課金要素
店から見える景色は、以前来た時と全く変わらず美しい。静かな水面から跳ねる魚に、見ていたアルデが『おっきい!』と大興奮。
俺たちがやって来たのは、過去に俺がダリアと共にサイクロプスを撃破し、町を開放した記念と称しケンヤと雨天さんが騒ぐため訪れた魚料理の店だった。見える景色にもそうだが、店の外観からして見覚えがあったのか、ダリアも懐かしむような表情を見せている。
突然来た大人数の客にも、従業員は笑顔を崩さず淀みない動きで奥の和室へと通してくれた。先頭を歩く俺、抱えられたダリアとアルデ、頭の上の部長、続いて大兵器と花蓮さん達が入ってくる。
ウルティマは小さくなれるし、スペースに関しての心配はなかった……が、問題はその人数である。
*****
「ご注文の品、以上でお揃いですか?」
「はい、とりあえずは以上で」
「ちょっと待ってほしい! いや、食事代くらいは奢るぞと言ったのは僕だけど!」
アルデが注文したデラックスパフェタワーを無事運び終え、汗を拭いつつ笑顔を見せた従業員に、俺は笑顔で返してみせる。続けて放った俺の返答に、大兵器と従業員の表情が固まった。
小さな宴会場のような豪華且つ大量の料理が並ぶテーブルは、アルデのパフェが到着した事により、まるで計算されたかのように置けるスペースが無くなっていた。しかしながら、ダリアとアルデは底なしだ、追加注文する可能性はある。
「おい戦乙女! 宿敵への食事代を僕が払うのはまだ分かる、けど君が我が物顔で便乗するのはちょっとおかしい!」
「どうしてですか?」
「どうしてですか?!」
キョトンとする花蓮さんに、大兵器はこの世の終わりかのように顔色を悪くしながら頭を抱えている。実は、テーブルの料理の八割近くが花蓮さん達の分だった。
行儀よく食べ始めるヘルヴォルは、ご飯に味噌汁に焼き魚という完璧なラインナップだが量は少なめ、風神雷神は揚げ物を頬張っているが彼らも少なめ。プレイヤーである花蓮さんは大量に食事する意味は少ないし……となると、やはり巨人族のウルティマか?
「私達の料金は全て私が払いますのでご心配、なく。私もこの子の食欲には驚きましたがいっぱい食べてくれると見ていて嬉しい、です」
言いながら、愛おしそうに一点を見つめる花蓮さんの視線の先に、料理の山へ体を埋めるコーラルの姿があった。
まるでギャグアニメであるような、料理を下から螺旋状に食べ進めるあの光景が目の前で繰り広げられている。ダリアやアルデの胃袋も異次元だが、コーラルのは更に別の次元である。
「……毎回の出費、お察しします」
「いえ。お金はいっぱいありますから。それに、この子達用に消費するなら本望ですし」
馬鹿にならないであろう食費を想像し、尊敬の眼差しを向け頭を下げる俺に、花蓮さんは照れ笑いを浮かべながら再びコーラルの方へと視線を戻す。
直立不動の姿勢だった大兵器は何かを期待していたのか、少し残念そうに咳払いをした後、再び俺の正面の席へと腰を下ろした。
「……さて我が宿敵お義父さん、そして小悪魔! よくものこのこと僕の前に姿を見せられたものだ!」
「えぇー……」
結構むちゃくちゃだぞ、この人。
トーナメント時には瞳の中にメラメラと青の炎が揺らいでいたと記憶していたが、今は穏やかな黄色の炎が灯っている。感情によって色や激しさが変わるのかは分からないが、キャラメイク時には無かった要素であるし、種族の特徴か課金アイテムの一種だろう。
剣王の墓を共に攻略したマイさんみたく耳長の美形、所謂エルフ族だと思われるが……肌が黒いため別種族とも考えられる。
装備は相変わらず煌びやかだが、今回は黒に白の刺繍が入った比較的落ち着いたデザインだ。ここまで細かい刺繍だと、作った人も相当手間をかけたのだろうと容易に想像がつく。
