世紀の一戦
団体戦第八試合……もとい、団体戦の準々決勝が開始された。
優勝予想は4:4:2で紋章ギルド一番隊、花蓮さん達、大兵器のチームとなっており、予想通り――そして表の組み合わせ通りに行けば、銀灰さん達と花蓮さん達は決勝戦でぶつかる事になっている。決勝で実力者同士が激突するのは自然の摂理といえるが、これほどまで上手いこと組まれていると観客側としても盛り上がらないはずもない。
花蓮さんの大技によって沸き立てられた観客は、そのボルテージを維持したままに試合を楽しんでいた。
「――なあ、ダイキ……さっき戦乙女が言っていた召喚獣の件、どう推測している?」
けれども俺――港さんも、のようだが、試合観戦よりも花蓮さんが言っていた話の内容について考察していたらしく、港さんはある程度頭の中で考えがまとまったのか話を振ってきた。
部長の頭を撫でながら、俺も先ほどまで考えていた自分なりの考察を口にする。
「召喚獣を究極の個体へと昇華させる“真名解放クエスト”なるものの発生条件と恩恵について……とは言うものの、召喚獣との親密度は、それが低いだけで召喚士が地雷職扱いされる程に重要な要素だと言えますし、召喚獣を強くさせる為の鍵と言われれば納得です。それに、固有武器にも心当たりがありますし」
「もう、持ってるのか?」
「恐らくコレが……という曖昧な状態ですが」
俺はアイテムボックスから、召喚時にアルデが既に持っていた武器《尊き刀・黒波》を取り出し港さんに見せた。
港さんはそれを手に取り、興味深そうに観察している。
それにしてもこの召喚士のシステム――親密度に始まって親密度に終わる、とでも言いたいのだろうか。
召喚獣にとっての親密度とは、召喚士との絆を数値化したもの。単純なレベルや経験値とは違い――能力解放などの特殊な強化はあるものの――増減してもステータス上に直接的な変化はない。
俺の場合、存在愛の召喚士の恩恵で召喚獣との親密度は通常よりも上がりやすくなっているものの、同時に親密度の上限が解放されているため真名解放クエストの条件を満たすには時間が掛かると予想できる。
もっとも、花蓮さんの考察の中には“クラスの段階”という項目もあったため、結果としてレベル上げの後クラスチェンジも済ませる必要がありそうだから、どの道すぐには挑戦できないのだが……
「どこにも固有武器とは書いてないけどなあ。これは、どの子が持ってたんだ?」
「アルデですよ。召喚した段階で既に装備していたんです」
俺たちの会話に自分の名前が出た事に気付いたのか、アルデはレイに撫でられながらドヤ顔を決め込んでいる。
この武器については過去に聞いた記憶があるが、アルデ自身に全く執着した様子はなかったし詳細についてもほぼ不明だ。
「なるほどな……俺の召喚獣達は固有武器を持っていないから、何かのタイミングで入手――もしくは、武器なしでもクエストが発生するのかって所か」
「後者だった場合、クエスト発生条件は“親密度がMAXである”と、可能性として“二度目のクラスチェンジを終えている”の二つですかね」
しかしながら、固有武器を持たずして真名解放クエストをクリアしても、恩恵の中にある固有武器の能力解放や特殊固有技の取得ができないはず。それらを抜きにしても最終進化先が余りある強さだったり、幼体化が優れた機能だったりは考え難い。
現にヘルヴォルと花蓮さんが使ったあの技は、威力や規模から推測するにヘルヴォルの特殊固有技と考えられるし、あれが含まれてこそ究極の召喚獣たり得るのだと思う。
となれば、固有武器の所持も真名解放クエストの発生条件に含まれるという答えが出る。固有武器は、恐らく別のクエストでも入手できる可能性が高い。
「それにしても……ますます戦乙女の規格外っぷりが浮き彫りになったよな。試合直後にダイキが言ったように、以前オアシスに行く際に見かけた戦乙女の技と今回の技が一致してるとなれば、俺たちが30近くだった頃には既に戦乙女は60を超えていた事になる。それも、ヘルヴォルとの親密度はその段階でMAXだった事にもなる」
敵わねえなあ。と、頭を掻く港さん。
確かに、複数体のサンド・デビル達を一掃したあの技は今回の試合で見せた主神の鉄槌と一緒だった。初めて会ったトッププレイヤーの大技だ、今も脳裏に焼き付いている。
あの日から今日までで、俺たちは10近くレベルを上げている。花蓮さんはその間に同じだけ上げていたとすれば、ドンさん達を圧倒するのも納得できる。
彼女と肩を並べる他のトッププレイヤーが同じ程度のレベルがあるとして、そうなるとギルド業務が忙しい銀灰さんのレベル60は若干低い。その状況でも難なく姫の王チームを捌いたとなれば、単純なレベルの差よりもずっと怖い。
