不仲な二匹
ガチ勢の一日ってな――と、煙草片手に得意げな口調で切り出す謙也に俺と椿は耳を傾ける。
携帯を弄りながら紙パックジュースを啜る椿の隣で、鮭弁当をつつく俺。それらを気にせず得意げに話を進めていく謙也、いつも通りの風景。
「スキル取得券マラソンっつって、全てのフィールドボスを一週間の内に討伐……これを毎週続けるのが基本らしいぞ」
「うへー。なんか、気が滅入る遊び方だなあ」
謙也の言葉に、思わず椿が苦笑いを浮かべて見せた。対する謙也は真面目な顔を崩さない。
「そういうもんなの、MMORPGは。それを続ける程の価値がスキル取得券にはあるって事。現段階におけるFrontier WorldでのPvPは《レベルの差》によるゴリ押しで大体なんとかなってるけど、あと一ヶ月くらい経てば間違いなく《技能能力の差》で勝敗が決まるね」
日々、ギルドメンバーである初心者プレイヤーにゲームを楽しく遊んでもらうためのノウハウを教えている謙也であるから、ガセネタを調べもせず語るというのは考え難い。つまり、彼が口にする情報は必然的に信憑性が高くなる。
一切疑う素振りを見せぬままに、彼の言葉について少し考察していく。
分かりやすい所で言うと、先日まで行われていたトーナメントが適当だろう。混合戦では俺とアルデのペアが、トッププレイヤーと称される存在であるOさん相手に勝利を収められたのは《技能の相性》によるもの。突き詰めればOさんが魔力極振りプレイヤーで、アルデが筋力に大きく偏ったステータスだったという部分も有るが《魔法武器付属》の技能が無ければ強力な魔法の前に敗北していただろう。
そして《レベル》によって圧倒的なまでの実力差が生まれてしまったのは銀灰さんとアリスさんペアとの試合。あれは勿論テクニックの差や技能の差も大きかったが、それ以上にレベルが離れすぎていて試合にすらならなかったのをよく覚えている。彼等のステータスと俺たちのステータスには、テクニックや技能では埋められない程の開きがあった。
時代は《レベル》から《スキル》へ。これは昨日、風の町にて銀灰さんが教えてくれた“レベル上限”が原因と考えられる。
銀灰さんはレベルの上限が“100”だと言っていたから、花蓮さんやOさんのようなトッププレイヤーは元より、謙也の言う“ガチ勢”の人達も既にその領域に到達しつつあるのかもしれない。
JAPANサーバー内に複数のレベル上限者が蔓延るまで、長く見てもあと一ヶ月程度だろうか。
「謙也達も取得券マラソン、始めているのか?」
「俺達のはマラソンって言うよりジョギングって感じだな。初めたてのプレイヤーに、Seed創立メンバーの誰かを混ぜたパーティーで冒険の町付近……手頃な敵の一つ目鬼辺りで腕試しって状態だ。取得券が出ても殆ど譲ってるしな」
要するに俺達“エンジョイ勢”は強くなる事よりも、のんびり仲良くやる事に楽しさを見出してるって訳だな――と、過去の活動を思い出しているのか、微笑を浮かべる謙也はぷかりと煙を吐いた。
「そうだ。クリンさんには既に言ってあるんだけど、今日もまた風の町でイベントやるみたいだから謙也もギルドメンバー呼んで来てみたらいいんじゃないか? 声掛け合って戦闘を楽しむのも面白そうだけど、童心に戻って鬼ごっこするのも楽しいぞ」
昨日も俺の予想を遥かに上回るプレイヤーが集まっていたから、今日もまた多くのプレイヤーがやって来るに違いない。勿論、謙也達も来れば人数も増え、より活気のあるイベントになると考えられる。その中でも、Seedの活動方針に賛同する初心者プレイヤーは少なく無い筈だ。そこでギルドメンバー募集をしても問題は無いだろう。
「クリンも、昨日行けなかったから今日は行くって予定立ててたみたいだけど……中々可愛いイベントやってるみたいだな。なら、行ける人集って俺も参加してみるかな。――そういえば椿、昨日参加したらしいけどどうだった?」
「ええっと――」
召喚獣達を遊ばせてやるつもりが、俺自身も一緒になってはしゃいでしまっていたのが少しだけ恥ずかしい。けれども、俺にとっては新鮮だったし、今日のイベントにも予定されていれば是非参加したいと思っている。
昨日の事を思い出しながら熱く語った自分の顔が綻んでいる事に気付き、慌てて平然を装うも完全に見られていたらしく、謙也と椿が顔を見合わせ笑みを浮かべているのが見えた。
いやいや、それにしても昨日の人生ゲームも楽しかったなあ。またあの面子で遊びたい。
「……楽しかったよ。部長ちゃんの写真も沢山撮らせてもらったし、一緒に釣りもできたから。そうそう! 大樹ったら凄いの釣ったんだよ! 技能持ちでも中々釣れない……」
殺風景な屋上に、男女の笑い声が響く。
ここ一ヶ月、こっちでもあっちでも笑ってばかりだな……と、充実した毎日をしみじみ噛み締めながら、同僚との楽しいひと時がゆっくりと流れていった。
