Oさんの豪邸
場所は変わって――ここは王都高層住居区7。いわゆる貴族達が住まう敷居の高いエリアだ。
以前、オルさんが経営する《心命》へと行った際……つまりは王都の商業区であるが、広がっていた光景は質の悪いレンガと木材で造られた建造物の集合体。ファンタジーが舞台のゲーム等で起用されるイメージとしては満点の再現度ではあったが、ここ、高層住居区はまるで別空間だった。
上品なクリーム色の石を張り巡らせ、枕木のような、密度の高そうな焦げ茶色の木材で美しく揃えられた外観。小窓には薄いガラス、扉の横には上品なガーデニングスペース等の遊び心まで存在している。
貴族の館というよりは、海外のお洒落な住宅街。それらが隣の家に密着するような形で建ち並んでおり、道行く人の群れにはプレイヤーの姿もちらほら見受けられた。
「王都の中でも特に土地値が高いこの高層住居区は、プレイヤーの中でも選ばれし者だけが住むことを許される至高の場所ッ! もちろん、選ばれし者である僕もここの住民だ!」
「意識高い系の巣」
「無性に泥とか塗りたくなる場所だな」
食事が終わった俺たちが早速課金アイテムを開封しようと店を出た――ところで、会計を済ませたOさんが待ったをかけたのだった。
「遊ぶなら僕の家に来てくれ!」と、ポータルを指差し訴えたOさん。特に断る理由もないと快諾すると、彼先導の元たどり着いたのがこの場所だった。
黙々と付いてくる花蓮さんやヘルヴォル達とは対照的に、風神雷神はこの光景に早速ケチをつけ出している。彼らは本当にやりかねないため、内心ヒヤヒヤものだ。
「王都には何回か来てるけど、初めて来る場所だ……Oさんの家、楽しみだな」
『ダイキ みんなでここに 引っ越そう』
「いや、俺は選ばれざる者だからどうだろうなぁ……」
まるで魔物や戦とは無縁そうな高級住宅街を眺めながら呟くと、この場所を気に入った様子のダリアが提案をしてくる。
ホームは紋章ギルド本部やseedメンバーの住まいを見た時からいつか俺もとは思っていたが、Oさんが言うようにここは少し土地が高そうだ。三姉妹の装備に充てるGの捻出だけでいっぱいいっぱいの俺が、背伸びしてまで住むような場所ではないだろう。
苦笑で誤魔化しつつ額を掻いていると、前を歩くOさんが反応してみせる。
「我が宿敵もここに越してくるのかい? 一番土地値の高い1区は難しいだろうけど、20区から30区辺りならどうだろう」
からかう様な口調でなく、俺たちの引越しを本当に期待している様な、無邪気な声色で言うOさん。言葉にいやらしさが感じられない部分、リアルの彼の性格がよく分かる。
「……因みに、お値段は?」
「僕の住まいは土地代で800万G、家代で500万G。家具はまた別だけどね! 20区辺りなら土地代でも650万Gくらいには――」
「か、考えておきます」
思っていた以上に、いいお値段。狩りやクエスト、トーナメント等で貯まった俺の現在の手持ちは120万程度。どう足掻いても足りないだろう。
サービス開始から一月程度で、既に一千万G程使えるだけの余裕があるプレイヤーとなると……やはりOさんみたく闇の力をつぎ込んだ人達だろうか。
『高いの?』
「ダリアの食事一万回相当かな」
俺に抱えられたダリアは、Oさんの言った金額にイマイチピンと来ていないのか、手足をぶらぶらさせながら顔だけ俺の方へと向けてくる。
そんな彼女に対し、彼女が最も関心のありそうな食事に変換して答えてみせるが……そもそも数字の大きさが理解できているのかどうか――小学校高学年程度の知識が必要になってくるだろう。
俺の言葉に、ダリアはいそいそと両手を顔の前に持っていき、指を折るようにして頑張って計算を始めているのが見える。
「現実世界のお金1000円でこちらの世界のお金10万Gに両替でき、ます」
「うーん」
暫く黙っていた花蓮さんが、補足するように口を開く。ともあれ、この場所に住むためにはリアルマネーを10万円分つぎ込まなければならないとなると、敷居の高さが明確化されるな。
曖昧に返しつつ、冒険の町でホームを建てたアリスさんや銀灰さん、ケンヤ達にでも土地値を聞いておくことに決めた。冒険の町なら流石に王都より何割か値段も下がるだろうと見越しての考えだ。
ここ、Frontier Worldには俺が未だ開拓しきれていない町も存在しているはずだし、今後冒険している最中に、土地値が安い素敵な町が見つかるかもしれない。
立ち並ぶ高級住宅の数々に視線を移しながら、俺は、いつか欲しいホームの外装や内装をあれこれと思考するのだった。
*****
「ここが! 僕の住まいだッ! 他の追随を許さない豪奢な外観に加え、内装も凝りに凝っている! あぁ、小悪魔ちゃん。それは模擬刀だから持ち上げられないよ」
