イベントの終わり
「私の地元では銀杏焼きの屋台があるのですがここでは全く見かけませんね。恐らくプレイヤーは全国から参加している筈ですから、屋台の種類的にはリアルを凌駕していると考えられますがマイナーみたい、です」
隣を歩く花蓮さんは、側面に付けたお面をずるりと顔の上にずらすと、ため息まじりに項垂れた。
混合戦も全ての試合が終わり、コロシアムでは最後の種目である個人戦が繰り広げられている。
混合戦の最終結果として、俺とアルデのペアを破った銀灰さんとアリスさんペアはその後も安定した強さを見せ堂々の一位を勝ち取った。団体戦に次ぐ混合戦の優勝で、紋章ギルドの知名度は更に上がったと考えられる。
花蓮さんも準決勝にて彼等と当たり、約五分間程の攻防の末敗れていた。圧勝とまでは言えないまでも、終始一方的に試合が流れていた事に驚きを隠しきれない。
前の試合に戦っていた召喚士、俺たち、そして花蓮さんと、今回の試合形式では、召喚士が活躍できる場面がかなり限られているという考えに至る。
思考を戻し、約束していた花蓮さんとの屋台めぐりへと意識を向けた。
「五平餅や味噌ポテト等々、地域性の強い屋台もちらほらありますが……銀杏焼きって鎌倉辺りの名物ですよね? 今の発言って、かなり際どいような」
「嘘です。忘れてください」
失言した。と、自分でも分かったのか、キリッと前を向きなおした花蓮さんが「これ以上詮索しないで」とばかりに言い放った。
相変わらず、うさぎ顔のお面が可愛らしい。
『ドリルなんとか ダイキ ドリルなんとか』
「ドネルケバブな。お肉入ってはいるけど、そんなに多くないよ?」
肩車されるダリアが髪をぐいぐい引っ張り誘導するその先に、黄色と緑のマーブル模様の帽子を被った機人族が、ちょび髭を摩りながら手招きしている屋台が見えた。
棒に巻きつく大量の肉の食べ放題とでも思っているのかもしれないが、寧ろ挟む生地の方が面積は多い。そしてダリアの嫌いな野菜も入っている。
「ダリアちゃんは食いしん坊で部長ちゃんは寝るのが好き、アルデちゃんは高い所が好き、と」
「前の二人は間違ってませんが、アルデの高い所好きは今日初めて知りましたよ」
『進めウルティマ殿! 目指すはクレープ屋だ!』
王が来るイベントとなれば集まる人々の数は膨大、準じて人種も様々である。
中にはウルティマと同じように巨人族のNPC、またはプレイヤーの姿もあり、元の姿で祭りに参加しても特に注意を受けることはない。そもそも、注意する事自体が人種差別とも言えるだろう。
そんなこんなで元の大きさのまま後ろを歩くウルティマは、肩に部長と妖精族のコーラルを乗せ、頭の上にアルデを乗せている。てっぺんに陣取るアルデは、既に先の試合で完膚なきまでに敗北したショックを精算し、キャッキャとはしゃいでいるのが見える。
「……何をメモしてるんです?」
「召喚獣個体別性格把握ノート五。出会ってきたありとあらゆる召喚獣達の性格と容姿と可愛い点などを書き綴り続けて既に五冊目……因みにノートは課金アイテム《スクショ貼り付け可能永久保存ノート》48円」
びっしりと書かれた面を誇らしげに見せつけたうさぎお面は、団子を咥えながら再び物書きの世界へと旅立っていった。
頭の上で鳴る“むちゃむちゃ”という音を聞きながら、辺りを浮遊していた風神雷神へと声をかける。
「一日目も屋台まわりに来たの?」
「いつもは仏頂面の花蓮ちゃんも可愛いところがあってな、輪投げした時なんかそりゃあもう」
「……ヘ、ヘルちん、そんな怖い顔で見ないでくれよ。俺様たちゃ心を入れ替えたんだって」
