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来訪者

 

 戦闘区域に到着したその足で、大剣を構えたアルデが猛烈な勢いそのままにリザード族へと斬りかかる。

 野生解放に伴う可視化された濃いオーラから始まり、部長と俺とで幾重にも強化(バフ)を展開していくその横で、自身を中心に赤色の魔法陣を描くダリア。付近のリザード族からの敵視(ヘイト)が、ダリアに向け急激に高まっていくのを感じる。


「『こっちだ』」


 強化(バフ)を一時中断し、周囲のリザード族へ《挑発》を入れる……が、一瞬は俺へと向いた敵視(ヘイト)はある方向へと変更された。

 金属同士がぶつかり合う低い音と共に、ウルティマ・トゥーレが強力な《挑発》を使った事により、付近のリザード族はまるで、彼しか認知できていないかのような迷いなき足取りで武器を構え駆けていく。


「そこの素敵なお姉さん、ちょっとそこらでお茶しないかビーーム!」

「まな板娘はお呼びじゃねえんだぜサンダーー!」


 混戦状態となっている戦場で武器を振るう女性プレイヤーを、値踏みするかの如く目で楽しんでいた風神雷神はウルティマが集めたリザード族の群れに得意の魔法を発動、緑色の光線が前方の敵を無慈悲に焼き払い、逃れた残党を紫電が撃ち抜いた。


 今ので10体――いや、もっと消えたか?

 デタラメな威力である事は間違いない。


 ふざけた立ち振る舞いとは裏腹に、片手間で放った魔法はどちらも規格外。

 日本最強召喚士と謳われる花蓮さんの召喚獣達が戦う姿を間近で見、驚愕する俺に、美しい七色の粉が降りかかる。右下に出たアイコンに見慣れぬ強化(バフ)が増えたかと思うと、俺たちの上を飛び回るコーラルが鱗粉を落とすように羽根を動かし、プレイヤー達に強化(バフ)を掛けて回っているのが見えた。

 俺や部長が保持する強化(バフ)に比べ、その効力・効果時間に三倍近くの差が開いている。同じ技ではない限り重複せず別個に強化(バフ)が分けられるから、レインボーフィッシュによるステータス強化も相まって俺たちパーティの数値全てが1.8倍近くまで底上げされているのが見て取れた。

 ダリアから放たれた赤色の衝撃波により、数体のリザード族が吹き飛ばされて塵になる。


『調子 いい』


『ダリアはヴァーミリオン・リングの恩恵もあるし、敵のレベルが低いのもあって無双状態だな』


 ぼんやりと現れる赤色の竜を見上げながら呟くように言うダリア。リザード族では最早相手にならないらしく、作業的に魔法を繰り出している様子だが、ステータス向上の恩恵を肌で感じているのか声色はどこか上機嫌だ。

 体を躍らせるように杖を振るい、身に纏うポンチョがふわりと揺れる。複数展開される小さな魔法陣から生えた黒色の剣が、襲い来るリザード族達を突き刺し屠る。


『部長、回復は間に合ってるか? 薬が必要ならいつでも言ってくれ』


『この辺りはピンクちゃんがやってくれてるから姉貴達のMP・SP管理だけやっていれば大丈夫みたいー』


 いつもの調子のまま頭の上でスタンバイモードの部長だが、彼女のMP・SPゲージの減り具合から見ても、かなり熱心にサポートしている事が分かる。器用値にも魔力にも補正が掛かっている今、彼女の貯蔵庫(ゲージ)は未だかつて無いほどに大きくなっており、俺からの薬サポートも頻度が少ない。

 花蓮さんパーティのサポーター(支援役)であるコーラルがかなり働いている事により、部長の負担も少なくて済んでいる様子。


 左の視界に意識を向け、切り崩されていくリザード族の面々を見やる。

 頻繁にダリアからの援護魔法を剣に纏い、火力の底上げを図りながら着実に討伐数を重ねるアルデ。

 接近戦であるアルデに関しては俺が専属盾役(タンク)としてサポートする考えでいたのだが、彼女へと向けられた攻撃は何故か別のプレイヤーが体を張って防いでくれている。それも一人や二人でなく、フルパーティー規模(六人体制)だ。

 よく見るとダリアの周りにも、彼女を気遣ってくれているのか盾役(タンク)のプレイヤーが溢れているものの、範囲魔法による攻撃で敵を寄せ付けないダリアは盾を必要としない。完全に過剰防衛状態である。



 リザード族の群れの中心で、轟音と同時に光の柱が天へと伸びた。

 まるで、アニメか漫画のように、掘り当てた温泉に巻き込まれたかの如く無情に天へと放り出されるリザード族。今の一撃でこちら側の出口に湧いたリザード族がごっそりと減っている。


 思わず見惚れる、花蓮さんとヘルヴォルの立ち回り――といっても複雑な動きは殆ど無く、魔法を練る花蓮さんをヘルヴォルがひたすら守っている状況。しかし指一本触れさせない圧巻の剣さばき、別次元の強さだ。