『これカッコいい!』
正直、予想はしていたが、やはりOさんの住まいは色々と凄かった。
艶のある乳白色の石で造られた、周囲の建物を三つ合体させた程の大きさがある大豪邸。まるで神殿のような外観に妙にマッチする松明の炎が美しい。
けれど、内装を一言で表すなら、趣味が悪い。
神秘的な外装の豪華さはアリだが、内部に敷かれた赤と金の絨毯や、巨人族専用か? という程に高さのある派手な椅子、テーブル。
絵画や金色の壺、彼の言う模擬刀にはふんだんに宝石があしらわれており、柄を握るアルデが引っこ抜こうと格闘しているのが見える。
彼自身も自覚しているように、豪奢という言葉が似合う派手派手でゴテゴテな仕様にダリアと部長は呆然としていた。部長に関しては、チカチカする光景を鬱陶しく感じているようだ。
「これは以前あった《貴族ガチャ》のアイテム群です、よね。本当に置物としての価値しかなく不評だった筈ですが……貴方にはかなり需要があったのだと推測し、ます」
「いやあ。僕は貴族ガチャに限らず、全てのガチャをフルコンプするまで引き続けているからね! ただ、貴族ガチャのアイテムは家具としても優秀だからカブっても困らないし、多分2000回は引いたね!」
「馬鹿っているんだな」
ダリアと部長同様に、唖然とする花蓮さんの言葉に胸を張って答えるOさん。雷神が、どこか遠い目をしながら呟いた。
「2000って……余ったアイテム全て設置しているんですか?」
「いやいや。豪邸と言えば宝物庫! 僕は地下の宝物庫ががらんどうなのがどうしても許せなかった。因みにッ! この素晴らしい防具もその時に手に入れた物だよ!」
さらりと宝物庫の場所を吐露してしまっているが大丈夫なのだろうか? という疑問を霧散させつつ、彼のロマンのベクトルがなんとなく把握できた気がした。
トーナメント時とは違う、けれどやはり派手なこの防具も、彼のこだわりの一つなのだろう。隣に立つ花蓮さんが『理解できない』と言いたげな顔をしているが、男の俺には少し理解できてしまったりする。
俺が召喚獣達へ情熱を注いでいるように、彼は派手さや豪華さに情熱を注いでいるのだろう。ともすれば、ド派手な範囲魔法の数々も、彼のロマンの一端なのだと考えられる。
そのまま俺たちは二階部分にある《遊び部屋》なる場所へと通され、クッション性に優れた黄緑色の絨毯の上へと腰を下ろした。
《おもちゃ箱》と書かれた看板横に置かれた巨大なケースを物色するOさんを横目に、アイテムボックスからお茶を取り出し並べる花蓮さんに声をかける。
「そういえば、花蓮さんも自分用のホーム建てたりしているんですか?」
「!!」
俺の言葉に、花蓮さんは体を大きくビクつかせ、焦ったように目を泳がせていた。
もしかして……何か嫌な思い出でもあったのか? となると、ホームの話を振ったのは悪手だったか。
「ごめんなさい、ちょっとデリカシーに欠けてましたね。今のは忘れてください」
「は、はい」
考えてみなくても、住所までは聞いていないものの、女性の家を詮索するような発言は不味かったな。ましてや、アリスさんやケンヤのようなギルドホームでなく、個人宅は完全にプライベート空間だ。彼らとはホームに対する感覚が違う可能性もある。
即座に謝る俺に、花蓮さんはどこかホッとしたような声で答えてみせた。
やはり嫌な思い出、もしくは見られたくない物等があるのかもしれない。これ以上は聞かないことにしよう。
『ねーねー、これから何するのー? 遊ぶのー?』
「そうだよ――と、そういえば、購入したガチャチケットの使用もまだだったな」
花蓮さんから、胡座の間にすっぽり収まる部長へと視線を移しながら、アイテムボックスに並ぶチケットを指でタップ。そのまま、部長用にと買った《ネタ装備ガチャチケット(タイプ:獣型)》を取り出した。
「おお、今からガチャを引くのか、我が宿敵よ! 確かに、奇抜な装備に身を包んでから遊ぶというのもまた一興! なら、課金が初めての君に先輩からアドバイスをしておこう!」
俺の手に収まるチケット――ガチャポンのイラストが書かれた白と青の紙――を見たOさんが、両手で抱えるように持っていたおもちゃを床にバラバラと落としながら、素早い動きでチケットを三枚取り出した。
「ガチャアイテムというのは、ゲーム世界には存在しない《不思議な宝》というジャンルにカテゴライズされる。価値が高すぎてNPCは買ってくれないけど、Gの無いプレイヤーでも、簡単に強い装備等を揃えられるお勧めの手段だ! 」
「なるほど……」
不思議な宝か。確か、場所や時代にそぐわない代物に使われる言葉だったと記憶している。
