終結する事件
団体戦が終了し、スクリーンが混合戦の開始時間へと切り替わる。
つい数分前まで別次元の攻防が繰り広げられて荒地と化していたフィールドも、なにかの力によって元通りとなっていた。
もっとも見応えがある団体戦の決勝を観て満足したのか、それとも時間を潰しに行くのか、観客席に居たプレイヤー達が動きだし、逆に混合戦を観に来たプレイヤーが空いた席へと座っていくのが見えた。
たっぷり試合観戦を楽しんだ俺たちだが、混合戦では魅せる側に立つことになる。
出場しないダリアと部長は当然だが、青吉に餌をやるアルデの顔にも緊張の色は見てとれない。この調子なら、試合も最初から全力で戦うことができそうだ。
『時間に余裕はあるけど、控え室に移動しとこうか』
一度遅刻で失格しそうになった前例があるから、小心者の俺としては5分前行動ならぬ20分前行動で試合に臨みたい。
特に見る物が無いからか、三姉妹も大人しくそれに従い席を立つ。もとより部長はずっと俺の頭の上に居るため、彼女に関しては1ミリたりとも動いてはいないのだが。
『あ アリスだ』
いつものようにダリアとアルデを抱き上げようと振り返ると、汚れを払うかのように手をパンパンさせるアリスさんの姿があった。
いち早く気付いたダリアが彼女の元へと歩いていく。
「ダリアちゃん! また可愛くなった!?」
まるで可愛い孫が久々に遊びに来た時の祖母のような(空想だが)リアクションのまま膝をつき、“バッ!!”と両手を広げるアリスさん。
ダリアが少し距離を置いて立ち止まった事でアリスさんの抱擁が空振りとなるが、そのまま自分の体を抱きしめ身をクネらせて悶えている。
朝に一度会っているのだが……まあ、ツッコむ必要もないか。
「どうも、アリスさん。団体戦優勝おめでとうございます」
「ありがとう。この宣伝効果でCoat of Armsに入ってくれるプレイヤーが増えるといいんだけど」
更に戦力拡大を狙っているのか。
野心家すぎる。
「そういえば、何故ここに?」
ダリアとアルデの両方を撫でながら微笑むアリスさんに、素朴な疑問を投げかける。
団体戦が終わったら次は混合戦だ。銀灰さんとの試合の打ち合わせだったり、または団体戦決勝に関するギルド単位の話し合い等もありそうなものだ。
試合観戦はあり得ないとして、辺りに銀灰さんの姿が無いとなると、今アリスさんが観客席に居るのは更に不思議である。
「え? ……粛正?」
なんのだろうか。
可愛く小首を傾げてみせるアリスさんに詳細を尋ねるため口を開くも、観客席に響くソプラノボイスによって遮られてしまった。
周囲にいたプレイヤー達がざわめく。
「ダイキ……そしてダリアちゃん。やっと会えた」
そこに立っていたのは姫の王だった。
以前会った時、そして試合の時に見た格好そのままの彼女はやはり目立つ。試合フィールドでもない場所に、大型ギルドのマスターとトッププレイヤーがいるとなれば注目は避けられない。
絞り出したかのような声はか細く震え、作り物のような顔は様々な感情によって歪んでいた。
「……何しに来たの? まさか、更に逆恨みして来たわけじゃないでしょうね」
緩みきっていた顔が一変、軽蔑した対象に向けるような冷たいものへと豹変したアリスさんが、ダリアとアルデを庇うようにして前に立つ。
それを見た姫の王は「あっ……」と声を漏らすも、再び暗い表情へと戻っていく。
「マイヤさん。お久しぶりです」
彼女のただならぬ雰囲気を察し話しやすいように助け舟を出すと、姫の王はまたか細い声で「……久しぶりだね」と呟いた。
俺とダリアを探していた理由は、なんとなく察することができた。ダリアもそれが分かっているのか、アリスさんの体で自分を半分隠しながら彼女の次の言葉を待っている。
「本当に申し訳ありませんでした。身内の不祥事は全て私の責任です。私が何を言ってるんだって思われるかもしれないけど、心に傷を負わせるような行為は許されないと思います」
そう言って、姫の王は崩れるようにして膝を突いた。
何が起こったのかを見るために、既に大勢の見物人が俺たちを取り囲んでいる形となっている。
人が多いこの場所でなりふり構わずに謝ったという事は、晒し者になる覚悟ができていると受け取っていいだろう。俺は場所を変えるという提案を飲み込んだ後、なるべく静かな口調を保って返す。
「……貴女のプレイングによって、いつか多くの敵・トラブルが発生する――という事は、共にダンジョンに潜った際に感じてましたよ。今回の件も、充分想定できました」