 彼女(ヘルヴォル)を信頼しきっている花蓮さんが、自身へ向かってくるリザード族の剣に対し、回避や防御行動を取る様子が微塵も感じられない部分、阿吽の呼吸ともいえる完成されたコンビネーションを見た気がする。

 将来的に、花蓮さんの立つ場所にダリアを置き、アルデと俺が攻撃をさばき、部長が援護に徹底するフォーメーションができれば理想だ。それに加え、攻撃或いは弱体化魔法が得意……若しくは万能型の召喚獣を仲間にできれば、隙の少ない良い陣形が完成するだろう。


「こっちはあらかた片付いたか……そろそろ向こうの援護に何人か向かった方がいいな」


 他にも周囲で戦闘を繰り広げる召喚士や魔獣使いの立ち回り・戦闘手段を盗み見ながら、突然発生の討伐イベントを着々と消費していく――が、こちら側には花蓮さん達がいるため、敵の減るスピードが明らかに早い。


『ダリア、アルデ。俺たちは向こうに助太刀だ』


『わかった』


『承知した!』


 経過時間を見ると、既に八分。全体討伐数は430を超え、俺たちだけでも56体を撃破。進行度の具合から察するに、敵の数は全部で500くらいだと推測できる。

 残りのリザード族の大半が逆側の入り口に湧いており、遠目からでは分かり辛いが、敵の減り具合はかなりゆっくりだ。

 NPCも一緒になって戦っているのが見えるが……苦戦している?

 リザード族のレベルはそこまで高くないものの、それは俺たちや花蓮さん達のような“ゲーム内で主に戦闘を楽しんでいたプレイヤー”目線の感想。趣味全開で楽しむトルダや、生産に力を注ぐオルさんやマーシーさんのように、あまり積極的に戦闘を行ってこなかったプレイヤーにとっては十分強敵の部類なのかもしれない。

 思えば紅葉さんや葉月さんものんびりプレイの人達だし、召喚獣達の交流会という事で集まった可愛いもの好き達の多くも“のんびり派”と考えられる。苦戦するのも頷けるか。


 後ろを駆けていたダリアとアルデを抱きかかえ、激戦区へと急ぐ――その道中。


 空を覆う、無数の白の魔法陣が眩く煌めき、まるで巨人が何度も拳を打ち付けているかのような“ズドドドドドンッ!”という、重々しい音の大合唱に大地が鳴くように揺れ動く。

 夥しい数のリザード族は光の雨によってLPを散らし、天へと昇るポリゴンが弾けた。



「どんな敵でも死に際だけは美しい……そしてこの威力ッ! 音ッ! 僕の魔法は最強だ!」



 天を仰ぐように両手を広げ、声高らかに笑う一人のプレイヤー。

 あの時と装備が全て変わっているが、俺は彼の声に聞き覚えがあった。


(「僕はOさん。“さん”までが名前だから、Oさんさんって呼ばないように」)


 混合戦第四試合目にてぶつかった、魔法特化のトッププレイヤー。

 物は変われど見てくれは変わらず豪華絢爛。エルフ特有の長い耳は浅黒く、瞳の奥には黄色の炎がちらついている。

 

「今の魔法はこの僕、Oさんの魔法だッ! いいかい、さんまでが名前だから――」


『リザード族が全て討伐されました。町人はあなた達に感謝しています。あなた達の活躍は後世にまで語り継がれる事でしょう』


 声高らかに続ける彼の台詞に被さるように、運営からのアナウンスが鳴り響く。

 付近で怯えていた町民が歓喜すると共に、プレイヤー達へ感謝の言葉をなげかけているのが見える。


『終わったみたいだな。皆、お疲れ様』


『ちょっと 物足りない』


 腹回りを抱えられ、両手両足が宙ぶらりん状態となっていたダリアが、討伐戦終了のアナウンスに対しぽろりと不満をこぼす。

 まあ、いつもより格段に上がったステータスのお陰で気持ちのいい戦いができていたのだろう。けれども、俺としては非公式イベントに参加してくれていた“のんびり派”のプレイヤー達への被害が大きくなる前に終了した事に、内心ホッとしていた。

 反対側に抱えられたアルデは、大兵器の魔法によって散ったポリゴン達に目を奪われているのか『おぉ……』と、恍惚の表情でそれらが消えるのを眺めている。


『終わったから、また鬼ごっこ再開ー?』


 予想外の戦闘が終わった事により、やっと終了かと言わんばかりの声色で部長が中途半端で終わってしまった鬼ごっこの再開を求めてきた。

 そもそもウルティマの頭の上という誰もタッチできない場所に逃げていた彼女に“走って逃げる・タッチする”という本来の目的を楽しむ気があったのか不明だが、最初の鬼になった手前、俺も是非再開したい所だ。

 けれど……


『うーん。皆解散していってるみたいだし、また明日になるかな』


『えぇー』


『えー!?』


 また戦闘に巻き込まれるのでは? という心配からか、あれほど居たプレイヤー達が既にピーク時の七割ほどに減っている。会話している最中にも、ログアウトかポータル移動にてこの場を去るプレイヤーは多い。

