究極の召喚獣
俺たちが接戦の末に敗れたドンさん達を、終始圧倒した花蓮さん達。
最後の派手な技ばかりが評価されそうではあるが――同じ召喚士だからこそ分かる、彼女達の完璧な連携には脱帽せざるを得ない。花蓮さん自身は試合開始と同時に大技の発動に移っていたし、簡単だとしても指示があればスクリーン越しに声が届く。
けれども、見た限りでは目配せすら無かった。
あらかじめ相手の戦術に的を絞って召喚獣達に指示を出していたとしても、知将がいるあのチームが過去の試合と同じの一辺倒な攻めをするとは考え難い。
考えられるのは、“相手の動きをコントロールし、あの大技で一掃するまでの時間・条件を作り出す”という事。
召喚獣達の個々のスペックの高さも大きい。
巨人族の盾役は、ドンさんだけでなく槍使い、そして薙刀使いの動きをも制限し、高い防御面だけでなく阻害役としての役割も担っていた。ドンさん達前衛陣は、結局全く攻めさせてもらえず封殺され、後衛へのサポートすら許されない。
目立った技も使わず薙刀使いを倒しきったヘルヴォルは温存だろうか……掲示板では全てをこなす《万能型》と称されていたが、攻撃役相手に火力で押し切っただけでも、高い戦闘能力が窺える。
「今の試合……俺たちだったら、もっと渡り合えていたと思うか?」
「いえ。恐らく無理でした」
後ろに座る港さんが震える声で俺に問い、それに少しも沈黙せずに答えてみせた。
――それほどの差がある。
結論を出すために、少しの時間も必要無かった。
もしも俺たちがドンさん達を破り二日目に残っていた場合、当然ながら、あの試合に臨んでいたのは俺たちだったはず。
けれど、先ほどの試合を自分達に置き換えシミュレーションしてみても、勝ちのビジョンは見えてこない。
――文字通り、そして数字通りに《レベルが違う》のだ。
「あれほどの差が生まれるって事は、戦乙女は最低でも二度目のクラスチェンジは済ませてあるだろうな。ドンさん達と僅差だったって事は、彼らと俺たちにレベルの差はそこまで無かったはずだ」
技術や職業などの全てを覆す程に開いたレベルの差。これが、今回の試合を決定付けたものだろう。
チームのエースたる賢者の攻撃を難なく防いだ風神もそうだ。
辛うじて風属性魔法であることは分かったものの、それがどれほどの技能練度でもって扱う事ができる魔法なのかは見当もつかない。
続く雷神の作った雷の龍も、竜巻と相まって後衛陣は確実に必要以上のダメージでLPを全損されていた。
彼等はダリアと同じタイプの魔法型攻撃役だ。
試合時間自体が短かったため細かい部分は分からなかったが、よくよく考えると花蓮さん達は殆ど手札を見せていない。
花蓮さん自身とヘルヴォルの混合技らしき主神の鉄槌は間違いなく切り札だが、妖精は殆ど何もしていないように見えた。
――ドンさん達を相手にしても尚、時間と余力を残す余裕。
トッププレイヤーを倒せるパーティは、やはりトッププレイヤーでなければ難しいのかもしれない……。
*****
『ふん、ふふん、ふんふふん……』
レイの膝上で鼻歌を歌いながら、抱える水槽で優雅に泳ぐ青吉に餌をやるアルデ。レイは彼女を愛おしそうに見つめながら、優しく頭を撫でてやっている。
興奮冷めやらぬといった様子の観客席に同調するように、俺の胸の内には形容し難い熱い何かが渦巻いていた。これは、花蓮さんが自分と同じ“召喚士”であった事が大きいのだろう。
――相手はトッププレイヤーで日本の召喚士達の頂点。
張り合うのもおこがましいが、少なくともダリア、部長、アルデの三人が秘めるポテンシャルは決して劣っていない。
今回のトーナメントこそ戦えなかったものの、いつかは彼女と全力でぶつかってみたい。そんな目標めいた何かを心に秘めながら、部長の頭を撫でた。
『トウモロコシ落ちちゃったー』
『ダリアも 何か食べたい』
酷くショボくれた声色で呟く部長と、肩を突いてくるダリア。
おやつはまだ大量にある。問題はない。
「――間違えてたこ焼きを買いすぎてしまったのですが、食べますか?」
アイテムボックスを操作する俺の後方から、凛とした声が届いた。
何処かで聞いたような声に振り返ると、抱えるほどのたこ焼きを持った花蓮さんが、小さくなった召喚獣達を連れて立っていた。
氷のような表情は変わらぬままだが、後ろに座る港さんも相まって召喚獣が大量発生しているこの空間に、入りたくてウズウズしている様子が窺える。
――いや、それにしても
「花蓮さん、試合お疲れ様です。皆もお疲れ様。カッコ良かったですよ」
――なんでダリア達の声が聞こえたんだろうか
そんな疑問を浮かべながら軽く会釈すると、花蓮さんは少し照れたような表情を見せ「ありがとう」と呟いた。
