プレイヤー達の非公式イベント②
釣った魚をその場で焼いて食べる。自分で釣り上げたという達成感も相まって、塩を付けただけにも拘らず驚く程美味しく感じるのは不思議なものだ。
プレイヤー数十人を巻き込んだ湖釣りによって、誰かが始めた焚き火の周りには串に刺した魚がズラリと並んでいた。魚の大きさや色、更に種類までもファンタジーよろしくバラバラなのも面白い。
ゲームの仕様で芝に火が燃え移るような事もなく、召喚士達の集まりは落ち着きのある盛り上がりを維持したまま進んでいく。
「しかし釣り技能持ちとの差がここまで如実に出るとは……恐るべしだな」
「これでダイキ達に負けたら完全に死に技能だって。それにしても、やっぱり上には上が居るわね」
カラフルな魚が焼けるのを待ちながら、トルダの釣った魚に目を移し呟く。ダリアが釣った二匹のちっこい魚と部長が釣った魚、アルデが釣った大きめの魚、その奥に焼けた大ぶりの魚達は全てトルダの戦績である。
自分たちの魚が焼けるのを目を輝かせながら見つめる三姉妹を挟むように座るトルダは、自分の右手に並ぶ特大の魚に目を向けながら苦笑いを浮かべた。
「釣り術Ⅳのレベル25って……マグロ級の魚を釣り上げられるのも納得」
「俺もⅣ段階まで行った技能無いし、その進行度から考えて、購入時からずっと釣りしてた人かもしれないな。なんにせよ、釣り大会の優勝者はあの人に決定だね」
捩り鉢巻きをした海の男風の男性プレイヤーが、彼を取り巻くギャラリーに釣りのなんたるかを語っているのが見える。
彼も俺と同じ召喚士であるが、殆ど戦闘をせず釣りをしているそうだ。相棒の鳥型召喚獣と共に毎日楽しく過ごしているとの事。
彼自身も召喚獣も、仲良さそうにしているのが印象的だった。
『焼けた!』
『取ってー』
かく言う俺たちも仲良しである。魚が焼き上がるのを今か今かと待っていた部長とアルデの分が、ついに食べられるようになった。
ダリアは二口で完食してしまっている。
魚を焼く行為に関しても一応は料理に含まれるらしく、焼き魚の番は料理技能持ちのプレイヤー数名で行っていた。俺たちの分はトルダが頃合いを見ていたため、生でも焼き過ぎでも無い丁度いい具合でありつく事ができる。
釣り上げた時のように串を両手で持ち、魚を天高く掲げて喜ぶアルデと、俺の足をゆさゆさと揺すって空腹を訴える部長。俺の分はまだ焼けていない。
「熱いから気を付けて食べるんだぞ……しかし、食材によって焼くだけでも時間が異なるなんて、よく出来てるな」
「技能が上がればその時間も短縮できたり、更に味が上がったりするらしいんだけど、私の料理技能じゃまだまだね」
なんでも、高級食材であるレインボーフィッシュや釣り名人の採ったマグロ級の魚は、調理するにも色々と手間が掛かるようだ。
それによって料理人の貰える経験値も上下するとの事なので、一応納得できる。
遅れて完成した焼きレインボーフィッシュの詳細を見てみると、ちゃんと料理としての評価も載っていた。
【レインボーフィッシュ(串焼き)】調理者:トルダ
滅多に釣り上げられない希少な魚を串焼きにした料理。各部位毎に大きく色と味が異なっている事が名前の由来。刺身としても美味しく食べる事ができる。
見た目:39/50
味付け:46/50
焼き加減:44/50
合計得点:129/150
効果(30分間)
筋力+25
耐久+25
敏捷+25
器用+25
魔力+25
全属性耐性(小)
分類:料理
流石は高級食材なだけあって、食事処で食べる事ができる料理より格段に強力な強化が付く。合計得点が高いのか低いのか判断しかねるが、味付けと焼き加減の評価は高い。かなり期待できるだろう。
結構大きいので、トルダに人数分を切り分けてもらい実食とする。
まずは小魚しか食べていないダリアが物欲しそうに見ていたので、取り皿に乗せて一番に渡す。続いて部長とアルデ、そしてトルダへと皿を渡していく。
『歯ごたえがある すごく美味しい』
まずはダリアの感想から。
片方の頬をいっぱいに膨らませながら口の中で懸命に戦っている様子が窺える。一つ当たりが、よく見る肉の塊500g程度の大きさ程あるため食べきるのはかなり大変だ。