 紅葉さん達の口ぶりから、明日もまたイベントを開催する風な事を言っていたから、それに賭けるかと部長に話すと、部長だけでなくアルデまでも不満の声を漏らした。

 俺もこの子達を目一杯遊ばせてやりたかっただけに、この仕打ちは不憫に思う。


「そこに居るのは、この僕の名声を地の底に落としてくれた、にッッッくき男! そして小悪魔!」


『なんか 来た』


 髪の毛を引っ張る部長と半べそになるアルデの両方を相手していると、入り口の方から此方へ“ズンズン!”と効果音が付くような足取りで向かってくる褐色エルフの姿があった。

 宙ぶらりんの状態そのままに、ダリアが彼を指差し呟いた。


「トーナメントぶりですね、Oさん。あの時はどうも」


「どうももマリモも無い! あの日から僕は君達の行方をずッッッと探していたんだ! トイレに行く間も惜しんでね!」


 いや、トイレは行こうよ。


 身なりや顔立ちは、ファンタジー世界の大貴族のような彼だが、中身の素が出すぎて非常にミスマッチだ。

 俺からアルデへと交互に指をさしながら熱く語る大兵器だったが、彼を阻むかのように現れたプレートの出現により、自然と俺の意識はそちらへと向けられた。




【緊急クエスト:リザード族襲撃】推奨Lv.30


 英雄ウェアレスの力を継ぐ異人が多く集まった事により、結界のバランスが崩れ歪みが発生しました。歪みを感じ取ったリザード族が食料調達のため牧場の動物達を狙っています。民と共闘し、リザード族を追い払いましょう。


※進行度が100%になったらクエスト失敗となり、経験値のみの獲得となります。ランクがAになった時点でクエストは終了します。終了後、町は元に戻ります。


※死んだ際、蘇る町は複数選択できます。これによる報酬の減少はありません。


※プレイヤー及びNPC、施設への攻撃判定はありません。


あなたの討伐数[56]

全体の討伐数[500]

リザード族の進行度[7%]

制限時間[―秒 / 15分]


経験値[46433]

獲得G[10000+20000]

達成ボーナス[ランクA]


ボーナスアイテム一覧

ランクA:安らぎの指輪

ランクB:リザード族の置物

ランクC:リザード族のお面

ランクD:獲得G+15000

ランクE:獲得G+10000

ランクF:獲得G+5000




 報酬の中を開き、並んだアイテム群を見るに、達成ボーナスAとは、ランクAの報酬だけでなく獲得アイテム総取りという意味である事がわかる。

 俺は報酬として《安らぎの指輪》《リザード族の置物》《リザード族のお面》の三アイテムに加え、大量の経験値とお金を手に入れた。そして、画面を覗いていたダリアが『おめん』と訴えてきたので、そのまま取り出し被せてやる。


「おい! 僕を無視するな! 僕は地に落ちた名声を取り戻すため、君に決闘を申し込みに来たんだッ!」


『おめんして 落ち着いて』


 俺たちの一連のやりとりを微笑ましそうに眺めていた大兵器は、思い出したかのように“はっ!”と表情を変えると、再び指をさして声高らかに云った。

 デフォルメされたリザード族のお面を付けたダリアが、彼を見上げながら宥めるように足をツンツンしている。


 決闘か……確かPKとは違い、お互いの同意があれば町中でも行う事ができる簡単な試合みたいな物だと記憶している。


 いや、しかし……


「俺は召喚士ですから一対一だと試合になりませんし、召喚獣を含めた形式だと変則ルールになります。それじゃフェアとは言い難いですし――」


「問題無い! 味方の小悪魔と他の二体も含め、一切合切(いっさいがっさい)相手してあげようッ! それでも勝つのはこの僕だ!」


 強者故の余裕だろうか……大兵器はあろう事かアルデだけでなく、ダリアと部長含めた四対一で構わないと言ってきたのだった。

 目を爛々と輝かせる彼の提案を無下にはできないと、渋々三姉妹と会議をはじめる。


『どうする?』


『ごはん 食べたい』


『帰って寝るー』


『おもちゃで遊びたい!』


 会議の結果、満場一致で却下という答えが出てしまった。

 俺はなるべく申し訳なさそうな声色と表情を作り、目の前で高笑いする美形にそれを告げる――が


「なら僕も一緒にご飯を食べようかな! そして一緒に寝てあげよう! 更におもちゃで遊んであげようッ! その後決闘をしよう!」


 この人はどうやら、稀に居る砕けない精神力(ダイアモンドメンタル)の持ち主であるらしい。正直、顔見知りとはいえ他人と一緒に寝るのは御免である。

 いよいよ面倒くさくなってきたぞと困惑する俺に、冷めた女性の声が響く。


「なら私もご一緒してもいいですか? 勿論、ご飯とおもちゃ遊び限定ですが」


 花蓮さん一行である。

 俺への助け舟ではなく、まさかの参戦とは予想外だったが……一緒にご飯くらいは、まあいいだろう。

 得意げな表情で見つめる大兵器と、期待する表情で見つめる花蓮さんとを行き来した(のち)、俺は体を引きずるように湖の前に立つレストランへと足を向けるのだった。

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