*****
ログインすると同時に、ベッド上に跳ねるようにして現れる三姉妹。
最近は殆ど宿屋にてログアウトしているから、彼女たちが尻から着地する“バフッ”という音は、ログイン時のお約束となっている。
退屈そうな顔で見上げてくるダリアと、のそのそとベッド上を移動する部長。大きく手を振って挨拶した後、青吉を出すようにせがむアルデ。これも、お約束だ。
「明日からまた忙しくなるけど、今日まではお休みだから目一杯遊んでいいぞ」
『わぁい!』
水槽を掲げるようにバンザイして喜ぶアルデと、早くもおもちゃを催促するダリア。
部長はあまりはしゃいで遊ばないタイプであるが、ポカポカとした気持ちのいい気候が続く風の町はお昼寝するには丁度いいのか、俺の背中をよじ登りスタンバイを完了させている。
この子達の様子から察するに、いいリフレッシュ休暇になっているみたいだな……と、頭上に装備した部長の鼻を指で突きながら、明日からの予定を軽く頭の中で整理していく。
俺たちの最終目標は花蓮さんから教えてもらった《真名解放クエスト》であるが、存在愛の召喚士による恩恵で親密度は他の召喚士の倍上げなければクエストに進む事ができない。
三姉妹との関係は順調ではあるものの、経験値で上がるレベルとは違い、親密度は過ごした時間や内容が上昇につながる。俺自身、彼女達とはじっくり仲良くなっていきたいと考えているから、こちらは時間を掛けて上げて行くことになるだろう。
最重要事項ではあるが、最優先事項ではない。
今の優先事項は《町の開放、及びストーリークエストを進行させる事》。それに伴う不安定要素……《レベル不足》。
適性の狩場で戦っていればレベルは順当に上がる。けれど、パーティのステータス次第では更にレベルの高い狩場でも問題なく戦う事ができるようになる。結果、レベルの上がりは早くなり町の開放やストーリークエスト等も無理なくこなす事ができる。
弾き出される最優先事項は《装備を揃える事》であり、トーナメントが終わって落ち着いた今、オルさんやマーシーさんにも気兼ねなく装備の注文が出せる。
ダリアも部長も、随分前に購入した装備を着けているし、アルデに至っては簡素な胴当てを買った程度だ。これではあまりにも不憫すぎる。
資金不足も無視できないが、チビチビ貯めていた貯金とトーナメントでの副収入を合わせれば三姉妹の全身装備が揃えられる程度にはなっている。その分、俺の装備が貧弱のままになるが……なんとか弾き等で騙し騙し頑張ろうと思う。
ともあれ、ダリアのアクセサリーは良質な物が多いし、アルデのメイン武器は一級品だ。武器から装飾品まで総取っ替えする必要は無い分、出費もある程度抑えられるだろう。
「となれば、早速メール打っておくか」
早く行こうと体に張り付いてくるダリアとアルデに「ちょっと待ってね」と詫びを入れつつ、オルさんとマーシーさんへメールを送る。
まずマーシーさんに“三姉妹の全身装備を見繕ってもらいたい”という旨を伝え、オルさんには“掲示した料金と素材で可能な範囲の装備を”という内容を送信。紅葉さんとは風の町で会うだろうから、メールは必要無いと判断した。
そんなこんなで、簡単に今後の予定をおさらいしつつメニュー画面を閉じ、ぴったりくっ付く二人を抱きかかえる。
「おまたせ。じゃあ行こうか!」
*****
前日に引き続き行われている非公式のイベントは、今日も多くのプレイヤーが参加している様子。心なしか、昨日よりも人の数が多いように見えるが……気にせず行こうと思う。
はるか遠くに見える赤髪の女性と緑髪の女性が、昨日皆で鬼ごっこをした広場の中心へとプレイヤー達を集めているのが見える。頭上を飛び回る二匹の鳥と、足元で丸くなる二匹の猫もかろうじて確認できた。
紅葉さんと葉月さん――つまりは企画者である二人が何かを始めようとしている。要するに、今日行うイベントの内容についてこれから説明があるのだろう。
俺たちも向かってみよう……と、三姉妹と共に人だかりの方へと足を進めていくうちに、前方に見慣れたプレイヤー達がいる事に気が付いた。
「こんばんは……っというか、ゲーム内じゃ全然明るいから、こんにちは? ですかね?」
「よお、とかでいいだろ」
「こ、こんにちばんは!」
振り返ったのは鎖帷子に身を包んだ会社の同僚――ケンヤと、ゆったりとした白のローブを身に纏った三つ編みの女性――クリンさん。クリンさんの腕には、小さくなった金太郎丸とガブ丸が抱かれている。
遅れて振り返る数名のプレイヤーが俺たちを見るなり“あっ!”と声をあげるも、ケンヤの無言の睨みによって即座に沈静化させられた。
皆、防具に《種子》のエンブレムが刻まれている状態から察するに、この場にいるプレイヤーは全てケンヤ達《Seedギルド》のメンバーなのだろう。