ダリアの席から一つ空けて座った花蓮さんは、物欲しそうにたこ焼きを見つめるダリアに視線を向けソワソワしている。
「ダリア。花蓮さんがたこ焼きくれるってさ」
『もらう』
促すように声を掛けると、『じゃあ遠慮なく』といった様子でテクテク近付いていくダリア。
まともに接するのが初めてだからか、花蓮さんは先程までの凛とした雰囲気を霧散させ、見上げてくるダリアを見て顔を上気させているのが見えた。
昔のアルデを見ているようだ……と、試合であれほど強さを見せた最強の召喚士の弱い部分を垣間見て苦笑する。
「おいガキ! 花蓮ちゃんは俺様達のために買ったんだよ! たかってくるんじゃねぇ!」
「つるぺた女が! ヘルちんみたいなボインちゃんになって出直してこい!」
――と、騒がしく躍り出たのは口の悪い風神と雷神コンビ。
元々そこまでの大きさではなかったからか、通常のサイズのまま花蓮さん達の周りを浮遊しながらダリアにちょっかいを出している。
最初に会った日のように、ダリアの頭には怒りマークが刻まれたように見えた。
「いぎゃ!」
「ふげっ!」
そんな彼等を成敗したのは、ダリアでも花蓮さんでもなく、見慣れぬ一人の少女だった。
少しだけサイズの合っていない鎧に身を包んだ少女は、剣を鞘に収めたまま風神雷神を叩き落とし、雷神の頭を鞘で押さえ風神を踏みつけた。
……この子はヴァルキュリアのヘルヴォルか?
金色の髪も煌びやかな鎧も、羽根つきの兜も彼女のもの。縮んでいるが、纏う雰囲気は戦士のそれだ。
「ヘルちん! 暴力反対!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ウルティマ。この二人を拘束しておいて」
プンスカ怒る雷神と嬉しそうに踏まれている風神を、花蓮さんはゴミを見るような目で一瞥した後ウルティマに指示を飛ばした。
成人男性程の大きさまで縮んだウルティマがヘルヴォルの下敷きになる二人を抱き抱え、動けないようにロックをかける。
「ああぁぁぁあぁ!!」
「うぎゃぁぁぁあ!!」
ミシミシと音が聞こえる程に締め付けられた風神雷神は堪らず絶叫し、やがて気絶するようにだらりと大人しくなった。
妖精族のコーラルが、ピンク色を振りまいて笑っているように見える。
「うるせえ奴らだな。相変わらず」
「最近はお仕置きも喜んでしまってお手上げ状態、なんです」
風神雷神に苦笑しつつ、俺の席の背もたれ部分に肘をつく港さん。
花蓮さんは再度、風神雷神に視線を移しながら、とても残念そうに溜息を吐いた。
ケビンの周りをコーラルがくるくる回っている。
「……この子は私に懐いてくれないんですね、残念」
「キングは好き嫌いが激しくてなあ。今の所、主の俺とダイキにしか懐いてない」
散歩中の犬に寄っていくような感覚でキングの頭を撫でにいく花蓮さんを、キングは『触るな』と言わんばかりに避け、別の場所へと移動する。
動物だから、匂いとか雰囲気とかに敏感なのかもしれないが……花蓮さんに懐かないのは意外だな。
『たこ焼き』
「ふふ、いっぱい買ってきてあるから」
キングにそっぽを向かれて悔しがる花蓮さんのマントをダリアがクイクイと引っ張ると、花蓮さんは途端に表情を明るくさせ、手に持っていたたこ焼きを二パック渡してくれた。
「ダリア、ありがとうは?」
『ありがとう』
「どういたしまして」
お礼を言うダリアに、花蓮さんは淀みなく返事をしてみせた。
これは決定的だ――
「ちなみに、つかぬ事をお聞きしますが、花蓮さんって召喚獣の言葉が分かるんですか? 秘密なら秘密でも構いません」
話さなくていいと付け足すのは聞いておいて変な話だが、召喚獣好きとしてはどうしても聞かずにはいられなかった。
他人の召喚獣の言葉までも理解できるとなれば、俺のシンクロとは違った何か……もしくは、シンクロの進化派生で得た何か、と推測できる。
俺の問いに港さんも興味があったらしく、隠すそぶりも見せずに聞き耳を立てていた。
「――ええ。私は心情愛の召喚士ですから特殊な技能を得、レベルが上がった末に進化し殆どの召喚獣との会話が可能となりました。MPを消費しないメリットもありますが戦闘中は発動できませんので娯楽技能の一種、でしょう」
と、包み隠さず語ってくれた花蓮さん。
名前の雰囲気から、俺の職である存在愛や、癒しの風の店主である葉月さんの良心愛と同列の職業である事がわかる。
戦闘中に会話ができないのはかなり痛手ではあるが、無償で数多の召喚獣達の声を聞けるのは本当に羨ましい。
「へえ。試しに、レイがアルデちゃんに何て言ってるのか教えてくれないか?」
港さんも召喚獣大好き人間だ。