貴族風の豪華な防具もそうだが、オールバックにされた青黒い髪によってキツそうな印象を受けるものの、口調や動きが中身に引っ張られすぎて、かなりちぐはぐだ。ただ、悪い人では無いと思う。
「決闘……つまりはPvPをしたいとの事でしたが、本当に俺たち四人対貴方で行うつもりですか?」
「Oさんと呼んでほしい!!」
彼の事をたっぷり観察し終えた俺は、恍惚の表情でパフェにありつくアルデに視線を向けながら大兵器に本題を切り出した。
大兵器は片手を“シュバッ!”と上げて食い気味に言った後、何事も無かったかのように腕を組み、再び口を開く。
「まあ、あの頃の僕は青かったし? 自分の技に酔ってたし? 自信に満ちてたから? 足を掬われたといいますか? 僕が――」
「貴方と彼らでは相性が悪すぎる諦めた方が、いい」
お茶を啜る花蓮さんが、ピシャリと言い放った。
確かに、俺たちというよりアルデだが、Oさんとの相性はかなり良かった。魔法主体でありステータスが極振りとの噂があったOさんに、魔法へのカウンター技を持つアルデは天敵と言えるだろう。
魔法武器付属や魔装には少なからずデメリットも存在するが、俺たち全員でカバーすればいいだけの話だ。
自信満々といった様子で滑らかに語っていたOさんは、鯉のように口をパクパクさせて言葉を失っている。
対抗策を練っての決闘申し込みだと思っていたが……考えてみればトーナメントからまだ一日しか経っていない。ステータスや技能レベルも、そこまで大きく変化していないはずだ。
「…………じゃあ、予約で」
本当に、対策も考えず決闘を申し込んできたらしく、先程までの勢いをすっかり無くしてしまったOさんは、俯きがちにそう呟いた。
心なしか、瞳の炎が弱々しい。
「そもそも受けるとは一言も言ってないんですが――」
「それはそうと宿敵! 確かこの後、おもちゃ遊びをすると言ってたけど、具体的に何をすれば?!」
なんか、ハローさんと同じ匂いがするなあと思いつつ、チラリとダリアへ目を向ける。
リザード族のクエストでお面とか置物とか貰えたし、トーナメントの時に大量に買ったおもちゃもアイテムボックスに仕舞ってある。流石に店内で遊ぶわけにはいかないが、外なら多少騒いでも問題ないだろう。
とりあえず三姉妹におもちゃを渡し、俺はそれを眺めている予定だが――
「そういえばネタ装備ガチャが始まりましたね。それを引いておもちゃを揃えるのも面白そう、ですね。ダイキさん、課金の経験はありますか?」
ふと、思い出したかのように手を叩いた花蓮さんが、口の横に米粒を付けたまま笑顔を向けてくる。俺はそれをジェスチャーでさりげなく教えつつ、経験がないと返答した。
「おぉ! 課金といえばこの僕! なんでも教えてあげよう!」
「……やりすぎ注意ですよ、Oさん」
「もう一生分のお金は手に入れたから、後は老衰するまでゲームに入り浸るだけなんだ! 僕は勝ち組ってやつだからねッ!」
やんわりと注意を促すも、Oさんは“なんのこれしき”と高笑いをしている。横で部長が『うるさいなー』と、ややキレ気味だ。
本当に現実世界で大富豪だったとしても、それを口にするのは危険な気が……彼に先走った悪い虫が付かないか心配ではあるが、その部分にはノータッチで話を進めていく。
「そのネタ装備ガチャというのは面白そうですね。二人共経験有りみたいですし、今後、経験値稼ぎ目的で利用するつもりではいましたから、この機会にちょっと手を出してみようと思います」
「……ではメニュー画面にある《SHOP》を選び、画面を進めてください私と大兵器でナビゲーション、します」
