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二分間

 

[しまった! フェイントか!]

[そんな感じかな]

[くっそ、最後に足掻くぞ! 極炎丸!]

[召喚獣の方は、もう戦闘不能よ]

[はあ、銀騎士と銀竜が相手じゃ無理ゲーだ……]

[試合終了!]


 モニター奥で繰り広げられていた戦闘が終わり、ものの二分と経たずに勝敗が決した。

 映るのは銀色の鎧を身に纏った男女のペア。彼らに敗れた男性プレイヤーは炎の精霊族を使役する召喚士であったが、接近戦に持ち込まれて思うように対応できていなかったように見える。

 これまで何試合も彼らの戦いぶりを観ていたが、次の対戦相手(・・・・・・)として改めて試合を観てみると、自分たちとの戦闘能力の差がよく分かった。


「アルデ。調子はどうだ?」


 誰も居なくなったフィールドから目を移し、アルデの状態を確認する。


『かっこいい鎧もあるし、大丈夫だ!』


 俺の言葉に、アルデは自信満々といった様子で“ガシャリ!”と胸を叩いて意気込んだ。彼女の頼みで、王都騎士の鎧を着せてやっている。

 銀灰さんやアリスさんの立ち姿と比べると、やはり格好良さより可愛さの方が先行している感はあるものの、小さな武士に鎧がよく似合っていた。


 第七試合目の相手だった姫の王ペアの棄権によって不戦勝となった俺たちは、続く第八戦目の試合相手――つまり銀騎士・銀竜ペアと戦う事になっている。

 格上に勝った経験はあるが、その時は対戦相手が魔力極振りの大兵器だった事もあり、相性が良すぎたと言える。対して今回はどちらも接近戦を得意とするプレイヤーであるため、俺とアルデのレベルも考えると勝率は絶望的と言わざるを得ない。

 けれども、やるからには全力で、そして戦いの中で何かを得られれば良いと思っている。



 ――べちゃ



「食べさせてくれるなら、何か掛け声とかないのか?」


『じゃあ あーん』


 俺の頬へたこ焼きを押し付けるダリアと、彼女の背中に寄りかかるように寝そべる部長。モニターへ体を向けているダリアはまだしも、部長は既に興味すら失っている様子だ。

 寝ぼける部長が『はふぅ』と、大きな欠伸を吐き出した。


「俺たちの試合くらいはちゃんと観ててくれよ」


『応援 してる 青吉は 見ておく』


『姉御! 青吉が水面から口を出したらお腹が空いてるサインだから、その時はたこ焼きでも食べさせてやってくれ!』


『まかせて』


 騎士の鎧に身を包んだアルデが両手を振り、“ガチャガチャ”と金属が擦れる音が響く。

 長椅子の上に置かれた水槽で優雅に泳ぐ青吉は、アルデの言葉を体現するかのように水面へと顔を出し、パクパクと何かをねだっている。

 というか、たこ焼きなんて食わせて大丈夫か? 今の所、青吉の体調は悪くなるどころか寧ろ活発に、そして買った時より一回りも大きくなってしまっているが……


『あ! もうお腹空いちゃってる! 姉御! 姉御!』


『はい あーん』


 アルデに急かされるように餌をやるダリアは、爪楊枝で刺していたたこ焼き一玉をまるまる落とし、二人でしゃがみこむように水槽を観察している。

 青吉が自分の体よりも大きなその玉を、貪るように食べ進めているのが見えた。やはり、三姉妹同様に恐ろしい食欲だ。


「そんな食べさせて、水槽は汚れないのか?」


『なんか、たまに綺麗になってるよ!』


 長椅子に両手を乗せ、その上に顎を乗せて眺めている二人の後ろから水槽を覗き込み、青吉の様子をじっくり観察してみる。

 最初の頃のダリアのような、散らかすような食べっぷりを見せる青吉。しばらく眺めていると、水槽内にあった青色の水晶が淡い光を放ち、食べカスや糞が一瞬にして綺麗になるのが見えた。