自分の召喚獣が何を言い、何を考えているのか気になっているらしい。
港さんの言葉に体をビクつかせたレイは、花蓮さんの顔を見つめてフルフルと頭を振っている。
花蓮さんは何かを読み取ったのか、興味津々な港さんにため息まじりに言葉を返す。
「それは彼女のプライバシーを侵害する恐れがあるのでお教えできません。もっと女心を学んで自分の心で感じて察してください」
「え、あの……すんませんでした」
これはアレだ。
トルダが灼熱洞窟で見せた時の顔だ。
ホッとしたようにアルデを抱きしめるレイを、アルデは不思議そうな顔で見上げている。
ダリアと初めてシンクロした時の状況と酷似していただけに、今回俺は何もフォローができない。ダリアがジト目で俺を見ていた。
*****
「青吉って言うんですか、立派なお魚になるといいですね」
『うん! 毎日いっぱい餌あげてるから!』
第七試合の全てが終わりに近づく頃にはアルデも花蓮さんにすっかり懐いたようで、自慢の青吉を見せて笑みを浮かべている。
部長は相変わらずで睡眠と食べ物と移動時の乗り物にしか興味を示さない。花蓮さんはキングとは違う意味で素っ気なくされている事に残念そうな顔を浮かべていたものの、午後の屋台巡りで絶対仲良くなってやると意気込んでいた。
花蓮さんの隣に座るウルティマは、まるで機械のように微動だにせず試合を眺めており、抱えられた風神雷神もロックされてからとても大人しい。
俺や花蓮さん達が座る席の列に背を向けるようにして立つヘルヴォルは、小さい身体からは想像できぬような何かを発し、腕を組んで静かに佇んでいた。
彼女の事が気になった俺は、少しだけ踏み込んだ質問をしてみる事にする。
「ヘルヴォルは人見知りなんですか?」
「あの子はそういう子なんです。親密度はこれ以上上がらないためあの状態が最大限心を開いているのだと考えられます。私達だけでいても一定の距離感を保って接してきます、ので」
どうやら、知り合って間もない俺たちに警戒しているというわけではなく、単純にクールな性格らしい。
見た目も相まってとても様になっている――とはいえ、あれでは完全に重要人物を守るSP……例えを変えるなら、王様を守る騎士のようだ。
「ちなみに、彼女も小さくなれるんですね」
「ええ。ただ彼女の場合は少し特殊で召喚獣を究極の個体へと昇華させる《真名解放クエスト》のクリアと共に得た報酬の一つ、です。変化とは違いこちらは《幼体化》になりますが」
「お、おい! なんだその真名なんちゃらクエストって!」
サラッと言ってのけた花蓮さんの言葉に過剰反応を見せたのは、港さんだった。
しかし、それは俺とて同じこと。
――もしかしてこれこそが、花蓮さんの異常な強さの秘密なのかもしれない
「真名解放クエスト、です。ソースがヘルヴォルしかなく確証がないため掲示板にはまだ書いていませんが恐らくトリガーは《個体の親密度上限MAX》と、《固有武器の所持》ですね。あとはクラスの段階も関係しているかもしれませんが――条件を満たした状態でその個体所縁の土地に行けばクエストが受けられると思い、ます」
佇むヘルヴォルを横目で見ながら、花蓮さんは思い出すようにして語っていく。
どれもこれも、本当に掲示板にはまだ載っていない情報らしく、港さんがやや興奮気味に質問を挟む。
「それによる召喚獣への恩恵は?!」
港さんの問いに花蓮さんは俺に視線を向けつつ「言っても?」と、反応をあおってくる。
こちらとしても願ったり叶ったりの情報なため、迷うことなく頭を下げた。
「私の場合――それもヘルヴォルの場合に限った事ですが、固有武器の能力解放に伴う特殊固有技の習得と個体の最終進化先解放。それとオマケ的な要素での《幼体化》がありましたね」
「おぉ……」
召喚獣の終着点らしき情報を聞いた港さんは、感激のあまり、なんとも言えない声を漏らす。
それは俺とて同じ事であり、花蓮さんからの言葉を一つ一つ噛みしめるように頭の中で復唱していた。
固有武器。
特殊固有技。
最終進化先解放。
そして幼体化。
能力上限解放や単純な進化だけでない、召喚獣達の未知の強さがまだまだある。と、花蓮さんはそう言っていたのだ。そして花蓮さんはその段階に、既に到達していた。
「真名解放クエストは途方もなく掛かる時間もそうですがそれ以上に――――いえ、これは私が言うべき事ではないのかもしれませんがどうか答えはよく考えて、です」
それでは午後に――と、召喚獣達を連れて観客席を後にする花蓮さん。
状況こそ違うものの、銀灰さんが言った言葉と全く同じ言葉を云った彼女は、果たして何を言い淀んだのだろうか。
召喚獣達の真の力を解放するクエスト。
何故か一波乱ありそうな……そんな気がしてならなかった。