大兵器を倒せたのは、アルデとの相性が良かった事と、運が良かったのだろう。
「ダイキは、トーナメント終わったらストーリークエストを進めるのか? それとも、真名解放クエストの手がかりを探しにいくのか?」
唐突に……というわけではなかったが、少しだけ話題の路線変更を行う港さん。
退屈そうに試合を眺めるダリアに視線を移しながら、頭の中で思い浮かべる今後の予定を語っていく。
「まずは召喚士同士の親睦会を兼ねた風の町での集まりに。それと、他の町も散歩してみたいですし……ボスを倒しながらの町観光もしてみるつもりです。しばらくのんびりしてから、真名解放クエストと残りのストーリークエストに取り組んでみたいと思います」
召喚獣達の親密度も上げることができるため、召喚士達と交流を深めるだけでなく親睦会にはメリットが多い。そこで四回目の召喚について何か参考になれば尚のこと良しだ。
ボス巡りをしていれば自然とレベルが上がるし、クラスチェンジができるようになるだろう。そしたら本腰を入れてクエスト消費となる。
ストーリークエストやダンジョンについての設定も、折角だから見ていきたい。砂の町で助けた少年ラルフのその後も気になるところだ。
「町観光か、なかなかダイキらしいな。俺はこのトーナメントが終わったら《娯楽の町》でひと遊びしてみるつもりなんだ。意外とギャンブル運があるらしいからよ」
「ギャンブル運って……」
呆れるように呟くも、港さんは「大丈夫、大丈夫!」と笑っている。これで大丈夫だった人が居た試しがない。
自信たっぷりなその表情が何故か昨日のトルダとダブって見えたが――召喚獣に呆れられない程度に抑えて楽しんでもらいたいところだ。
「ダイキも町観光するなら試しに行ってみろよ、娯楽の町! 王都のNPCに“娯楽の町”を含む言葉で話し掛ければ、特殊なクエスト発生と共に行けるようになる。遊園地みたいな町だから、召喚獣達も遊ばせてやれるぞ」
「そうですね……気が向いたら行ってみます」
危ない香りしかしないものの、うちには豪運の持ち主がいる。いざとなったら女神様を頼るのもアリだろう。
港さんが言う情報を頭の中で映像にすると、どう考えてもベガスみたいな内容しか流れてこないが……まあ、遊園地があるならこの子達も喜ぶか。
「んじゃあ、俺はそろそろ行くわ」
何度かのラリーで話の区切りがついたからか、パンッと膝を叩いて立ち上がる港さん。
「あれ? 試合、観ないんですか?」
「レベル上げだよ。あれだけ離されちゃ追い付くのも一苦労だが、真名解放クエストってのにはかなり興味がある。親睦会の方には顔を出すから、その時はまた連絡するよ」
花蓮さんからの情報で、元最前線プレイヤーの血が騒いだのかもしれない。
小さくなったキングを抱え、ケビンを肩に乗せた港さん。『またね! レイ!』と、抱き上げられたアルデが手を振ると、彼女を優しく下ろしたレイはふわりと手を振り返し、港さんの横に並んだ。
「じゃ、また今度な」
「じゃあまた」
まるで学校の下校時にするように自然な軽い挨拶を交わし、港さんは観客席から去って行った。
レイが居なくなって寂しくなったのか、水槽を抱えたアルデがトテトテとダリアの横へ腰かける。
二人で頭をくっ付けながら水槽を覗き込み、青吉への餌として持っていたおやつを投入していた。
『こらこら、店の人には骨を細かくした物が餌になるって言われたんだから、別の物あげちゃダメだ』
『でも よく食べる』
不満そうな声をあげるダリアにつられ水槽へと目を移すと、購入時よりも一回り体が大きくなった青吉が、投入されたおやつの欠片を凄い勢いで食べる姿が見えた。
これに関してはアルデが試合観戦中に『粉じゃ満足してないみたいだ』とボヤいていたので、召喚獣達の例に漏れず青吉も食いしん坊気質なのかもしれないと解釈をしてみる。
ナットラットの骨で作った餌では物足りないのか、それとも単純に何でも食べてしまう生き物なのか……。
なんにせよ、現実とは違い仮想世界でアレルギーの有無があるかどうかも不明であるため、何に何を食べさせてはいけないといった決まりがあるのかも分からない。
犬や猫にネギを食べさせてはいけない、といった知識のない人が獣型の召喚獣を召喚、レストランでそれらを食べさせ死なせてしまった――ともなれば、掲示板にでも注意点として載っているはずだろうし、注意的なアナウンスがあるのが普通だろう。
そういう意味ではやはり、召喚獣や魔物の類いには好き嫌いは存在するが、食べて害になるものは無いと考えられるが……あくまで個人的見解であるし、運営の配慮不足の可能性も否定できない。
