平原のフィールドボス
南ナット平原に着いた俺たちは、ナットラット等の低レベルモンスター達を蹴散らしながら、ひたすら真っ直ぐ進んでいた。
基本的にはモンスターが近付ききる前に、ダリアの魔法によって一撃で倒されている。
オルさんにいただいた杖や、紅葉さんから購入したイヤリングの効果も相まって、若干オーバーキル気味になっているような気もするが……強いに越したことはないな。
今日はまだ食事をしていないが、定位置にいるダリアに不満気な雰囲気は感じられない。
飴のような感覚で与えている魔石で空腹が紛れているのか、そもそも召喚獣は生きる上で食事を必要としないのか――。
後者だとしたら、あの暴食っぷりは何だったのだろうか……。
しばらく道なりに進んでいると、平原のモンスター等の姿も変わってくる。
クリーム色だったナットラットも赤みがかった体毛で覆われ、身体も一回り大きくなっていた。
【ナットレッドラット Lv.7】
鑑定を使って見ると、名前も変わっている事に気がつく。てか小さいツが多いな!
なんにせよ、敵が強くなったのは好都合だな。新調した装備の具合を試せる。
左の腰に差した《アイアンソード》を抜き、中腰に構える。左手と一体になるような形で装備した《アイアンバックラー》のグリップを強く握り、レッドラットに駆ける。
「『猛攻の布陣』加えて『鉄壁の布陣』」
鼓舞術により強化を掛ける。
俺の存在に気付いたレッドラットが体当たりをぶつけてくるが、冷静にバックラーで防御。
耐久値も数段上がっているため、受けるダメージは微量であり、反動も少ない。
体制を立て直したレッドラットが再度体当たりを繰り出すも、今度は盾弾きを使う。
技術者の心得が発動し、ほぼ弾き可能となっている事を把握、難なく空中に打ち上げた。
既にこの時点でレッドラットのLPは八割以下に落ち込む。
そこへすかさず追撃を加える。
下段に構えたアイアンソードに青の光が灯り、落下するレッドラットと刃が交差する。
「『青の閃剣』」
圧倒的なオーバーキルを受けたレッドラットは光を散らしながら消えた。
筋力も格段に上がっているし、何より耐久値が心強い。
万が一、攻撃を受けたとしても、この硬さなら安心できるな。
今の戦闘でレベルも上がり、午前のレベル上げも相まって今日で二つもレベルが上がっている。ダリアのレベルも一つ上がり順調だ。
名前 ダイキ
Lv 8
種族 人族
職業 召喚士
筋力__35 (+15)
耐久__17 (+30)
敏捷__17
器用__34
魔力__21
カッコ外が自身のパラメーターでカッコ内は装備のパラメーター。つまり現在の筋力は50、耐久は47となっている。
装備のお陰で戦士職並のパラメーターになった。
そしてダリアの方は。
名前 ダリア
Lv 5
種族 魔族
筋力__24
耐久__24
敏捷__24
器用__24
魔力__78 (+8)
召喚者 ダイキ
親密度 21/100
オルさんにいただいた杖をしっかり握り、耳には赤く光るイヤリングが揺れている。
イヤリングの効果は数字に出ていないため、本人にしか効力がわからないものの、杖は既に高いダリアの魔力を更に上げていた。
つまり魔力は合計86となるわけだが……高すぎませんかね。
万が一、俺が被弾でもしたら一撃死しそうだな。パーティである限りは可能性は皆無だが。
奥に進んでいくもののモンスターのレベルは十から変わらない。もしかしたら、南ナット平原のレベル上限が十なのかもしれない。
ものぐさをして定位置から杖を振るい、魔法を放つダリア。相手は自分の倍あるレベルのモンスターなのにも拘らず、火弾の一撃で戦闘を終了させてしまう。
イヤリングに結構な効果があったのか、ほぼ火属性魔法で戦闘を行っている様子。
俺としては闇属性魔法も同時進行で育てて欲しいんだけどなあ。
しばらくして、小高い丘の上に何かが建っているのが見えた。
遠くからではよく確認できないものの、形は人型の像のようで、この距離から見えるのなら実物は相当な大きさだと推測できる。
足を進める。
――違う、像じゃない。
足を進める。
――巨大なモンスターだ。あれは。
高さ六メートル程の巨大なモンスターが、そこには居た。
青色の身体は相撲取りのように筋肉と贅肉に覆われている。
肌着は肩から腰にかけて、獣の毛皮のような素材でできたものを装備し、まるで原始人のような風貌だ。
大きな牙が二つ伸び、そしてギョロリと動く一つの大きな目は顔の六割を占め、俺たちをしっかりと捉えている。
右手には大木を彫って作ったような棍棒を持ち、ブンブンと振り回しながら此方を威嚇した。
ゴブリンやオークといったポピュラーなモンスターに属する、一般的に【一つ目鬼】と呼ばれるそれは、他のモンスターとはどこか違う、強力な殺気を放っていた。
【サイクロプス Lv.15】#BOSS
あぁ、BOSSモンスターか。
この強力な殺気も納得がいく。しかし、北ナット林道で倒したエリアボスの蟷螂とは格が違うように思えるが、北の方が敵は弱いのか?