少し顔を赤くしたナビゲーター花蓮さんの言葉に従い、ゲーム開始から今日まで一度も利用してこなかった《SHOP》の画面へと切り替わる。突如現れたスーパーマーケットの広告さながらの情報量に、一瞬「うぉ」と声が出た。
三月も終わりに向かい、来月から四月。四月といえば、俺は第一に“嘘をついても許される日”が思い浮かぶ。そして、運営の方もそれを意識しているのか、SHOP画面には“嘘つきグッズ”なるアイテム達がズラリと並んでいた。
ランダムでモンスターへと変身できる《モンスターなりすまし》という面白そうなアイテムから、花蓮さんが言っていた《ネタ装備ガチャ》も大きく表示されている。“見た目、伝説の剣だがその実攻撃力は0!”や、“ハリセン型の可愛い武器だが、一撃だけ高い威力の打属性攻撃を与える鈍器!”などなど、確かにネタ装備がより取り見取り。これらもランダムで当たると書いてあった。
隅の方にはしっかりと、経験値チケット等の重要度の高いアイテムのスペースが設けられている事に感心しつつ、一頻り画面に目を通した俺は二人にレクチャーを求める。
「SHOPでは押した商品をカゴに入れ最後にお金を払うというシステムになって、います。お金の支払い方法はナンバー入力でできますし、初期設定だと未成年用フィルターが掛かっていますが、ライト課金プレイヤーなら外す必要もないかと思い、ます」
「SHOPで買ったガチャのチケットは、ボックス内消費をすれば回せるから特別な施設に行く必要なし! 有効期限もあるから注意!」
「なるほど……とりあえず、購入に至るまで問題なく進めそうです。後は何を買うかですね」
丁寧に説明してくれる二人に感謝しつつ、再び意識をSHOP画面へと戻していく。
ネタ装備ガチャは一回100円。
100Gではなく、100円である。
慣れた人からすれば、この額の課金など大した抵抗なく行える行為なのかも分からないが、俺にとっては初の課金だ。少しだけドキドキする。
初課金という事で、今回は控えめに《ネタ装備ガチャチケット(タイプ:人型)×2》《ネタ装備ガチャチケット(タイプ:獣型)×1》に加え、《パーティーセット×1》をカゴに入れた。因みに、パーティーセットの値段は300円となっている。
言われた通りの手順で購入を完了させアイテムボックスを確認すると、中にはしっかり購入したアイテム群が並んでいた。
使用期限は三ヶ月間、かなり長い。
「無事購入できました。食事が終わったら、早速引いてみたいと思います」
「おぉ! 宿敵はネタ装備ガチャを買ったんだね! じゃあ僕も10枚買ってくるよ!」
買い過ぎでは……いや、もう何も言うまい。
俺の課金に感化されたのか、Oさんが画面を恐ろしいスピードでタップしているのが見える。この人は俗に言う課金厨というやつかもしれない。
花蓮さんはどうするんだろうかと視線を送ると、少し得意げな顔で自身のアイテムボックスをこちらに見せ、“チョイチョイ”と指でアピール。
見るとそこにはネタ装備ガチャのチケットが既に5枚購入してあった。俺がSHOPを見ている間に買っていたのだろうか。
二人が俺たちと遊ぶために躊躇なくリアルマネーを注ぎ込んでくれた事に若干の感動を覚えつつ、Oさんの買い物が終わるまでの時間を三姉妹の世話焼きをして過ごしていく。
『足りたか?』
『まんぞく』
『足りたよー』
『元気全開!』
この短時間で食べ終えたダリア、アルデも凄いが……何人前かも分からぬ量の料理を食べ終えたコーラルには、驚きを通り越し恐ろしささえ感じる。あの小さい体のどこに、あの量を入れるスペースがあるのだろうか。
この後、Oさんはリアルマネーではなくゲーム内マネーを、それこそフィルターを軽く超える額払わされる事になるが、それはまた別の話。