団体戦の決勝で見せた迷惑行為を未だ許されていないのか、花蓮さんの斜め後ろを歩くヘルヴォルが睨みつけるように風神を威圧している。雷神は自分は関係ないとばかりに風神を見捨て、大人しく俺の言葉に返答していた。
「あれは輪が小さすぎる絶対におかしい。だから真上からゆっくり下ろすしか方法がなかった」
「だからって鬼ちゃんに足を押さえてもらって身を乗り出したら、流石の店主もキレるってもんだぜ。残念賞のチョコで引き下がるのもどうかと思うが」
ノートに何かを書き込みながら、少し不機嫌そうに呟く花蓮さん。雷神はやれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
後方に見えるコロシアムから大きな歓声が沸き起こり、祝福するかのように大きな魔法が花開いた。
道行くプレイヤーの会話が耳に届く。
「おい、個人戦優勝決まったらしいぞ!」
「見た見た! 銀騎士三冠ならず!」
「やはり、銀より金だったんだな」
そうか、銀灰さん負けてしまったのか。
混合戦とはいえ一対一で剣を交えた身としては、彼ほど隙のない人物を打ち負かすプレイヤーは居ないと思っていたが……ずば抜けたセンスと豊富な知識があっても、上には上がいるという事だろう。
銀灰さんのスタイルから察するに、苦手とするのは遠距離からの高威力魔法や状態異常系技の類いだろうか? 花蓮さんもそうだが、銀灰さんも団体戦でこそ光る人物だと考えられる。
“金”って事から安直に考えて、優勝者がハローさんという可能性もあるが……どちらも最後にスケジュールとしてある閉会式にて知る事になるだろう。
横を過ぎ去った三人組のプレイヤーから視線を戻すと、お面を側面にずらした花蓮さんがジッとこちらを見つめていた。
「団体戦、混合戦共に見ていましたが貴方にはレベルに振り回されない強さがあります。それにダリアちゃん達も真名解放を行えば今より数段強くなれる私も協力を惜しみま、せん」
真名解放――確か団体戦決勝前に聞いた、召喚獣を究極の個体へと昇華させる方法だったはず。
「真名とは、つまり召喚獣達の真の名を見つけてあげるクエスト……という解釈で合ってますか?」
ダリア、部長、そしてアルデと、彼女達に付けた名前は俺が与えた物であり、元から彼女達に付けられた名前は別にある。それを調べ、彼女達に教えてあげる事が真名解放クエストの内容――と、これが自分なりに考察した中身だ。
小説や映画、特にファンタジーの類で稀に見かける“その人物の正体を表す名前”だったり“知られてはいけない本当の名前”と考えても間違いじゃないだろう。
「合っています。クリアする過程で障害となる主に戦闘を伴う項目はお手伝いしたいと思いますが、パズルは貴方にしか解けません」
「パズル? ああ、謎解きボードゲーム的な要素まであるんですね」
「謎解きは正解、けれどボードゲームではないです」
花蓮さんは一度ヘルヴォルへと視線を移し、再びこちらへと視線を戻す。
「私から振った話ですがこれは召喚士自身に一から十までを経験してもらいたいので多くは語れません。ですが、所謂ヒントの類……クリアに至る為の鍵は何気ない日々の生活の中で見つける事ができます」
「……こうしている今も、真名解放クエストに関する何かしらのヒントを召喚獣達が発している、という事ですか?」
「はい」
肩車されているダリア、そしてウルティマの肩に寝そべる部長、頭上のアルデへと視線を動かしていく。
確かに毎日欠かさず会話を交わして触れ合っているが……まだ俺は真名解放クエストを受けていない。となると、他愛ない会話の中、或いは召喚獣達の行動がクエスト受注後の鍵になると考えていいのだろうか。