なんにせよ、ボスに会ったら戦う以外選択肢にないな。
流石のダリアも、格上であるサイクロプスの殺気にただならぬ気配を感じたのか、スルスルと降りてボスを見据えた。
角や翼を持つ彼女は種族的にサイクロプスとは近い気もするが、彼女にとっては討伐対象らしい。しなる尻尾がそのやる気を現していた。
「ダリア、状況に応じてオーバーマジックの技能も使っていいぞ」
一応、オーバーマジックの使用許可も忘れない。
挑む前に鼓舞術を使用し、筋力と耐久の底上げをしたら準備完了だ。
「いくぞ!」
サイクロプスに向かって一気に駆ける。
動きが遅いのか、足元に近付かれたのを見てやっと棍棒を振り上げるサイクロプス。
無理に弾きを試す必要はない、隙がでかいならそのまま攻撃するのみ!
「『青の閃剣』」
――下段からの切り上げ、続いて
「『黄の閃剣』」
コンボが決まり、余韻に浸るのもつかの間、振り下ろされる棍棒を足を潜り回避、そのまま二閃剣を放った。
大きな爆発音に見上げると、サイクロプスの顔からモクモクと煙が出ていた。
ダリアは続けて二発、火炎弾による高火力魔法を放ち、的確に目を潰しにかかる。
ダリアの強力な攻撃により敵視が移ったのか、サイクロプスは標的を俺からダリアへと変更し、遅い動きで棍棒を振り上げる。
俺はダリアとサイクロプスの間まで駆け、棍棒を盾弾きによって跳ね上げようと試みる。
――が、
「ぐっ……おおお!!」
技術者の心得を介した弾きのタイミングを知らせる光は、まるで血圧の上がった心臓のような勢いで拡大収縮を繰り返している。
いままでにないレベルの速さ。技能による補助も、器用による補正も、殆ど機能していない事を意味していた。
――サイクロプスが格上すぎるのが原因か!?
思わぬ事態に盾弾きは失敗、のしかかる棍棒は盾越しにも拘らず、LPの六割を一気に削り取った。
今までのどんな攻撃よりも重く、力強い攻撃に、踏ん張った足元が割れ、骨が軋む。
今の俺の筋力じゃ跳ね上げるなんて不可能だ、となれば!
棍棒に対し、動ではなく静の動き。再び弾きを使いつつ、今度は跳ね上げるのではなく受け流すように、バックラーを斜めにしながら攻撃を地面の方へと流していく。
「……ぉおおお!! らぁっ!!」
地面に叩きつけられた棍棒は大地を割り、反動により生まれた衝撃波で吹き飛ばされる。
厳密には流した形になったものの、弾きは成功判定となり、大きな隙とCriticalのチャンスを発生させた。
そこにダリアが火炎弾を叩き込み、サイクロプスは特大の爆発に襲われた。
――ダリアのやつ、このタイミングでオーバーマジックを使うとはな。優秀じゃないか。
Criticalによる効果でごっそりと減るLP。二本あったそれも今までの攻撃で一本と半分が削られ、たまらずサイクロプスも棍棒をがむしゃらに振り暴れ回る。
単調だがあれでは近付くのは至難の技。――が、これもダリアによって隙が生み出される。
ダリアが放ったのは闇属性魔法の闇霧、暗闇と沈黙の効果を持つこの魔法により、足がもつれたサイクロプスがその巨体を地に落とす。
――千載一遇のチャンス。かつてない隙だ。
「『赤の閃剣』!!」
中段からの鋭い突きはサイクロプスの頭を貫いた。
残っていたサイクロプスのLPが全損、その巨大な身体を膨大な光の欠片に変え爆散させた。
ボス討伐を告げるかのように目の前に半透明のプレートが出現し、連続レベルアップを体で感じる。
――思わぬ激戦に深く息を吐き、その場に尻餅をついた。
「ナイスアシスト。完璧だったよダリア」
彼女なしではなし得られなかったこの勝利。得意げな顔でふんぞり返るダリアの顔が目に浮かぶ。
そして俺は、優秀な召喚獣の方へと顔を向けた。
「あれ――ダリア?」
ボスであるサイクロプスを討伐した事により、俺は《撃破報酬》《初個体撃破報酬》《MVP報酬》の三つに加え、風の町の開放に成功した。
発売二日目とはいえサイクロプスがなぜ今まで倒されなかったのか疑問は残るが、今は虚無感が俺の全てを支配していた。
――ダリアが死んだ。
サイクロプスの攻撃によるものではなかったが、道中での度重なる魔法と先ほどの激戦により、MPを全て失ったダリアは死んだのだ。
勿論、ダリアに食われていた俺のMPが回復し、魔石を五つ使えばダリアは復活するのだが気分は晴れない。
新しく開放した風の町に着く。
プレイヤーは俺しかいないが、既に多くのNPCで町は賑わっていた。
町から見える外の風景に、風を受けた沢山の風車が回っているのが見える。放牧された動物達が牧草を食べ、世話する人々の笑い声が風に運ばれてくる。
――――綺麗な町だった。