『味が変わって面白い。でも、もうお腹いっぱいー』
三口四口齧った部長は、自分の釣った(釣り竿は俺のを一緒に使ったけど)魚を食べ切った段階でそこそこお腹いっぱいだったのか、早々にギブアップを申告した。
俺が「部長はもうお腹いっぱいなのか」と呟くと、すかさずトルダが「なら残りは私が!」と反応して見せる。
となるとトルダの分が余ってしまうが……食いしん坊二人なら食べ切れるだろう。
『拙者が釣ったのと同じくらい美味しい!』
青吉という魚のペットを飼っているアルデであったが、食べ物としての魚は別らしい。ダリアに勝るとも劣らない食欲をみせる彼女は、好物の甘い物ではないにも拘らず、終始ニコニコしながら魚を口の中に放り込んでいる。
時々、隣に置いてある青吉の水槽にレインボーフィッシュの身を入れてやっている事に関しては何も言うまい。青吉も勢いよく食べてるし、魚は魚の内臓とかよく食いつくとか聞いたことあるし……。
「なんていうか、表現のレパートリーが乏しいから上手く説明できないけど、部分部分で鯛とかクエとか所謂高級魚の味がする。結構前に海釣りに行った時食べただけだから、なんとなくだけど。お出汁にもかなり優秀かも」
「そんな高級魚を釣ったのも凄いって。確かに、身の大きさからは想像もつかないくらい繊細で上品な味って事はわかる。骨も柔らかくて気にならないし、全然大味じゃないね」
召喚獣達は『なかなか』とか『ここも美味しい!』とか、ざっくりとした感想しか述べないので、大人組は自然と具体的な感想へとシフトしていく。
そんな俺たちに、遠くの方から声が掛かった。
紅葉さんと葉月さん達だ。
「やっほーダイキ君。やっぱり来てくれてたのね! 掲示板の方で君達の情報が逐一更新されてるから、見つけるのが簡単だったよ!」
「この後のイベント内容について色々なプレイヤーから意見を貰ってたら、挨拶が遅れてしまいました。想像以上の参加人数に、私達もびっくりしてます」
計画者である紅葉さんと葉月さんは、自由なイベントとはいえ色々やる事があるのだろう。トルダと簡単に自己紹介・フレンド登録を済ませ、皆でしばらく駄弁った後、また忙しく何処かへ移動していった。
「今日は勿論、明日用のイベントも練ってるから是非とも参加してね!」という紅葉さんの言葉が気になる所だが、それは追い追い判明する事だろう。
「じゃあ私も、明日早いからもう落ちるね」
「そうか、じゃあ仕方ないな。明日も何かあるみたいだから、良かったらまた来てくれ。あと料理ありがとうな」
「いえいえ。その時はまた連絡入れる! じゃあ、皆もおやすみっ」
とても名残惜しそうに立ち上がったトルダは、三姉妹を順番に撫でた後、ログアウトしていった。
周囲には未だ大勢のプレイヤーが居るものの、知人が居なくなると少しだけ孤独感に襲われるのは何故だろうか……と、どうでもいい事を考えつつ再び焼きレインボーフィッシュにかぶり付いていると、ポータルの方から小さくないどよめきが起こった事に気づく。
「やっぱり戦乙女キター!」
「流石、召喚獣絡みの事柄に関して教祖と肩を並べる程の地獄耳」
「非公式イベントなのにトップ勢が何人か来てるとか豪華すぎんよ」
「風神雷神が最近大人しいってマジ?」
トーナメントで大活躍だった紋章ギルドの面々や花蓮さん達トッププレイヤーは、イベントを機に更に知名度を上げているため、町に現れるだけでギャラリーが出来るスターのような扱いとなっていた。
花蓮さんは全てのプレイヤーに対応するのは不可能だという考えに至ったのか、挨拶もそこそこに真っ直ぐこちらへ向かってきているのが見える。
斜め後ろを歩く戦乙女のヘルヴォルと、その後ろを巨体を揺らしながら進むウルティマ・トゥーレがよく目立つ。
「こんばんはダイキさん。この度は素敵なイベントにお招きいただきありがとうございます」
「そんな堅い挨拶はやめてくださいよ。俺はピクニック気分で来てるので、花蓮さん達もそんな感じでのんびりしていってください」