以前ダリアが初めて竜属性魔法を使った時彼女が言っていた、召喚獣しか知りえない情報や、部長の睡眠時間の謎、アルデが被っていた骨、持っていた武器も鍵の一つだと考えられる。
彼女達の隠された過去に踏み込むのは……やはり少しだけ勇気がいるな。
花蓮さんが考察した真名解放クエストの発生条件には親密度MAXという項目もあったから、理屈としては分かりやすい。自分の過去を見せるだけの信頼関係が出来上がった合図だと考えれば、無理やり聞き出すのとは違って理解できる。
「俺は、俺でなく彼女達にとっての最善を尽くすつもりです。大事な家族なので」
「そう、ですね」
俺の言葉に花蓮さんは同意するように、ぽつりとそう呟いた。
****
閉会式は観客席もフィールドも、溢れんばかりのプレイヤーによって埋め尽くされたコロシアムにて執り行われた。個人戦決勝の興奮が未だ残っているのか、会場はむんむんとした熱気に包まれている。
屋台めぐりを切り上げ、花蓮さん達と共に閉会式へと参加した俺たちは、混み合うフィールドの上で式が始まるのを待っていた。
二階部分の出っ張りに、王冠を被った初老の男性が進み出る。
エルヴァンス・ロウ・ダナゴン2世。王都を統べる男。
初めてまともに確認したのか、多くのプレイヤーはどよめきながらも、王様の言葉に耳を傾けていた。
「戦士達よ、実に素晴らしい試合をありがとう。昔は我も剣を振るい魔を狩ってきた身、光る技の数々に、滾る思いで楽しませてもらった――」
およそ三分という短い時間でのスピーチは、所謂偉い人の堅い内容とは全く異なるものであり、自身も一人の戦士として胸に込み上げた感動をそのまま言葉にしたような、熱く力のあるスピーチだった。
王様が話を終えると同時に、会場内が一気に沸き上がる。
皆が皆、自身がトーナメントで滾っていた心内を代弁したような内容に、盛大な拍手でもって答えていたのだった。
王様の言葉によって始まった閉会式は流れるように進んでいき、いよいよ結果発表と報酬の贈呈が行われる。
「団体戦優勝は――」
設置されたスクリーンが淡く光ると共に、プレイヤーの目の前に突如として現れるパネル。そこには王様が発表を続けるパーティ及び個人の名前がズラリと並び、スライドによって全てを確認できるようになっていた。
個人戦優勝はハロー金肉さんだった。どこからか彼の得意げな高笑いが聞こえてきたような気がする。
団体戦優勝は紋章ギルドの一番隊、そこから上位十組までのパーティ 一人一人の名前が表示され、それぞれ特別報酬などが載っている。
報酬の内容は誰でも見る事ができるようで、試しに一番隊の全員が貰った報酬を開く。
【王都騎士の指輪(全)】#イベント一位報酬
第一回J.P.トーナメント戦の報酬。王都でも優秀な騎士にしか与えられない名誉ある指輪であり、これを付けると英雄エルヴァンス・ロウ・ダナゴンの加護を受ける事ができると言われている。
必要レベル:50
特殊技能『ボス戦闘時に英雄の加護付属(大)』
筋力+15
耐久+15
敏捷+15
器用+15
魔力+15
分類:指装備
【プレミアムガチャチケット×10】#イベント一位報酬
娯楽の町の景品コーナーにて回す事ができる不思議なガチャガチャのチケット。何が出るかはお楽しみ。
分類:消費アイテム
指輪に関してはダリアが当てたヴァーミリオン・リングの方が性能が良いように見えるが、アイテム詳細にも書いてあるように特殊技能の方がメイン要素だろう。
ガチャのチケットに関してはよく分からないが、紅葉さんが使っていた《どこでも露店》だったり花蓮さんがメモしていた《スクショ貼り付け可能永久保存ノート》等の課金アイテムの類かもしれない。