プレイヤーメイド品であればNPCに売却する事は可能であるが、こちらは不要となったら店売りする……という処置は取れないようだ。もっとも、プレイヤー同士で取引する事で、物によっては莫大Gへと変えることができるのかもしれないが、その辺の情報は追い追い分かってくるだろう。
が、少しだけ気になる点がある。
「ガチャのせいで、プレイヤーが作った装備よりもガチャで入手できたアイテムの方が需要がある……という流れになり、生産職が困るのでは?」
「それは無いよッ!」
俺が呟いた疑問を、脊髄反射的速度で否定するOさん。
「ガチャアイテムっていうのは、性能よりも見た目重視の品が殆どで、同レベル帯の装備で言うと上の下……ボスドロップ等のアイテム、クオリティの高いプレイヤーメイド品には劣る程度の性能しかないんだ!」
Oさんは新たに、無骨な木の杖と豪華な宝石の杖の二本を取り出し、比べるようにして両手に持って見せてくる。
「ガチャアイテムの長所は、少しのリアルマネーで簡単に強い装備が揃う点と、その奇抜な見た目。逆に短所は修理ができないという点と、強化もできないという点かな。ただ、僕の家にある置物等は壊れる心配がないし、プレイヤーでは作る事ができない部分は面白い!」
言いながら、左手の豪華な宝石の杖をアイテムボックスへと仕舞う。
「そしてプレイヤーメイド品やドロップアイテムの長所は、素材があれば修理・強化が可能な点。性能をある程度いじれる点があって、短所としてはコスト面と手間、強化やドロップも確率の兼ね合いがあるし、揃えるのに労力とGが掛かる事かな!」
右手の無骨な杖を一振りしつつ、アイテムボックスへと仕舞ったOさんは、最後に笑いながら付け加える。
「まあ手っ取り早く、リアルマネーをGに両替して娯楽の町のオークションなりで強い装備を揃えるのが強者への近道かもね! 僕も偶に行ってるけど!」
さあ話はこれくらいにして! と、Oさんは手に持っていたチケットを一枚千切るように消費する。
すると、空中に半透明のガチャポンが出現、Oさんは取っ手の部分をぐるりと回し、黄色のカプセルを取り出した――次の瞬間、Oさんの顔が醜悪なゾンビの顔へと変化した。
『ひっ!』
「とまあ、今回当たったのが《なんちゃってゾンビマスク》な訳だけど、アイテムの中にも“レア度”って物が存在する。これがランクFの一番ハズレで、一番アタリなのがランクAかな! 確率は良く調べてないけど、Aは本当に出ない!」
あまりの精巧さに、アルデが短い悲鳴を漏らす。驚きのあまり、隣に置いてあった青吉の水槽をひっくり返しそうになっていた。
ゾンビ顔のOさんの説明通り、ガチャアイテムにはレア度というものが存在するらしく、全300種という膨大な種類のアイテム群の中でもランクAはたったの10種しか無い。
そのまま、慣れた手つきでガチャを回していくOさんは、続く二回目、三回目にして《なんちゃってゾンビアーマー:上》と《なんちゃってゾンビアーマー:下》の、ゾンビ三セットを揃えるという奇跡を見せた。ゾンビとなった本人からは、なんとも言えない唸り声が聞こえてくる。
「……私も早速引いてみたいと思います」
「これは部長の分だから、回してみな」
『やってみるー』
哀れなゾンビに触れないように、俺と花蓮さんは同時にチケットを破り、部長は目の前に出現した取っ手をぐるりと回した。
「理想は、部長用の可愛い装備なんだけどな」
『邪魔だから、付けたくないよー』
可愛い装備、欲を言うなれば強い装備をと願う俺に、嫌そうな声色で部長が呟く。
そうだった、この子は装備を付けたがらない。無駄になるか?
落ちてきたカプセルの色は青色。中には小さな羽のような物が入っていた。
【なんちゃって悪魔の羽(獣型専用装備)】#オーパーツ
悪魔になりきれるコスチューム。飛行機能は備わっていない。
ランク:D
魔力+10
分類:背中装備
ランクD……ということは、そこそこのレアリティと考えていいのだろうか?
「結構可愛いのが当たったんだけど……」
付けてくれないよなあ、と、恐る恐るといった雰囲気を出しつつ部長へと見せる。
胡座の間に収まる部長は、しばらくその羽を見つめた後――
『付けて』
と、呟いた。
当然のことながら、なんちゃって悪魔の羽にはカラーリング:透明は施されていない。けれども、装備嫌いの部長が了承するとはどういう風の吹き回しだろうか?
部長の気が変わらないうちにと、俺は部長の装備欄へと羽をセット。部長の背中にちょこんと小さな羽が現れた。
蝙蝠の羽を付けたカピバラ……なかなか可愛いデザインだ。単純に、部長がこの羽を気に入ったという事も考えられるし、姉貴分――ダリアとお揃いだから了承したとも考えられる。
もしくは俺のために空気を読んでくれた……とも考えられるが、まあ、可愛ければなんでもいいか。と、鼻をひくつかせる部長の頭を撫でてやるのだった。