集合時間の遅刻や自己中心的な言動の数々に始まり、ダンジョン内での振る舞いなど、とても褒められたものではなかった。現に、港さんとマイさんは相当憤っていた。
それに、姫の王を取り巻くギルドメンバー達も非常にマナーが悪かった。彼女達の迷惑行為が晒されるのは時間の問題だっただろう。
「恐怖を与えるような物理攻撃だけが、心に傷を負わせる行為じゃありませんよ。遅刻に対する悪びれない態度も、ダンジョン内での独断的な行動も、傷つく人は傷つきますからね。そういう意味では、今回の件にだけ悪いと思っているのなら、何の意味もない謝罪です」
わざと切り捨てるような言葉を浴びせ、姫の王の反応を見る。
俺の言葉に同調するように騒ぎ出すギャラリーも、彼女の行動の数々に対しての不満を爆発させていた。アリスさんは表情一つ変えず、小さな体を丸める彼女を見つめている。
姫の王はただ黙って、周囲の言葉を受け止めているようだった。
「なぜそんなプレイングを?」
ひと昔前の彼女に聞いても、まともな回答は期待できなかっただろう。
しかし今の彼女は少しも偽る様子を見せず、暗い表情のまま淀みなくそれに答えていく。
「最初は……ただ目立ちたかった。希少な種族を引き当てたという運と、時間をかけて作ったアバターのお陰でチヤホヤしてくれる人がどんどん増えていって、いい気になってた。周りが見えてきた頃にはもう……」
加えて、卓越したPSが彼女の人気を確立させたのだと考えられる。
アリスさんは分からないが、召喚獣達のお陰ですっかり有名となってしまった俺も、中身はしがないサラリーマンだ。
多くの人に三姉妹が褒められたり可愛がられるのを見ていると、確かに気分が良いのは事実。それの対象が自分自身だった姫の王が舞い上がってしまったのも、何となく頷ける。
「LOVE マイヤはさっき解散になったよ。ギルド内でも色々とあって、ギルドとして機能しなくなっちゃったから」
事態を重く受け止めた結果の解散……という事だろう。彼らの行動の原動力は姫の王であるから、彼女を囲っている限り何度も同じような事が起こると考えられる。
姫の王は自嘲的に笑ってみせると、メニュー画面を操作して俺にそれを見せてきた。
「これまでは味方だった彼らも、突然の解散……私の裏切り行為で豹変しちゃった。貰ってきたお金もアイテムも返したけど、そんな簡単な問題じゃないよね。出場予定だった混合戦も、相方が居なければ出場できない」
そこに表示されていたのはメール画面。
並んでいるのは余白や記号によって作られた難読なメールばかりだが、読み解いてみると、それが恐ろしい内容であることが分かる。
受信拒否にしていないのか、既に3桁にも及ぶ程の数は今も尚増えていた。
「ほんのちょっとだけ、ダイキとの試合は楽しみだったんだけどね」
切り替わったパネルに表示されたのは、姫の王が対戦する予定だった選手――つまり俺とアルデの名前。
その内容を消し去るかのように、上から赤い文字で《パーティメンバーが登録を抹消しました。次の試合は棄権となります》と表示されている。
最後の言葉は震えていた。
半ば諦めたようにして立ち上がった姫の王は悲しげな表情でダリアを見つめ、踵を返す。
「貴女、なんでまだゲームやってるの?」
冷たい声に、ざわつく観客席が鎮まり返った。
声の主たるアリスさんは、立ち止まる姫の王を真っ直ぐ見つめ言葉を続ける。
「続けるにしたって、アカウント作り直せばこんな晒し者にならずに済むじゃない。なぜそうしないの?」
「……だって、それじゃズルいから」
姫の王は体をこちらへと向け、ぽつりと呟いた。
既にアリスさんが放つただならぬ雰囲気により、ギャラリーの野次も消え失せている。
「自分の蒔いた種の責任を取って、謝って、その中でも姿を偽らず続けていくのが、私の罪滅ぼしだから。それが、私がやってきた事に対する罰になるから」
アカウントもそのまま、格好もそのまま、味方を敵にして、晒し者になる道を選んだ姫の王。
こんな状況に立たされたら、たかがゲームだと辞めたりアカウントを変えるのが楽な方法だ。彼女はそれをせず、この場所に居る。
ダリアの方へと視線を向けると、頷く彼女と目が合った。
「ダリアから伝言があります」
この事件を終結させるため、重々しい空気の中口を開く。
シンクロにて告げられた彼女の言葉を、一語一句漏らさぬように伝えていく。
「今は気にしてない。もともと嫌いだったから、それ以下にはならない。だから許してあげる――だそうです」
「あはは、やっぱり嫌われてたのか……でもありがとう、ダリアちゃん」