なんにせよ、混合戦では上位十組に残れた結果、俺たちにもメールによって特別報酬が贈呈されている。
【王都騎士の指輪(全)】#イベント報酬
第一回J.P.トーナメント戦の報酬。王都でも優秀な騎士にしか与えられない名誉ある指輪であり、これを付けると英雄エルヴァンス・ロウ・ダナゴンの加護を受ける事ができると言われている。
必要レベル:50
特殊技能『ボス戦闘時に英雄の加護付属(小)』
筋力+8
耐久+8
敏捷+8
器用+8
魔力+8
分類:指装備
指輪の効果は一番隊が貰った物より劣るものの、限定アイテムが貰えたとなれば大満足だ。
チケットは同じ順位の人の数に召喚獣分のおまけで一枚上乗せされた三枚、指輪はアルデの分も貰えるようだった。
『アルデの分もあるみたいだな。頑張ったご褒美だってさ、装備できるのはしばらく先になるけど』
『やった! へっへっへー!』
装備できるレベルまでお預けとなるが、アルデ本人はそれでもご満悦の様子。ダリアも部長も特に嫉妬している様子はないものの、彼女達も十分がんばってくれた事に変わりはない。
『二人へのご褒美は俺からあげるから。まあ、ご飯くらいになるけど』
『それがいい』
『おもちゃでもいいよー』
普通ならおもちゃの方が高くつくのだが、この子達の場合は食事代の方が全然掛かる。
そういう意味では俺への報酬はGが良いなあ、とか思ってみたり。
成績発表も終わり、続いて注目度に応じた報酬の贈呈に移行する。
俺の最終注目度57に対する報酬がメールで届いており、覗いてくる三姉妹と共にそれを開いて確認した。
【イベント報酬(注目度)】03/22/14:50
あなたのトーナメントにおける活躍を目にした王から報酬が贈呈されます。プレイヤー[ダイキ]様のますますのご活躍をお祈りしております。
贈呈アイテム
王都の施設利用パス
ゴールドガチャチケット×1
570,000G
と思っていた矢先に大量のお金ゲット。そして恐らくプレミアムガチャチケットの下位互換であろうチケットと、王都の施設(一部施設を除く)を決められた回数だけ無償で利用できる有難いパスポートのセットだった。
パスポートの方は原則20回までと書いてあるからやたらと使う事はできないが、何かの場面で使う時が来るかもしれない。
予期せぬ大盤振る舞いに再び沸く会場内に、王様の言葉が響き渡る。
「気高き戦士達よ、どうか聞いてほしい――」
王様にとって、間違いなくこれが本題だろう。先ほどのスピーチとは打って変わり、どこか焦っているような口調で、帝国に関しての話を語っていく。
帝国が進軍しているこの状況で、二日間も置物のように試合観戦をしていた人物にしては――と、無粋なツッコミが頭をよぎるも即座に霧散させ、王様の話を一旦整理する。
まず一時的に王都騎士になったプレイヤーを除く大多数のプレイヤーは、遊撃隊として相手の兵士と激突する事になる。そして生産職や採取職も物資の作成等で参加できるようになっていた。
王都騎士となったプレイヤーは、付近の王都騎士と共にボス級モンスターの討伐を行い、イベントを勝利に導く事になる。
二月後にあるこのイベントは、トーナメント参加者以上のプレイヤーを巻き込んだ大規模なものになると予想できる。
そして、二月あればレベルが三桁に達するプレイヤーも出てくるだろう。今回のトーナメント以上のレベル格差が出る可能性は否定できない。
「詳細は後日、使いの者によって通達しよう。これ以上帝国を野放しにはできん! 戦士達よ、王都の為、果てはこの世界の為に、共に戦おう!」
こうして、二日間に及ぶ長い戦いは幕を下ろした。
そしてまた、始動する新しいイベントに向け、仮想の世界が動き出すのであった。