線が交わる。軽く会釈すると、あちらは少し緊張した面持ちで素早く頭を下げ、その場を駆けていく。
初心者が産み落とされる冒険の町は、今日初めてログインしたであろうプレイヤーと、彼らをギルドに迎え入れようと声を掛けるプレイヤーとがごった返していた。ここだけ見ても、相変わらずの接続人数だと再認識できる。
俺たちが目指す露店の道までに、実に様々なプレイヤーから勧誘を受けたが、現状、ギルドに入るつもりはないので全て断りながら足を進めていく。
一応自分の中で、ギルドに入るならケンヤ達の初心者支援ギルド“Seed”か、お世話になっているアリスさん・銀灰さん達の大型ギルド“Coat of Arms”の二択だろうと考えてはいるものの、召喚獣との旅で十分楽しめているから、あまり重要視していない。
この先、ダンジョンやイベント等で今のままでは進めないという問題が出てきた時は、本格的に加入を検討しようと思う。それまでは、静かにのんびり進めていきたい。
「しかし、ここも中々混んでるな」
思考を戻し、意識を目の前へ。
様々な露店が立ち並ぶ大通りも、ポータル前に負けず劣らずといった数のプレイヤー達で賑わっていた。
三姉妹が『寄りたい』と騒いだ店達に何度も立ち寄りつつ、なんとか目的のマーシーさんが経営する露店へとたどり着く。
店の外装も、そしてマーシーさん自身も変わりなく、ハツラツとした声で俺たちを歓迎してくれた。
「幼女神様! それと次女ちゃん! 三女ちゃん! それとお義父さん。こんばんはだお」
「こんばんは、マーシーさん。すみません、色々見てたら時間かかっちゃいました」
俺の言葉に「かまわないお!」と答えたマーシーさんは、早速仕事の話にシフトしていく。
「デザインは考えてあるから、後はステータスの振り方と素材のレベルを教えてほしいお! お代は前に言った通り、63万Gでやってみます」
「ええ、よろしくお願いします。それじゃあまずステータスですが……」
注文画面という、初めて見るプレートが目の前に出現し、マーシーさんの指示に従いながら必要な項目を埋めていく。
料金の63万Gを支払いつつ、三姉妹それぞれに合ったステータスを振っていき、ダリアはレベル45、部長はレベル40、アルデはレベル30程度の素材で作ってもらう事に決定した。
会話中、マーシーさんと一度も目が合わなかった事に違和感を覚えつつ、俺の左腕辺りを見つめる彼に「これでお願いします」と言い、決定ボタンをタップする。マーシーさんは「承ったお!」と元気な声で了解してみせた。
「多分、完成は20時30分頃になると思うお! つまりは約一時間半後になるけど、その時間付近にここに取りに来てほしいお!」
「分かりました。では、よろしくお願いします」
『ばいばい』
丁寧にお辞儀をするマーシーさんに、俺も同じように頭を下げる。
左腕に抱かれるダリアが小さく手を振ると、マーシーさんは壊れた機械のように何度も頭を下げ、有り難そうに手を合わせていた。
ひとまずこれで三姉妹のレベルに見合った装備が揃う事になる。
後は紅葉さんの店とオルさんの店に顔を出しつつ、アルデの足りない分のレベルを上げにフィールドへと行く必要があるが――とりあえず、先にレベル上げを済ませておこう。
*****
冒険の町から砂の町へと転移し、そのまま太陽が照りつける砂漠へと移動した。急激な気温の変化に、部長がたまらず『かえりたいー』と駄々をこね始める。
正直言うと、もう少し常識的な狩場……つまりは、暑くも寒くもない普通の気候の地で狩りをするのが効率的だとは思うが、他にちょうどいい場所が浮かばなかったので、部長には少しだけ我慢してもらおうと思う。
掲示板等で適正の狩場を調べ、そこへ行ったのでも良いのだが、文章だと敵の動きがイマイチ分かりづらい。自分の目で見て一度、戦った相手ならパターンも読めるし、戦いやすい。
それらを踏まえ総合的に考えた結果、レベル35のサンド・デビルがちょうど良いターゲットになった。
そろそろ、本格的に相手の《弱点属性》を意識した戦闘に慣れていこうかな――と、あれこれ考えているうちに、ターゲットが群れを成してやって来るのが見えた。
『ダリアとアルデは俺たちから距離をとって待機、部長と俺から強化が飛んできたタイミングで攻撃開始だ。ダリアは竜属性魔法での攻撃、アルデは自分に《闘気》を掛けて大剣で攻撃』
俺の指示に、三人が一斉に答えた。
ダリアとアルデは俺の腕の中から素早く離れ、各々が決められたポジションに展開。ダリアは杖を構え、アルデは剣王の大剣を担ぐ。
敵の数は、見えているだけで四体。
技を発動し、戦闘に入る。
「『こっちだ』」
距離はあったがうまく四体に《挑発》が入り、相手の標的が俺に絞られた。すかさず俺と部長で味方全体に強化を掛けていき、攻撃役の二人が動き出す。
左に大きく距離を取ったダリアの体から半透明の竜が出現、巨大な竜の顎が開き朱色の衝撃波が発生、波紋のように広がるそれは4体のサンド・デビルを飲み込み炸裂!