無理して笑みを作る姫の王は、半ば納得したような声色で呟いた。ダリアの言葉は続く。
「ダリアは悪魔で、貴女は天使だから仕方ない――とも言ってます」
「な、なんだ。種族の設定が原因だったのか……」
思えばダリアが誰かを嫌ったというのは、姫の王ただ一人。
天使と悪魔は種族的に互いを嫌い合っている――というのが、この世界での設定なのだろう。
この世界の常識を基準に行動するダリアと、中身が人間のためそれらの常識を知らない姫の王。これがカラクリというわけか。
彼女の言動や行動より、そもそもな問題点があったという事だな。
「ちなみに、俺も貴女を許しますよ」
「えっ……」
もういいかな。と、姫の王が全てを吐き出したタイミングを見計らい、俺の気持ちも語っていく。
そもそもの部分は、危険な思想の彼らを良しとしていた姫の王が悪い。けれど、直接的な原因は俺と対戦したあのチームのメンバーだ。一気に蔑みの対象となり、ギルドを解散し、反省しているならそれで十分だろう。
悪行ばかり目立っていた彼女だが、剣王の墓で見せた本質の部分は、とても印象に残っている。
「ダンジョン内での振る舞いは褒められたものではありませんでしたが、それでも貴女は――」
(「今日はありがとネ。とても楽しかったヨ」)
お礼が言える人だから。
ダリアに続く俺の言葉に、姫の王はホッとしたような表情を見せ、「ありがとう」と呟いた。静かに聞いていたアリスさんも、ため息まじりに口を開く。
「んじゃ、ここからは勧誘に移ろうかな」
「え?」
先ほどの冷たい表情を嘘のように霧散させ、満足したように笑顔を見せるアリスさん。
「ギルド解散したならフリーでしょ? ならうちに入ればいいじゃない」
「貴女のギルドに迷惑かかるから……」
「うちはあのCoat of Armsよ? そして私はそこのマスター。全く何の問題にもならないし、させないから」
守ってもらうものを失った姫の王が、まともにゲームを遊べるとは思えない。けれど、彼女がそれでも残ると言うのだから、アリスさんがギルド単位で守ると宣言したのだ。
ギルドのマスターたる彼女にしかできない暴挙だ。
日本最大とも言えるギルドであり、今回のトーナメントでも一番隊は団体戦優勝、二番、三番隊もトップ10入りという華々しい成績を残し強烈な印象を残している。そして混合戦、銀灰さんは個人戦と残っており未だ記録は止まらない。
たとえ評判が地に落ちた姫の王を匿ったとしても、紋章ギルドの評判は下げようがないだろう。それほどまでの力がある。
「それに、貴女の信者にもマトモなプレイヤーは居るでしょう? その人達も含めて全員うちで引き取るから、トーナメント終わったら本部に来て」
「いいの?」
「いいのいいの。貴女が入ってくれれば戦力拡大人員増加で良いことずくめ。それに、被害者たるダイキ君とダリアちゃんが公共の場で貴女を許したんだから、沈静化は時間の問題じゃない?」
そう言って、「キマッた」と呟きながら格好良く去っていくアリスさん。
本当にキマッているから、ギャラリーの誰も何も言えずに彼女を見送った。
「と、いう事ですね。この場にいる全員が証言者なので、よろしくお願いしますね」
『よろしく』
姫の王個人にではなく取り巻くギャラリー全員に言うように笑みを作ると、ダリアもそれに同調するかのように姫の王へと歩み寄り、頭をポンポンと撫でていた。
「おい、紋章ギルドとLOVEマイヤが合併ってマジ?」
「教祖様が言ったんだからマジだろ!」
「幼女神様が許してるんじゃ仕方ないな」
「紋章に姫の王加わるとか何気にエグくね?」
「俺とりあえず掲示板に書いとくわ!」
「私の頭もポンポンして!!」
アリスさんが守り、俺とダリアで鎮火させた。皮肉にも、姫の王を貶すために集まってきたギャラリーが、この噂を広めるために動く結果となる。
鎮火した事柄は、飽きられるのも早いものだ。
目まぐるしく変わる状況についていけてないのか、姫の王は目を白黒させていた。
「思ってたのと、全然違う結果になっちゃった」
「これは高級ゲームですからね。皆さん、大人なんですよ」
少し毒のある物言いに、姫の王は恥ずかしそうに笑っていた。
「過去の振る舞い全てが帳消しになったわけではないので、ここがスタート地点です。俺たちとの対戦はマイヤさんが改心したら、って事で」
「――分かった!」
この世には、変われる人と変われない人の両方が居る。姫の王が後者だった場合、もう二度と彼女の信用が戻ることは無いだろう。
変われない人は、繰り返す。繰り返した先にあるものは、破滅。
俺の両親がそうだったように。