プレイヤー達の非公式イベント①
風の町には放牧スペースとは別に広場のような場所が存在する。葉月さんが経営する《癒しの風》が奥に立つその場所には、連日召喚士や魔獣使い、そして召喚獣と交流したい多くのプレイヤー達が集まっていた。
二日間に渡るイベントから一夜明けた今日、主に葉月さんが参加者を集った非公式イベントが開始となる。彼女と紅葉さんの人脈に加え、掲示板での呼びかけが効いていれば、更に多くのプレイヤーが集まってくるはずだ。
頭の上に部長を乗せ、両手にダリアとアルデを抱きかかえた状態のまま転移すると、既にポータル前には数多くのプレイヤーが集まっており、皆が皆、楽しそうに会話する姿が見える。
とりあえずは移動だな――と、広場の方へと足を進めていく……が、目を爛々と輝かせたプレイヤーの集団によって、一瞬にして行く手を阻まれた。
「幼女神様キターー!」
「相変わらず素っ気なくて可愛い」
「次女ちゃん今日も頭の上に……」
「あの、フレンドになってください!」
「爆発してください!」
「三女ちゃん、是非俺をPKしてください!」
相変わらずうちの三姉妹は大人気のようで、保護者の立場からしてもこれは嬉しい。“ダイキ君が来る事も晒しておくね”という、半ば強制的な紅葉さんの配慮によって来てくれた人達かもしれない。
ポータル前で混雑すると邪魔になるので、とりあえず皆に声を掛けながら会場である広場の方へと向かって歩く。後ろでは数十人規模の隊列が出来上がっていたが、気にせず足を進めていく。
俺の方でもフレンドにいる人達には一通りメールを送っておいたので、来ていれば広場で集まった時に合流できるはずだが……ケンヤ達や紋章ギルドの二人に関しては、トーナメント後の加入ラッシュでギルド業務が忙しくなり、来れない可能性も十分考えられる。
来れなかった人にはイベント中のスクリーンショットや、保存されている召喚獣達の写真でも添えて送っておくか。
*****
広場に着くと、既に集まっていたプレイヤー達が各々レジャーシートからおもちゃ、椅子やテーブルを取り出しているのが見えた。
“ピクニック気分でのんびり”ということで、はっきり言って明確な目的は無い。あくまで交流する場を設けるだけであって、楽しみ方は自由となっていた。
広場はいわゆる芝のような植物が一面に広がる空間であり、所々に立派な木が生えている。この場所の扱いは町中なので、PK行為などの不意打ち的攻撃が禁止されているため安全と言えよう。どうしても戦いたい場合はPvPを互いで申請、承認する必要があるが、これもこれで良い余興になるのかもしれない。
木の下までたどり着き、いっぱいに広がる楽しそうな空間にウズウズしている様子の三姉妹を下ろしてやると、まず一番にアルデが嬉しそうに駆け出していった。
部長はのそのそと木の陰まで移動すると、伏せるようにして座り込み、鼻をヒクヒクさせて草の香りを楽しんでいる様子。
ダリアは二、三度、俺と広場とを見比べた後、少し歩いて何かを見つけ、体操座りで観察を始めている。
――和む光景だな。
部長の隣で木に寄りかかるようにして座ると、草を踏む音と共に銀色の騎士が現れ俺の隣へと座り込んだ。
「やあ、ダイキ君。早速来てみたよ」
「こんばんは、銀灰さん。ギルド業務は大丈夫ですか?」
俺の言葉に「本当、まいったよ」と、困った顔で額を掻く銀灰さん。やはり予想通り、トーナメントで相当目立ったお陰で、更に加入プレイヤーが増えているようだ。
「まあ、大きくなるのは願ったり叶ったりだからいいんだけどね。けど、マイヤさんを含む数百人の元メンバーが一斉加入した時の処理も追いつかない感じだし……そろそろ本部を王都に移す話も出てるからね。やる事てんこ盛りだ」
「レイドへの挑戦が最前線組の活動場所になりつつありますから、拠点となる王都に構えるのは良い案ですね」
木にもたれかかるように、両手を頭の後ろに回してくつろぐ銀灰さん。部長はいつの間にか俺の腿に頭を預けるようにして寝息を立てている。
可愛いのでスクリーンショットでパシャり。
「海外サーバートーナメントの優勝チームとのエキシビションも控えているし、まだまだのんびりできそうにないなあ」
「そういえばそんな話もありましたね。ゲーム内容は同じでも、やはり海外の方が進んでたりするんですかね?」
「結構聞くね、そんな話を。僕のフレンドが海外サーバーへアカウント移動した時に言ってたんだけど、向こうではレベルMAXしたプレイヤーもちらほら居るみたいだよ」
あまり興味無さそうな口調で語る銀灰さん。にしても、カンストとはまた早いな……
「ちなみにカンストって、レベル幾つなんですかね?」