やや早足で俺たちのすぐそばまでやって来た花蓮さんは、俺の言葉に少しだけ顔を綻ばせると、周囲の人との距離を見計らいながらアイテムボックスからかなり大きめのレジャーシートを取り出し、それを芝の上に敷いた。
デフォルメされた猫のプリントが可愛らしい。
花蓮さんがちょこんと正座したのを合図に、ヘルヴォルが同じように、ウルティマは胡座をかいて腰を掛けた。ピンク色の妖精コーラルはウルティマの肩からヘルヴォルの周囲を飛び回った後、花蓮さんの頭の上に着地した。風神雷神は面白いものでも見つけたのか、笑みを浮かべながらキョロキョロしている。
「こういうイベントが開始されるのをすごく期待していました。私は私の召喚獣とは勿論の事、他の召喚士やその召喚獣とも仲良くなりたいと思っています」
「ならすごくいい機会ですよ。俺も既に何名かと話したりフレンド登録したりと満喫してますし」
焼きレインボーフィッシュのあまり分もダリアとアルデの二人で平らげたのを見計らい、「一緒に交流いきませんか?」と声を掛けると、花蓮さんは俯きがちに立ち上がった。
花蓮さんに付いてきたのはヘルヴォル、コーラル、風神雷神。ウルティマはレジャーシートの上で寛いでいるのが見える。
「おい風神!」
「ああ、これは正に男のファンタジーだぜ」
風神雷神はグラマラスな女性プレイヤーや召喚獣を観察しながらニヤニヤしていたので、この二体が大人しくなった説を心の中で否定しておいた。
隣でヘルヴォルが目を光らせているため、目立った暴走は抑えられている。
その後俺たちは湖の辺にあった白い砂場へと足を進め、その場にいた召喚士数名と共に召喚獣達との交流を開始した。といってもその行動は様々で、早速一人で砂のお城を作り出したダリア、獣型召喚獣がじゃれ合う中に飛び込んでいくアルデは流石だ。
よく性格が出ているとも言える。
大人モードだと溶け込みづらいと判断したのか、花蓮さんはヘルヴォルを幼体化させて様子を見ている。そこへ部長がのそのそ近付き、淀みない動きでヘルヴォルの頭の上に陣取っていた。
この子の度胸は姉妹一かもしれない。
「ヘルヴォルが喜ぶなんて珍しいです。甘えられた経験がないから新鮮みたいですね」
「甘えてるとは……まあ、結果オーライですね。コーラルは遊びに行かないのかな?」
相変わらずの冷たい表情からは読み取れないものの、部長の行動を“甘えてくれている”と解釈してくれたのか、ヘルヴォルは寧ろ喜んでいる様子。
風神雷神はフラフラと何処かへ浮遊していったので、ヘルヴォルからの天罰は秒読みだろう。
俺は、花蓮さんの頭の上で召喚獣達の様子を窺っているコーラルに気付き声を掛ける。
「この子は意外とシャイなんです。人見知りとも言いますか」
小さくても人の形をした召喚獣だ、細かい表情の変化はよくわかる。
花蓮さんの髪を掴んだまま、羨ましそうに砂場で遊んでいる風景を眺めていた。
『アルデ。コーラルを仲間に入れてやってくれ』
ここは一つアルデに頼むとしよう。
俺のシンクロをキャッチしたアルデは、一旦召喚獣達とのじゃれ合いを止め、花蓮さんの方へと手を振った。
『コーラル! こっち来て遊ぼうよ!』
「コーラル。アルデちゃんが呼んでるよ」
他の召喚獣の言葉もわかる花蓮さんは、俺の通訳を必要としない。
頭の上のコーラルに促すようにして声を掛けると、コーラルはもじもじと恥ずかしさを前面に出しつつも、ふわふわとアルデの方へと飛んでいくのが見えた。
骨の仮面を被っていた時に比べ、性格が良い方向へ大きく変わったアルデ。つまり、彼女の本来の姿が元気っ子だったのだと考えられる。
あの娘が居れば大丈夫だろう。
「アルデも元々は人見知りする子でしたから、コーラルの気持ちは一番分かると思います。コーラルも自然と打ち解けられるでしょう」
「ふふ、友達が出来ればコーラルももっと元気な子になると思います」
いつの間にかダリアの対面にはヘルヴォルが体育座りで城の完成を見守っており、頭の上では部長がダリアへ指示を飛ばしている。そして城の近くに砂の家を建てる召喚獣や、その光景を激写する男性プレイヤーと砂場の方もかなり賑わってきていた。
俺と花蓮さんも、近くのプレイヤーに声を掛けてのんびりと会話を楽しんでいく。