魔獣使いのプレイヤーにでも聞いてみれば、その疑問も解消できるかもしれないな。とりあえず調べてみても情報が得られなければ、この後掲示板にでも書いておくか。
『しかし……よく食べるなあ。いったい、何になるつもりなんだ? この魚は』
『魚じゃなくて青吉だよ!』
考察しているほんの数秒の間に、ダリアが投入したおやつの欠片を綺麗に平らげてみせる青吉。
個人戦の時間は花蓮さんと屋台巡りの予定があるし、ついでに昨日この子を売ってくれた金魚掬いの屋台を探して聞いてみるとするか……
『今日は柔らかいのりものとかに会わないねー』
『あー、マイさん達か。ブロードさんもマイさんもログ……今日は来てないみたいだから、また今度だな』
『ふーん』
聞いておいて、特に興味が無さそうな声色で呟いた部長。
メニュー画面を開いたついでにと、フレンド欄のプレイヤーをスライドしていくと、ブロードさんとマイさんの他に現在ログアウト状態の欄にはトルダの名前があった。
彼女は俺達とケンヤ達の試合が観られれば他はどうでも良いような事を言っていたし、混合戦が始まる時間まで来ないかもしれないな。
ログインしているフレンドはというと、ケンヤ達Seedのメンバーは皆ギルドホームに集まっているようで石の町には居ない。
試合を観たプレイヤーからのギルド参加申請の対応に追われているのだとすれば、彼らにとっても嬉しい状況だろう。
逆に会場に来ているのは銀灰さんとアリスさん、そしてハロー金肉さん――と、試合を控えた面々という事になる。もっとも、銀灰さん達は団体戦の真っ最中であるから会場に居るのは当然なのだが……。
*****
世紀の一戦が始まる。
そこかしこから上がっていた歓声が
嘘のように収まっていた
フィールドに立つのは、どちらも優勝候補。
準決勝で大兵器率いるチームを下し、未だ一切の隙を見せない完結された猛者達の集団。皆が同じように銀色の鎧を纏ったギルド“Coat of Arms”の頂点に君臨する隊。
そして、彼らギルドの二番隊を圧倒して決勝へと勝ち進んだ日本最強の召喚士。
これまで両者ともに別次元の戦いを繰り広げているだけに、どちらが勝つのかは予測不可能。ただ、彼らの戦闘スタイルが異なっているという部分では、相性の問題として有利不利が生まれると予想できた。
風神雷神の魔法に始まり、ウルティマとヘルヴォルの連携から繰り出される鋭い連撃。そして主神の鉄槌という絶対的な火力で試合を終結させる“攻めの戦い”を得意とする花蓮さん達。
銀灰さんを軸とする堅固な防御と、後衛陣による完璧な支援によって、敵が隙を見せるまで攻めずに動かない“守りの戦い”を得意とする一番隊。
一番隊に関しては、アリスさんの竜化による凶悪な火力も控えているためこちらは攻守とも切り替え可能と言えるが、姫の王の試合以降、アリスさんは落ち着いた戦いを続けている。港さんが言っていた竜化に伴うデメリットを考えると、安易に使えないというのも頷けるが……
『「覚悟はしてたけど、まさかクーロンさん達でも勝てないとは。うちは最精鋭だけど、二番隊も三番隊も強者揃いなのに」』
決勝という事もあり、フィールド内にもピリピリとした空気が流れているのはスクリーン越しでも感じられる。
誰もが口を噤むような張り詰めた緊張感の中、いつものトーンで話し出したのは銀灰さんだった。
『「なんだあ? 挑発か? それとも俺たちにビビってんのかあ!?」』
『「野郎は黙ってろ! 後ろのネーちゃん達は後で連絡先を教えてください」』
それに食ってかかるように躍り出たのはやはり風神雷神コンビ。
雷神は左手の親指で首をなぞった後、勢いよくその手を動かすも何かの力によってモザイクがかけられている。
風神は銀灰さんに舌を出して挑発した後、アリスさんや後衛陣に向かって手をワキワキしているのが見えた。
『43組。相手を侮辱する行動はハラスメント行為に当たります。よって反則を言い渡します。二度、反則になると失格になりますので、注意するように』
『「ほげぇ!!」』
『「ごめんなさい!!」』
審判の冷静なジャッジによって、試合開始前に反則を言い渡された戦乙女チーム。
即座に土下座する風神雷神の尻を、ヘルヴォルが冷たい表情で蹴り飛ばす。
『「……大変ね」』
『「すみませんが早く試合を開始してほしいですこれでは試合前のいらない発言によって反則負けしかね、ません」』
明らかに同情する声色で額に手を当てているアリスさんに、花蓮さんはうんざりした様子で審判に向けて手を上げた。
目線は尻をさする風神雷神に、それもゴミを見るような物である。
緊張の糸が切れたように、観客席から笑いが起こる。
『試合開始時間になりましたので要望通りに試合を始めます……では、試合開始!』