「聞いた話だけど、現状だと“100”みたいだね。課金アイテムの《経験値チケット》とか使って長時間プレイしてるみたいだから、かなり気合い入ってるよ。僕も買わないと、エキシビションが散々な結果になりそうだ」
困ったように笑う銀灰さん。
レベルの上限が100となると……サービス開始から一ヶ月遊んだ俺のレベルから考えて、次のイベントまでにはその領域までたどり着ける可能性はある。
技能の熟練度によって使える技も変わってくるから――俺も課金アイテムを使って、イベント前には仕上がるように調整したほうがいいかもしれないな。
いつの間にか、ダリアの横には同じ体操座りで真似するように観察するアリスさんの姿がある……この人は何が何でも来ると思ってたから、今更驚くまい。その光景をパシャり。
数十秒後、広場をかき分けるように現れた獅子の顔をしたアバターが「見つけたぞ!」とアリスさんと銀灰さんを指差し、こちらへ駆けてくるのが見えた。
「あらら、業務サボったのがもうバレたみたいだ……じゃあ僕らはこれで戻るとするよ。ホームが変わったら是非遊びに来てね」
「もちろんです。ではまた」
そのまま二人は連行されるように、静かに退場していった。ダリアがアリスさんが消えた先を見つめている。
『何を観察してるんだ?』
『黄色い バッタ』
再び視線を足元へ戻したダリアへ声を掛けると、嬉しそうな声色で返事が返ってきた。奥の方で、犬型召喚獣と猫型召喚獣、そしてアルデがサイの様な召喚獣の背中に乗ってはしゃいでいるのが見える。
――青吉も出してやるか。
「や。おまたせ」
「おお、来てくれたか」
青吉の水槽に骨片を落としていると、木の陰からひょっこりと装備を新調したらしきトルダが現れた。
アバターに手を加えたのか、少し長かった髪を切り、まとめて短めのポニーテールにしている。初期状態に近かった防具は、所々に金属が付けられた茶色い革製の物へとグレードアップされており、籠手の様な部分は赤色の竜の鱗のようなギザギザした物に変わっている。
背中には長い和弓と片手に釣り竿というよくわからない出で立ちだが、悪戯っぽい笑みから読み取るに、何かを企てている様子だ。
「ねぇ。あそこにある湖で釣りでもしない? 向こうでバーベキュー始まってるし、釣った魚もついでに焼いてもらえるでしょ。なんなら私も料理できるし」
コツコツと上げてきた技能を披露する気か……ただ、器用値に大きく振ってあるステータスに加え、技術者の心得持ちの俺なら割と釣れるかもしれない。
寝ている部長を置いていくわけにはいかないので起きないように抱きかかえ、もう片方の手で青吉の水槽を持ち上げる。
ダリアも釣りに興味があるのか、既に足元で待機していた。
『アルデ。俺たちはトルダと釣りに行くんだけど、アルデはどうする?』
『後で行くー!』
乗馬ならぬ乗サイに夢中のアルデが興奮した様子で手を振りながら、再びサイへとしがみついた。既にサイの上には何匹もの召喚獣が乗って、大所帯となっている。
躍動感のある写真が撮れた所でトルダ先行の元、湖へと場所を移す。ダリアはトルダから子供用の釣り竿を受け取りながら手ほどきを受けていた。
目的地である湖には、水切りするプレイヤーや召喚獣を水に泳がせるプレイヤーの姿もあるが……平然としたトルダの様子から察するに、その影響で魚が逃げる等の心配はないと推測する。
「ダイキにも私の特製釣り竿をあげる。技能が無いと魚群や魚の大きさ、食いついたタイミングを目視する事ができないけど、竿が動いたら引けば釣れるから」
「簡単そうだな。ダリアは理解できたか?」
『大物 釣る』
やる気満々のダリアは早速竿を振り、湖の中へと仕掛けを落とした。餌は特に必要ないらしく、いわゆる擬似餌によって何度でも釣る事が出来る仕組みのようだ。
続くトルダが竿を振る。
俺は胡座をかくようにしてポジションを作り、部長を胡座の中心に置く。横に青吉の水槽を置いた後、奥を狙うように竿を振った。
「いやあ、都会じゃ釣りなんてなかなかできないから、自然がいっぱいのこっちが楽しくて仕方ないよ。馬も貰ったから乗馬もできるし」
「おお、いいな乗馬。技能無いけど、俺でもできるかな?」
「私以外が乗ると暴れ馬になるから、相当量の筋力値と器用値が無いと無理かもね。娯楽の町にあるルーレットで勝てば景品にあるから、ダイキ専用の馬を獲得する方がいいと思うよ」
相当勝ったのか、思い出し笑いをするように顔を綻ばせるトルダ。
確か港さんも行くようなことを言っていた町だが、イメージ通りカジノっぽい場所のようだ。ガチャチケットの件もあるから、近いうちに寄ってみようか。
――本日初のアタリが発生!