 サイズの拡張が可能だとは言われていたが、自動で掃除もやってくれる仕掛けが施されているとは……想像以上にハイテクな水槽のようだ。


「しっかし――つい昨日貰ったばかりなのに、メダカサイズから金魚サイズにまで大きくなってるのは……やっぱり餌の問題か?」


『どんどん大きくなるんだぞー青吉。拙者を乗せて泳ぐまでが君の目標だ!』


 ため息交じりの俺とは対照的に、上機嫌のアルデは水槽をつんつんして眺めている。

 金魚掬いの金魚がメダカサイズっていうのは、そもそもが小さすぎたという話ではあるものの、この急成長は些か異常だな。

 今の状態こそ金魚だが、これ以上大きくなると餌代が掛かってくる可能性もある。当初は骨を砕いた物でいいって言われてたのに……


『試合開始まで、残り五分となりました。選手の皆様は試合の準備を完了させ、開かれた扉から入場してください。尚、試合開始時刻30秒前までにプレイヤーが全員揃わな……』


「っと、試合だ」


 和やかな時間が流れる控え室に、試合時間を告げるアナウンスが響き渡る。

 奇策はない。だからこそのリラックス。普段通りの動き、普段通りの戦い方で挑む。




****




「アルデちゃんが可愛すぎて生きるのがつらい」


「……アリスさんですよね?」


「違う。私は悪の戦士ブラッディ・ナイトだッ!」


『か、カッコいい!』


 試合時間を間違えたわけでも、フィールドの場所を間違えたわけでもない。

 目をキラキラと光らせるアルデと、状況が掴めず苦笑する俺に対峙するのは、赤黒い鎧を身に纏った血塗れの騎士だった。頭の先からつま先までの全てが鎧で覆われ、赤色滴る長剣と密集した骸骨で作られた盾は、かなりおどろおどろしい。

 けれども声、そして隣に立つ銀灰さんが、ブラッディ・ナイトの正体が誰かを知らせてくれるのだが……アルデは中身がアリスさんだと全く気付いていないようだった。


「ほらマスター。ガチャアイテムなんか使ってアルデちゃんを騙すような事しちゃ可哀想ですよ。明らかに信じ切ってます」


「……」


 半ば呆れたような声色で正体を明かすよう促す銀灰さんと、葛藤するアリスさん。けれども次の瞬間には、元の銀鎧へと姿が変わりプラチナブロンドがふわりと揺れた。

 アルデは中から現れたアリスさんに『え? あれ? ブラッディ・ナイトは?』と、困惑した表情を浮かべて狼狽えている。


「試合は試合、いくら嫌われたくないからって変装するのは失礼ですよ」


「ごめんなさい」


 釘をさすように、やや強めの声で注意する銀灰さんと、項垂れるように反省するアリスさん。

 何かの装備というより、出現するモンスターそのものという姿だったが……モンスター変装グッズの類も屋台で売っていたのかもしれない。

 それにしても。と、言いながらこちらに向き直る銀灰さんは、俺とアルデの顔を行き来した後、嬉しそうに笑みを作った。


「共闘よりも先に対戦する日が来るなんて……オルの店の前で会った時は、夢にも思わなかったよ」


「俺もです。共闘もいつか、ダンジョンにでも」


「もちろん。気軽に誘ってよ」


「私も行くから!」


 是非にと笑顔で答えると、銀灰さんも笑顔で返してくる。銀灰さんの肩をガシッと掴んだアリスさんも、鼻息を荒くしてすかさず志願した。




*****




 和やかなムードのまま試合開始を告げる掛け声が耳に届き、すかさず俺とアルデは武器を構える。

 銀灰さんは銀色のカイトシールドを左手に、十字架のような四角い長剣を右手に構え、アリスさんは翼のような剣格が特徴的な長剣を構えながら、ジリジリと距離を詰めてくる。

 

「『諸刃の布陣』」


『アルデ、魔装で火属性を付けるぞ』


『わかった!』


 相手との距離を見定めながら普段通り鼓舞術による強化(バフ)を展開していくも、このタイミングを狙っていたかのように二人が一気に速度を上げる。

 俺たちはシンクロで短く会話を交わし、次の工程へと移行、火炎弾(フレイムボール)を射出し、アルデの身体が燃え盛る。


「魔装だね。ダイキ君の使った魔法が火属性魔法の低レベルで覚える火炎弾(フレイムボール)だから、そこまで驚異にはならない。同時に、この場面で使うには威力も効果も心許ない技であるから、ダイキ君の魔法職としてのレベルは低い……って所かな」