やはりトーナメントの反響でメンバーの数もかなり増えたみたいだな。一応、辺りを見渡してみるも、雨天さんとライラさんの姿は見えなかった。
「来てみたはいいが……すげー人だなあ。もしかしてダリア嬢達、客寄せパンダになってねえか?」
二、三度、確認するように頭を動かしつつ、眉間に皺を寄せながら言うケンヤ。
「その部分は全く分からない。ただ、三人が迷惑するような場面を我慢してまで居るつもりはないからな。とりあえず、昨日は特にトラブルなくこの子達を遊ばせてやれたから良かったよ。今日も平和に楽しく過ぎればいいと思ってる」
「……まあ、ダリア嬢達が楽しく過ごせるのが一番だとは思うけど、一応俺も今日は一日お世話になるつもりだから、ついでにボディーガードも任せとけ」
俺の言葉に、ケンヤは額を掻きつつボソボソと呟くようにして返す。
会社での俺の話を聞いて、どうやらケンヤは俺たちの心配をして駆けつけてくれたようだ。確かに、周りが召喚獣や魔獣好きのプレイヤーばかりだから気が緩んでいた部分もあったし、俺も更に彼女達に気を配りながら過ごす必要がありそうだ。
ケンヤに「心強いよ、ありがとう」と嚙みしめるように感謝しつつ、視線をクリンさんへと移動させる。
「親密度、順調に上がってますか?」
「は、はい! ……でも金太郎丸とガブ丸の仲は相変わらずで……」
以前聞いていたように、未だ二匹の仲は良くない様子。腕の中で同じように抱かれているものの、お互い顔をそっぽ向けるようにして、目を合わせないようにしているのが見て取れる。
うちは運良く全員が全員と仲良くできているから不仲問題は未だ発生していないが、今後新しい仲間が増えた際、種族等の原因から今の金太郎丸とガブ丸のようなギスギスした状態にならないとも限らない。
二匹に目を移しながら困ったようにため息を吐くクリンさんへ、なるべく明るい声色を維持したまま一つ提案してみせる。
「クリンさん。俺のところは種族がバラバラなので、あまり的確なアドバイスができませんが、イベントに参加しているプレイヤーの中にはクリンさんのように《獣型》で統一している人も多くいます。知り合いに心当たりもありますし、問題解決の糸口をこの機会に見つけましょうよ」
なんたってこれは召喚獣と魔獣達のためのイベントなのだから。葉月さんの所のマオとシルクはどちらも獣型だし、視線を移せば至る所に獣型の召喚獣を見つける事ができる。
以前マーシーさんが言っていたように、一番人気の召喚獣は獣型であるし、クリンさんのような悩みを抱えたプレイヤーも見つかるかもしれない。
「解決……できれば嬉しいです。せめて、この子達が何でいがみ合っているのかさえ分かれば、原因を知る事ができるのですが……」
恐らく、俺がSeedのギルドにお邪魔した時よりも前から今日まで、二匹はずっとこの調子なのだろう。
困ったような表情で二匹を見つめるクリンさんがため息まじりに呟いた言葉によって、俺の脳内にある人物の顔が反射的に浮かび上がる。
「それなら、適任の人を知ってますよ」
「えっ?」
作っていた声色にするのを忘れ、素のトーンで言う俺に、クリンさんも些か間の抜けた声と共に顔を上げてみせる。
紅葉さん達に頼んで獣型に詳しいプレイヤーを呼んでもらいつつ、あの人にも来てもらおう。
「元々ケンヤはそのつもりで居てくれたみたいですが、クリンさんも今日は俺たちと一緒にイベントを楽しみましょう。二匹の件については、俺の方で色々頼んで回ってみますから」
「あ、ありがとうございます!」
折角足を運んでくれたのだから、クリンさん達には笑顔で帰ってもらいたい。それに、前回はちゃんとした手助けができなかったのだし、お詫びも兼ねて出来る限りの手は尽くしてあげたい。
基本的に三人娘には好きなように遊んでいてもらおうと思っているものの、どこかのタイミングで彼女達のアイデアに頼る場面が出てくるかもしれない。一応、その旨を伝えておこう。
『皆のサポートも必要になるかもしれないから、その時はよろしくな』
過剰に気を使われてしまうのもやり辛いため、クリンさんには聞こえないようシンクロで一言。
それに対し、抱きついた状態のダリアが顔を見上げながら『任せて』と返し、アルデは片手を挙げてやる気をアピールしてくれている。ゆさゆさと俺の視線が揺れているのは、部長が無言で頷いているからだろうか。
なんにせよ、彼女達は最終手段。本来の目的が第一優先であるから、この問題は俺の頑張り次第という事になりそうだ。
「とりあえず、俺たちも中央に集まりましょう。イベント、始まりますよ」
ケンヤにも目配せしつつ、俺たちは談笑しながら群れの中心へと足を進めていく。
さて、紅葉さん達はどんなイベントを用意してくれているのだろうか。