サンド・デビル達とダリアのレベル差は10。その上、野生解放から始まる強化を幾重にも重ねた状態であるから、たとえ同格の相手だったとしても相応のダメージが刻み込まれていただろう。サンド・デビル達のLPが、一気に4割近く削れて消えた!
『やるな、ダリア! 次は火属性魔法に変えて攻撃してみてくれ』
『わかった』
相手のLPの減り具合を観察しつつ、こちらに視線を送るダリアにシンクロで素早く指示を飛ばす。
短い返事と共に小さく頷くダリアの周りに赤色の文字が踊り、それらが淡く光を放つ。
続くアルデが闘気を纏って飛び上がり、先頭を行くサンド・デビルを薙ぎ払うように叩き切る!
鈍重な音が砂漠に木霊し、先頭のサンド・デビルは仲間を巻き込む形で崩れこみ、そこへ間髪を入れず巨大な柱が燃え上がった!
轟音と共に、魔法の命中を意味するLPバーの減少が始まるものの、発動した本人は渋い顔をしている。
『これで、ラスト! 部長はダリアのMP分配とアルデのSP分配、ダリアは残る後ろの三体に随時攻撃、属性は闇に変更! アルデは武器をこっちに替えよう』
燃え盛るサンド・デビル達の中から、もっともLPの低かった先頭の個体に狙いを定め右手を引くように構え――突く!
問題なく発動した赤の閃光剣がサンド・デビルの腹部を穿ち、LPを失った巨体が崩れるように塵となる。
死にゆく敵には目もくれず、俺はアルデの視界を共有しつつ武器を《剣王の大剣》から《黒鉄の大槌》へと変更、視界右から見えるアルデの武器が変わったのを確認し、再び敵へ《挑発》を入れた。
大剣の一振りに続き、今度は大槌の振り下ろしでサンド・デビルを殴り飛ばすアルデが、不思議そうな顔で自らの武器を眺める。
今の攻撃により、サンド・デビルの数は残り二体となった。
『こっちの武器、あまり効果がないぞ!』
『そうか、なら打属性に強いモンスターって事になるな』
純粋な威力の差を考えても、倍率は《弱点属性》の方が高いはずだ。
剣王の大剣の方が良く攻撃が通っているというのなら、それは性能よりも先に《武器属性》の相性がいいという事になる。
例として鎧に斬属性が効きづらく、逆に打属性が有効であるように、ほぼ全ての敵に《弱点属性》が存在する。今回はアルデの武器を《斬属性》から《打属性》に変えて試してみたが、どうやらサンド・デビルには《斬属性》の方が乗りが良いようだ。
アルデの武器を大剣へと戻しつつ、ダリアの動向を追う。
『《黒槍の降る夜》』
三発目の魔法を発動したダリアの頭上に展開される黒色の魔方陣。綺麗な円のその真ん中から生えるように、螺旋状に回転する12本の槍が飛び出した!
強襲に次ぐ強襲によって上手く動くことができないサンド・デビル達はダリアの魔法に貫かれ、二体同時に残りのLPを散らした。
万全な状態であれば、こんなものだろう。レベル的にもある程度余裕のある相手であり、怖い攻撃も無い。
『魔法は 闇がいちばん効いた かも』
先ほどの技は確実にオーバーキルだったから判断し辛かったが、今の感想を聞くに、ダリアなりの手応えを感じたのかもしれない。
火属性が有効打でなかった事に加え、サンド・デビルの外見や生息場所から予想すると、多分弱点属性は《水属性》だと考えられるが、光属性と闇属性の扱いは等倍だから、並の威力が発揮できる。
『じゃあ、次の戦闘からダリアは闇属性中心の攻撃、アルデは今持ってる剣王の大剣で攻撃、これで決定かな。部長はやりすぎるくらいでもいいから、二人の回復は素早く対応してほしい』
シンクロの強みは、相手にこちらの作戦が漏れる心配が無い点と、離れた距離でも難なく会話できる点。モンスター相手よりも、対人で真価を発揮する類の技能だ。
トーナメントの反省を踏まえ、新たな知識を取り入れ、改善しながら戦いに慣れる。
その後、俺たちは互いに声を掛け合いながら、常に連携を意識して戦闘をこなしていった。