「あ! ダリアちゃん引いてる引いてる!」
「ダリア、バンザイする感じで竿を引くんだ! 逃すなよ!」
竿のしなり具合から見ても結構な大物だと予想できるが、ダリアは力負けする気配も見せず、ぐいぐいと竿を引っ張っている。
ヴァーミリオン・リングや技能による筋力強化がかなり活躍しているらしく、この調子なら一人でも釣り上げられそうだ。
そして――大きな水飛沫のエフェクトが飛び散った。
「……大物だなダリア。将来的に」
「可愛い! ダリアちゃん、糸持ってこっち向いて!」
釣れたのは青吉と良い勝負の、ドジョウみたいな小さな魚。
手応えの割にサイズが残念だったため、少し不服そうな表情で魚を見せてくるダリア。これも記念にパシャり。
『これは 食べごたえなさそう』
「サイズ的に、焼き魚には向かないかな。小さい魚ってどう処理すればいいんだ?」
「えっと、私はレベル上げのために残さず料理しちゃうけど、NPCに売ってお金にする選択肢もあるみたいだよ。町のギルドなら採取用クエストもあるから、まとめて納品する手もあるし」
流石は釣り技能持ちだ、想像以上の知識量。
討伐クエストがあるなら、採取クエストがあるのも頷ける。採取職のプレイヤーは採った物を経験値に変換してレベル上げをしているのかもしれない。
ともあれこれはダリアの獲物、選択権はダリアにあるだろう。
「トルダが料理できるみたいだけど、どうする?」
『食べたい』
『食べたーい』
いつの間にか起きていた部長も一緒に声をあげ、彼女達の言葉を代弁するとトルダは嬉しそうに頷いてみせた。
そうと決まれば食材集めだ、彼女達の食欲を考えると一匹二匹じゃ足りないだろう。
気を取り直して竿を振り、静かな水面に意識を集中させていく。
『今動いたよー』
「動いてない」
『動いたってばー』
「違うって、風になびいてるだけなの」
「部長ちゃん起きたね。……座り方が可愛すぎる」
まるで人間がするかのように、俺の胡座の中で後ろ足を投げ出すようにして座る部長が、俺の手の上に前足を乗せ、ゆさゆさと揺すっている。けれど、先程見えた竿の微妙な揺れは完全に風が犯人だ、引き上げるわけにはいかない。
『どーん!』
じゃじゃ馬娘が帰ってきた。
乗サイをひとしきり堪能したのか、高いテンションを維持したまま背中にボディプレスを浴びせ、そのまま蝉のように張り付いてくる。
反射的に竿を引くと、飛び上がった擬似餌の先に大きな魚が掛かっていた。カラフルな鯉のような魚に見える。
「ダイキすごい! その魚、なかなか釣れない“レインボーフィッシュ”っていう高級魚!」
「お、おう。魚が食い付いてたとは」
『だから引いてるって言ったのにー』
『ねーねー! 拙者もやりたいやりたい!』
ピチピチと糸から逃れようともがく、体長40センチ程のレインボーフィッシュ。糸の半ばをしっかり掴み、目の前へと持っていく。
味が良いのか、見た目上の価値が高いのか、どういうベクトルに高級魚なのかは不明だが……食用としてはあまり期待できそうにない色をしている。
「それね、食べると口の中で風味が七変化するって言われてるよ。タイミングが難しくて私もまだ釣った事無かったから、ちょっと食べるのが楽しみ」
『大物』
クスクスと笑うトルダが、カメラで撮影するようなポーズをとりながら詳細を語る。ダリアは生きの良いレインボーフィッシュに興味津々の様子。
これ食べるのかよ……と、もう一度レインボーフィッシュへと視線を戻す。トルダが何回もシャッターを切っているような気がする。
背中にアルデを張り付けて、部長を胡座で囲いながら訝しげに魚を観察する俺という、面白い構図が撮れたに違いない。
「お、釣りですか! 僕もご一緒してもいいですか?」
「私も竿持ってます!」
「それレインボーフィッシュ?! 初めて釣った所見ちゃった……」
アルデと遊んでくれていたプレイヤーが付いてきたのか、俺たちの周りには十数名のプレイヤーが集まってきていた。
この後料理して食べる事を伝えると、集まったプレイヤー達は気合いを入れるように意気込んだ後釣りを開始。トルダもダリアも負けじと水に擬似餌を投げている。
この人数じゃ、ここいら一帯の魚のフルコースがすぐに出来上がりそうだな。