 顔を半分隠すようにカイトシールドを深く構えた銀灰さんは、駆ける速度を更に上げて分析結果を口ずさむ。

 アルデの魔装は魔法付属武器とは違い、敵からのダメージが受け流せない。彼女のステータスは筋力値に偏っているから、たとえアリスさんが竜属性魔法を放ってきても、レベル差を考えるとその身に受けることはできないと考えられた。

 ならば少しでもと使った魔法――火炎弾(フレイムボール)を見ただけで見破るとは、博識を通り越して恐怖すら覚える。

 俺は銀灰さん、アルデはアリスさんへとそれぞれ分かれて剣を交えた。


 刃と刃がぶつかっただけで、俺たちのLPが大きく削れる。

 レベルの差、ステータスの差は、それほどまでに大きい。


「アルデちゃんを私に仕向けたのは、意図的でしょ?」


「ずるいですか?」


 鍔迫り合いの状態で銀灰さんから視線を外さぬまま、アリスさんと短く会話を交わす。

 アリスさんの声色には焦りの色が全く無く、むしろ機嫌が良いように聞こえた。


『観念! やぁ!』


「ずるいだなんて。こんな可愛い子とこの距離で試合できるんだし、役得としか思わないけど」


 ぶれない人だ……それに油断している様子も無しか。

 活路としてアリスさんが子供好きというある種の弱みの部分を突いてみたが、顔つきは至って真剣そのもの。試合は試合だと割り切っている様子。

 足をすくう事も難しそうだ。



「『かち上げ・盾』」



 短く云う銀灰さんのシールドが緑の光を放ち、俺の両手間へと滑り込んだ!


 一瞬で、剣を持つ右手が天に跳ね上がり――バランスが崩れる



「『赤の烈光斬レッド・ライトスラッシュ』」



 十字架が赤に染まり、剣が迫る!


 技術者の心得を発動させ、盾弾き(シールドパリィ)が不可能である事を知る。

 左手の盾を剣の軌道に合わせて動かし、苦肉の(アーツ)を発動。


 ――偽りの鉄壁


 そのまま反撃するべく剣を動かし、銀灰さんへ向け上段構えから放たれる(アーツ)を発動させた。


 ――黄の閃光剣イエロー・ライトソード


 割れるような音と共に偽りの鉄壁によるダメージ無効化が適用、突きを放った状態の銀灰さんを上から叩き斬るように剣を振り下ろす。


「――なかなか」


 驚いたような、そして嬉しそうに呟く銀灰さんの左手が滑るように動き、俺の右手が再び天へとかち上げられた。


 ゾクッ!


 まるでこちらのすべてを見通しているような――氷を想起させる冷たい視線に俺の直感が警報を鳴らし、思わず大きく距離を取る。


「無茶に突っ込んで来ないのは、流石に冷静だね。偽りの鉄壁に防御を任せてこの状況で攻撃に転じるとは……やっぱりダイキ君、センスあるよ」


 五秒にも満たない攻防を交わしただけで、俺は銀灰さんとの実力差を悟ってしまった。

 ゲーム画面であるから汗こそ出ていないが、現実では既に汗だくになっているのは間違いない。運動量による汗でなく、その全てが冷や汗だ。

 涼しい顔で十字架の剣を振るう銀灰さんは俺の行動を見切るだけでなく、技名やそれらの特徴まで全てを見切っている。そして対応してくる。


 鮮やかな盾弾き(シールドパリィ)……恐らく、大きく退いてなければ続く一撃で死んでいた。


 考えてもみれば分かる事だ。

 俺と銀灰さんの武器の形は違えど同じタイプ。単純なレベルがふた回り程違う彼が、自分が使う技の下位互換を把握していない訳がない。

 異常なまでの反応速度と正確な動きも相まって、隙が全く無いという事がはっきりと理解できてしまった。



「ダイキ君。降参して」



 長剣に(アーツ)を込め振りかぶるアリスさんと、膝をつくアルデ。

 LPこそまだ残っているものの、状態異常の《麻痺》《気絶》《恐怖》が同時に点滅しているのが見えた。

 アリスさんに竜属性魔法を使わせる事すら叶わなかったか……


 相性が悪く、そしてレベルの差が明確な相手とはここまで一方的な試合になるのか――と、悔しさもあれど納得した俺は試合開始からたったの二分、審判に降参する旨を伝えたのだった。

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